第九話「自由への渇望―②」
*** 現在 神歴百十八年 ヴァン十八歳 ***
「……奇しくも俺達は、お互いに足りないものを補うことで命をつないだ……。クレアは骨と体……俺は血と心臓をな」
体の修復を終えたのか、クレアもまた元の等身大の少女の姿になって話に参加していた。
「……僕は、先代の吸血鬼が自身の体をすべて血に変換して人間に与えることで、その人を救ったって伝承を試そうとしたんだけなんだけどね……まさかその条件が、対象者が死んでいることとは思わなかったんだよ。だから、ヴァンが死んだ瞬間に、僕の魔術は有効になり、お互いの命をつないだ。皮肉なことにね」
クレアとヴァンの話は、到底信じられるものではなかった。だが、その言葉に嘘がないことだけは、フランツェスカにもわかった。
「ヴァン…………」
「これでわかったでしょ? ヴァンが奴隷なのに君を奴隷として扱わなかったのは、ヴァン自身が奴隷を否定しているから。……だから、僕たちに必要なのは奴隷じゃない」
「……お前が、もう戦いたくないというなら、俺はお前を戦線から離脱させる。あの畑で静かに暮らすといい」
「……ヴァンはこれからどうするの?」
ヴァンは、静かに目を閉じて残された左手を見つめる。
「俺達はもう止まれない。俺が奴隷解放を成し遂げるか、俺達が死ぬか……それまでは二度とな」
「奴隷……解放…………」
――それは、奴隷ならば一度は夢見た“空想”だった。
あまりにも長い時間の中で、奴隷と呼ばれた誰もが、自分を救ってくれるヒーローの登場を夢に見た。
「……できれば、お前にはジルート討伐まで戦ってほしい……その震える手が本物であるならばな」
自分を救ってくれるヒーロー? 見守ってくれる神などない世界で、一体誰を望むというのだろうか?
「…………ふざけんな」
フランツェスカはその思いを胸に秘めた眼で、ヴァンをにらみつけた。
「もう私はっ! 誰かの命令なんて聞いてやるもんかっ‼ だからアンタの命令も聞かないっ‼ 私の意志で……アンタと共に戦う。アンタの指示じゃなく、私の心でっ‼」
息を切らせるほど強く決心をはきだす。思わず瞳から雫をこぼし震える声で思いを強く示す。
奴隷として、こんな日が来ると思ってもみなかった。だけど、ヴァンに言われたから戦うのではない。自分の意志で、自分の思いで戦う。もう誰かに縛られるのはごめんだ。
そういった思いが奴隷として生きた彼女の秘めた思いを目覚めさせた。ヴァンもまた、彼女がそういった強い思いを秘めていると見抜いていた。
それゆえにヴァンは仲間にしようと考えたのだが、想像以上の気持ちのいい回答に一瞬だがヴァンは顔が綻んだ。だがすぐに気持ちを引き締めて、いさめるように左手を彼女のつむじに乗せる。
「いい心がけだが、せめて戦闘中は指示や命令に従ってくれよ。作戦を失敗させるわけにはいかないからな」
「わ、わかってるわよ」
顔を赤くしながらも、涙を拭き強く笑う。そこには奴隷はいなかった。一人の強い決心を内に秘めた戦乙女が堂々と立っていた。
「……で、なんだこれは」
「いや、テメェが腕ぶっ壊したんだろうが。だからこうやって新しい腕を用意してやってんだろうが」
武器屋のスキンヘッドは文句言うなとばかりに、鼻息をならす。
「それはわかってるが、“なんだこの腕は”と言っている」
頭に怒りマークをくっつけて、ヴァンはその腕にクレームをつける。
「そんなに悪くないじゃない。ねぇクレア?」
「うん。そんなに不自然じゃないような気がするけど……」
クレアもフランツェスカも、なぜヴァンが文句を言っているのかわからないようだ。それだけにヴァンは大きくうなり左手で頭を抱えた。
その鉄の籠手は確かに、肩までしっかりカバーしていてヴァンの見た目にしっかり合うデザインになっている。ただ……あまりにもかっこつけているというか、大げさというか、未来で使われる言葉で例えるなら……厨二病全開だ。
「まぁそう卑下にすんな。こいつは、以前より丈夫な上、クレアちゃん側から外しやすくなっている。さらに手のひらと、前腕、上腕、そして肩にわずかな隙間ができている。ここから、いつでも出血させることができる。これならいちいち腕を開放しなくても、攻撃に使えるだろ?」
「むっ……確かにそれは便利だ…………」
「いつでも出血させることができるのが便利ってのも、ものすごいパワーワードだけどね…………」
そうは言ったものの、フランツェスカは改めて、自分以外はヴァンの腕の事を知っていたのかと思い知った。クレアはもちろんだが、この武器屋の主人も、おそらくアンナも知っていたのだろう。
“知らなかったのは私だけ……か”という寂しさ交じりの呟きを吐き捨て、改めてヴァンの腕と共に出された、もう一つの道具を見つめる。
「んで、これがお前さんの武器だ。前回の襲撃の時には間に合わなかったが、アンタの場合はこっちのほうが向いているだろう」
それは、奴隷にはどういうものかはわからなかった、鋼鉄のL字型の黒いものが二つある。打撃武器にしては小さいし、何より変な穴が付いている。
「……どうやって使うの?」
「こうやって」
ヴァンがくすねるように、謎の武器を手にすると先ほどの穴の部分を天井に向けて、人差し指で細い鋼を押し込む。すると耳をツン割くような破裂音と、天井に穴が開いたことへのスキンヘッドの嘆き声が、鼓膜を強く刺激した。
「ハンドガン、ベレッタPx4s……以前、異世界人が持ち出した拳銃を、俺達なりに解析し改良……この世界の素材で再度作り上げた特別性だ。この引き金と呼ばれる部分を引けば、鉛の弾丸が発射され、百メートル先の敵を撃ち殺すことができるらしい」
異世界人という言葉に疑問を持ったフランツェスカだったが、その前に武器屋のスキンヘッドが声を荒げて天井を指さす。
「ヴァンテメェ‼ よくもうちの天井をぉっ‼ 最近雨漏り激しくて困ってんだぞ!? どーしてくれるっ‼」
「そうか。どうせなら、もう少しでかい穴でも開けるか? 風通しよくなるぜ」
いがみ合い、闘牛のようにデコを押し付け合って怒りをぶつける。バチバチという火花が散りそうな修羅場に、大きな笑い声が響く。
「フランツェスカ…………」
クレアが嬉しそうに、その笑い声の主の名前をつぶやくと、さっきまで修羅場だった男達にも、和やかな笑みが浮かび上がる。
……普通なら、ご主人様の修羅場を笑うことなんて、奴隷に許されるわけがない。それは奴隷としてふさわしい態度ではない。だけど、フランツェスカの笑い声は、彼女の息が続くまでずっと続いていた。
「笑ってるところ悪いが、練習している暇なんてねぇ。俺もお前も、ぶっつけ本番だ。せいぜいうまく使えよ。フランツェスカ」
「……フランでいい」
「え?」
フランツェスカは今まで忘れていた幸せをかみしめながら、もう一度名乗る。
「私の事をお父さんもお母さんも、フランって呼んでた。だから、フランって呼んでほしい」
「……俺達は家族じゃない……勘違いするなよ」
そうそっぽを向いて、左手に鉄の籠手を持つ。やはり本当に親しい関係を持つ事を拒絶されるのかと、フランツェスカは少し寂しそうにうつむく。
「……さっさと準備しろ。……フラン」
だが、ぶっきらぼうなその言葉は、確かに彼女をフランと呼んだ。フランツェスカ……いや、フランは瞳を輝かせて、そのあとを追った。




