第八話「信じたものの正体―②」
「わぁ……綺麗な満月」
楽しそうにくるくる回りながら庭の周りを走り回る。妖艶な舞に、彼女が吸血鬼ということも忘れて少年も浮かれる。
二人とも幼い(片方は見た目だけだが)ため妖精のように無邪気にはしゃぐ姿は幻想的で美しかった。
「おーい‼ なにしてんの? 置いてっちゃう!?」
「ははっ、まてよっ!」
……少年には友達がいなかった。成績優秀で最年少で聖騎士になる圧倒的実力。そのため、彼の周りには同世代の友はいない。
いるのは、彼の能力に嫉妬する年上達だけだ。最年少聖騎士になれたことだって、少年の努力が実った結果なのだが、誰もそのことを認める人はいなかった。ただただ嫉妬することだけに明け暮れて、少年の事をまっすぐ見ようとする人間はいなかった。
――――彼女以外は。
だから、こうやって誰かとはしゃぐことなんてなかった。たとえ、その正体が吸血鬼だとわかっていても、あまりに純粋な彼女の気持ちを、少年は否定することなんてできなかった。
「……不思議。月はいつも屋敷の外から眺めていたのに、今日ほどきれいと思った事なかった」
「僕も……同じお月様を見てたはずなのに、本当にきれいだ…………」
少女は、少しうつむいて考えをまとめると意を決した。
「私……人間を襲うのやめるよ」
「え……でもそれじゃ君は」
「大丈夫。獣の血でも、私の血に触れれば私の糧になる。実は吸血鬼って、人を襲う必要はあんまりないんだよ?」
吸血鬼が人を襲うのは、人がその存在を認めず滅ぼそうとしたから。先代から続く差別や侮蔑、屈辱が人を襲う原動力だった。
だが、それも今の彼女にとっては過去の遺産となり果てた。たった今、彼のおかげで彼女はもう一度人を信じてみようとそう思った。
「……まず、私が獣の血を吸うでしょ? で、そのお肉を料理して君が食べる。ね、これなら一石二鳥でしょ?」
「なるほど……なかなかいい提案かもしれないな」
そんなことを語りだすと、二人は止まらなくなった。家はここでいいだろうか? 冒険もしてみたい。だったら太陽光にあまりさらされないように服にもこだわろう。ギルドにはどうやって秘密を通そうか? 事情を説明して吸血鬼だが人を襲わないことを証明してみようか? ギルドの仕事でお金がたまったらどうしようか? この家を建て直すのも悪くないかもしれない。そしていつか夫婦になって、そして――――。
「あははっ! 子供なんてまだ早いよっ‼ 僕まだ子供だよ?」
「だ、だから今すぐってわけじゃないって言ったでしょ!? なに勘違いしてるのよ。まったく…………」
顔を赤らめる彼女に、少年は何かを思い出したように「あっ」と小さな悲鳴を上げる。
「そういえば……僕達まだ名乗ってない」
「あ……あはははっ! そうだった! おかしいね。恋人みたいな話してるのに、お互い名前知らなかったなんて」
「まったくだっ‼ あはははっ‼」
「はーーおかしーー‼ ……さて、十分笑ったし、私から名乗るね。私の名前は――――」
少女が名乗ろうとしたその瞬間――――。
「うぐっ‼」
「なっ……なんだこれっ‼」
急に体が麻痺しだした。二人は何が起こったのかわからず、地に伏せる。
「……まさか、吸血鬼に心許すとは……ママを裏切ったのね」
「ママっ! ……な、なんでこんなところに」
困惑する少年をしり目に、少年の母親は冷徹に兵士達に命令を下している。兵士たちは少なく見積もっても二十人はいた。
「ヴァンピーロ……吸血鬼も一時期は反映して各地方、各国に血族が枝分かれしたと聞くが、イタリスの吸血鬼に生き残りといったところね」
イタリスとは、少年達が今暮らしている国であるジークヴェルト王国最南端の都市、ヴァルトブルグのさらに南、ドラゴニアの山と国境を越えてその先にある国である。
「しくじったわ……まさか神を自称するジークヴェルトの連中に後れを取るとはね」
「神を……自称する……?」
吸血姫の言葉に、少年は困惑してその言葉を聞き返す。
「神仔は神の子供でも何でもなく、ただの戦勝者を意味する。それを名乗り続ける理由は民衆を弾圧するための手段に過ぎない……その中身は獣人にも劣る人間よ」
「人……間……。そ、それは違う。僕達は神の仔だっ‼ 人間とは全く別の次元の――――」
「そうよ……人間とは違う。まったく別次元の富と栄誉を持っているもの」
「富と栄誉……? 母さん、それだけじゃない‼ 神の仔はそもそも人間とは違う存在だっ‼」
すると、自分の子供とは思えないほど少年を罵倒し、嘲り笑う。
「富と栄誉以外何があるというの? まさか、あんなおとぎ話まだ信じてたの? 笑っちゃうわ。そんなの今の年まで信じてるのあなたくらいなものよ!?」
絶望する少年の代わりに、吸血鬼の少女が土を握りしめつつ答える。
「ぐっ……お前達が、そう教えこんだんだろう…………自分の子供に富と栄誉ってやつを信じ込ませて私腹を肥やすためにさっ‼」
「目の前に金があるなら手に入れる。目の前の敵がいれば殺して栄誉を手に入れる。おいしいものが目の前にあるなら食べる……そして、目の前に利用できる馬鹿がいるなら利用する。うふふっ、当然じゃない」
少年は絶望で顔は青くなり、唇は紫に染まっていき、体はガクガクと震える。神の仔と思っていた自分は人間と同じ。奴隷達と全く変わらない人間だった。ならば、自分が虐げてきた人間達は、自分とどう違うのだろうか?
今までは神の仔に仕える奴隷は、人間にとっては、とても光栄なものだと信じていた。だから自分が虐げても問題ないと教えられてきた。最初のころこそ、虐げた奴隷がかわいそうとも思っていたが、時間が経つにつれ、かわいそうとも思わなくなった。
だが……その信じていたものが崩壊し、罪悪感だけが彼を支配していく。
そしてなにより……一番信用していた母親という存在が、醜く変わっていくことがショックだった。
「君はっ……悪くないよ。子供にとって、親は本物の神に等しい……神の教えは絶対となる。それがどんなに間違ったものでもね」
「それは……あなたの父親の事を言っているの?」
「違うっ‼ 父は、お前と違って間違ったことなどしていないっ‼」
かみ合わない二人の会話に置いて行かれそうになる少年。しばらくにらみ合いが続いたが、やがて、少年の母親が、ため息一つついてその沈黙を破る。
「まぁいいわ。どのみちあなた達の命はこれまで……。また世継ぎを作らなければ…………今度は裏切らないように、しっかり教えてあげなきゃねぇ」
「この外道っ‼ あぐっ!?」
兵士の一人が少女の髪を引っ張り上げ、強引に立たせる。苦痛で顔がゆがみ、少しでも抵抗しようとするが麻痺がまだ残っていて体が動かない。そんな彼女の顔をめがけて、兵士の一人が棍棒を振りかぶる。
「っ! やめ――――」
少年の声はむなしく響き、少女の頭蓋が破壊される音が生々しく響く。
「――――あ……がっ…………」
鼻はへし折れ、顎は砕け、目は飛び出らんばかりに腫れ上がる。普通の人間なら今の一撃で昏倒し、意識を失う。だが、吸血鬼は血と骨さえ正常であれば、生命活動を続け、気絶することもない。
その体を放り投げ、その体に兵士達が群がる。その姿は、まるで獲物に群がるハイエナか、女に群がるゴブリンだ。
――――それが、少年が神だと信じ続けた者の正体だった。




