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第八話「信じたものの正体―①」

「あれ? 難しいな……うりゃっ‼」

 まずは、吸血姫の長い赤髪を切ろうと、化粧棚にあったハサミで切っていく。だが、なかなかうまくいかず、次第に髪は短くなっていき、気が付いた時には完全なショートカットになっていた。

「お前やっぱり殺す……仲間じゃないっ‼」

「ちょっ! ちょっと待て‼ あっ……あと少しで完成だから」

 と、言いつつも手がプルプル震えている。

「うるさいっ! 髪、長いのが好きだったっ‼ だから殺すっ‼」

「だから落ち着けって。あ~……あと前髪斬れば完成だからっ‼」

 それを聞くと、ふてくされながらも少女は再び古びた椅子に腰かける。再び少年は痙攣するハサミで、少女の前髪を切ろうとするが、彼女は嫌な予感しかしない。だが、もう何でもいいからさっさと終わらせて殺してしまおうと思った少女は、おとなしく髪を切らせてあげる。

 そして、ハサミは長い年月を経た髪の毛を切断し、深紅の眼があらわになる。

「おお! 我ながらいい出来っ‼」

「どこが……こんなの全然……よく……ない?」

 少女は、言葉を失った。

 鏡の向こうには自分でも嫉妬しそうなほど、かわいらしいまるで人形のような少女が、月明かりをともした鏡に映っている。

 長い髪のほうが好きだと思っていたその少女は、その一目で百年間の好みを打ち砕かれた。小顔で若々しい艶のある肌。自分でも忘れていた丸顔の童顔の顔は、自分の顔だということを忘れるほど一瞬で見惚れてしまった。

「なっ! やっぱこっちのほうがかわいいだろ?」

 だが、こんな子供に切られた髪が好きなんて言えない。少女は少年を殺すことを、ともかく保留したが、警戒を解くことはなかった。……だが、今の自分の顔を見られたくなくて、ふいっと顔をそむけた。




 こうして少しずつ、少年と少女は心を通わせていった。

 実際のところは、少女のほうが引っ張られているような状態だったが、次第に警戒を解き恋心まで抱くようになっていた。

「……外に出られない?」

 少年が問うと、少女はコクリと頷く。

「私は……吸血姫(ヴァンピーロ)だからね。少しなら外に出られなくもないんだけど、太陽光を浴び続けると肌の水分がなくなって、死んでしまうの」

「肌の水分? どうして?」

 少年がさらに首をかしげると、少女は考え込むようにしてから、かいつまんで説明する。

「んっと……通常の人間も体の六割が水分でできているんだけど、私は九割以上が水分で構成されているの。ほとんどの内臓器官がなくて、各神経もすべて魔力のこもった特殊な血液で構成されている。だから、体もすぐに修復できる。だけど、水分の蒸発だけは避けられない」

 補足で説明するが、ようは吸血鬼の体は、そのほとんどが血液で構成されていると思ってもらって構わない。筋肉や、脳、その他内臓器官まで血液という流動体でできている。その流動体を肉体に変換し、色を調整することで一般人と同じように生きている。

 一聴するだけだとスライムのようだが、スライムとは違い吸血鬼は流動体だけでは生きることができない。一部の組織だけは別に構成しなくてはならないのだ。

 それは、皮膚、髪の毛、そして骨だ。皮膚がなければ形を保つことが難しく、またあっという間に硬化する。髪の毛は人間への擬態には必要不可欠。そして、吸血をするための牙や、正確に動かすための骨格だけは吸血鬼には必要になる。

 しかし、それさえ構成してしまえば筋組織や臓器は血液で代用できる。当然普通の血液では無理だが、吸血鬼の血には膨大な魔力が含まれており、細胞組織、筋肉、臓器の代替能力を持っているため可能となる。

 そのため栄養摂取は血液だけでいい。人間は、他人の血液を輸血した場合、それが合わなければ拒絶反応が起きるが、吸血鬼の血液は触れ合った血液を自分の血と同化させることができる。そうしなければ、短時間で捕食対象の血を即座に摂取することができないためである。

 ただ、体内を構成しているそのほとんどが血液というなら、通常の人間より水分で構成されている量が多いということ。脱水症状は人間の三分の一ほどの時間で起きる。それが、吸血鬼が太陽光に弱い理由だ。

「……よくわからないけど……とにかく太陽光はダメってことだね」

 少年はそんな内容を、何となく理解した。どうせその程度だろうと、少女は期待もしていなかったが、それでもあきれてため息をつく。

「だからって血を吸わずにじっとしているのもアウト。栄養は当然生きていくには必要なもの。それは化け物でも人間でも変わらない」

 少女は、吸血鬼によくある誤解や、本当の殺し方についても教えてみようかと思ったが、すぐに思いとどまる。

 吸血鬼の殺し方は二つ。まずは骨を一つ残らず砕く。

 そうすれば、形を保つことができなくなり、次第に脳などの血液で構成されたものも制御を失い、ただの血液へと戻る。そうなれば破れた皮膚から血が土へと還り、次第に魔力も失い死に至る。しかし、骨は八割以上つぶさなければならない。そうしなければ、そこからいずれ血液を使って骨格を再生し元の体へと戻ってしまう可能性がある。

二つ目の方法は、血を吸うことができない環境に封印し干乾びるのを待つ。

 先の説明にもあった通り、吸血鬼は定期的に血液を摂取しなければならない。そうしなければ血はどんどん古くなり、魔力を持っても使えない血が体にたまっていく。そこから結晶化が始まり、少しずつ血液がルビーのように透明な結晶となって固まり、いずれ干乾びる。

 人間で言うと、瘡蓋(かさぶた)に近いものが体全身を固めてしまうといえばわかりやすいだろうか? ただ、吸血鬼のそれは特有の輝きを放つため、宝石のように輝くという。

 干乾びて死ぬといったが、実際にはルビーでできた彫刻のように美しい……それだけにマニアが、こぞって買い叩く。

「…………」

 少女は自身の両親の末路を思い出し、唇をきつくかみしめる。少女の両親は今も、どこかでまるで美術品のように扱われ、まるで商品のようにどこかに売られていく。それが吸血鬼のごくごく普通の末路なのだ。

「……泣いてるの?」

「……私泣いてるの? ……もう、ずっと寂しくて……お人形遊びしても満たされなくて……泣いてても、私にはよくわからなくなっちゃった」

 彼女にとっては泣くことも日常なのだ。彼女の殺した遺骨を使った人形遊びも、寂しさを紛らわせるための行為に過ぎない。

 少年は、本来の任務を遂行する意味もかねて、彼女に提案してみる。

「だったら、僕が毎日ここに来るよ。だったら寂しくない。人を襲う理由もなくなるだろ?」

「……どうして君はそこまでしてくれるの? 君にメリットなんてないじゃない」

 すると、少年は恥ずかしそうに答える。

「……君に会いたいから……じゃダメかな?」

 少女は目を丸くし、次第に笑いがこみあげてくる。少年の言葉はめちゃくちゃだった。人間を殺し、襲い、あまつさえその亡骸すら玩具にしてきた鬼畜に、あろうことか君に会いたいと彼は言っているのだ。

 だが、次第に嗚咽交じりの涙に変わる。今まで満たされなかった乾き。どんなに血を吸っても抑えられなかった乾きを、彼は血など分け与えなくても満たしてくれた。

 彼は彼女の今までしてきた所業より、彼女の気持ちをしっかりと受け止めてくれた。

 それは、彼の幼いが故の考えなのかもしれない。普通に考えればありえない。彼が大人になったら彼女のあまりにも惨い罪を考え、心も変わるのかもしれない。

 だけど……たとえ、数年で変わるかもしれない気持ちだったとしても、この数秒程度の彼の言葉は、彼女の長い年月で凍り付いた心をゆっくりと甘やかに溶かしていく。

「ありがとう……ぐすっ……ありがとう…………」

 そう何度も感謝する事しかできなくなる。自分でも情けないと思いつつも、それでも感謝の言葉を何度も……何度も、数えきれないほど言葉にした。

「ああ……もう泣かないでよ。えっと……じゃあ、ちょっと出かけないか? ちょうど夜だし、外に出ようよ。少し空気変えよ?」

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