第六話「赤翼の死神―②」
レヴォルに到着した時にはヴァンは完全に気を失っていた。同時に、右腕は完全に消失し、肩口は不思議な膜で流血を防いでいた。フランツェスカ何がなんなのかもわからない状況ではあったが、ともかく、近くの村の人間に助けを求めて彼の家まで運んだ。
――彼の右腕は存在しない。そして……彼の傷は決してふさがることはなく、とめどなく流れ続ける。それでも生きているのは、クレアのおかげ……ということだろうか?
「…………」
濡らしたタオルを固く絞り、ヴァンの額に乗せようとする。だが、意識を失っていたはずのヴァンはそれを拒絶する。
「……気が付いてたの?」
「ついさっきな」
拒絶されたタオルを、それでもヴァンの額に押し付ける。悪態をつきながらも看病を受け入れる。沈黙が二人を支配する。が、いずれ耐えきれなくなったフランツェスカが、存在しない右腕を指して質問をする。
「……あなたの右腕…………」
「ああ。……俺の右腕だったものは、もう存在しない」
ヴァンは左手で体を起こそうとするが、うまく力が入らないようでふらついていた。
「寝てないと……」
「いや、もう大丈夫だ」
フランツェスカの静止も無視して、ヴァンは半身を起こす。
「いま、体内でクレアが損傷している部分を修復してくれている。皮肉にも、体力の消耗のわりに、自己修復機能は吸血鬼並みなんでね。臓器一つ損傷しても数分で修復可能だ」
自嘲してヴァンは笑うが、彼を笑う気にはなれない。どう考えても普通ではない二人の関係。そもそもクレアの正体が血液というのはどういうことなのか? 彼の右腕はどうして失われたのか? わからないことだらけでフランツェスカは内心穏やかではなかった。
「ねぇ、説明して。あなたは一体何者なの?」
「すでに名乗ったはずだ」
「そういう意味じゃない。あなたの右腕は何? クレアさんが右腕ってどういうこと?」
あからさまなまでに、めんどくさそうにヴァンは左手で頭をかきむしる。
「奴隷が主人に指図すんな……」
「……嫌だ」
「はぁ?」
フランツェスカは首枷を引っ張って見せ、嬉しそうににやける。
「私は、あなたの指示に今逆らった。なのにどうして首枷は締まらないの?」
「ちっ……故障してんだろ?」
それが違うことくらい、フランツェスカにもわかっていた。
「あの炎燃え盛る雨の日。ヴァンの頬を叩いたとき……あの時も首枷は締まらなかった。あなたが欲しいのは奴隷じゃない。道具でもない。心を共にできる仲間……家族……そういう当たり前のものが欲しいんだよね」
「…………ちげーよ」
そう言うが、それが嘘であることはフランツェスカが一番わかっている。
「まぁ……そういうことにしておくわ。こんなに対等なしゃべり方しても首枷は締まらないようですしね。ご主人様?」
その時、ようやくフランツェスカの、ヴァンに対しての話し方が変わっていることに気が付いた。そうすると、どこからともなく笑い声が聞こえる。どこかと熊の丸い耳をひくひくさせると、ヴァンからその笑い声が聞こえる。いや、正確にはヴァンの腹の中からだ。
それは次第に胸、鎖骨、右肩口へと移っていき、右肩の血だまりのような中から、小さな人形のようなサイズにデフォルメされたクレアが現れた。
「そうなんですよ奥さんーー‼ ヴァンったらほんっと寂しがりのくせにプライドだけは一人前だから、ぜーったい、こういう時素直に言わないの。本当は寂しーー‼ かまってーー‼ って思っているのに知らん顔してー。まるで「……なでたきゃなでろよ」って言ってる子犬見たいで、かわいいのよ本当にーー‼ ふんぎゃっ‼」
ヴァンの左手が、ミニクレアをひっとらえると、ギリギリと握りつぶす。
「んなこと思ってねぇ……テメェは引っ込んでさっさと回復しろ‼ 終わったらまた聖堂に侵入すんだからよっ‼」
「ふぎぃ……わ、わかったよ…………。でもヴァン。ちゃんと私達の過去のこと話すんだよ。本物の仲間が欲しいって思ってるなら……特にね」
そう言うと、手の中のクレアは赤く染まり、血液へと戻った。手の平から流れる血はふよふよと漂い、そのまま肩口へと戻っていく。ヴァンの左手には血痕が一切残っていなかった。
「……言っとくが、俺は寂しいなんて思ってねぇ……家族が欲しいなんてことも思ってねぇ……」
「またまた……嘘つかなくても――――うっ」
だが、その言葉とは裏腹にフランツェスカの首枷は軽く締まる。苦しむ程度ではなかったが、それはヴァンの気持ちを少しだけ裏切った証となった。
「これは本心だ……。家族がいても…………どうせみんな死んでいく――――」




