第四話「夢の終わり―②」
*** ベルンブルグ南門 ***
――――ベルンブルグ。
ジークヴェルト王国南側では一番大きい都市で、大きな城壁が丸を描いて、あらゆる魔族や魔物の侵入を阻んでいる。赤屋根の家がどこまでも続き、中央にはまるで城のような大聖堂がそびえたつ。そこが目的地であり、フランツェスカが奴隷として暮らしていた場所だ。
ジークヴェルトの城を囲む“ベルンブルグの壁”を作った神“守護の神 オリバー=ジークヴェルト”の旧姓の名がついたこの街は、敵対国であるイタリスに近い位置にあり、まさに守りの要となっている。
「いやー‼ いつ見ても、すっごい大きい都市だねぇーー‼」
「……見た目だけよ」
発展していて、商売も盛んな感じがするが、人をよく見れば、その異常さがわかる。
「やっぱり、ここは奴隷の数が異常だね」
少なくとも、半数以上が奴隷の首枷をしている。奴隷の首枷をしているほとんどの市民は痛ましい生傷を負っている。色の階級が低ければ低いほどその傷は多い。と、いうのにその奴隷たちは何不自由ない演技をしている。
「なんでこの奴隷たちは反抗しないのかな? いくら奴隷の首枷があるからといって、こんなに奴隷を置いてたら反抗する手立てだってあるんじゃない?」
奴隷の首枷は、確かに拘束力も強いが絶対ではない。抜け道のような反抗手段がいくつか存在する。
例えば奴隷の首枷は、命令外の行動については拘束力が低い。黒奴隷や白奴隷なら話は別だが、労働時間に制約のある黄奴隷、制約はなくても青奴隷や赤奴隷は死に直結する労働はさせられない。だから決まりがないだけで、どのみち休みを取らせる必要が発生する。
なので、その間に奴隷同士が結託して、何らかの反抗手段を用意することもある。それこそ革命軍の残党がいるなら繋がりを持つことも可能で、爆発物でも手に入れれば、聖堂に仕掛けたり、自爆テロを行うなどの反抗手段がある。
普通は当然そんな事のないように奴隷の数を制限して、衛兵達がある程度、監視できるようにする。制約の抜け道は人の手で潰すしかないのだ。
だが、こんなに街中に奴隷がいたら、衛兵の目が届かない。これでは「反抗してください」と言ってるようなものだ。これまで何も起きなかったことが不思議なくらいだ。
「それはのぅ……彼らにとっては奴隷が不思議な光景じゃないからじゃ」
その声は、ヴァンだった。老人になり切っているのだが、あまりにもクオリティが高く、二人とも一瞬誰かわからなかった。
「見てみなさい。彼らはあの生傷にしては、栄養失調などを起こしてはおらん。つまり普通に飲み食いはできておるのじゃ。ジルートに逆らいさえしなければ一般人と同じ暮らしができる。だからジルートに対してテロまでして反抗しようとは思わんのじゃ」
「なるほど……ただでさえジルートは神の子と言う事になっている。宗教もあわせて民衆を支配してるのね……」
「それに……おそらく逆らえない理由は、まだありそうじゃしの」
その理由を、ヴァンは語ろうとしなかった。ただその視線の先には葉巻をくわえた男がいた。
「……あれ?」
ヴァンの演じている老人には、右腕がない事にフランツェスカは気付いた。
「ヴァ……アヒム様……右腕が…………」
一瞬ヴァンと呼びそうになったが、フランツェスカは、なんとか押しとどめた。
「ああ……この腕か。まぁ、こういう設定というだけじゃ、気にせんでええ」
「はぁ……」
いくら変装といっても、ここまでする必要があるのだろうか? 疑問になったが、その思考を老人の言葉が遮る。
「それよりもチェシカ殿……仕事があるのではなかったかのう」
チェシカと呼ばれたフランツェスカは、ドキッとして慌てた様子で答える。
「あ、そうでした。申し訳ござ……いえ、すみません」
どうにも自分の主人を、仲間として扱うのは抵抗がある。
「やれやれ……力を抜かんか。そんなことでは目的なんぞ達成できんぞ」
目的……。
そうだ。もしこれに失敗すれば、また奴隷の生活に逆戻りだ。――――そう考えると、急に寒気を感じ始める。
今までも奴隷だったとはいえ、レヴォルの生活は、どこか居心地がよかった。それが、あの死にたくなるような生活……いや、おそらくそれよりおぞましい奴隷に戻る。
「…………いや」
ダメだと思いながらも緊張で震えが止まらない。恐れが急にフランツェスカを襲う。歯がガチガチと凍えた音を立てて、汗は滝のように流れてくる。
「てぇい‼」
「痛っ!? クレ……いや、アリサ殿……なにをするの?」
思いっきり背中を叩かれてヒリヒリとした痛みを感じる。
「んもーチェシカ? そんなにドラゴンが恐ろしかったの?」
唐突で意味のわからない会話にすぐに反応できなかったが、不意に視線を感じる。市民たちが急に震えだした女騎士がどうしたのかと眺めているのだ。その視線で、クレアの意志をくみ取った。
「あ……ああ。しばらくは、遠征をやめておくよ。私も、もう少し修行しなければね」
「とか言いながら、まーた騎士団長の修行さぼる気でしょう? ほら、リンゴ食べる?」
差し出されたリンゴを受け取ろうとすると、店主らしき男が血相を変えてこちらに向かってくる。
「コラァーーー‼ 泥棒がぁ‼」
「あっ‼ ごめんごめん‼ お代払い忘れてたよ。はいこれ」
銅貨を数枚渡すと、「ったく、気をつけろよ。アリサ」と渋い顔をして店に帰っていく。
「…………」
――――見事な手際だった。これで、住民たちには“この町の住人もしくは関係者”と思いこませ、警戒心を解き、さらには潜入させていた諜報員に、銅貨と共に情報を交換した。
何気ないすべての行動が用意周到。演技も完璧だった。
「じゃ、チェシカ。いこ?」
「う、うん…………」
本当に自分は必要なのかと疑念を持ちながらも、二人は聖堂へと向かった。




