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Act.22 ノマカプだから、ムカついた。

「なんで……、あたしまで叩かれるの?」


 和也が買い物から帰ってきたときには、正彦もそしてなぜかリースまでもが、桃谷の鉄槌を受けていた。


「ノマカプだから、ムカついた」

「そんな理由っ!?」


 不当な理由にリースが声を荒げる。そのやり取りに、和也が苦笑いを浮かべながら、テーブルの上に買ってきた朝飯とデザートを広げる。

 時間はとっくに昼を過ぎていたが、リースを含む4人にとっては、これが今日初めての食事なので朝飯という理屈だ。


「普通、服よりも時間かかるっておかしくない?」


 桃谷が和也を睨みつけて威圧する。 


「いや、シュークリーム屋に並んできたからよ そういやリース、風呂は入ったのか?」


 リースの服装が変わっていなかったので、和也は訪ねた。和也が帰ってきたのは、桃谷が帰ってきてから10分ほど後だ。


「まだよ」

「おいおい、もう冷めてるんじゃないのか? 沸いてから30分は経っているぞ」

「だから、さっきあたしが追い焚きしたの。もういい具合だよ。リース、入ってきな」


 桃谷は、生意気なところもあるが、よく気の利くところもあるようだ。

 リースは、桃谷の勧めるまま、風呂に入ることにした。元宿舎とはいってもユニットバスではなく、トイレと風呂も別で、それどころか風呂の前に脱衣所としてのスペースがあるということに、リースは驚いた。

 すりガラスのドアの向こうから、ほっこりとした湯気とともにゆずの香りが立ち込めてくる。脱いだ服はどうすればいいかわからなかったが、とりあえず脱衣所にあったかごに入れておいた。中に入ると、追い焚きしたせいで浴槽からお湯が溢れ出しそうになっている。すこしかけ湯をして体を洗ったところで、リースは浴槽の中に身を沈めた。

 爽快感を感じるくらいに、浴槽からどっとお湯が溢れ出る。


(あたしは、こんなとこにいていいのだろうか。

 そもそも、あたしは革命側とは敵対組織であるザ・クルシエイダーズのメンバー。ICに入ったのは、問題を起こし、ICが地下で築こうとしていた土台をぶちこわすため。

 そして、あたしは嬉良の思惑通り、問題を起こしてしまった。もう、帰れなくなってしまった。

 家も、父さんも失って。あたしには帰るところがない。

 だからってここに、いていいのかな……。あの人たちはどうして、タバコと酒に溺れたあたしのために、どうしてここまでしてくれるのか。いくら、ファンとはいっても――)


 お湯を両の手ですくい取り、顔にばしゃりとかける。それで一瞬だけ頭がすっきりとするが、すぐにモヤがかかる。帰る場所がない、まるで根無し草のようだ。会いたい人からも、遠く離れてしまった。

 はあ、とひとつため息をつき、すっかりと痩せた自信の身体をまじまじと見つめる。余計に、息の青みが濃くなってしまうばかりだった。


「今夜のライブ、リースはいないんだよな」

「そうだな、当たり前だけど、リースは今ここにいるからなあ」


 一方、和也と正彦は、今夜、シェルタリーナで行われるライブのことを話していた。彼らIC同盟団にとって、ライブへの参加は絶対だ。


「ICのライブ、リースは連れて行くか?」


 理屈で言えば、それは手っ取り早くはあるかもしれない。


「まだ、早いんじゃないのか?」


 でも、それを正彦は否定した。


「リースに抱きつかれて気持ちよかった?」

「そうじゃなくてっ!」


 桃谷のからかいに声を荒げてしまった。


「見たんだ、まるで亡者のように四つん這いになって、テーブルの上のタバコに手を伸ばすリースを。今は、落ち着いてるかもしれない。でも、そのうちまた、禁断症状に襲われる。俺は、そんな状態のリースを星羅や美那に見せたくない。プロデューサーのムンクにだって」

「誰が残るんだ? この部屋に、リースをひとりにはできないだろ?」

「仕方ない。あたしが面倒見るよ」


 和也の質問に答えたのは桃谷だった。


「悪いな……」

「さかりがついた野郎どもじゃ逆に心配だから」


 そして、一言多いのも桃谷だった。


     ***


 同じころ、嬉良はKTとともに、エデンの警備員を何人か引き連れて、恵介の家に乗り込んでいた。爆破により、骨組みが剥き出しの無残な焼け跡になっている。

 ご丁寧に中継までして、恵介の死を報道したくせに、死体の確認がしたいと。


「見つかった?」


 瓦礫をどかして捜索する警備員に、嬉良は話しかける。すっかり、しびれを切らしてしまっている。表情には明らかな怒りと焦りが現れていた。死体が見つからない。


「プラスチック爆弾を7個もしかけたんですよ。死体がかたちもなく吹き飛んだと考える方が妥当じゃないですか」


 焦燥を募らせる嬉良を警備員がなだめるも、それで治まるわけもない。


「うるさいっ! いいから探せっ!」

「見つかるわけがないですよ。2階も1階も床が落ちて、骨組みがむき出しで半分は崩落した上、地下室の中も瓦礫が散乱していた、庭も――」


 くどくどと文句を垂れる警備のこめかみにリボルバーを突きつけ、睨みつける嬉良。


「あ、あの、す、すみません! そ、捜索を続けます!」


「き、嬉良さん!」


 突然、警備員のひとりが嬉良に呼びかける。なにか見つけたようだ。


「あれ! あれ!」


 警備員が指す庭の片隅に、頭蓋骨が転がっていた。


「爆死の死体が頭蓋骨ってのも不自然だけど」


 嬉良がそれに向かって歩み寄る。近づくと、すぐさまそれが頭蓋骨ではないことがわかった。煤を被った金属製の作り物だ。


「これ、おもちゃね」


 落胆しながらも、それを拾い上げる。結局、死体は見つからなかった。

 警備員は、言った通りじゃないですか、などと文句を垂れていたが、嬉良は、もはやそれに脅しを返す心の余裕すら無くなっていた。

 死体がない、と苛立つ焦りと怒りが、彼女の気迫となり、警備員の口を閉じさせた。とんでもなく、ぴりぴりとした空気の中、嬉良を乗せた車は、エデンまで戻った。


(もう一度、カメラの映像を確かめてみよう)


 納得のいかない嬉良は、女子寮の自室に戻るや否や、監視カメラの映像の検証に入った。


 望遠カメラによる映像。投げ捨てられた鍵を恵介が拾い、玄関のドアの鍵穴に差し込む。その数秒後、轟音とともに恵介の家は爆炎につつまれた。

 家にはプラスチック爆弾を7個仕掛けてあった。誘爆により、キノコ雲が窓やら壁やらからいくつも立ち込める。


 やがて風に流されて煙となった。


「どこだ、見えない。あたしには見えない」


 嬉良は、目の玉をひん剥いて、頭をかきむしる。カメラは全部で5台仕掛けてあった。玄関、リースの部屋、リビング、地下室。そして、爆発の瞬間を上空で捉えていたヘリコプターからの撮影だ。すべて爆破の直前に映像をクラウドに転送するよう設定した。

 このうち、家康に見せたのは、ヘリコプターからの映像だけ、実質、あのときは、嬉良はそれにしか目を通していなかった。つまり、恵介が生存していたとなると、それは残りの4つのカメラに証拠が映っていることとなる。

 まずは手始めに、ヘリコプターからの映像をもう一度検証していた。


「やっぱり、逃げられるはずなどない」


 ヘリコプターからの映像は、手配した有人撮影。超望遠カメラの映像は、家の正面を捉えていない。恵介を家に送った車と、その後の入った瞬間は映っていない。爆破したという事実をとらえるための映像だ。

 だが、恵介が家に入ってから、家が黒煙に包まれるまで、ものの10秒と無かった。逃げることなど、不可能。そう、嬉良は思い込んでいた。

 が、それは大きな落とし穴だった。念のため、と、他の監視カメラの映像も検証する。まずは、玄関に仕掛けたカメラの映像を確かめる。


 そこには恵介が映っていた。


 恵介は玄関から一歩も動かず、廊下の方をまじまじと見つめている。


「入れ、入れっ!」


 嬉良は画面の前で念仏を唱える。玄関をあがって、奥に行けということだ。だがその願いとは裏腹に、カメラは決定的瞬間を捉えていた。

 恵介が靴棚の上の何かを手に持ったのだ。

 そして、それをぬいぐるみに向けて投げつけた。そう、それはあのとき庭に転がっていたおもちゃだった。

 嬉良の中でのシナリオはこうだった。恵介はぬいぐるみに興味を示し、玄関に足を踏み入れるだろうと、そして廊下に仕掛けてあったセンサーに触れ、プラスチック爆弾が爆発。

 だが、実際には恵介は玄関から部屋の中に一歩も入らず、背後のドアを開け、退路を確保してからその「骸骨」を家の中に投げ入れたのだ。

 その一部始終がカメラの映像にしっかりと記録されていた。


「そういうことかっ! 見つけたら、絶対に殺してやる!」


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