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Act.20 クレイジー・サディスト

 3人は両手を背中に縛られ、自由の利かない状態でエデンの本部、家康の部屋に連れて来られた。

 普段はマスター、家康からの命令を授かる場所だ。家康は、玉座に腰掛け、冷たい床に転がされた3人を見下ろす。一言も喋らないまま、不気味に微笑みながら。

 彼は、アイドルやアーティストたちを管理する芸能プロダクションの会長という立場なのに、まるで独裁国家の王のような振る舞い。その態度こそが、管理音楽の傲慢さを体現していた。

 3人の背後、重たい扉が開いた。かつかつとヒールを鳴らしながら、嬉良が入って来た。レザー製のホットパンツが彼女の長い脚を強調する。細くもしっかりと筋肉のついた長い腕の先には、スチール製の特殊警棒が握られている。


「これ……? マスターに買ってもらったの。さっきのリボルバーも。優秀なボディーガード、KTもあたしにつけてくれた」


 寺嶋が、目新しそうに嬉良の特殊警棒を見つめるものだから、彼女の自慢が始まってしまった。


「だけど、お前らに与えられたものは拘束――まあ、当然よね」


 自慢のあとに嫌味を対照させるようにして付け加えるのが彼女の礼儀だ。


「寺嶋、Δ愛。お前らは管理音楽の使命を全うすべく選ばれた存在であるのに。こともあろうに、それを侵し、姑息な作戦を使って、この男を引きずり出した。彼は、あたしの計画の重要人物。いわばキーマンだった。それを――」

「マスター! 彼女はリースの父親を拘束していたんですよ! きっと人質にして、それでリースを思い通りに動かそうと! これが、これがあなたの管理音楽なんですか!マスター!こんなことをしなくても! コンサート会場に催眠ガスをばらまかなくたって! 人の親をさらって拘束しなくたって! 音楽の絶対的な支配はできるはずです!」


 上体を起こして懸命に訴えかける愛。


「黙れっ!」


  嬉良は、Δ愛の顔面を警棒でぶっ叩いた。かんからと音を立てて転がる愛の眼鏡。そいつをぐしゃりと踏みつぶす。愛は、手をつくことすらままならぬまま、床に倒れ込む。唇を噛み切ったようで、口から血がだらりと流れ落ちる。


「Δ愛、おまえはなんなんだ。誰の味方なんだ?」

「あ、あたしは、家康様の本当のみか――た」

「黙れと言っただろっ!」


 Δ愛の長い脚のすねの部分を、硬いヒールのついたブーツで思いきり蹴たぐりつけた。Δ愛は言葉にもなりきれていないうめき声を上げ、じたばたとのたうちまわる。


「地上の革命派の残党がっ!」

「今、なんて――」


 ぼそりと呟いた嬉良に、寺嶋が目を見張る。


「寺嶋ぁ、次はお前だ」


 特殊警棒を手のひらに打ちつけ、ポンポンと音を鳴らしながら寺嶋のもとに歩み寄る。目の前で痛めつけられたΔ愛を見て、寺嶋は肩が震えてしまっている。


「お前は、Δ愛と組んで、こそこそと動き回り、あたしの部屋に忍び込んだ。そして独房を開けて、この男を開放した。そうだな……?」


 今度は黙りこくる寺嶋に、理不尽にも警棒が叩きつけられる。Δ愛と同じく床に倒れこみ、上半身を起こすことができない。そのうち、脇腹にずしりとした重みが加わり、首をなんとか動かして見上げると、嬉良が馬乗りになっていた。


「昔っから、お前が嫌いだった。大嫌いだった。あたしより歌がうまくて、踊りが上手で。顔が良くて。あたし、一生懸命練習したのに。どれだけ上手くなってもお前より――明らかに人気が違うっ。

 リースもそうよ。あいつも独特な歌声で、お前と同等かそれ以上の人気だった。差をつけられたあたしは、マスターと手を組むことにしたの。 生ぬるい正義や良識を持ったお前らを、貶めるためになぁ!」


 今度は寺嶋の右肩を殴りつける。悶えようにも、太ももで体ががっちりと挟み込まれており、身動きが取れない。


「手始めに、高音の苦手だったリース。高いロングトーンを割り当てた。――もともと喘息持ちだったらしいしな。あの掠れたアルトボイス、耳障りだったのよね。思惑通り、喉を痛めて療養中という理由で解雇させることができた」

「お、お前は――リースが辞めさせられたときに、マスターに警戒心を持ったんじゃないのか?」

「はぁ? あたしの口を信じないほうがいいよ? あたしが唯一突出してたのは、演技力なんだから」


 寺嶋の頬を警棒の先端でつつく。さんざん痛めつけられた体のせいか、寺嶋は自然と息が荒くなってしまう。


「この顔をどうしてやろうか。誰だかわからないように、グシャグシャにしてやろうか」


 そこで気が変わったかのように、嬉良はすくっとたちあがり、また3人から当距離の位置に戻った。

 そして背を向けたままで、言い放った。


「寺嶋とΔ愛はエデンを追放、そして車を用意して――辻井恵介は家に帰してあげる」

「嘘をつくなっ!」

恵介はその信じられない言葉に、反論せざるを得なかった。

「嘘なんてついてないよ、“かいつまんで”言っただけ」


 振り向きざまにそう言ったところで、男どもが3人を部屋から引きずり出していった。3人がいなくなり、部屋には家康と嬉良だけが残った。


「帰してよかったのか?」


 家康が嬉良に尋ねかける。


「ええ、もう彼は用済みです リースはもう充分に壊れました」

「しかし、父親が帰ってきたとあっては、壊れたリースも持ち直すのでは?」

「あいつ、ファザコンですからね。泣いちゃったりするかもね。父親が家ではなく、土に(・・・)帰ったとしたら」


     *****


 辻井恵介を乗せた車は、ご丁寧にも彼を家の前まで送り届けてくれた。


「着きましたよ」


 運転手は、無の表情を浮かべるKTだ。嬉良の命令で恵介を家まで送り届けることになった。


「本当は騙しているんだろ? なぁっ!」


 もがく恵介を後部座席で隣に座っていた男が、無理矢理に押し出し、車のドアを閉める。恵介は、自分の家の玄関先に投げ出された。


「おいっ! 待てよ!」


 恵介の叫びを無視して、窓から家の鍵が投げられたあと、車はそのまま走り去ってしまった。恵介は舌打ちをしながら、その鍵を拾う。

 まだ胸中で沸き起こる疑問符は消えないが、ひとまず玄関のドアの鍵穴に差し込む。鍵が開く音はどことなく、いつもより重々しい。

 玄関のドアを開けると、廊下に見慣れないクマのぬいぐるみが置いてある。

 そして、そいつはスケッチブックを持っていた。


“ばいばい おとうさん ともみさか きら”


 それを読んだところで、轟音とともに家の玄関は爆炎に包まれた。

 恵介の家には、何度か嬉良が押し入っている。工作を入れるのはお手の物だった。爆弾は何個も仕掛けてあったようで、誘爆により小さなキノコ雲が窓やら壁やらから、ひとつふたつと立ち込める。

 やがて煙が風にさらわれた。家は外壁がところどころ崩れ落ち、ちりちりと燃えている。

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