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Act.17 Advent of MEGITSUNE

「あれ? 懐中電灯の電池切れた?」


 照らされていた円錐状の視界が、闇に閉じられた。


「えっ!  替えの電池は?」


 午前1時、ついに愛と寺嶋の作戦は決行された。

 今夜の警備の者は、目を付けていた不用心な中年の女性。部屋の鍵を開けっぱなしで、見回りに出ることが多い。そこを狙って宿直室に忍び込もうというわけだが、頼りの灯を失った。女子寮は午後11時には廊下、ホールなどの公共スペースが消灯されるため、個室以外は真っ暗の状態。点いているものといえば、非常口の案内表示ぐらい。各階に設けられた共同トイレの電気もセンサー式で中に入らない限りつくことはない。月明かりや外灯の光を入れるための窓も外からの侵入を防ぐため、格子を渡した小さなものしかない。その内装は牢獄を彷彿とさせるものであり、実際、寺嶋にとっては牢獄でしかなかった。


「肝心なとこで詰めが甘いのも、Δ愛ってやつですよ」

「持ってないのかよ。まあ――――もう1階まで来ているから、迷うことはないだろうが。帰りが心配だ」


 暗い廊下を歩いていき、ホールまで来ると一気に明るくなる。

 唯一、外に開けた窓がいくつかあるこの空間、中庭から月明りが差し込んでいる。

 玄関の寮生の靴箱が確認できる位置にカウンター付きの小窓がある。その部屋が宿直のいる部屋だ。もちろん今は見回り中で、中には誰もいない。まず周りに誰もいないことを確認すると、ふたりでドアに近づき、この作戦の言いだしっぺであるΔ愛が宿直の部屋のドアノブをガチャりと回した。――――だが、途中でつっかえる。


「どうだ、開いたか?」


 愛からの返事がない。何度か呼びかけたところ、愛は首をギギギと動かし、寺嶋を見下ろす。まるで、油の切れた機械の可動部のようだ。いつも眼鏡の奥でくりくりと動いている眼が、明らかに泳いでしまっている。


「せ、先輩……、あ、開いてないんですけど」

「え! いつも閉め忘れているって言ってたじゃん!」

「今日に限って用心してたんですよ! あのババァ!」

「でかい声出すな! ばかっ!」


「なにしてるの?」


 急に話しかけられた瞬間、自分の中で完全に時が止まった。――――バレてしまった。


「ああー、宿直室に忍び込もうってのね」


 振り返ると、声の主は少女だった。年頃は、愛、寺嶋と同じくらい。声色から分かっていたが、見回り本人ではなくて良かった。――――しかし、この少女は見逃してくれるだろうか。

 少女の顔は逆光になっておりよく見えない。一瞬、ゆらりと笑った口元が見えた気がした。そして、少女はなんと宿直室のドアの鍵穴に鍵を差し込み、ふたりの目の前で開けてみせた。


「ほら、開いたわよ」


 ふたりはあっけにとられたような表情で、少女の方を一瞬見やったあと、宿直室の中を覗き込んだ。


「あ、ありが――――」


 そして振り返ったときには少女の姿はなくなっていた。


「なあ、愛、ふたつ気になることがある」

「なあに?」


 ことを済ませたあと、愛は寺嶋の部屋にいた。愛はベッドの上に腰掛け、戦利品である嬉良の部屋の鍵を空中に投げては掴み取りを繰り返して遊んでいる。


「ひとつは、あの少女がなんで宿直室の鍵を持っていたか」

「もうひとつは?」

「あの少女がなんでああも都合よくあそこにいたのかだ。それと、あの少女が誰なのかも……」

「3つありましたね」

「そこはどうでもいい。おまえ、計画性があるんじゃなかったのか?」

「過ぎたことに関しては、わりかしどうでもいいって思うというか・・・」

「中途半端だな、おまえはいろいろ……」


 愛にはどこか掴み取れないところがある。すっかり行動を共にするようになったが、苦手だとすら感じてしまう。


「まあでも、この女子寮、いやエデン自体、相当な軋轢(あつれき)を生み出してますからね。IC(あいつら)や、あたしたちだけが思い切った行動に出ているという考え方自体、視野が狭すぎるかもしれないですねー」

「ついに嬉良の部屋の鍵を盗んだが。監禁されている奴を、おまえはどうするつもりなんだ?」


 寺嶋は、一番気になっていたことをΔ愛に聞いてみた。


「さあ? 自分でもこんなことをしているのが訳わからないですよ。一応、革命には反対派のつもりですけど、今やろうとしていることはどっちの利益かというと」

「革命派になるということか?」

「それもわかりません。ただ、あたしは嬉良先輩が嫌いなんです。もしかしたら、それだけかもしれない」

「嫌いって、どういうところがだ?」

「そこに関しては寺嶋先輩と同じ意見ですよ、手段を選ばなさすぎる。きっと、そのうち人を殺したって彼女はなんとも思わない。それが気に食わないんですよ」


 愛が言った通り、寺嶋は嬉良の凶暴性に危機感を覚えている。


「だからって、こんなことしたらここを追放されるぞ」

「言われなくてもわかってますよ それでも寺嶋先輩はついてきてくれたじゃないですか」


 Δ愛は、ベッドから立ち上がり、寺島の部屋を出ようとする。


「監禁している奴を逃がして、嬉良先輩に一泡吹かせてやりましょ。そうすれば、追放されたって悔いはありませんよ。――――ついて来てくれますよね、先輩」


 そう言ってニッコリと笑いかけ、寺嶋の部屋から出ていった。愛がエデンから追放されるとすれば、それは他人事ではない。寺嶋の立場も危うくなる。


「――――勝手な奴だ」


 ふて腐れた笑みを漏らす寺嶋の頭の中に、ゲームセンターで互いに笑い合ったあの瞬間が蘇った。愛はどこか危なっかしくて掴めないけれど、寺嶋には必要な存在だった。


*****


「嬉良さん、入りまーす」


 女子寮、嬉良の部屋のドアをノックするや否や、少女は鍵を挿しこんでドアをこじ開けた。合鍵を持っているからと言って、なんとも乱暴な入り方だ。

 部屋の中は明かりが点いていて、嬉良は文庫本を読んでいた。

 ぶしつけな少女の来訪に苛ついている。


「合鍵で入るなと言ったはずだ。()()

「すみませーん。お父さんが女子寮(ここ)の管理者だからー。家康さんのお気に入りの嬉良さんの部屋でも勝手に入れちゃうんですよねー」


 華ぐ夜は、きゃいきゃいと甲高い声でしゃべる。実に耳障りだ。だが、異常なのはその容姿。背丈は特別小柄なわけではない――――むしろ平均身長より高い部類に入る――――が、拒食症を疑うほど痩せ細っている。こけた頬、ぎしぎしに傷んだ金髪、骨ばった身体。もはや服はぶら下がっているかのようにさえ見える。見るものを不安にさせるような見すぼらしい容姿だ。


「仕事はちゃんとして来たのか?」

「嫌ですねー。その辺は抜かり有りませんよ。だって、約束してくれたじゃないですか。手伝ってくれたら、この蝶蛾咲(ちょうがさき)()()をステージの上に立たせてくれるって。

 エデンの管理者の愛娘たるあたくしを、こき使えるのなんて嬉良さんだけなんですのよ」

 

「戯言はいい、少しは黙れ」

「はいはいはい。約束通り、あのふたりに鍵を渡しておきました。でも、いいんですかー? いくら既成事実を作り出すためとはいえ、あのふたりの思い通りにさせて」


 華ぐ夜は馴れ馴れしく嬉良のベッドに腰かける。

 背中越しにベッドの軋みを聞き取って、嬉良はぎりりと奥歯を噛みしめる。


「勝手に他人のベッドに座るなっ」

「あははは、最近情緒不安定ですよー、嬉良さーん。ちゃんと静かにしてれば、あたくしと違って可愛いんですから」


 へらへらと笑う華ぐ夜。嬉良はそいつがムカついて仕方がないようだ。

 青筋をこめかみに浮かび上がらせる嬉良の表情を肴に、けらけらと笑う華ぐ夜。


「そうそう、いいこと思いついちゃったんですけどね。嬉良さん、今回の件を利用して目の上のたんこぶだったふたりを追い出そうとしてるんですよねえ。

 ついでなんで、あのこの父親、殺しちゃいませんか?」


「あのこの父親は、お前の仕事が済んだら用事がなくなる。ICが地に落ちればそれで済む話だ」

「へぇーえ、本当にそう思っているんですか、嬉良さーん。まったく心外ですわ」


 口の前に手を当てて、わざとらしく驚いてみせる華ぐ夜。

 そして、嬉良の顔のすぐ横に、ずいと顔を突き出して、囁くような声を出す。


「だって嬉良さんが、あのこの父親に目を付けたのって、あのこがファザコンだからじゃないですか。嬉良さんは、羨ましかったんですよね。あのこと父親の関係が。――――あたくし、知ってますわよ。嬉良さんが、なんで家康さんに気に入られようと必死なのか。嬉良さんは天涯孤独で、仲のいい家族を持っている人に対して、劣等感を感じているんですよねえ。

 だったら、あたくし、思うんですよ。そいつを自分と同じ身の上にしちゃえば、劣等感なんて無くなるんじゃないかーって」


 にやりと口角を上げてほくそ笑む華ぐ夜。その瞬間、嬉良は背筋が凍るような冷たさを覚えて、手にした文庫本をはらりと落とした。


「なーんてね。冗談ですよ、嬉良さん。――――それでは、あたくしは地下でのお仕事がありますので」


 華ぐ夜は、その様子を口元を隠しながら笑い、嬉良の部屋を後にした。


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