チェックメイト
――『Freefom-Liverty 攻略wiki スキル解説:短縮詠唱』――
魔導士は、『魔導術』スキルの特性上『詠唱』が必要であり、大きな隙が発生する。
時間にして3.5秒。
しかしそれを補うのが、『短縮詠唱』。
文字通り魔導士の詠唱を縮め、本詠唱のみで魔導術スキルを発現出来る。
……が、使用の際は注意が必要である。
30秒という再使用時間ももちろんだが、使用後5秒間は魔導術スキルを発動出来なくなる。
たかが5秒。されど5秒。
使うタイミングが、魔導士としての腕の見せ所だ。
☆
☆
「笑ってないで、とっとと来たら?」
「ああ、そうだな。終わらせよう……『ファイアー・エレメント』――」
“指示”の為。念には念の時間稼ぎ。
思えばそれによって、彼の緊張は少し解けていたのかもしれない。
「!? 目がッ――」
ノーマークだった。
スコップによる、砂の一撃。
《状態異常:視野狭窄になりました》
当然、アーノルドの詠唱は中断。
完全ではないものの、視界が一部奪われたからだ。
(こんなもの……!)
しかし。彼はその対処法を導き実行。
砂ならば――洗い流すまで。
ローブ、胸ポケットに仕舞っていたMPポーションを顔に掛ける。
《状態異常:視野狭窄が解除されました》
それは砂を食らった後……ほんの数秒で完了。
だが、その数秒が命取りになることを彼は知っている。
地雷を受け吹っ飛んだ戦士は頼れない。
(ここだ――ここで使うしかない!)
「『短縮詠唱』――」
よって。
彼は刹那の迷いもなく、そのスキルを発動。
その“殺気”を感じとったダガーは、それに気付くが――どうしようもない。
「――『炎蛇』!!」
「――『高速罠設置』!!」
はず、だったのに。
地面に敷いたスケッチブックの様な“何か”に、スコップをかざすという意味不明な行動。
「――ッ!?」
更に、それを地面から拾いあげて前に掲げる。
まるで、“盾”を構えるかの様に。
あんなもので、この『炎蛇』が防げるはずがないというのに。
なぜか。
得体のしれない不安が、彼を襲う。
(何なんだ、アレは!)
「――『旅の記録』だ」
その疑問に、答えるようにダガーは口にし。
「なッ――!?」
次の瞬間。
旅の記録に空いた“異空間”へ、炎は吸い込まれていった。
あんな紙の束、突き破ってダガーに貫通するはずだったのに。
(まだだ……!)
しかし、炎蛇には追尾性能がある。
あの突如現れた異空間は謎でしかないが、“着弾”はしていない様に見える。
勢いであの穴に入ってしまったが――それの追尾性能は高い。
盾や武器で直接防がれた訳じゃなければ。
空間が広がっているだけならば、火の槍といえど蛇の様に戻ってくるはず。
その穴の中を。
ぐるっと曲がって、あの罠士に――
「――“解除”」
しかし、そんな希望も一瞬で閉ざされた。
彼が、開いている旅の記録を閉じた瞬間。
連動する様に、その穴が“無くなった”からだ。
「…………は?」
その後。
穴に迷い込んでいた炎は、出てくる事もなく。
罠士は――森の影へ逃げ込んでしまった。
☆
「なっ。なんなんだ……アレは……!」
信じられない――そんな表情。
体力はまだ残っているものの、アーノルドは戦える余裕などなかった。
切り札である短縮詠唱が凌がれ、しかもダガーは森の中に潜まれ。
刻々と、時間は溶けていく。
されど、一向に落ち着かない。
「アーノルドさん! 気を確かに!」
「ッ! すまない。アイツはどこに行った――」
戦士の声で我に返るアーノルド。
索敵を開始……だが、足音は聞こえない。
「に、逃げた?」
「だと良いんだがな……」
そんなわけはない――冷や汗を流しながら彼は周囲を見る。
どこだ、どこだとあちこちを。
「!? おいレオ……?」
「ど、毒……」
《レオ LEVEL22 状態異常:毒》
しかし、そんな無慈悲な表示。
毒を食らった。
それはすなわち。
「近くに、います……!」
「ッ!」
青褪めた表情。
それは毒ではなく、恐怖のせいだ。
森という閉塞感。
場所の分からない敵。
近付いてくる死。
それは――プロゲーマーといえど、フルダイブVR。
確実に精神を蝕んで、判断力をごりごりと奪っていく。
「あ、ああくそッ! どこなんだよ!」
「レオ、闇雲に走るな!」
「! そ、そこかッ!」
そして、その時。
彼には見えた。
5メートル程先。木の影から不自然に伸びる“長い棒”を。
言うまでもなく彼の武器。
“鍬”とかいうふざけたソレが。
煽る様に、振られていた。
「待て! それは“罠”だ――」
戦士は走る。
アーノルドの声は届かない。
気付かれたからか、それは遠くへ逃げていく。
ようやく見つけた罠士の影。
絶対に逃さない。
この悪夢の様な状況から、早く脱したい。
早く、早く――
「――え」
しかし。
その鍬に目を取られ、足音が疎かになっていた。
違和感。
何か、石の様に固い物体。
「……こ、これ――」
――戦士は踏んでしまったのだ。
大きな、黒い塊を。
《レオ様が死亡しました》
「ッ! レ、オ……!?」
そして。
彼は仲間全てを失って。
「よう」
現れた罠士。
淡々と近付くその男に、どうする事も出来なくて。
「一人になったな、アーノルド」
“チェックメイト”――それを示す様。
冷たい鍬の刃が、彼の喉に突き付けられたのだった。




