忠人の暗闇。
「ハァ……ハァ……」
真夜中……。
漆黒の山中……。
黒い樹木の隙間から僅かだが、月の明かりが、零れ落ちている。
幸いにも、今日は、満月。
真っ暗闇の山中でも、天を仰げば、月明かりを拝むことが出来る。
俺は、最初の山門をくぐり抜け、泥濘む赤土に足を取られまいとして、山を登る。
ぐちゅり──
──ぐちゃり
裸足にサンダル履きのまま、登る。
真冬の寒さより泥まみれの冷たさより、急勾配の山の斜面に、しがみつくようにして俺は、登る。
「瞳……」
まるで、満月が、笑っているかのようだ……。
もうすぐ、瞳に会える。
暗闇の向こう側から得体の知れないものが、走り迫って来ても、なんら怖くない。
獣であろうと、幽霊であろうと、俺の背負って来た20年の喪失に比べれば、軽い。
瞳の魂は、重い。
先の見えない暗闇。山の参道……。
俺以外、誰もいない。
誰もいない暗闇の空間に、俺の足音と呼吸音───
──それ以外は、響かない。
まるで、この暗闇が、無限に続くかのようだ。
黒い樹木の隙間から、削られた岩土の斜面から……、何も言わぬ暗闇が、息を潜めて俺を見ているようだ。
口を開けて、俺を飲み込もうとしている……。
「ハハッ!!俺を見ているのか……!?」
俺は、気が触れたかのように、笑い出す。
しかし、こいつ……暗闇にかまっている暇は、ない。
けれど……。
「アハハハハ!!暗闇よ!!お前が、どれほどのもんだって言うんだ!?俺の苦しみが、分かるって言うのか!?分かるなら返事しろ!!」
返事は、ない。
俺の声が、ただ、響き渡り……木霊する。
消えてゆく……。
「だろうな……!!」
山の中腹にさしかかると樹木が、途絶え、剥き出しになった岩肌が、満月に白く照らし出され……浮かび上がる。
ここから見下ろす街の風景。
暗闇に浮かぶ、まだ、まばらな明かり。
ふと、目の前を見上げると、参道の奥へと再び樹木が、覆い茂る。
さらに続く道の脇に、休憩所を兼ねた庵のようなものが、あり……仏像らしきものが、佇んでいる。
俺は、足を止める。
祈るわけじゃないが、なんの神様か気になった。
「なんだ?暗くて良く見えねぇ……」
だが、少しして怒りが、込み上げてくる。
(ん? ──『虚空蔵菩薩』……?)
薄らと照らされた月明かりに見えた文字──
だが、こいつは、何もしなかった。
そればかりか、俺から瞳を奪った。
「けっ!!何が、神様なものか……」
そう、俺は、吐き捨てて……。
再び、歩き出す。
家を出てから、どれくらい時間が、経ったのだろう。
「ハァ……ハァ……」
流石に、年齢だ。体力的にキツい。
酒とタバコが、祟ったか。
それでも、天を見あげれば、だんだんと山の夜空が、白んで来ているのが、分かる。
次第に、山の斜面に埋め込まれた地蔵の数が、多くなって来ている。
「地蔵菩薩……か。見てろよ。俺の姿を。無力なままにな!!」
神様とか仏様とか、よく分からねぇ。
そんなもん、いるなら……。皆、幸せなはずだ。
俺だって、瞳と結婚してたはずだ。
瞳が、「うん……」って、頷いてくれたのなら……。




