96話:決闘・副将戦
「なんだ今のは!? そこのエルフ、いったい何をした!」
オイセン軍の指揮官が唾を飛ばしてロミーを指した。
「妖精王の導きのままに」
「妖精王だと!? 妖精王がいるのか!?」
「はぁ…………、えーと。妖精王は妖精の親も同然。ロミーは今、生み直したようなもの」
「なんだそれは、おい、これは違反だ! 決闘に関わらない者が手を貸したんだぞ!」
「決闘はすでに終わっている。治療を施すことを違反とはおかしなことを言うわね」
指揮官の訴えを、審判のローズは鼻で笑った。
別に必ず殺せって決めたわけじゃないし、ロミーは決闘には負けてる。違反なんかじゃない。
「元より妖精を殺しても、新たに同位体の妖精が出てくるだけだそうよ」
「馬鹿な。殺せば消えるではないか」
「確かに妖精としては別個体だけれど、妖精全体の絶対数が同じなの。妖精自体が殺して減る存在ではないわ」
ローズの説明に驚き、指揮官は妖精に詳しい者を探して軍のほうに戻って行った。
どうも人間は妖精を知らなすぎる。妖精の考えや性状も知っている人は少ないと思ったほうがいいんだろう。
「今は終わった決闘の対戦相手より、次が大事なのではない?」
ローズが指す森のほうの兵が騒がしい。
「次の対戦相手が来たわ」
「ロミー、ここから引こう」
「えぇ。うふふ、私を惜しんでくれてありがとう」
僕はそう囁くロミーからぎゅっと抱きしめられる。
背中に当たる胸が温かい。ってことは体温があるから、人間のような体を維持した受肉状態がウンディーネの時から続いていると思っていいのかな。
僕たちが戻ると、マーリエも涙ぐんで喜ぶけど、ロミーは僕から離れない。
「あらあら。モテるわね」
ローズがからかうように僕に笑いかけた。
男として悪い気はしないからいいけどね。
「む、焦げ臭いぞ」
グライフはロミーの変化なんかチラ見で済ませて、不機嫌に言った。
副将が近い証拠だ。もう近くまで全身鎧の足音が来ているのが聞こえる。
人間たちの耳にも聞こえた時、辺りを覆う幕の一部が焼き切れた。
舞い散る幕の燃え滓の中から現れたのは、怖い話の筆頭らしい彷徨える騎士。
「オイセン軍の副将も前へ」
ロミーの処遇に納得しかねるオイセン軍だけど、次の対戦相手は素直に出て来た。
ここまで来てこの決闘を続けるのは、人間の欲のためだろう。
「羽虫はどうしている? 何か連絡はないのか、仔馬」
「メディサたちが大砲奪ったっていうのは聞いたよ」
こっちも勝手にやってるし、オイセン軍の欲に走った行動には目を瞑ろう。
「次の対戦相手は、神殿騎士と魔法使いに神官ね。装備からして、あの彷徨える騎士を浄化する気満々かしら。それにしても相変わらずうるさいわー。たまに湖にも来るのよ」
「子供も怖がるんですよね、息は荒いし鎧ガチャガチャうるさいしで」
ロミーとマーリエが言うには、森でもあまり好かれる存在ではないそうだ。
彷徨える騎士は、煤と脂で黒く汚れた全身鎧を纏い、隙間からは炎が噴き出している。
おどろおどろしい外見は、呪われているのが一目でわかるようだ。
そして彷徨える騎士は、炎に光る目を審判のローズに据える。
「審判である私を害すならば、相応の報いをあちらの妖精王の代理から受けることになることを理解なさい」
「ぅうぐぅ…………!」
アルフに聞いた限りは喋れるはずなんだけど、ローズの警告に恨みがましい唸りを上げた。
「それでは副将戦、始め!」
合図と共に神官と魔法使いで結界を作り始める。
結界の中に籠った神官が大技の準備をする間、結界を維持して魔法使いが守りの体勢に入った。
剣を抜いた彷徨える騎士とは、聖騎士が斬り合う。
「…………貴様、娘はいるか?」
剣で押し合う中、彷徨える騎士が何やら私情に走り出した。
「残念だが、全員未婚だ! お前などにくれてやる娘はいない!」
聖騎士は彷徨える騎士の剣を弾くと、また斬り合う形に持って行く。
「…………富が欲しくないか?」
「何…………?」
「…………望むなら、くれてやろう。だから、親戚でも知り合いでもいい、娘を寄越せ」
「馬鹿なことを! そんな誘惑効くわけがないだろう!」
「…………娘を、真実の愛を、呪いからの解放をぉお、ぉおぉ、おぉおぉ!」
「真実の愛が、金で買って得られるものか!」
「…………熱い、苦しい、呪いからの解放をぉお、ぉおぉ、おぉ!」
「ふざけるな!」
呪詛のように繰り返される声の強さと打ち合う剣の圧が比例しているのか、聖騎士は押され始める。
そうでなくても熱波が襲い続けるんだ。生身の人間なら長くはもたない。
「炎の優位もあるんだろうけど、見た感じ地力が違うね。普通に戦っても彷徨える騎士のほうが強いんじゃない?」
「長く放浪して経験を積んでいるのだろう。森の住人にも嫌われているのなら、戦闘経験も積まれよう」
僕とグライフが言い合うところに、片眉を上げて不機嫌そうなローズが退避して来た。
「あの騎士もぐりね」
「騎士って聖騎士? そうなの?」
「聖印がないし、鎧も似せてあるだけ。不信心なことするわ」
ローズが言うには、聖騎士には専用装備があるそうだ。
そして出て来た聖騎士は、ただそっくりに作っただけのもぐりらしく、本物の聖騎士の亜種である姫騎士からすると不愉快みたいだ。
見るからにもぐり聖騎士が距離を取り始めると、魔法使いが援護の魔法を放った。
「はぁ! これでどうだ!?」
一時的に筋力を増強されたもぐり聖騎士は、彷徨える騎士の鎧の隙間に剣を突き込んだ。
普通なら血が溢れるような場面で、彷徨える騎士からは火が溢れる。
「くそ! やはり斬撃は効かないか」
「準備は整った、離れろ!」
結界に籠っていた神官が、強烈な光を放つ。
放たれた光線は、彷徨える騎士を包むように通りすぎた。
「ぎゃーー!」
「やったか!?」
叫んだ彷徨える騎士は、箍が外れたように叫び続ける。特に浄化される気配はない。
「あああああああああああああ!」
「駄目だ! なんという妄念!」
叫びに呼応するように、激しく鎧から火が噴く。
「もっと、もっとだ! この痛み、死を感じられるかもしれない!」
まさかのアンコールを迫る彷徨える騎士に神官は震えあがる。
剣を彷徨える騎士に刺したままのもぐり聖騎士は、予備武器で応戦しようと立ちはだかった。
途端に、もぐり聖騎士が刺した剣を引き抜いた彷徨える騎士は、防御の暇も与えず斬り捨てる。
「ぎゃ…………!?」
「くそ! これならどうだ!?」
「ぼああああああ!」
魔法使いの攻撃にさらに荒ぶる彷徨える騎士はうるさいし、怖い。
そして何より、もぐり聖騎士が流す血の臭いが、熱波と共に漂ってくるのが不快だった。
「う…………、なんかぞわぞわする」
「退け、仔馬。本能が刺激されているようだ」
「そうなの? なんか、グライフならそんな僕の状態を面白がると思った」
「知恵ある貴様を倒すからいいのだ、仔馬。本能に惑った馬などに用はない」
「それもどうなの?」
まぁ、この後戦うために姿を変えるし、ここはグライフの助言に従って退くことにしよう。
「決着は見えたから、ユニコーンを呼んでくる」
僕は幕の向こうの兵にそう告げて、森の中へと入った。
瞬間、気配を感じた。
(アルフ、森に何かいる)
(人間じゃないなら興味持った森の誰かだろ)
(誰か来るの? 危なくない?)
(こんな騒ぎそうないしな。興味持ってる奴はいっぱいいるぜ)
(もう、そんな楽しそうに言わないでよ。それでそっちは何してるの?)
(…………別に?)
(楽しそうなの伝わってるから。そんなんで誤魔化されないから)
(い、いや、本当に俺はそんな大したことしてないからさ。フォーレンは大将戦に集中してろって)
不安しかないし、湖のほうの安全確認の後は、特に何も言って来ないのが不穏すぎる。
絶対、何か余計なことしてるよなぁ。
うーん、けどメディサだったら無茶なことはしなさそうだし。この決闘に興味を持ってる森の誰かが何かしてて、アルフはそれを楽しんでるのかな?
「あら、フォーレン難しい顔してどうしたの? ロミーのことは上手くいったんでしょう?」
シュティフィーと合流すると、すでにそこはロミーのことを吹聴して回る妖精たちで賑わっていた。
ボリスとニーナとネーナが、副将戦が始まる前に森に飛んで行ったからね。
僕はシュティフィーの手を借りて、着飾った服を脱いでユニコーンに戻る。
やっぱりこっちのほうが落ち着くなぁ。
「フォーレン、怪我をしないようにね」
「うーん、最近思うんだけど」
唸る僕にシュティフィーが首を傾げた。
「グライフって相当強くない?」
「今さらなの?」
あ、やっぱりそうなんだ。基本的に森に来てから会う住人って、どう考えてもグライフを越える強さって少ないんだよね。
いてもアーディみたいに本気出せる範囲が決まってるような相手だ。そう考えると本気出せるのが空って、相当優位だよね、グライフ?
「…………今はそんなこと考えてる時じゃないか。さて、行こう」
決闘場所へ戻るために歩き出すと、向かう先から叫びが聞こえた気がした。
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