90話:ノームのお遣い
他視点入り
暗踞の森に滞在する私ランシェリスに、最初に報せを齎したのは見慣れた傷を持つグリフォンだった。
「どうやら決闘を取りつけた今になって森へ入る者がいるそうだぞ?」
「準備期間はお互い干渉も偵察もしないと取り決めたというのに」
「俺が少し見てきてやろう」
「うん? 待ってくれ。フォーレンはどうしたか聞いても?」
正直このグリフォンは、賢くはあっても人間に対して親しみを持ってはくれない。
フォーレンという話の通じる仲介がいてこそ共に行動できる相手だが、どうも頼みの綱は妖精王の遣いで出かけてしまっているらしい。
「私も同行させてもらう。ローズ、この場は任せる。ブランカ、それと第一隊は私に続け」
「ランシェリス、適当な名目をつけて軍へ数人探りに行かせるわ」
私は頼れる副団長に頷いて、こちらを待たず森へ入る人化したグリフォンを追った。
「グリフォンどの。つかぬことを聞くが、誰から侵入者について聞いたのだろう?」
『俺だよ、俺』
「この声は妖精王? いったい何処に? 今は動けないと聞いていたが?」
『ここはちょうど結界張り終えてさ、お前らが出入りするから開いておいたんだけど当たり前のように入ってくる奴らに気づいて。この暇なグリフォンに触媒持たせて見に来てもらったんだよ』
声の元を探ると、グリフォンの首に見慣れない木彫りの護符がある。
どうやらこれが妖精王の触媒らしい。
「羽虫の声は一定範囲にしか聞こえないとして、小娘どもは静かにしていろ」
全く周囲に気を使っていないような歩みでありながら、グリフォンの足音は恐ろしく静かだ。
裸足であることを差し引いても、身のこなしが獣の無駄のなさを感じさせる。
まだ人化を覚えて一年も経っていないはず。生まれてから今日までこの体で生きて来た私たちよりも、優位な身体能力と戦闘感覚を持ち合わせているようだ。
「近いな。…………近づいてくる。屈め」
手短に命じられて、何も感知できない私たちは従うしかない。
そしてグリフォンの言うとおり、辺りを警戒しながら何かを探す冒険者七人を見つけた。
場所取りもこちらが高い位置にあって優位。これは埋められない差に悩むよりも、森での動き方をグリフォンから学ぶつもりでいたほうが有益そうだ。
「まだ見つからんのか? 何処で妖精共に気づかれるかわからんのだぞ?」
「そう思うんでしたら、薬草探すの手伝ってくれてもいいんですよ?」
「黙れ冒険者風情が。口ではなく手を動かせ」
どうやら冒険者のような恰好を装ってはいるが、一人騎士が紛れているようだ。
というか、恰好こそ装っているが、騎士の長剣を下げていては変装の意味がない。騎士にとっての権威の証ではあるが、今は間抜けの象徴にしか見えなかった。
冒険者たちは騎士に見えない体の陰で、手振りだけで意思疎通を行う。不満を吐く仲間に、他が潜めた笑いを漏らすのが見えた。
推測だが、騎士を指して地面を叩いて、首を横に切る動きから「ここで始末してもばれないんじゃないか?」という悪い冗談のようだ。
「魔女の里に行ければ早いのに」
「何処かのお偉いさんが魔女を怒らせたそうで」
「ただでさえドライアドのことで怒ってたってのにな」
「俺のじいさんが、ドライアドに手を出したら最後、森が全て敵になるって言ってたんだが、ホラじゃなかったんだなぁ」
騎士から離れて必要な薬草を探す冒険者たちは、私たちに気づいてはいないようだ。
無駄に口を動かしながらも、手と目は休まず必要な薬草を選別して摘んでいく。
『あいつらが集めてるのは血止めや化膿止めになる薬草だけど、まだ探してるってことは別の目的の薬草があるんだろうな。魔女に頼んだら早いって言ったら…………妖精避けか?』
妖精王の推測は当たりだったようで、ようやく目的の薬草を見つけると、冒険者たちは腰を上げた。
「よーし、これで即席の妖精避けが作れる量が確保できた」
「魔女の作る香よりずっと低品質だけど」
「ないよりましでいいってのが、軍のご命令だ」
軽口を交わす冒険者たちを睨み、騎士は代表らしい男に居丈高に宣言した。
「どうやら仕事内容に不満があるようだな、『金羊毛』?」
「いえ、全く。徴兵されない代わりの徴用ですから? ただ働きで敵地に放り込まれても不満なんて、まさかまさか」
不満たらたらのようだ。
冒険者の口さがない悪口雑言など聞き流せばいいのに、騎士は青筋を立てて正面から無謀な命令を下した。
「ではやりがいのある特別任務をくれてやる。我々が決闘を行って森の主力を引きつける間、人魚どもの湖に砲弾を撃ち込んで来い」
「…………冗談?」
「愚か者。水を引くために水路をちまちま作るから妨害をされるのだ。最初から湖の形を変えて我が国に流れるようにしてしまえばことは済む」
あまりの暴論に言葉もない。
それは『金羊毛』という冒険者たちも同じようで、お互いに顔を見合わせた。
「水路、泥で埋まってますよ?」
「こちらに流れるようにしてしまえば、後からいくらでも手は入れられる」
「大きな流れを作ると、人魚が水に乗って攻めてきますよ?」
「お前たちのようなならず者で拮抗する程度の魔物だ。軍を置いた町まで出てくるというならちょうどいい。根絶やしにしてくれる」
「あのですね、人魚という存在の厄介さをどうもわかってらっしゃらないようで」
「己の力不足を棚に上げて、魔物の能力が上だとでも言いたいのか?」
冒険者を何処までも下に見る騎士。
『金羊毛』は早くも騎士を見限ったのが、雰囲気の変化でわかった。
この騎士には何を言っても無駄だと見捨てたが故の沈黙に、騎士は相手を言い負かしたとばかりに上機嫌になる。
その間にまた身振りで意見をまとめた『金羊毛』は、代表らしい男が嫌々騎士から情報を引き出す役をすることになったようだ。
「砲弾放つ砲台と魔法使い運ぶのが次の仕事ですか?」
「それと我が軍が同行させた都の学者だ。水の流れがきちんと我が国に流れるようにしなければ意味がない。もしエフェンデルラントにでも流れることがあれば、貴様らの首もエフェンデルラントまで流されるものと思え」
騎士の調子に乗った脅しを聞き流し、『金羊毛』の代表は作った半笑いで情報を引き出していく。
その中で、少しでも自分たちの生存率を上げるためだろう、学者の同行を止めて、人魚以外の森の住人をかく乱するために、決闘に関わらない他の兵を森に入れることを提案した。
「ところで、俺たちもまた森に入るなら、妖精避けの薬草もっと摘みたいんですが?」
「愚か者。軍の仕事を任されておいて、我欲を満たそうとは何事だ。用が済んだならさっさと出るぞ」
あまりの発言に、また冒険者が騎士の始末を身振りで提案する。今度は誰も笑わない。
それでも代表が首を一つ横に振るだけで、冒険者たちは素早く帰路についた。
グリフォンが身を起こすのを待って、私たちも体勢を整える。
「面白いことになったな」
『ほーらな? 絶対碌なこと考えて入ってきてないって言っただろ?』
「このような企みがあると予見していらしたのか? 妖精王、予防策が?」
「予防などせぬわ。そうであろう、羽虫?」
『来るって言うなら来てもらおうぜ。俺どうせ決闘のほうには参加できないから、森で何かあったら対処任せるってフォーレンにも言われてるしぃ』
悪乗りしているようにしか聞こえない妖精王の声に、私は不安が募る。
さらにグリフォンが思いついたように悪い笑みを浮かべることで、嫌な予感に拍車がかかる。
「そうか。今回のことに関われずに暇を持て余す輩がいるなら、これは参加の好機か」
『お、誰か誘うのか? けど湖はアーディがうるさいだろうから、手出しはやめておけよ』
「あの…………」
「ふん。決闘とは名ばかりの人間の浅知恵。最初から仔馬にはめられていることにも気づかない阿呆には、目に見えるわかりやすい脅威があるくらいがちょうど良かろう」
「…………待て! 待ってくれ!」
私はどんどん悪い方向に進むグリフォンと妖精王の話に割って入ろうとするが、どちらも私の声を聞いてはくれない。
私では駄目だ。フォーレン! 早く戻って来てくれ!
そう願いながら、私は先ほどの『金羊毛』を真似て、なんとか不埒な企みを聞き出せないか、奮闘することになった。
僕はノームの住む煙突山で、アングレスに対して一つお願いをしてみた。
「フガフガ」
「ユニコーンさん、代わりにお遣いをしてくれないかとのことです」
僕は思わず鎖に繋いだドラゴンもどきを見る。
ノームから隠れるように炉の燃料の陰に隠れてた。よほど素材にされるっていう危機感が骨身に染みたようだ。
「ドラゴンつれたままで大丈夫なお遣い? 時間かかっていいなら、一度アルフに剣とこのドラゴンもどきを預けて行くけど」
「ドラゴンもどきってひどいのよ!? ドラゴンなのよ!」
落ち込んでるように見えて元気みたいだ。
「フォゴフォゴ」
「ドラゴンの肝を薬にする相手だからきっと大丈夫だろう。だそうです」
「行きたくないのよ!」
「じゃ、この子に森で勝手をする怖さを教えるためにも引き受けようかな」
「このユニコーン、鬼畜なのよ!?」
さっき反射的に僕から剣を奪ったの忘れたのかな?
「それで、何処にお使いに行けばいいの?」
「ブフォブフォ」
「魔女の里です。頼まれていた針を作ったんですが、いつまで経っても取りにいらっしゃらず。その上、本格的に里が守りに入ったと聞きまして」
当分取りに来ないのは予想できるものの、頼まれたのは針十本。ノームたちからしてもちょっと管理するには小さな依頼品なんだとか。
「ちょうど行く用事もあったし、いいよ」
「ブモフォブモフォ」
「ではご依頼の品は、冠と一緒に妖精王さまの住まいにお届けしますね」
「うん、よろしく」
「よろしくしないなのよ! あたしは行かないなのよ!?」
文句を言うドラゴンだけど、鎖で繋がってるから引き摺って行くだけなんだよね。
「そうだ。泥棒捕まえたお礼っていうのはこの鎖でいいよ。すごく強くて使えそうだし」
「そうですか? あ、こっちの出口のほうが魔女の里には近いですよ」
そう言ってフレーゲルに案内されたのは、人間が立って歩ける大きさの通路。
その先には洞穴に偽装した出口があった。
「…………あの這わなきゃ入れない入り口、いる?」
「あそこが僕たち本来の出入り口で、こっちは搬入口なんです」
「あ、そう…………」
客を裏口から入らせられないという心遣い、なのかな?
「依頼の品と、こちらの受け取り票も渡してください。…………それと、話の流れでできるようでしたら、魔女の里が閉じてダークエルフも困っていたとお伝えいただければ」
「うん、わかった。受け取り票とダークエルフね」
剣と針を持つために人化した僕は、猫くらいの小さなドラゴンを鎖で引きながら、ノームのお遣いのため、魔女の里を目指すことにしたのだった。
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