87話:煙突山の入り口
ノームのフレーゲルと森を移動した僕は、砂っぽい色の岩が露出する辺りに来た。
なんだか熱気を感じる。そして僕は木々の向こうに煙を見つけた。
木々の途切れた視界に、煙を噴き出す小さな山が現われる。
「色んな所から煙が出てるし、地面が熱い。これって、火山なの?」
「いいえ。実はこれ、僕たちノームが山を模して作った作り物なんです」
フレーゲルが言うには、僕の目の前に広がる小さな禿山は、五百年ほど前に作られたものなんだって。
作った理由は、野性の熊対策。昔ここにあった地下への入り口を、巣穴にしようと熊がやって来ては縄張り争いになったらしい。
…………熊と縄張り争いする妖精って…………。
「魔王が倒されて逃げて来た人間やダークエルフが、魔王の広めた建材だと言って教えてくれたそうです」
「へー、これ石じゃないんだよね? けど硬くて、密になってるこの感覚って…………」
生前の、コンクリートに似てる気がする。
「ダークエルフの村もこの建材でできていて、すごく強固ですよ。最近は古くなった水道管を新しくするために、よく材料になる石灰を買いに来ます」
「水道管、あるんだ…………」
え、すごいダークエルフの村に行ってみたい。
悪い噂はわざとで、アルフにも従う穏やかな種族みたいだし。人魚とも協力して動いてるみたいなこと言ってたし、アーディに聞いたら紹介してくれるかな?
「フォーレンさんは水道管に興味があるんですか? でしたら、僕たちの住まいにもありますから見て行ってください」
「水道管に限ったことじゃないんだけど、うん、そう言うなら見せてもらおうかな? 地下ってどうなってるかも気になる」
「鍛冶仕事で発生する熱を使ってお湯を沸かし、地下に流すことで温度調整をしているので、水道管設備はちょっとすごいですよ」
得意げにフレーゲルが言ってるのって、僕が予想したより近代的な設備なんですけど?
え、妖精ってすごい?
「こっちの穴が入り口になります」
僕の背中から降りたフレーゲルは、身の丈に合わない錆びた長剣を引き摺って楽々と動く。
見た目と筋力が比例しないのは、すでにコボルトのガウナとラスバブで見たから驚かないけど。こう、視覚的な違和感は拭えないなぁ。
フレーゲルが案内してくれたのは、微妙に下るために先の見えない真っ暗な横穴だった。
ノームなら余裕を持って進める大きさだけど、武装した人間は入れるかどうかってくらいだ。
鎧を着る騎士なんかは、姫騎士たちのように細身でない限り絶対つっかえる。
「小さくなって…………と。よし、行こう」
「ではご案内します」
先を行くフレーゲルに続いて長い横穴を進む。小さくなっても角が天井につきそうだから、頭は下げぎみで。
音が反響して狭さを強調するし、進むごとに強くなる熱波は、入り込む生き物を不安にさせる気がする。
「ねぇ、フレーゲル。この暑さってさっき言ってた鍛冶仕事のせい?」
「そうです。僕たちは地表の山を煙突山と呼んでいます」
「それってもしかして?」
「もうすぐですから、見たほうが早いです」
そう言ってちょっと足を速めたフレーゲルに従って横穴を抜けると、そこは土でできたドームのような場所だった。
「うわ、煙突が並んでる? あの煙って全部この煙突から出たの?」
「はい、そうです。ここで鍛冶仕事のための金属を溶かしています」
カンカン、キンキン、金属を叩く音が響いている。
合間に入るのは燃え盛る炎や水蒸気の音だ。
「うわー…………毛玉だらけ」
「あの、ノームなんですけど」
「…………前も後ろもないのに?」
「みんな立派な髭が生えてるんです。ほら、よく見ると妖精の証である帽子を被ってるのがわかりませんか?」
「…………なんで髪も髭も足を隠すほどに長くしちゃうかなぁ? 火を扱ってて燃えないの?」
「髭を焦がすっていうのは、半人前の証だと言われています」
わからないなー。
髭、焦がすくらいなら剃っちゃったほうが良くない?
そう言えば、髭の生えてないことをフレーゲルは恥ずかしがってた。
もしかしてそういうファッション的な拘りなのかな?
「えっと、ともかくアルフから預かった剣をまずお願いできる職人さんに会いたいな」
「そうですね。では祖父に任せてください。確かこの魔法剣を鍛えた鍛冶師の一人だったはずです」
「あ、そうなんだ。だったら任せて安心だね」
僕たちは目の前の階段を下りて、炉の並ぶ作業場に入った。
正直、作業するノームたちはやっぱり毛玉にしか見えないし、顔が見えないから個人の判別もつかない。
フレーゲル、すごく個体識別のしやすいノームだったんだなぁ。
見る限り、炉以外は壁沿いに並ぶ部屋が工房のようだ。
穴を掘って部屋にしましたって感じ。
そして壁のいたる所に配管が走ってるし、床に格子のはめられた穴があって、そこからは冷気が上って来てる。
目の前にいるのは妖精っていうファンタジーの存在なのに、科学を思わせる成分のほうが、なんだかファンタジーに感じてしまう。
どうやら僕は思ったよりもこの世界に馴染んでいたようだ。
「お祖父ちゃん、お客さまだよ。妖精王さまのお遣いのユニコーンさん!」
「フガフガ」
周りが金属を打つ音で騒がしいからフレーゲルが声を大きくするのはわかる。
けど、お祖父さん今、フガフガとしか答えなかったよね?
「ユニコーンさん、こちら僕の祖父のアングレスです」
「フォゴフォゴ」
「えーと?」
「ほら、そんな偉そうなこと言わないで。妖精王さまのご友人のことは報せがあっただろう?」
「ブモフブモフ」
「もう! すみません、ユニコーンさん。腕はいいんですけど、偏屈で」
うん、こっちもごめん。何言ってるかわからない。
ゴブリンの時みたいな、訛りが酷いってやつ?
その後も何やらフガフガ言うんだけど、何を言ってるのかわからなかった。
「かーっ! 仕事を依頼するなら、まずは名乗らんかー! フゴ」
「うわ!? 何、今の?」
「まず名乗り合ってお互いを知ってから仕事を始めるていうのがお祖父ちゃんの拘りで。すみません。こんなことで怒らないでよ、もう」
あ、怒ってたの?
っていうか、一瞬何言ってるかわかったけど、もしかして言葉に聞こえないの、その邪魔な髭のせいじゃない?
「えっと、ユニコーンのフォーレンです。彷徨える騎士の剣を抜けるようにしてほしい、です」
「フォフォ、フガフガ」
「うん、何言ってるかわからない」
素直に胸の内を伝えると、慌ててフレーゲルがアングレスの口髭を左右に割った。
「こりゃ、何をするか、フレーゲル。話の邪魔をするでない」
「すみません。お祖父ちゃんちょっと耳も遠くなってて」
「あ、うん。こちらこそなんかごめんね。妖精の特徴とかまだ詳しくないから。教えてくれると助かるかな」
「む? 力に溺れた幻象種かと思えば、存外謙虚なことも言えるんじゃのう」
幻象種への認識って、そういうものなのかな?
「えーと、僕これからアルフの冠を奪った泥棒を捜しに行くんですけど、剣を預かってもらえますか?」
「なんと、あの不埒者を? むむ、わしらの力だけで解決できぬ不甲斐なさよ」
さっきまでフガフガ言ってたのに、喋るとなんか武士っぽい。
「もとよりわしが手掛けた剣、手入れは引き受けよう」
「良かった。それじゃ、お願いします。僕は泥棒捕まえられるよう頑張りますから」
「あいや、待たれい」
歌舞伎かな?
「元はと言えば妖精王さまの冠を奪われたこちらの不手際。解決にご足労願うことさえ汗顔の至り」
「フレーゲル、アングレスはこれが普通?」
「ちょっと力が入ると昔の血が騒ぐみたいで」
昔の血って何?
何してたらこんな口上みたいなこと言うようになるの?
熊? 縄張り争いした熊が関係してるの?
「見事あのにっくき泥棒めに縄をかけていただけるなら、この不肖アングレス、貴殿の望む限りの報いを腕に縒りをかけてご用意いたす所存」
「…………フレーゲル、通訳頼める?」
「もし泥棒捕まえてくださるなら、報酬は用意するのでお願いします、と。できれば腕を示せる物作りで報いたいとのことです」
「って言われても、僕ユニコーンだから道具なんて使わないし」
大前提が人化した時邪魔にならない物だ。
あ、アルフに部屋貰ったし、何か飾る物でもいいのかな?
今ある飾りはメディサとグライフの羽根くらいしかない。
「今すぐには思いつかないから、考えておいていい?」
「馬具などはいらんかのう?」
あ、普通に喋った。
「お祖父ちゃん、この方は人化されるから装身具は邪魔にならない物がいいと思うよ」
馬具ってユニコーンの装身具扱いなんだ?
「そう言えば、人間と争うと聞いたが、武器は入り用ではないのかのう?」
「決闘するのは僕ともう一人グリフォンで、後は妖精たち。武器を使うのは彷徨える騎士だけなんだ」
「ふーむ、そうか…………」
なんかアングレスが目に見えてしょんぼりしちゃった。
「えーと、なんにしても泥棒捕まえてからまた考えるよ。それに、盗まれた冠が痛んでたりしたら、そっちを優先して直してほしいし」
「一理あるのう」
ほぼ毛に覆われてるけど、今顔を顰めたのはわかった。
やっぱり作った側としては、無事に戻ってきてほしいんだろうな。
「倒すにしても捕まえるにしても、盗んだ物が壊れないように気をつけなきゃね」
「そうじゃ、フレーゲルが出かけた後にまたあの泥棒めが現われてな」
何故かアングレスは僕の言葉で泥棒の目撃情報を思い出す。
「毛のない尾としかわかっておらなんだが、どうやら鱗に覆われた長い尾で、爪のついた太い後ろ足から、あれはドラゴンではないかと噂になっておるのう」
「ドラゴン!? ってことは、宝を集める習性で冠持って行ったってこと?」
「いえ、ユニコーンさん。おかしいです。この地下に入れるほど小さなドラゴンなんて、聞いたことがありません。ドラゴンに似た、未確認生物の可能性のほうが高いです」
どうやらアルフ不在の間に、妖精さえも知らないUMAが入り込んでいたようだ。
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