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83話:嫉みそねむ

「フォーレン、アーディが呼んでたわよ。角を貸してほしいんですって」


 決闘を決めた翌日、姫騎士と恋バナをしに来たロミーにそう言われる。

 ボリスのためにニーナとネーナに相談して炎を強くする方法を考えていた僕は、一人湖に向かった。

 湖に着くと、すでにアーディは水辺で待っている。

 これは毒を浄化するためにしても、何か深刻な話をされそうな気がするなぁ。


「来たか、ユニコーン」

「角貸せって、誰か毒に侵されたの?」

「冥府の穴から漏れる毒がここに流れ込んでいることはロミーが言っていただろう」

「あぁ、あれ? アルフがどうにかしたんじゃないの?」

「あくまで毒を取り込んでしまった者の治療薬を作り、これ以上毒が増えないよう処置をしただけだ」


 どうも冥府の穴からは常に毒が流れてくるのを止められないんだとか。


「かつては湖に流れ込むことなく、土に吸われていたのだ。それをあの妖精王が地形を変えたせいでこちらに流れるようになった。だから対処をしろと言ったのに、一年も放置してこのざまだ」


 怒るアーディが僕を案内したのは、湖の畔を石で囲った場所。生け簀みたいになってる。

 けど中身は、森のほうから流れ込んでくる明らかに怪しい色の粘液が漂っていた。


「うーん、紫…………」

「色などどうでもいい。幻象種さえこれを含めば息が止まって死ぬぞ」


 思ったより危険な毒みたい。

 石で囲って湖に広がるのを防いでいるけど、濃くなりすぎるとちょっとの流出で被害者が出るんだって。

 流れ込む毒の量に対して湖のほうが広いから深刻な問題ではなかったみたいだけど、一年放置してしまったから危険になったそうだ。


「土や木に対しては害がない毒だ。ただし生物が口にすれば解毒剤もない猛毒となる」

「うわー、こんなの流れ込むなんて怖いね」

「が、存在自体が解毒剤であるユニコーンは別だ」


 僕が引くと、アーディは嘆くように頭を振りながら教えてくれた。


「あははー、えっと、これに角つければいいの?」

「本当になんの見返りもなしにやる気か?」


 自分で呼んでおいてアーディはさらに呆れた表情になってしまった。


「角つけるくらいいいよ。見返りなんていらないって。あ、それともこれ解毒する代わりに決闘に出ってって言ったら引き受けてくれる?」

「図に乗るな」


 すっごい睨まれた。

 アーディから見返りがどうとか言ったのに。


「…………狙いはなんだ?」

「狙い?」

「ロミーと騎士を戦わせる狙いだ。妖精王は何を狙っている?」


 どうやらアーディが僕だけを呼び出して話したかったのはこれらしい。


「アルフは何も。ロミーと騎士を戦わせるよう考えたのは僕だよ」


 探るように見つめるアーディに、僕も言うべき言葉を探す。

 先に口を開いたのはアーディだった。


「ロミーが死ぬぞ」


 確信に満ちた声。ただ事実を言っただけだと言わんばかりだ。

 そしてそれは僕もなんとなくわかってた。

 実際に会ったマウロは普通に騎士だ。

 剣を振ることが生業で、敵を殺すことに躊躇いがない。戦うために鍛えた体と精神がある相手に、ロミーでは力不足が否めない。


「それでも、このままだとロミーがロミーではなくなってしまうよ」


 アルフに聞いたところ、ロミーがこのままウンディーネの掟を果たせずにいると沼妖精と呼ばれる悪妖精に変わるらしい。

 生物を妬み怨んで、誰構わず誘い込んでは水中に引きずり込んで殺すだけの存在に。


「いずれ決着はつけなきゃいけない。だったら、好条件を用意して場を支配する」

「…………考えがあるというわけか。わかっていると思うが、ロミーが勝っても水に帰るだけだぞ?」

「わかってる。正直賭けなんだ。ロミーに残ってほしいと僕は思ってるけど、それをロミー自身にも望んでもらわなきゃいけないから」

「シュティフィーのようにか」


 僕が頷くとアーディは難しい顔で黙ってしまった。


「アルフには相談して、行けるかもしれないって言われてるんだ」

「あれの言葉を真に受けるな」


 どうやらアルフを引き合いに出しても、アーディの不安材料にしかならないらしい。


「えーと、姫騎士団たちにも事情を説明して手伝ってもらえるようには言ってるし」

「人間は他を見下す生き物だ。信ずるに値しない」


 アーディって人間不信なのかな?


「水路作ろうとしてる人たちとは違うけど、それでも駄目?」

「何がいいと思って言っているんだ。まだ子供だから実感がないのかもしれないが、人間は悪心に満ちている」

「それは言いすぎじゃ…………」

「言いすぎなものか。憤怒の化身と言われるユニコーンのように怒り狂い我を忘れることもあれば、傲慢の化身と言われるグリフォンの如く驕る。その上強欲で嫉み深い」


 いつまでも続きそうなアーディの人間不信に、アルフの知識が開いた。


「嫉妬の化身の人魚?」

「あ?」

「いや、あの! アルフの知識にそういうのがあって!」


 なんかすごい低い声出された!


「いいか、よく聞け。嫉妬というものは羨望とは違うのだ。人間どもはそこを混同して、我々があたかも人間を相手に羨望を抱いているなどという幻想で悦に入る」


 あ、結局人間批判になった。


「我々が嫉妬するのは水という生活の寄る辺を失うことへの恐れと不安、それに伴う嫌悪感から来るものだ。だから我々は水棲以外の生き物、水を求める者に反感を抱く。これを嫉妬と呼ばれた」


 えーと、アーディの話を総合すると、人魚的には水そんなにいらないくせに水求めてこっちの住処に来るなという言動を取ることから、陸上の生物に嫉妬してると言われるようになったそうだ。

 それから人間と水場争いを続ける内に、勝てない状況が続く人間側が「嫉妬乙」と煽ってくるようなったらしい。


「私の父が人間との関わりを煩わしく思ってここに移住したというのに、結局は人間に煩わされることになるなど!」

「わー! アーディ落ち着いて! 魔法発動しちゃってるから! 毒の溶けた水が波立ってるよ!」


 怒るアーディに呼応して、毒の溜まった水が渦を巻いて波を起こしていた。


「全く、人間との関わりなど厄介以外の何者でもない。ロミーを否定するつもりはないが、人間のために存在する妖精など、難儀なものだ」

「うんうん、そうだね」


 アーディを苛立たせないよう、僕は相槌を打つ。


「なんでも己がことの中心でなければ気が済まないのだ、人間は。だから己が嫉妬されているなどと思い上がった考えに至る」

「うんうん、嫉妬されるのは人魚のほうだよね」


 勢いで相槌を打つと、アーディに怪しむような顔をされてしまった。


「何? 僕また変なこと言った?」

「言ったな。人間が我々に嫉妬するだと?」

「変かな? だって水の中を好きに移動できるんでしょ? 魔法だって得意みたいだし、アーディを見る限り髪や瞳の色が綺麗で、顔立ちも整ってる。人間なら羨ましいって思うんじゃないかな?」


 って自分で言ってて気づいた。


「あぁ、人魚が人間に嫉妬してるって言ったの、自分たちが嫉妬してるから、相手もそうだって決めつけたのかもね。悪口って自分が言われて嫌なことを言うらしいし」

「…………おかしな奴だ」


 あれ? また変なこと言った?

 あ、人間側に立ちすぎたこと言っちゃったから?


「妖精王と精神を繋いでいるせいか、考え方が独特すぎる」

「いや、別に、アルフのせいってわけじゃないと思うけど」


 そっちに考えるんだぁ。


「妖精王は連綿と記憶を受け継ぐ存在だ。今の性格では考えもしないことを、過去の妖精王が考えていた可能性もある。父が祖父から聞いた先代の妖精王は、厳格で理知的な方だったという」

「え…………? 本当に?」

「父が言うには、祖父は冗談も言わない堅物だったそうだ」


 アーディも信じられないようで皮肉めいた笑みを浮かべる。


「独特すぎて、正直何を言うか予想がつかん。…………だが、悪くない」


 アーディは皮肉も呆れもなく僕に笑いかけた。


「元より我らにはロミーを延命させる手立てなどなかった。何か手があるというのなら、ユニコーン、貴様に賭けてみよう」

「え、じゃあ、決闘出てくれる?」

「それは貴様が力を示せ」


 軟化したように見せかけて、すっぱり断られた。

 僕はアーディに急かされて水の毒を浄化する。

 けど流れ込む毒はねっとり動いてるからまた水は毒が溶け込んでいく。


「これ、何処から流れてきてるの? 元のほう一回浄化したほうがいいんじゃない?」

「貴様ならそう言えるが、大抵の者は近づくにも危ない毒草地帯に続いているのだ」

「だったら、やっぱり僕が行ったほうがいいよね?」

「ユニコーンなら平気ではあろうが、無為に面倒ごとに首を突っ込もうとするのは妖精王の影響か?」

「ただの好奇心だよ。冥府の穴ってどんなものか見てみたいんだ」

「決闘の準備はいいのか?」

「大丈夫。選考期間で三日。決闘の準備期間で十日取ってあるから」


 アーディは諦めたように僕に片手を上げた。


「毒の大本は冥府の番人だ。倒そうなどと思うなよ。人間相手より面倒だ」

「僕そんなに乱暴じゃないって」


 聞き流すように肩を竦めたアーディは、そのまま湖の中に帰って行った。


「どうせだし、毒を浄化しながら行こうかな」


 僕は適当な所で毒の流れに角を差し入れながら森の中を歩く。

 小川くらいの流れだけど、ずっと流れ続けてるから行きつく先の湖にも毒が溜まるばっかりなんだろう。

 毒は土や木に害はないとアーディが言うとおり、草木は弱るどころか茂ってる。


「歩きにくいなぁ。だからって人化すると角を刺すのが面倒になるし」


 そんなことをぼやきながら進むと、いつの間にか辺りには同じ草しか生えなくなっている。紫色で筒状の花をつけたそれは、全てに花がついていて、季節などない狂い咲きを見せていた。


毎日更新

次回:冥府の番犬と毒

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