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78話:妖精の行商

「あら? 招いていないお客さんが来たわ」


 緊張感のないシュティフィーから出た不穏な言葉に、僕はユニコーンの姿に戻って構える。


「良かった、フォーレン。急に押しかけてすまないが、妖精王と話がしたい」


 木々の向こうから現れたのはシェーリエ姫騎士団だった。

 急いできたらしく、ランシェリスの金髪ツインドリルが乱れてる。


 繋いだ精神を通してアルフに呼びかけると、ランシェリスを妖精王の住処まで連れてくるよう応答があった。


「今度は招いていたお客が来るわよ」


 突然シュティフィーが告げると、姫騎士団の後方からちょっと笑いを含んだ声が上がる。


「おやおや、これは人間のお嬢さん方。ちょっと通しておくれよ」

「綺麗な人間たちだー。何してるのー?」


 姫騎士団の足元を潜って現れたのは、猫と犬。

 どちらも背中に大荷物を背負っていた。


「これはまさか…………昔話に出てくる妖精の?」

「おや、見たところ隊長さん。あっしらをご存じで?」

「ノームの鍛冶屋探しに来たの? それとも商談でもする?」


 当たり前のように後ろ足で立ち上がった猫と犬は、どうやら有名な妖精らしい。

 アルフの知識から、猫の妖精はケット・シー。犬の妖精はクー・シーという妖精の種類だとわかった。

 翅が生えてたり、小人だったり、妖精ってなんでもありだ。


 僕はよく見ようと一歩踏み出した。グライフも続いて動く気配がする。

 足音で猫と犬の妖精がこちらを振り返った。

 瞬間一回り大きくなったように毛が膨らむ。


「にゅあー!? ユ、ユ、ユニコーンにゃー!」

「逃げなきゃ! わふわふ! グリフォンもいるよー!」

「あ、待って! 落ち着いて!」


 猫と犬の姿をした妖精は、鳴き騒いで逃げ出した。

 けど、僕たちと反対方向は姫騎士団が塞いじゃってる。


「仔馬、猫をやれ。俺は犬だ」

「やれって、捕まえるだけね!」

「わー! フォーレン、優しくしてやってくれ!」


 お湯を沸かして踊っていたボリスが、そんな叫びをあげた。

 なんか勢いで動いてるけど、怪我をさせる気はないよ。


 僕はちょっと本気で駆けて、走り出した猫の前に立ちはだかった。

 グライフは鳥の前足で緑色の犬の妖精を掴み上げる。


「みょぉぉおおおん! ふしゃー! みゃおぉぉおあぁぁあああ」


 混乱した猫の妖精は、弱々しい鳴き声の合間に威嚇音を立てる。四足になると背中がすごい弓なりになってるや。

 犬のほうは死んだふりでもしてるのか、すごく静か。無駄吠えするのって犬のイメージだったのになぁ。


「あらあら、怖がらなくて大丈夫よ。ウーリ、モッペル」


 シュティフィーは優しく言いながら、姫騎士をお茶会の席に案内し始める。

 耳を忙しなく動かした後、猫の妖精は空気の抜けた風船のようにゆっくり落ち着いた。


「驚かせてごめんね? ユニコーン、怖い?」

「こ、怖くなんか、ないんだにゃ!」


 猫妖精は白い毛並みを逆立てて強がって見上げてくる。

 二足歩行に戻って胸を張るけど、僕より小さい。

 仔馬とは言え猫からすれば威圧感があるのかもしれない。僕はユニコーンより体の小さな人間の姿を取ってみた。


「これならどう?」

「にゃにゃ? ユニコーンが、人化した?」

「わー、グリフォンまで人化したよー。シュティフィー、この方たちどういう知り合いー?」


 垂れ耳の犬妖精は、間延びした声でグライフの足元を嗅ぎ回っていた。

 どうやら度胸があるのは犬のほうらしい。


「改めまして、あっしはウーリ。しがない行商でして、妖精相手に素材を売り歩いております」

「おいらはモッペルー。仲買商って言ってわかるかなー? ウーリみたいな行商から買い付けたものを、必要としているひとに売るんだー」


 どうやら元の姿より、人化したほうが怖くないようで、ウーリも無闇ににゃーにゃー言わなくなった。

 ウーリとモッペルは各地を回る行商で、昔話にもそういう妖精が出てくるんだとか。


「私たちの里から商品を預けることもあるんですよ」


 いつの間にかマーリエがお茶会に参加して、ルイユと向かい合ってお茶をしてた。


「はー、ダイヤ盗まれたの追ってらした? 道理でエイアーナからビーンセイズにかけて騒がしいと思いましたよ」


 ウーリが肉球のついた手で自分の額を叩く。

 どうもウーリとモッペルは偶然エイアーナで会い、連れ立ってビーンセイズまで行ったそうだ。


「僕たちと入れ違いだったんだね」

「あの時のビーンセイズは怖い噂ばっかりだったんですよー。珍品奇物集めてたみたいで、カーバンクルの宝石やユニコーンの角欲しがる王さまのために貴族が腕の立つ人間を集め回ってて」


 モッペルはまだグライフの周りを嗅ぎ回りながら言った。

 ウーリとモッペルは王都近くの妖精の集会所に行ったらしいけど、危険と判断してすぐに離れたんだとか。僕たちはその後に王都へとやって来た。


「あのー、ユニコーンの坊ちゃんのお顔が険しくなってらっしゃるのは?」

「きっとおいらがユニコーンの角って言ったからだねー。被害に遭ってたのかも」

「わかっているなら言動には気を付けるべきだな。俺のこの傷を作ったのはあの仔馬だ」

「あらま」

「グライフ、僕が危険みたいに言うのやめてよ」


 なんてやり取りしてると、モッペルが今度は僕を嗅ぎに駆けて来た。

 二足歩行するし喋るけど、四足になると見た目はただの小型犬。緑色の毛は黒っぽいから夜なら気づかれなさそうだ。


「あれ? …………僕の気のせいかもしれないけど、モッペルって実は大きいよね?」


 臭いでそんな気配がする。するとモッペルは僕の膝に上がった。


「そうですよー」


 グライフが人化する時のような煙が現れると、モッペルは牛ほどもある巨大な犬に姿を変えた。

 僕の上で。


「うっ、重、くはないけど、毛が…………」

「あ、ごめんなさい」


 僕は大きくなったモッペルのお腹の下に敷き込まれた。

 うん、ちょっとわかった。さっきグライフが迷わずモッペル狙ったのは大きいからだ。臭いでなんとなくわかってたから歯ごたえのありそうなほう狙ったな?


「いきなり大きくなるのはやめてね? 角刺さりそうでちょっと焦った」


 僕がモッペルに敷きこまれる間に、グライフはウーリに意地の悪い質問を投げた。


「魔王石の災禍からは逃れたようだが、今度はこの森に人の災禍がやって来るぞ? また逃げるか?」

「いえ、妖精王さまがいらっしゃるなら最悪森を閉ざせばいいだけなんで。…………そうそう、魔王石と言えばこの話をご存じで?」


 ウーリは芝居がかった口調で一度言葉を切った。


「ビーンセイズの魔王石トルマリンが、混乱のさなか何者かに奪われたそうですよ」

「えぇ!?」


 声を上げたのは僕だけじゃなかった。

 姫騎士団も驚きの声を上げて、ウーリにことの真相を問い質す。


「あっしら妖精の集会所に忘れ物をしまして。王都で何やら企てが暴かれたと聞いて忘れ物の回収ついでに戻ったんでさ」


 モッペルも巨大な犬の姿で頷く。


「ちょっと様子見に行ったらー、急に王都の門閉められて。王さまを捕まえてた騎士団が街の捜索初めたんだー」

「あっしらこの見てくれですから、動物のふりしてやり過ごしたんですが。いや、すごい騒ぎでしたよ」


 ウーリとモッペルの話に夢中で、僕は近づく足音に気づくのが遅れた。


「まぁ、呆れた。人間ってどうしてそう過ちを繰り返すのかしら? 魔王石のアクアマリンも人間が紛失してしまっているでしょう?」

「ロミー。…………と、ケルピー」

「自分を添え者扱いとは何事だ!」


 ロミーの入った硝子の器を背中に乗せてやって来たケルピーが、馬の歯を剥き出しにして抗議する。

 気にせず僕はロミーに姫騎士団を紹介した。


「人間、しかも騎士であるならちょうどいいわ。ねぇ、どうして人間は一度誓ったことを簡単に覆してしまえるの?」


 マーリエやシュティフィーがロミーの成り立ちを軽く説明すると、姫騎士たちは悩んでしまった。


「わ、我々は男女の情交については、少々不慣れ故」

「神を敬う愛、同じ人間を友とする愛、そう言ったことならわかるのですが」

「そう…………人間自身にも難しい問題なのね」

「ロミー、まず人間と妖精は生き方が随分と違うから。誓いという行為に対する重みが違うんじゃない?」


 僕がそうとりなそうとすると、ロミーは首を横に振った。


「あの人は、騎士は誓いを違えないと言ったわ。自分の言葉さえ裏切っているのよ」


 ロミーの邪気のない言葉に、真面目な姫騎士たちは胸に手を当てて考え込んでしまった。

 ふと僕の中で古いアニメソングが浮かんだ。


「男の人って幾つも愛を持っているの…………?」

「ほう、面白いことを言うではないか仔馬。つまり誓った愛と、後の愛は別物か」

「はぁん、ずいぶん都合のいい話ですわ。ただ、確かにそれなら裏切りじゃありませんな」

「僕たちも恋の季節になったら相手を捜すけど、次の季節には別の相手を捜すもんねー」


 獣らしい姿のグライフ、ウーリ、モッペルは理解した風に頷く。

 ただ概ね女性陣には不評なのが顔を見てわかった。


「えーと、もしかしたら騎士のほうの裏切りの定義が違ったのかもって話でね。ほら、恋人は何人いても、奥さんはロミーだけって決めてたとかさ」

「…………そんなのありえるの?」


 ロミーは零れんばかりに目を見開いて、姫騎士たちを見る。

 姫騎士は姫騎士で、お互いに意見を出し合い始めた。

 ランシェリスとローズも真剣に議論に加わっている。


(おーい、俺はー? なんでそっちでお茶飲みながら話し込んじゃってるんだよ)


 突然アルフの呼びかけがあった。そう言えばランシェリスの目的はあっちだ。


「ランシェリス、ともかくアルフの所に案内するよ」

「あ、あぁ。そうだった。よろしく頼む」


毎日更新

次回:姫騎士の報せ

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