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77話:招かれざる客

 集会場も兼ねるようになったシュティフィーの木の下で、子供のような泣き声を上げるラスバブがいた。


「うわーん! 急いで作ったにしてはいいできだったのに! こんなボロボロにするなんてひどいやー!」

「血の染みは取れませんね。ズボンのこの大穴も…………あぁ、ここは擦り切れて布自体が弱くなって…………」


 優しい微笑みを浮かべるガウナは、声の調子だけで嘆いているのがわかる。

 コボルトの二人は、アシュトルと引き分けたグライフの服の修繕をしようとしていた。

 当のグライフはグリフォン姿でうるさそうに尻尾を揺らす。


「次はもっと丈夫な物を作ればいいだろう」

「大事に着てください」

「まずは素材をくださーい!」


 ガウナとラスバブに言い返されて、グライフはさらにうるさそうな顔をして伏せた。


「あらあら、コボルトはご立腹ね。彼らが興味を別に移せる物を用意しないと、ずっと騒ぎ続けるかもしれないわ」

「うーん、グライフの羽根折れてるの多いしね。むしるにしてもいい素材とは言えないか」

「仔馬、貴様ずいぶんと不穏なことを宣ったな?」

「ユニコーンさんはドラゴン倒したことがあるんですよね?」

「ドラゴンの皮がほしーでーす!」

「これらはこれらでまた…………」


 呆れた声を出したグライフは、我関せずとばかりにそっぽを向いた。


「「ドラゴンの皮ー!」」

「えーと、二人とも魔女の里に行ったんじゃないの? シュティフィーの手伝いしてていいの?」

「色んなひとが来てこっちも面白そうだからね!」

「魔女の職人としての腕はほどほどでした」


 ラスバブは思い出したように、シュティフィーがテーブルの形にした木の根にカップを並べ始める。

 お皿を運ぶガウナは楽しそうに笑ってるけど、発言から残念がってるんだろう。

 どうやら働きたがりのコボルト二人は、魔女の里とシュティフィーの手伝いで森を往復するようだ。


「あなたたちはお客さまだから座ってちょうだい」

「あ、座る場所によってお茶がすごく苦いからよく選んでね!」

「俺に悪戯を仕かけようとはいい度胸だな、小人?」

「だって僕は悪戯好きですもーん」


 グライフに睨まれて楽しそうにラスバブは逃げていく。ちょっとした意趣返しかな?

 ともかくドラゴンの皮を要求されることはなくなった。


「わざわざ選んでって言うことは、すでに何処の席に出すか決まってるってこと?」

「そうですね」


 ガウナに聞いてみると渋い顔で頷かれた。きっと笑うか何かの表情の裏返しだ。

 なんだかんだガウナも悪戯好きだよね。


「ってことはさ、さっきラスバブがこのテーブル準備してたし、目印でも残してるんじゃない?」


 言いながら僕は伏せてあるカップを持ち上げて見る。

 グライフも真似して手近なカップを浮かすと、カップの中から薄っすら煙が湧いた。

 魔法の痕跡だと、アルフの知識が告げる。


「この悪戯者め」

「残念ですね」

「わー、ばれたー」


 グライフに睨まれたガウナとラスバブはお茶会の準備に戻った。

 僕とグライフが魔法のかけられたカップを避けて座ると、新たな来客が現われる。


「今日は運がいいようです。妖精の悪戯を事前に看破してくださる方がいるなんて」


 現れたのは小柄な人物。鼻眼鏡をかけており、タイを結んだ姿から、理知的な雰囲気がある。

 前世以外で初めて見る眼鏡なんだけど、顔が獣だ。

 全身は毛で覆われていて二足歩行。手足のバランスが人間に近い。


「リスの獣人か」

「えぇ、初めまして。あなた方がお噂の妖精王の客人でしょうか? 私はルイユといいます」


 グライフに言われて気づいた。

 ルイユと名乗る獣人の背後には、大きく立ち上がる尻尾がある。

 リスって、顔だけ見てもわからないや。


「あれ、そこに座るの? お茶、苦くなるらしいよ」


 ルイユは悪戯の魔法がかけられたカップのある席に着いた。

 僕の忠告に礼を言うと、カップに光る粉を振りかけて魔法を解き始める。


「あぁ、他の人が引っかかる前に対処するんだ。優しいね、ルイユ」

「そんなことは…………。あの、つかぬことを窺いますが、その角…………ユニコーンなのですよね?」

「そうだよ。僕はユニコーンのフォーレン。こっちはグリフォンのグライフ」


 ルイユは眼鏡を摘まんで興味深そうに僕を見た。


「小さき獣、言っておくがこやつは通常のユニコーンではない。妖精王の奴が精神に干渉したためにユニコーンとしての本能をほぼ失っている」

「そ、そんなことはないと思うんだけど?」

「私としては、噂どおりのユニコーンであるより安心してしまいます。このとおり、私は獣人の中でも弱者の部類ですので」


 ルイユの言葉に、グライフは自分の顔の傷を獣の足で撫で、そのまま僕の角を嘴で示す。

 察しのいいルイユは、ちょっと信じられないような顔で僕を見た。


「見たところ、グリフォンどのはそれなりの時を生きられた幻象種では?」

「ふん、仔馬相手に油断がなかったとは言わん。だが、結果はこれだ」

「ドラゴンが乱入したりしたから、グライフの集中力が切れてたんでしょ」

「俺の顔にこの傷を残す前、そのドラゴンを蹴り飛ばしておいて何を言う」


 やめてよグライフ!

 ルイユの僕を見る目が変わっちゃったじゃん!

 仲良くできそうだったのに、すごく神妙な顔になってる!


「私は今日、ドライアドの暴走の経過を確認しに来たんです。妖精王さまの帰還と共に解決されたというのには、何か今までの妖精王さまとは違う要素があるはず、と」

「つまりあの羽虫では被害もなく早急に対応できるほどの才覚はないはずだと?」

「グライフ、アルフだってちゃんと解決しようとして行動したんだからそんな言い方しないであげてよ」


 そう言えば獣人の国は人間と戦争状態で、アルフに関わるなって言ってるんだっけ。

 で、ルイユはアルフが普段と違う有能さを見せた理由を調べに来た、と。


「アルフって王さまらしくないとは思うけど、そこまで?」

「…………妖精の王としては、あれほど体現なさっている方もいらっしゃらないかと…………」


 眼鏡の位置を直すふりで目を逸らしたルイユが、フォローにもならないことを言う。

 悪戯好きで癖が強くて好奇心旺盛で…………うん、アルフの特徴ってどの妖精も一つは持ってるね。

 シュティフィーも町を滅ぼすとか極端に走るわりに、世話焼きなところがアルフと一緒だ。


「妖精王さまは妖精女王さまの王配としてお生まれだもの。君臨すれど統治せずという方なのよ」

「ドライアドよ、それは他の言葉で言えばほったらかしと言うのだ」


 グライフの指摘に反論せず、シュティフィーは微笑みながら僕たちにお茶を注いでくれた。

 ガウナとラスバブは見たことのないお菓子や果物をテーブルに並べる。

 進められて粉にしか見えない物を食べてみると、甘くしたパン粉のような味だった。

 うーん、この辺りのお菓子なのかな、これ?


「妖精王さまが私たちの考える統治者としての王とは違う存在だとは知っていますが、幻象種からしても妖精王さまは特殊なのでしょうか?」


 尊大なグライフに気を悪くした様子もなく、ルイユは真面目に質問する。

 返すグライフはやっぱり傲慢の化身だった。


「族によるとしか言えぬ。貴様らが大雑把に幻象種と括った故に俺たちは幻象種だが、そんな括り、人間と獣人と妖精を足が二本あるから全員同じだというに等しいぞ」

「これは失礼をいたしました。浅学の身故、見当違いなことをお聞きしたようです。では、グリフォンには王という存在はいらっしゃるのでしょうか?」


 全然怯まずに返すルイユって、実はすごく肝が太いのかもしれない。


「貴様らのように世代を幾つも重ねた共同体は作らぬ。故に国もなければ王もない。だが強き個体が別の種族を従えて都市を一つ領有する例はある」

「そのような例が!? グリフォンどのは博識でいらっしゃる。どうか、狭い見識しか持ち得ぬ私にお話をお聞かせください」


 耳をそばだててルイユは大きな葉っぱを巻いた物を取り出した。先を尖らせた真っ直ぐな棒も片手に持つと、葉っぱに文字を書き始める。


「それ紙の代わり? すごいね。棒で傷つけるとインクつけたみたいに黒くなるんだ?」

「木の皮で作った叩き紙もあるんですが、こちらのほうが手軽で数も用意できますので」

「なんだ仔馬。今度は獣人に興味を持ったか?」

「うん、獣人の国にも行ってみたくなった。グライフの言うグリフォンが支配する都市っていうのも気になる」

「ほう? では南に渡ってみるか、俺と共に」


 グライフがなんか悪い顔して誘ってくる。なんで?

 と思ったらシュティフィーが困ったように口を挟んで来た。


「妖精王さまが手を離せない時に、お気に入りのフォーレンを森から連れ出しては怒ると思うわよ?」

「ふん、羽虫の勘気など物の数ではないわ」

「グライフ、僕を喧嘩のだしにしないでよ」


 行くとしてももっと森が落ち着いてからじゃないと、僕もアルフが心配で離れがたいし。


「そう言えば、王さまってそう名乗る基準ってあるの? 国を作ったら? 王冠被ってたら? お城に住んでたら?」


 気軽に聞いてみたら案外難しい質問だったみたいで、みんな黙ってしまった。

 そして思いつく答えを全員が口にする。


「人間の国であれば世襲による血統が王の証よな」

「獣人は世襲ではないので、国を代表する者が王ですね」

「妖精王さまはお城には住んでいないけれど、王となるべく生まれた方よ」

「やはり従える者たちを象徴する存在では?」

「土地じゃないの? 土地持ってる偉い人」

「獣人の国って、冠以外は妖精王さまより立派だよな」


 なんかボリスがあんまり関係ないこと言ったけど、ちょっと気になる。


「魔王石のダイヤついた冠より立派なものってそうそうないでしょ。アルフのあの見た目ならお城も似合うと思うけどなぁ。まぁ、お城なんてそう簡単に作れないだろうけど」

「ふむ、小人ども。貴様らは物作りが得意であろう? 建造物は作れぬのか?」

「できないこともないですが、独力では難しいですね。僕たちよりももっと堅固な物作りを得意とする妖精が適任です」

「魔法で幻作るなら一晩で行けまーす。幻って気づかせないのも一晩くらいしか持たないけど」


 グライフに答えるガウナとラスバブは、できないとは言わない。つまり妖精王にお城はいらないと思ってるみたいだ。


「ビーンセイズのお城、もっと良く見ておけば良かったなぁ」


 僕がそう呟いた途端グライフは、何かに気づいた様子で首を巡らせる。

 首を傾げるシュティフィーの様子から、どうやら招かれざる客が来たようだった。


毎日更新

次回:妖精の行商

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