76話:埋め戻す
香水を手に入れたユニコーン狩りは、行動に移った。
罠を張るのはちょっと開けた場所で、中心に岩が一つ地面に埋まっている。
樹上には足場を組みやすい太い枝が張っていて、森の奥に逃げようとしてもその先は崖。
地底湖の浸食で崩れてしまっている。
そこに追い込んだ時には捕まえられるよう網が張ってあった。
「全部みんなに用意してもらった場所なんだけどね」
「わーい、ユニコーンの背中!」
「風向きは平気かしら、フォーレン?」
はしゃぐニーナと、香水の匂いを逸らしてくれるネーナ。
念のため一緒に来てもらったけど、香水の匂いあんまり効かないなぁ。
「フォーレン、人間たち位置についたぜ!」
先に行って様子を見て来てくれたボリスが木々に隠れながらそう言った。
「他の妖精たちは大丈夫?」
「ロミーがちゃんと指示出してくれる。人魚とケルピーも準備万端!」
「よし、だったらちょっと人間たちの罠にはまってあげに行こうか」
僕は足に力を籠めて、森の中を駆けだした。
人工の乙女の匂いがするのは岩の向こう。
香水瓶を隠したか、土に撒いたか…………。
「そう言えば姫騎士団はみんなマジックアイテム持ってたけど、この僕を狩りに来た人たちって持ってないね」
「魔法のかかった道具は人間作るの下手だもの! 魔法薬なら魔女ができるけど、森の外の人間は偉い人くらいしか使えない貴重な物らしいよ!」
「それが道具となるとさらに上手くいかないそうよ。神殿には製法が伝わっているそうだけれど、優秀な魔法の道具を作ると言えばノームの武器屋ね」
「ノームってフレーゲルだよね? あんなに小さな体で武器って作れるの?」
「フレーゲルたちの住む煙突山がノームの武器屋よ!」
「森の鍛冶屋さんでもあるわ」
そんな風に森のことを教えてもらいながら、僕は開けた場所に入ろうかやめようかとうろうろする。
潜んでる木の下をわざと通ると、焦る人と止める人のちょっとしたやり取りが聞こえた。
「まだだ、まだだ」
「ここで額に当てれば」
やだ、怖い。
母馬を思えば矢の一本ですぐさま死ぬとは思わないけど、痛い思いはしたくない。
痺れを切らして攻撃される前に、罠にはまってあげよう。
僕は崖に向かう形で開けた場所に入る。
するとすぐさま背後で潜んでいた者たちが退路を塞ぐ音を聞いた。
うーん、こうも悪手を取られると姫騎士団の対応の慣れがすごかったんだと思える。
まず目も耳もいいユニコーン相手に隠れるって無駄だ。動きも早いし力も強いからこうして後ろを塞いでも意味がない。
それこそ乙女を置いて命がけで囲むのが最も確かな手だった。
自らを囮にした正面突破の姫騎士団は、度胸と覚悟が並みはずれてるんだろう。
「はい、一歩」
僕は一声鳴いて岩に飛び乗った。岩の向こうには水の染み。香水を撒いたようだ。
「今だ! やれ!」
「「フォーレンにそんな危ない物向けちゃ駄目!」」
号令と共に僕に向かって矢が放たれた。
途端にニーナとネーナが風を起こして矢の狙いを逸らす。
「く、魔法だ! こっちも魔力の限り撃て!」
「無駄だよ」
僕の声と同時に潜んでいた妖精たちが姿を現した。
妖精は寄り集まると可視化する。可視化するほどの数が現われたことに、狩人と樵という森を知る人間が騒いだ。
「まずい! なんだこの数!? と、ともかく妖精避けを!」
「なんでこんなに種類がいるんだ!? 対処が追いつかんぞ!」
魔法は妖精たちが自分の属性に合ったものを打ち消し僕に届かない。
そして悪戯好きな妖精たちは、小さな歪みや多少の劣化を起こさせる悪戯で、ユニコーン狩りがいる足場を崩した。
「真打ちのお出ましだー!」
崖のほうから焦って戻ったボリスは、そのまま逃げるように僕の背中にしがみついた。
途端に、崖のほうから大量の水が押し寄せる。
波を先導するのは、ケルピーとその背に乗ったロミーだ。
「不埒な人間どもに鉄槌を!」
勇ましく叫んだロミーは、僕が立つ岩の周りをぐるりと駆け抜ける。
すると水流が綺麗に地面の人間たちを飲み込んだ。
ロミーの操る水は崖下の地底湖から供給されていて、岩の上で濡れてない僕でも身震いするほどに冷えていた。
「うわ、あの人たち抵抗もできずに流されて行っちゃった」
「ほら、フォーレン! 本番はここからだろ?」
「早く! 早く行かないと見損ねちゃうよ!」
「人魚たちが待ってるわ」
「待ってはいないと思うけどなぁ」
背中の妖精たちに急かされて、僕はロミーの操る水を追う。
ユニコーン狩りを攫った冷水は、森の中を波となって走り、人間が作った水路へと流れ込んだ。
「来たぞ! やれ!」
行く手から聞こえたアーディの声と共に、水路に入った水が濁流へと変わる。
人魚には水路を作るために掘り出した土の行方を探ってもらい、その土を水路まで移動させてくれるよう頼んでおいた。
今はロミーが流し込んだ水に、掘り出された土を次々に混ぜ込んで濁流を作り上げてる。
姿の見えない人間たちは、濁流にのまれて水路を流されて行ったんだろう。
「あれ? ロミーもいない」
「ついでに町まで行けないかやってみるそうだ。まぁ、ケルピーの足があればそうそう人間に捕まることもないだろう」
僕に答えたのはアーディだった。
僕より遅いけど、ケルピーも足の速い幻象種だし帰っては来るかな。
「ふふ、考えたものだな。壊せないなら埋めればいいとは」
「みんなで力を合わせれば、色々対処の幅も広がると思うよ」
「ふん」
楽しげだったのに、途端にそっぽを向かれてしまった。
うーん、アーディの攻略って難しいなぁ。
「…………当分人間どもは水路の泥の撤去に追われることになるだろう。ならばその間、我ら人魚は住処で養生をする。少々森が騒がしくなったところで与り知らぬ」
「それって…………軍が来ても対処は任せてくれるってこと?」
「知らん」
今度は背を向けて人魚の元に戻られてしまった。
これは都合よく捉えておいていいのかな?
「きゃー!」
「バヒーン!」
突如上から響いた声に、僕だけじゃなく人魚たちも森の上空を仰ぐ。
「これはいったいなんの騒ぎだ?」
「グライフ!?」
何故か上からケルピーを掴んだグライフが降りて来た。
背中に乗っていたロミーも一緒だ。
「ちょっと、グライフ! 可哀想だから放してあげて! ロミー、ケルピー大丈夫!?」
「む、なんだ仔馬。これは貴様の仕業か」
ケルピーを落としたグライフは、僕の前に降り立った。
「人間が流れ、濁流を操る馬が慢心して走っていたから捕まえてみたが」
「何してるの! しかも妖精乗せた馬のような幻象種襲うって、僕の時と一緒じゃん。少しは躊躇して!」
「貴様と羽虫のようなふざけた組み合わせがそうそういて堪るか」
「もう! アシュトルの所に遊びに行ってたんじゃないの?」
「…………ふん」
「良く見ると服もボロボロで怪我してるね。もしかして…………負けたの?」
「引き分けだ!」
引き分けになるような遊びしておいて、帰り際に見つけたケルピー捕まえるって。
呆れた目でグライフを見ると、嘴で突かれた。
「貴様は何をしていたのだ。俺がいない間にまた面白そうなことをしおって」
「面白くないよ。ユニコーン狩りが僕を狙ってたから対処しただけだよ」
「…………面白そうではないか!」
痛いよ。余計に突かないで!
僕たちのやり取りを見ていたアーディは、ケルピーに声をかける。ケルピーはグライフへの盾にするようにロミーの後ろに隠れてた。
「上からの急襲で後れを取ったのか?」
「嫌に狙いが正確で、逃げる暇がなかった…………」
「しかも力が強いの。水路沿いに移動してくれてなかったら、私もっと弱ってたわ」
ロミーも太刀打ちできなかったと言う。
「お蔭で町まで行けなかったわ」
「何処まで押し流した?」
「森を出てすぐに捕まったぜ。だから町の手前までは流れてるんじゃないか?」
森の中を通る水路は全て泥で埋められたようだ。
そのことにアーディは頷いて、僕たちのほうに顔を向けた。
瞬間、またバンシーの加護が発動する気配が立つ。
僕が身構えて振り向くと、グライフも構えて僕が睨む方向に身を返した。
「またいる!?」
「なんだ、あれは…………?」
森の暗がりに光る一つだけの目。
僕たちが身構えてもあまり気にした様子はない。
それでも僕たちの警戒に瞬きをして、その場を去る。
「敵意も害意もないが、強いな」
「うん、なんかメディサと初めて会った時みたいな気配がするんだ」
「なるほど。あれは怪物の類か」
グライフの言葉に僕も納得する。
ゴーゴンのような初見殺しの能力を持ってるなら、会ってもいないのにバンシーの加護が警告する理由になる。
「騒ぎを聞いて様子見に来ただけだろう。あれは不必要に住処から離れない習性がある。こんな所まで出てくることのほうが珍しい」
アーディに言われて僕が警戒を解くと、グライフも広げていた羽根を畳んだ。
そんな僕たちを見て、アーディは人魚に撤収を指示する。
「変わったユニコーンと共にあるのもまた変わり者か。あまり水辺を騒がしてくれるな、グリフォン。我々は住処に戻る」
「ほう…………? 人魚の割に友好的な奴だな」
「え、あれで!?」
世界を旅したグライフの感想に、僕は疑問の叫びをあげた。
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