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60話:姫騎士の秘薬

「ちょうどいいじゃねぇか。ほら、今の内にそこの姫騎士に言えばいい」


 町長が引いたのを見て、アルフが魔女たちに声をかけた。

 魔女って基本的に妖精が見える人たちなんだって。


「も、申し上げます! 騎士さま、どうかお聞きください! 私たちは不当な拘束を受けています!」

「何を言うんだい! 聞く必要はありませんよ!」

「どんな罪人にも申し開きの権利はある。聞こう」


 司祭のおばさんが邪魔しようとするけど、ランシェリスはすぐさま応じた。

 実はこれ、仕込みだ。


 昨日の夜に『恋の霊薬』を仕込む前、ガウナとラスバブの案内で僕たちは捕まってる魔女に話を聞いた。

 あの時は暗かったからこんなにひどい怪我をしてるとは思わなかったんだ。


「私たちは長くこの森と共に生きておりました! それこそこの町が、国ができる以前よりです!」


 森での人間の生き方を誰よりも知っていること。

 その知恵を使って今回の争いを仲裁しようとしたこと。

 聞き入れない騎士と町長によって不当な拘束と暴行を受けたこと。


「いいえ! 魔女は昔から妖精や魔物を邪法で操って、私たち善良な人間を害す存在ですよ!」


 司祭のおばさんが反論する。これは想定内。オイセンの宗教者は魔女を嫌うんだって。

 森という脅威と妖精王という信仰の対象が近すぎるから、何か別に敵を作らなきゃ信者が離れてしまうらしい。

 それで敵認定される魔女としては堪ったものじゃないんだろうけど。


 魔女の言葉も司祭のおばさんの言葉にも頷いた副団長のローズは、困ったように笑って見せた。


「浅学を晒すようで恥ずかしいのだけれど、私は魔女という存在に明るくないの。魔女はどんな邪法を使うのかしら? それは魔法とは違うものなの?」

「えぇ、違いますとも!」


 我が意を得たりとばかりに司祭のおばさんが声を大にする。

 魔女はサバトという邪悪な儀式で赤子を殺し、獣と交わって魔法では得られないような力を得るんだとか。

 だから妖精のいる森にも住めるし、妖精を従えることもできる、と。


 うん、言ってる意味が良くわからない。

 意味はなくていい。迷信でいいんだ。

 ここの人間たちが思う魔女の定義を壊すことが目的なんだから。

 司祭のおばさんの、その証言が欲しかった。


「ふむ、ではまず魔女のほうの言い分を検証しよう」


 ランシェリスが打ち合わせどおり話の主導権を握って進める。


「森を知る故に妖精の害がなく暮らせると言うのなら、ここにいる騎士たちの症状の原因はわかるだろうか? 昨夜、森では妖精が騒がしくしていたそうだ」

「はい、これは妖精の悪戯でしょう。一時的にドライアドが引いたため、他の妖精が介入したものと思われます。妖精は良くも悪くも賑やかなことを好みますから」

「悪戯でこんな倫理に反する混乱を招かれて堪るか!」


 町長の必死の叫びに魔女たちは押される。

 その姿に混乱の元凶のアルフは笑って囃した。


「ほら、頑張れ。ここで負けてたら帰れないぞ」

「妖精の身勝手は今に始まったことではないはず。今さら文句を言っても何も解決しない。何より、恨み言を言う相手が違っている。魔女ではなく妖精に言うべき」


 僕は完全に面白がるアルフを睨んで、町長を窘めた。

 もちろん、心の中でアルフに調子に乗らないよう注意するのも忘れない。


「そうです! 私たちなら彼らを正気に戻すための薬を作ることができます!」


 解決できると請け負う魔女に、町長は半信半疑だ。

 ま、無理矢理捕まえて処刑までしようとした相手だもんね。最悪騎士に毒を盛られて逃げられる可能性もある。


「必要な薬草さえ揃えていただければすぐにでも私たち魔女の力を、儀式などなくお見せします!」

「では、やってもらおう。皆で監視すれば毒物を作ることもできなかろう」


 ランシェリスの指示になんとなく従う流れができており、町長も司祭のおばさんも渋々頷く。

 一番煩いだろう騎士は町長以外に興味がなくなってるから、失神から覚めても邪魔しない。思ったよりもすんなりことは進んだ。

 必要な道具は家庭にある台所用品で賄えるし、必要な薬草は僕がたまたま摘んでいたということにしてある。


「では、この薬液で目を洗ってください」

「こんな話を聞かない状態でどうしろと言うんだい?」


 司祭のおばさんが鼻で笑うように魔女の指示に反論した。

 この人の態度が悪いのは否定しないけど、町の人たちの反応も基本的に似たようなものなのでもう気にしないでおこう。


「町長が命じればいい。目を洗うなら考えるとか」


 僕の提案が採用されて、嫌がる町長を姫騎士が騎士のほうへと押しやった。

 町長の一言を受けて、縄を解かれた騎士たちは先を争って盥の薬液で目を洗う。


「俺は…………おげぇ…………!?」


 正気づいた途端に、騎士たちは町長を恋愛対象にして追い駆け回した事実に精神ダメージを受けて悶える。

 ランシェリスは冷めた目を向けただけで、次の懸案事項の検証にかかった。


「さて、魔女の証言は本当だったわけだが。次に、司祭どのの言い分を検証しよう。ちょうど、私たちは役職柄いいものを持っている」

「時折姫騎士団への入団を希望する者が旅先にいるの。その際、仮入団として同行するための試験があるのよ」


 ランシェリスとローズは、それぞれ蝋で封のされた小瓶を取り出す。


「これは『聖女の秘薬』と呼ばれる物。穢れなきことを証明するためにある毒だ」


 毒という言葉に悶えていた騎士たちもランシェリスを見る。


「穢れなき乙女であれば水のように飲み干せるけれど、そうでない者ならひどく苦しみながら死ぬことになるわ」


 言いながら、ローズは司祭のおばさんに封を確かめさせて開ける。その上で、一舐めなら平気だと言って司祭のおばさんに舐めさせた。

 途端に、司祭のおばさんは喉を押さえて舐めた毒を吐き出そうと暴れ、のたうつ。

 その姿に全員が顔色を変えた姿を見回して、ローズは瓶の中身を一息に飲み干した。

 もちろん宣言したとおり、水のようになんともない。


「これを、魔女に飲んでもらいましょう。本当に邪悪な儀式とやらを行って力を得た存在なら、生きてはいられないわ」

「わ…………わかりました!」


 司祭のおばさんの苦しみように顔色を失くしていた魔女は、ローズに目を向けられ、決死の表情で声を上げた。

 まぁ、心配しなくていいんだけどね。

 本当にそういう毒らしいけど、昨日の夜、僕が乙女だって太鼓判押したし。

 司祭のおばさんが元既婚者っていうのも、事前に調べておいた情報だし。


「さて、全員飲んで生きている。これをもってこの魔女に咎められるべき罪がないことの証明とする。異議のある者は申し出よ」


 ランシェリスの言葉に、誰も納得はできないけれど異議を唱えられる者はいない。

 魔女が悪いと言われるのは迷信で、その迷信を否定された今、妖精を操るという迷信さえも否定されてしまった。


「異議はないようだ。…………さて、残った問題はドライアドだが。私たちは妖精は専門外だ。仲裁というものはまだできるのだろうか?」


 姫騎士たちが魔女の縄をほどいても、誰も止めることはできない。


「無理でしょう。彼女たちは森の掟に従います。ドライアドの宿る木を攻撃した者とその仲間は森に近づけばすぐさま命を奪われるでしょう」

「この町は滅ぼされるということだろうか?」

「森の外のことは領域外として止めることはできますが、この町の誰かが森に近づくなら、その時は…………」


 命の保証はないと言う魔女に、町の人たちは不満の声を漏らす。

 森の近くにあるからには、森から薪や食べ物を収穫したりもしていたらしい。

 なのに森を伐採しようとしてドライアドという森の妖精に喧嘩を売るんだから自業自得。町長を止められなかったことを悔いるべきだ。


「そうなると、この魔女さんたちに仲裁を依頼しなければ、森に近づけないどころか、森からの浸食は続行されるということね」

「な、何を馬鹿な!」

「だったら森を切り拓いてドライアドを殺せばいいだろう!」


 町長の抵抗の声より大きく、騎士の乱暴な声が上がった。

 瞬間、町を侵食していた蔦の一つが、騎士の首に巻きつく。どんなに暴れても蔦は取れず、見る間に棘を生やして禍々しい植物へと変化し始めた。

 やってるのはアルフだ。


「騒がしさに妖精が来ていると言っているのに、その妖精の前で森を攻撃すると言えば、そうなるのは当たり前」

「ま、町の中に妖精が!? 森から出ないんじゃないのか!?」


 呆れる僕に町長のみならず町の人間みんなが怖がって辺りを見回した。


「妖精は何処にでもいる。死にたくなかったら早く前言撤回したほうがいい」

「殺さない! もう森には近づかない!」

「へへん、言ったな?」


 騎士は苦しい息を振り絞って叫び、蔓から解放された。

 同時に、アルフが騎士に何か魔法をかけた。きっと森に近づいたら災難に遭うんだろう。


「どうやらこの町は、妖精に目をつけられてしまったみたいね」


 ローズの一言に、町の人たちは町長に非難の目を向ける。


「このまま見捨てるわけにもいくまい。妖精は専門外だが、無闇に人間を傷つけないよう交渉してみよう。魔女諸君は手伝いをお願いできないか?」


 ランシェリスはさりげなく恩を売りながら、表面上は正義に忠実なふりでそう言った。

 そして僕たちは魔女を取り戻して、町を堂々と出て行く。

 見送る形になった町長と騎士たちは、お互いに距離を取って目も合わせない。これならまた力任せに森に入ってくることもないだろう。

 司祭のおばさんは納得しかねる様子だったけど、ちゃんと魔女たちの着ていた服や持ち物を全て返してくれた。

 町の人たちは、シェーリエ姫騎士団にどうかよしなにと頭を下げる人さえ出る。


「あの、姫騎士さま。本当にありがとうございます!」


 森を前に魔女たちがそういうと、ランシェリスは肩を竦めた。


「礼なら私ではなく、ことの解決をドライアドから預かった妖精王と、その友人に言うといい」


 そう言って、ブランカの後ろに乗る僕を指す。


「妖精王さま!? エルフだとばかり!」


 魔女の的外れな驚きに、アルフは僕の肩から転げ落ちた。


毎日更新

次回:獣のお迎え

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