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55話:どんな妖精

 シュティフィーの攻撃目標は、植物を傷つけた僕とグライフに絞られた。

 アルフの嘘吐きー!


「ふむ、こう狭いと人間の姿のほうが良いな」

「確かに小回り利くとは言ったけど、こんな状態想定してのことじゃないからね」


 僕とグライフは人化して、四方八方から襲ってくる鋭利な蔦の先を避ける。

 締めつけてくる蔦は角や爪で対処できる。けど、森の中っていう状況が、どうやっても攻め手を緩めさせられない。


「守らなきゃ…………私が、守らなきゃ…………」


 怒りの形相で襲ってくるシュティフィーは、ここに来る前に見たドライアドと特徴は同じ。

 緑の髪と瞳に、木肌の色をした肌。衣に隠れた足は植物の中に溶け込むようにして見えない。

 違いと言えば波打つ長い髪の中、茨で編んだ冠をはめていること。

 禍々しいほどに攻撃的で、マーリエの説明とは似ても似つかなかった。


「そろそろ飽いた。ドライアドよ。これ以上やるなら命をかけよ」


 鞭のようにしなった蔓を掴んで引き裂き、グライフは猛禽の瞳でシュティフィーを睨んだ。


「駄目だよ、グライフ!」


 シュティフィーを倒すのはたぶん簡単だ。

 僕たちは幻象種で精神体の妖精相手にも攻撃ができる。

 けど、説得に来たんであって倒しに来たんじゃないんだよ。


「アルフ! マーリエ! 僕たちが攻撃受けてる間に、シュティフィーを正気に戻して!」


 僕の声に応えて、アルフとマーリエがシュティフィーを呼ぶ。


「そいつらは敵じゃない! 一回話聞いてくれ、シュティフィー!」

「シュティフィー! すぐにその茨を外して!」

「駄目、私がやらなきゃ…………」


 言葉は認識してるみたいだけど、会話があんまり成立してない。

 捨て身になるという苦難の茨クラウンオブソーンズのせいかも。


 僕は体を返して避けつつ、なるべく襲ってくる蔦を傷つけないようにする。

 風の魔法で勢いを殺したり、僕自身の動きを補助したりして回避に専念した。


「アルフ、捨て身になることに思考が囚われてるなら、考えを他に逸らせないかな?」

「うーんと、えーと」


 アルフは僕たちが対処する余波で飛んでくる蔦を払いながら考える。


「あ! シュティフィー、この件俺に預けろ!」


 小さい体で胸を張って、アルフは自分の胸に親指を向けた。

 たぶんグライフがやったら格好がついたんだろうけど…………。


「なんの安心感も持てぬわ!」

「グライフ、しぃ」


 僕たちに少しも響かなかったけど、妖精はそうでもなかったようだ。

 シュティフィーの攻撃の勢いが弱まる。


「うぅ…………妖精王…………預けて…………うぅ…………駄目!」


 茨の冠を握り込んで手を切りながら、シュティフィーはまた僕たちに激しい攻撃を加える。

 うねる蔦の影響で、周りで行く手を阻んでいた毒草や棘のある植物は、いつの間にか一掃されていた。


「シュティフィー! それを外して!」

「マーリエ!?」


 いつの間にか移動していたマーリエが、シュティフィーの茨の冠を奪おうと飛びついた。


「お願い、シュティフィー!」

「駄目…………私が…………守る…………!」


 揉み合った末に、マーリエは振り払われる。

 その上、僕たちを襲う蔦に当たり、グライフのほうに吹き飛ばされる。


「む?」

「危ない!」


 マーリエを避けるグライフの後ろから、僕がマーリエを抱き留めた。

 ちょっと予想はしてたけど、グライフって男女平等だよね。悪い意味で。

 武装してるランシェリスたちならまだしも、見るからに防具なんてつけてないマーリエくらい助けてあげようよ。


「仔馬、身の丈に合ったことをせよ」


 マーリエを支え切れず尻もちを突く僕に、グライフは半笑いでそんなことを言う。


「けど、身の丈なんて考えてたら、欲しい結果は手に入らないよ」

「言うではないか。ではどうする? あのドライアドを殺さずに止める方法を捻り出せるのか?」

「意地が悪いなぁ」


 完全に面白がってるグライフは、本当にシュティフィーの相手に飽きてるようだ。

 僕はマーリエを抱えてるせいか、今攻撃目標にされてるのはグライフだけ。


「ねぇ、マーリエ。シュティフィーってどんな妖精だったの?」


 説得の手がかりが欲しくて聞いてみると、痛みも相まってマーリエは泣き出してしまっていた。


「みんなに、優しい妖精だったんです。獣人も、シュティフィーの落とすどんぐり拾いに来て、みんなで、クッキー焼いて」


 なんだかほのぼのしそうな思い出話だ。

 どんぐり拾う獣人って、リスだったりするのかな?


「た、たまに、気難しい人魚の方も、来てて。ゴーゴンさまも、妖精は石にならないから、夜中にこっそりいらっしゃるって聞いて」


 魔女に獣人、幻象種に怪物。

 種族に関係なく、仲良くなれる妖精だったらしい。


「大きな、木に宿っていて、雨宿りで動物たちもよくいて…………」


 なんか、前世の知識で大きなクリのー木の下でーっていう曲が頭の中に流れる。

 けど僕の目の前では、歌詞の微笑ましさとは対極の争いが起こってた。


「ドライアドよ、貴様争いに慣れておらんな? 攻撃が単調で、もはや次の攻撃が何処から襲ってくるかさえ読めるぞ」

「邪魔する…………敵!」

「ねぇ、シュティフィー。君は何がしたいの?」


 僕の問いかけに、答えないかと思った。


「…………守る」


 ポツリと零された答えは、言われてみれば最初から言ってることだ。


「君は、誰を守る妖精なの?」

「守る…………守る…………私が、私は…………誰を?」


 僕の投げかけた疑問に、シュティフィーは困惑する。


「マーリエに聞いたよ。魔女も獣人も、幻象種も怪物も分け隔てなく仲良くしてたって。じゃあ君は、誰を守りたい?」

「誰…………誰? …………みん、なを」


 僕の問いかけに答える度に、グライフへの攻撃が緩んでいる。

 どうやら混乱させると蔦を操る精度が鈍るみたいだ。


「みんなって? みんなを守りたいの、それともグライフにしてるみたいに傷つけたいの?」

「傷、つける? …………ちがう…………」

「うん、そうだね。君は本当はそんな姿じゃないんでしょ? 君の名前はシュティフィーでいいんだよね?」


 確認すると、シュティフィーは戸惑ったように自分から伸びる蔦を見回して、頷いた。

 もうグライフへ攻撃する蔦はない。


 そう言えば、アルフがエイアーナで盗賊相手に酷い悪戯をした時、妖精は相対する者を映す鏡だと言っていた。

 さっきまでのシュティフィーの凶暴性は、もしかしたら相対していた人間たちを映した結果だったのかもしれない。

 本来の自分を思い出させれば、シュティフィーはマーリエが言うような優しいドライアドに戻りそうだ。


「初めまして、シュティフィー。僕はフォーレン。君はどんぐりを落とす木なんでしょう?」

「そう…………。私は椎の木に宿ったドライアド」

「じゃ、そこにいるのは違うんじゃない? みんなを守るのはそこでいいの? 大きな枝や葉っぱで、みんなを守るんじゃないの? そこにはそんなものないよ」

「ここで、私は…………守るため…………ここで? 本当…………私、ないわ。みんなを守る、木陰が…………」

「じゃあ戻らなきゃ、みんなを守るために。どんぐり拾いに来る人がいるんでしょ?」

「えぇ、そう。動物たちも獣人も、魔女も、人魚がたまに来るの。…………私、それで、お話をするの。どんぐり拾いの休憩で」

「楽しそうだね」

「えぇ、楽しいわ。人魚は怒ってばかりだけれど、魔女の子たちは一緒にお茶をしてくれるのよ」

「うん。シュティフィーは、その楽しい時間を守りたいんだね」

「そう…………、そうなの」


 シュティフィーは何処かへ手を伸ばすけど、その手は思い出したように茨の冠を触る。


「けど、私は…………守るために…………」


 穏やかになり始めていたシュティフィーの顔が、曇るように顰められた。

 もうちょっとな気がするんだけどな。


「シュティフィー、君は守りたいんでしょ? 戦いたいんじゃない。守りたいからいるんだ。だったら、大きな木でみんなを守ればいい。みんなが集まる木になればいい」

「みんなが、集まる…………? 守りたい、みんな…………」

「うん、やりたいことがあるなら間違えちゃ駄目だよ」


 僕の一言に、シュティフィーの目の焦点が合うような、何かが噛み合った表情を浮かべる。


「君の木の下では、みんな仲良くしていられるようになればいいんじゃない? 仲良く遊んだり、お喋りしたり、お茶を飲んだり、ね」


 うーん、どうしても大きなクリの歌が頭に浮かぶなぁ。

 なんて思った次の瞬間、シュティフィーは内側から光り出した。


「フォーレン何したんだよ!?」

「し、知らないよ!? アルフがわからないこと、僕にわかるわけないでしょ!」


 シュティフィーが放つ光は見る間に茨の冠に集約する。

 そして、光が弾けるように消えると同時に、茨の冠は幾多の花々が絡み合う、花冠へと姿を変えた。


「あぁ…………私は生まれ変わった…………」


 そう宣言して微笑むシュティフィーに、僕はただ茫然と見ているしかなかった。


毎日更新

次回:妖精の進化

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