54話:ドライアドのシュティフィー
「ねぇ、これって前にアルフとグライフが競って俺に教えた毒草ばっかりじゃない?」
「シュティフィーの近づくなって警告だろうな」
僕たちがいる場所から真っ直ぐ進むと森の外に出るらしいんだけど、見渡す限り毒草と棘のある植物に埋め尽くされてて近づけない。
「あのゴーゴンに毒は効くのか、羽虫?」
「効かないぜ。だからドライアドも絞め殺しに行ったんだと思う」
「ねぇ、会いに行くシュティフィーって危ない妖精?」
僕の質問に、マーリエが焦って答える。
「そんなことはありません! 普段は明るくて優しい、お姉さんみたないなドライアドです! 悪戯もしないでとお願いすれば聞いてくれますし、無断で木々を傷つけない限りは襲って来ないんです!」
「つまりこの森には、お願いしても悪戯やめてくれなかったり、理由もなく襲ってくる妖精がいるんだ?」
僕の確認にマーリエは視線を泳がせる。
アルフを見るとさっと顔を背けた。
…………いるんだね。
「だ、大丈夫だって! 俺の友達襲わせることなんてしねぇよ! そ、それより、フォーレン! この毒草なんかはその角で払ってくれないか?」
僕の感情が伝わったアルフは、慌てて話題を変える。
「いいけど、払って襲われたりしない?」
「しないしない。あ、けど角を木に当てないよう気を付けてくれ」
ユニコーン姿に戻った僕は、角で左右に毒草や蔦を切り払いながら進む。
角に解毒作用があるせいか、僕自身に毒は効かない。
って言ってもユニコーンは味覚が鈍いみたいで、毒草も食べられる葉っぱもほぼ同じ味なんだよね。毒は効かないし味も変わらないし、食べてもなんの問題もない。
「ユニコーンの角は万病の薬になると聞きましたが、生えてる毒草まで触れると無毒にするんですか?」
「うーん、僕の感覚だと水分に触れて効果を発揮するみたい? だから、毒草も生きてて水分持ってたら効果がある、って感じかな」
恐々僕の後ろを歩いていた魔女のマーリエは、グライフが以前かぶれると教えてくれた植物の切れ端を摘まんで驚いた。
「それに、こんな硬い棘を持つ蔓を切っても、角は平気そうですね」
「岩で削るんだけど、脆い岩だと岩のほうが割れるんだよね」
なんて話してたら、行く先の木がブルブル震え始めた。
「何これ?」
「あ、フォーレン!」
僕が角で突くのと、アルフが止めようと声を上げたのが同時だった。
「穴を空けないでくださーい!」
悲鳴染みた懇願を叫んで、木から女の人が飛び出した。
木肌のような肌の色に、緑色の長い髪と瞳。足元は長い服に隠れているけど、明らかに木から生えてる。
「私、私! ユニコーンの角になんて、耐えられません!」
「落ち着け。俺たちはシュティフィー捜してるだけだから」
アルフが震えるドライアドの目の前まで飛んで行って声をかける。ドライアドはすぐに相手が誰かわかったようだ。
「まぁ、お戻りになったんですね。でしたら! すぐに不埒な人間どもを滅ぼしましょう!」
「ドライアドってやっぱり危ない妖精じゃないの?」
僕の疑念にアルフとマーリエが弁明する。
「これはちょっとした興奮状態なだけだって! ドライアドは足並み揃える性質あるんだよ!」
「こ、こんなことを言ってしまうくらい、私たちのことを心配してくれる、優しさは、残っていると、思うんです…………」
「うーん…………、保留で。ともかくシュティフィーってドライアドの居場所聞こう」
僕に怯えて出て来たドライアドが言うには、他のドライアドから力をわけてもらいつつ、人間の町への地味な攻撃を森の境辺りで行っているそうだ。
また僕は角で道を拓きながら、疑問を口にする。
「マーリエたち魔女が、森に住んでる人間なの?」
「昔は森の側に住んでたらしいんですけど、今は森の浅い所にある立て坑に」
「立て坑?」
魔女の里というのは、地下水の浸食でできた立て坑にあるらしい。
岩と木で作られた住まいに、魔法で温かく長持ちする火を常に燃やしているんだとか。
「そちらのグリフォンさまが言ったように、私たちは森の知恵を人々に与え、諍いの仲裁をするドルイダスが先祖だと聞いています」
「俺がこの森に派遣されることになったのも、ここの魔女が大陸東のドルイダスに連絡とったからだしな」
森に関連して暮らしていた魔女たちは、妖精を使役することもあるそうだ。
そこから暗踞の森に魔王の残党が住みついたことを報せて、今に至る。
派遣されて管理を任されたのがアルフで本当に良かったのかは、考えないでおこう。
一応、妖精や怪物、人間にも一定の敬意は払われてるみたいだし。
「魔女って言われるようになっても、そのドルイダスとしての生き方続けてるの?」
「五百年前とは変わったとは聞いています。魔王の時代はドルイダスとして暮らすことは許されていましたが、魔王が倒れて新たな国が立つ際には、国に所属して税を納めるよう命じられて、反発したそうです」
「あったなぁ。『世話になっていない、なる予定もない奴に払う金はない!』って長が役人たち追い返してて」
僕の背中に乗ってそんな昔話をするアルフ。
マーリエも初耳らしく箒を握り締めて驚いていた。
「実際、森の近辺離れないから街道の整備のための税とか、生活用水維持するための税とか関係ないし。森の獣はドルイダスが従える友だし、生活に必要な物は森から得るのが習わしだったし」
逆に、今までの仲裁を行っていた権利を取り上げ、お礼としてもらっていた物品も商売として税を課そうとしたらしい。
どうやらドルイダスが魔女と呼ばれて森の中に入り人間と暮らしを異にしたのは、そうした権力者との対立があってこそのようだ。
「今は森の妖精たちと獣人なんかの仲裁してるな」
「そう言えば、人魚、ウンディーネ、悪魔、獣人って、他にもアルフが留守の間になんかあったみたいだよね」
マーリエは少し考えて、思い当たることがあったらしい。
「悪魔は知りませんが、他は人間との諍いですね」
「ってことは、ウンディーネと人魚は一緒の問題か?」
「はい。以前からあった取水に関する問題が悪化して、少々死人が出ているようです」
「少々…………?」
僕は疑問に思ったけど、水の取り合いはよくあることらしい。
この森には地下水の湧き出す湖があり、その水を人間たちは欲しがっているそうだ。ただその湖は人魚とウンディーネの住む場所。
「獣人は付近の人間と元から仲が悪いし、悪魔はアシュトルがビーンセイズに召喚されたとかその辺りだろ」
アルフの推測にマーリエは頷く。
「仲裁しないの?」
「さすがに、もう森の外のことまで仲裁する余力はないっていうのが、里の大人の意見で」
マーリエが言うには、ドライアドと人間の争いを仲裁しようとすることも元々止められていたらしい。
それでも強行したのはマーリエのような若い魔女で、大人たちは捕まって処刑を言い渡されるのもわかっていたそうだ。
「魔女はマーリエたちを助けてくれないの?」
「ここまでドライアドが怒り狂ってるなら、今さら手を出す必要はないって」
「冷たくない? ドライアドに協力して助け出すとかは?」
僕に答えず俯くマーリエ。
「…………魔女は基本的に里の者を見捨てない。その対応ってことは、お前たちが先に掟破りしたな?」
アルフの指摘にマーリエは頷いた。
「苦悶の茨という、持ち出しを禁じられた魔法の道具を…………。すごく強力で、昔里を守ることに使われたって聞いてたんですけど、私たちじゃまだ扱えないから、シュティフィーに使ってもらって」
「おーい、それって捨て身になるほど能力が増す、一種呪いのアイテムだぞ」
「え…………!? 呪い!?」
マーリエは声を裏返らせる。どうやら知らずにいたらしい。
渡した時にはすでにドライアドに犠牲が出ており、人間たちの攻撃的な言動が目立ったため、自衛に使ってもらうつもりで渡したそうだ。
「そ、呪い。あれ自分じゃ外せねぇし、付けてる限り自分の安全は二の次って考えに支配される。外すには別の誰かに押しつけるか、死ぬしかないんだよ」
「そんな…………」
魔女の掟にはそれなりの理由があったってことか。
そんな呪いのアイテムを他人に渡してしまっている時点で、マーリエたち魔女は加害者側に回ってしまっている。知らなかったなんて言い訳通用しない。
「シュティフィー…………私たちが仲裁するって言ったら、受け入れてくれて…………妹が切られた時、泣いて怒ってたのに、嘆きは忘れないけど怒りには目を瞑るって言ってくれたのに…………。人間に捕まりそうになった、私を、助けてくれて…………」
どうやら村を滅ぼそうと暴走しているドライアドは、本来とても寛容で大人な妖精らしい。
マーリエは自分の仕出かしてしまったことの大きさに、涙ぐんで立ち止まった。
そう言えば、マーリエの後ろのグライフずいぶん静かだけど、どうしたんだろう?
僕も足を止めてグライフが見つめる先を見る。森の端らしき明かりが見えていた。
同時に、僕たちを警戒するように立ち上がる蔦の影も。
「うわ!?」
襲いかかって来た蔦を反射的に角で薙ぎ払おうとすると、それより早く身構えていたグライフが、人化したまま爪を使って引き裂いた。
「ふむ…………。魔力が籠っているせいかずいぶんと硬い」
「グライフ! いつから気づいて大人しくしてたの!?」
「ふ、貴様が毒草などを払い始めてからだな」
「最初のほうじゃん! つまり、僕たちが近づいてくるのを待ってたの!?」
肯定するように、蔦が僕たちを後方から襲う。
「マーリエ!」
一番後ろにいたマーリエに突き立てられそうになった蔦は、驚いたように跳ねると方向を変えた。
マーリエを避ける形で襲って来た蔦は奇襲の意味をなくし、僕とグライフに切り払われる。
「マーリエ…………どいて。森を…………荒らす者…………死を…………」
「シュティフィー!」
蔦の中から姿を現したのは、般若のように禍々しい顔をした、ドライアドだった。
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