52話:魔女のマーリエ
「きゃーーーー!? グリフォンとユニコーンがいるーーーー!?」
「うるさいぞ。俺を見下ろすな、不愉快だ」
妖精王を捜しに来たらしい魔女の女の子は、グライフの急接近に悲鳴を上げた。
その上でグライフの鉤爪に襟首を掴まれ地面に落とされる。
「落ち着いてくれ、魔女どの。ずいぶんと取り乱していたが、急ぎなのではないのか?」
「まず、妖精王を捜して私たちに声をかけた理由を聞きましょうか?」
ランシェリスが膝をついて地面に倒れたままの魔女に手を貸す。
ローズはへそを曲げてしまったアルフを見ながら、事情を聞くことを提案した。
魔女は茶色の髪を太い三つ編みにしており、ランシェリスの手を見上げた瞳は緑色だ。
「き、きき、騎士さま!? しかも女性!?」
ランシェリスに手を取られて立ち上がると、魔女は動かない僕と襲って来ないグライフを見て納得の声を上げた。
「…………あ、騎士さまが隷属させている魔物なんですね」
「もはや喋るな。死ね」
「わー! 駄目だよ、グライフ!」
本気で殺そうと前足を振り上げたグライフを、僕は横から体を押しつけて止めた。
僕たちがぎゅうぎゅう押し合っている内に、あくまで協力関係であることを、姫騎士団が説明する。
「理解したのならすぐに謝ったほうがいいわ。あなたの命のためにもね」
「か、勘違いでした。ご不快にさせてすみません」
「ふん!」
ローズの促しで謝られたけど、今度はグライフがへそを曲げてしまった。
「ふぅ…………。ここにきてグリフォンどのと死闘を演じることになるかと思ったぞ」
「ランシェリス、やっぱり命がけでこの魔女を守るんだ?」
「当たり前だ。私たち姫騎士団は戦う力のない者を守るためにある」
「か、かっこいい…………」
僕に答えるランシェリスに、何故か魔女が両手の指を胸の前で組んで見惚れてた。
「お前は妖精王捜しに来てたんじゃないのかよぉ」
いきなり動いた僕の背から落ちたアルフが、腕を組んで魔女の前へと飛んだ。
「っていうか、里の魔女だろ? どうせ占いでこの方角に行けば会えるとかで来たんだろ」
「は、はい。あの、私、マーリエって言います! …………え、まさか?」
マーリエと名乗った魔女は驚いたようにアルフを指差す。
「よ、妖精王さま、ですか?」
「…………まぁな」
「あ、認めた」
思わず言ったらアルフに恨みがましい目で見られた。
いや、もうばれてるって。いつまでも隠す必要もなかったでしょ?
「たまにお忍びで悪戯をして回ると聞いてましたけど、この姿がそうなんですね」
「い、いいから、用件を言えって!」
「は! そうです、大変なんです! 助けてください、妖精王さま。ドライアドたちが町を滅ぼそうとしてるんです!」
騒がしいマーリエは、とんでもない凶報を持ってきていた。
「ドライアドって何? 妖精王さま」
「フォーレン? 説明してやらないぞ?」
ちょっとからかったらむくれてしまった。
「ごめん、アルフ。グライフに聞いとくから、マーリエって子の話聞いてあげてて」
「俺が教える! そこのグリフォンに聞いたら適当なことしか言わなそうだし!」
いいのかな? 何処かの町が滅びそうなんでしょ?
と思ったら、姫騎士も妖精に明るくないからドライアドの説明からがいいんだって。
「ドライアドは木に宿る妖精で、人間と似た女の姿をしてて人間を無闇に襲う妖精じゃない。というか、迷子見つけたら森の外まで案内してやったりするぜ。…………まぁ、気に入った男だったら誘惑して帰さないけど」
妖精ってどうやっても一癖なくちゃいけない生き物なの?
ガウナとラスバブはドライアドが町を滅ぼすなんて話に興味はなく、勝手に姫騎士団の馬具を何処からか出したトンカチで直し始めてる。
「ドライアドはここから東のほうの木々に住んでる。確か、オイセンって国に接してて、たまにそこの人間たちと小競り合い起こしてたよな?」
「そうなんです。オイセンの町がドライアドを怒らせてしまって、町が今滅びそうになってるんです!」
大きく頷くマーリエに、ランシェリスは記憶を手繰るように少し上を見る。
「オイセンと言えば、騎士の国と聞く」
「騎士の国ぃいーー?」
「わ、私たちはこの辺りのことを良く知らないの。話を続けてくれる?」
マーリエが何言ってんだって言わんばかりの声を出したのを、ローズが取り成した。
「こほん。妖精王さまがダイヤを追って森を出られた後、何故か不在が人間たちの間で噂になりまして。それで今の内なら妖精は弱ってるなんて言って木々を伐採に入って来たんです」
「なんだそりゃ? 誰が漏らしたとか、なんで弱るなんて噂になったとか色々聞きたいことはあるけど。町滅ぼすほどドライアドが怒るって、何やらかしたんだ?」
マーリエは落ち着かない様子で自分の三つ編みを撫で始める。
「あの人たち、ドライアドが伐採の邪魔をするからって、ドライアドが宿る木を狙って切ったんです…………!」
涙ぐみさえするマーリエに、アルフも険しい顔になる。
「ドライアドは、宿る木と一蓮托生。宿ったまま木を切られると、死ぬんだよ」
「つまりドライアドが怒ったのって、仲間を殺されたから? それで町を滅ぼそうとしてるの?」
僕の確認にマーリエは首を横に振った。
「確かに、ドライアドの宿る木を特定するために、三十人の美少年、美青年を集めて森に放すなんてことしたのは卑怯です」
それでつられて特定されるドライアドもドライアドだけど、オイセンの町の人間もずいぶんだ。
「妖精と人間の仲裁に入った魔女を、オイセンの人たちは、捕らえて返さないんです」
「魔女が仲裁?」
ランシェリスの疑問に、マーリエは首を傾げる。
興味なさげに聞くだけはしていたグライフが教えてくれた。
「その魔女は森の賢女と呼ばれたドルイダスの末裔であろう? 神殿ができる以前には、そうした宗教者が異種族間の仲裁を担っておったのだ」
「今は神殿がしてるの、グライフ?」
「はん、するわけがなかろう。神殿は人間本位よ。神殿から派遣されたそこの小娘どもが俺たちを何と呼んだか忘れたか、仔馬?」
「あぁ、魔物? あれ、そう言えば魔王が『魔を打ち払う王』なら、魔女は何?」
「そのまんま、邪な考えに侵された女だな。神殿ができてから考え方の違いで魔女って言われるようになったんだよ。本人たちはそれも時代の流れって受け入れてるけど」
アルフが言うと、マーリエのほうが驚いていた。
「てっきり、『魔を御す女』だとばかり」
「それでもいいんじゃないか?」
アルフが適当に言う。
それで笑顔で頷くあたり、マーリエもなかなか大雑把だ。
姫騎士団のほうが、魔女って呼びかけていいのか悩んでる。
「話しを戻していいだろうか? つまり、ドライアドと人間の諍いを収めようとしたマーリエの仲間が町に囚われたために、ドライアドは怒って町を滅ぼそうとしているんだな?」
ランシェリスの確認に、マーリエは頷いた。
「ドライアドが本気になって、町の人は今森に入れなくなってます。けど、それに怒った町の人たちは、私たち魔女を見つけると捕まえるようになってしまっていて」
「そのオイセンって国の人ってずいぶん乱暴なんだね。偉い人が止めたりしないの?」
「町長が伐採推進してるんです。それに、隣国のエフェンデルラントと競って森の木々を伐採しようとするから森の東側は今、大変なことになってて」
オイセンの隣国エフェンデルラントも暗踞の森に接していて、そっちの国も妖精と問題を起こしてるんだとか。
「…………アルフ、こんな状態で森離れるのは、どうかと思うよ?」
「い、一年前はここまでじゃなかったんだよ…………」
「不遜にも王を名乗るのなら、己の領有する分くらいはきちんと管理せよ」
グライフにまで責められても、アルフは言い返せない。
「あの、妖精王さま、どうかドライアドを止めてください」
「人間から魔女を取り戻して、じゃなくて?」
「…………その、ドライアドを止めないと、捕まえてる魔女を処刑するって、町の人が」
俯くマーリエに、ランシェリスは立ち上がった。
「話しはわかった。一方に聞くのでは不公平だ。オイセンに入り、件の町でも話を聞こう」
「ランシェリス、魔女って神殿と仲悪いみたいだけど、協力してくれるの?」
「フォーレン、私たちは妖精の害に苦しむ人間がいると聞いて向かうんだ。その害を取り除くために手を尽くす。ただその中で、不当に捕らえられた女性がいるのなら、助けるまでだがね」
片目を瞑って見せるランシェリスに、ローズは苦笑しながら肩を竦めた。
「私たちは森の手前まで件のグリフォンを追って見失い、別の問題を聞いて駆けつける。厄介ごとに首を突っ込む嫌な奴ね」
「そ、そんなことはありません! 威張るばっかりで二言目には脅してくるオイセンの騎士よりずっと立派な騎士さまです!」
どうやらマーリエは、オイセンの騎士に嫌な目に遭わされたことがあるようだ。
暗踞の森を眺めたグライフは、マーリエに猛禽の目を向ける。
「しかしドライアドが町を滅ぼすとは具体的に何をしているのだ? あの妖精は宿った木々を操る程度の者だろう?」
「はい。ですから生命力が強く繁殖力に秀でた植物で町を覆って、建材の間に根や枝を伸ばすことで歪め、自重で潰し、建物を崩壊させています」
地味に本気を感じる滅ぼし方してる。
「すでに町を囲む石積みの壁は崩れてて。町に入り込んでいるので燃やすにも延焼の恐れがある状況で手を焼いていますね」
「マーリエ、ちょっと楽しそうに言うのやめない?」
「す、すみません。木なんて所詮勝手に生えて勝手に育つ低能。動けもしない愚図。人間に使われて初めて意味があるなんてドライアドに言う奴らが住んでると思うと、つい」
うわ…………。
それ、意志疎通のできる妖精に言うことじゃないよ。
「ドライアドの怒りを鎮めるより、町の無能をどうにかしたほうが早いかもしれないな」
殺気の籠った呟きを残して、ランシェリスたち姫騎士団はオイセンの町を目指して発って行った。
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