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番外編11:助けて助けられて

 帰ってすぐの騒ぎも落ち着いて、お客を招き入れた傷物の館。

 水を抜いた中庭のプールは、階段状の広場になっていた。


 そこに緊張の面持ちの冒険者、金羊毛が揃ってる。


「そんな力まなくても痛いことはねぇよ」


 一番下の広場には妖精王姿のアルフ。

 向かい合わせにいるのはジェルガエの大会で優勝をさらった金羊毛ウラだ。


 金羊毛はエフェンデルラントにいたほか五人と、さらにオイセンに残ってヘイリンペリアムまで北進した人たちもいる。


「貴様が余計なヘマしないかが何より不安であろうよ」

「妖精に頼むとか賭け以外の何ものでもないだろうぜ」

「妖精とはおかしな術を使うものだな」

「うるさい、羽根あり外野! 邪魔すると本当に手元狂うだろ!」

「やめてくれ!」


 グライフに続いてロベロ、フォンダルフが茶々を入れたのにアルフが怒ってみせる。

 すると金羊毛の頭のエックハルトが切実な叫びを上げた。


「グライフ、これ僕を助けに来てくれたお礼でもあるんだから邪魔しないで」


 僕は階段の上にいるから、人化したまま二階を見上げる。

 三人は日の当たる二階のテラスから覗きこんで、完全に野次馬気分みたいだ。


「ならば精々そいつを監視していろ、妖精の守護者」

「なんかグライフにそう呼ばれると含みが多すぎて嫌だなぁ」


 今までは妖精に関わるなんてみたいなこと言ってたのに。

 …………なんだかんだ北まで行ってこっちに戻って来たってことは、妖精のいるこの森での暮らし気に入ってたりするのかな?


「あいつら放っておいて続けるぞ。お前と契約した妖精は見つけた。で、傷ついた内臓もある。ただちょっと問題あってな」

「な、なん、ですか?」


 ウラが緊張に上ずる声で答えた。

 けど心配しなくても、その妖精探して取り戻す時点ですでに僕たちがごねる妖精相手に遊んで機嫌とったから、ウラが今さら煩わされることはない。

 ごねて調子に乗って最終的に妖精はグライフに泣かされたから、当分人間なんかに関わらないと森の奥に去って行ったし。


 結果的にウラに恩恵与えてたのに悪いことしたから、今度また僕は機嫌取りに行く予定。

 それと取り換え子をする妖精という、ちょっと困った相手だから自棄になって別の所に移動されても困るんだよね。


「お前の体と内臓が大きさ合わないんだよ。若返らせるにしても二十くらいにしようと思ったけど、この内臓取り出した時まだ成長しきってなかっただろ?」

「アルフ、それって戻しても子供作れるかわからないってこと?」

「そ、フォーレンの言うとおり。それでだ」


 息を飲む金羊毛に、アルフは指を立ててみせる。


「妖精を探す、契約の撤回、若返りと今の筋力の保持、この四つに加えてある条件を飲むなら五つ目、子宝に関する俺からの加護を与える」

「アルフ、あんまり困らせてあげないでよ」

「なんで俺が悪いみたいに言うんだよ、フォーレン」

「それ言い出してる時点でもう飲めるような条件考えてるんでしょ? 人間の繁栄のための妖精なんだし。金羊毛の反応見るために勿体ぶってるだけなんじゃないの?」


 僕の指摘にアルフは横を向く。

 感情を読むまでもなくばつが悪そうなのは金羊毛たちにもわかったようだ。


「ちょっとした悪戯心なんだよ、わかったよ。条件は、思ったよりお前たちが働いてくれたから、その見返りをひとまとめにしてこの夫婦に対する加護にするってことだ」

「それって俺らもなんか妖精王さまにしてもらえるってことっすか?」

「…………欲を出すな」


 好奇心で聞く若手のエルマーに、普段寡黙なジモンがすぐさま肘鉄を入れる。


「いやぁ、お前ら一人一人って考えると大したことにならないぜ。転んでも一回だけ運良くすり傷作らずに済む程度」

「ほら、馬鹿な欲だすと結果悪くなるというのは妖精譚の定石でしょう」


 アルフの答えに最年少のニコルがさらにエルマーを窘めた。

 妖精に関わる話はそういうものらしい。


「妖精王さま、お聞かせください。その加護があれば、ウラは産褥で死に至ることも回避できるのでしょうか?」


 アルフから若返らせてもらった前例のエノメナが、現実的な例を挙げて聞く。


「あぁ、そこも含めて夫婦の加護にするからな。安心しろ」

「よかった」


 思わず僕が呟くとアルフは困ったように笑った。


「母親亡くしてふらふらしてる子供なんて見たくないしな」


 どうやらアルフなりに僕の身の上を覚えていてくれてるようだ。


 その間にエックハルト立ち上がると金羊毛を見回す。


「頼む…………!」


 短いけれど願いの籠った言葉に、金羊毛は声を揃えて応じた。


「「「「「もちろん!」」」」」

「それじゃ、夫婦に加護やる前提でっと…………よし」


 アルフは目を閉じて何かを念じると、一声上げてウラを見据える。


「まずは若返ってから内臓返す。その後揃って俺の前で夫婦となる宣言をしてくれ。そしたら加護与えるから」


 アルフは自ら作った若返りの薬を差し出した。

 効果はエノメナで証明されてるけど、ウラは緊張しながらも飲み干す。

 すると時が巻き戻るようにウラに変化が現れた。

 三十代だったのであまり印象は変わらないけど若さは案外目に見える。


「…………違う」

「え、何が? エックハルト?」

「若い、若いが、あの頃のウラとは、違う。もっと痩せぎすで尖ってる感じの」

「あぁ、そりゃ時を戻したとかじゃないからな。今の状態から若い状態にしただけだ」


 アルフは頷くけど、何が違うのかよくわからない。

 ただ見た目若くなっただけだと十年前とは違う感じらしい。


 人間たちの困惑を気にせずアルフはそのまま作業を続ける。

 すると自分の容姿の違いがいまいちわからないウラが仲間のほうへ振りむこうと動いた。

 僕は階段から飛び降りて後ろからウラの体を掴んだ。


「えぇ!?」

「ウラ、今動いたらたぶん駄目だよ。アルフが内臓戻してる。アルフもちゃんと言ってあげなきゃ」

「悪い悪い。さっと終わらそうと思ったんだけど。はい、終わり」

「…………今の失敗していたらどうなっていた?」


 ジモンがすごい怖い顔で確認する。


「えっと、もう一回取り出さないと、たぶん詰まって…………死にそう?」

「アルフ、謝って」

「ごめんなさい」


 さすがに金羊毛たちから無言の非難に、アルフも素直に謝った。


 報連相って大事だよね。

 グライフの横やりなかったら気づけなかったかも。


「グライフ、ありがとう」

「まさか本当にやるとは思わなかったぞ」

「うるせぇ…………」


 呆れるグライフにアルフもやらかした自覚があるのか弱く言い返す。


 その間にウラは今度こそエックハルトのほうへ向かった。

 ちょっと恥じらうように下を向くと、エックハルトが手を取って顔を上げさせる。


「恰好つけたことは言えねぇ。けど、俺は絶対にお前とは離れない。今までも、これからも。苦労かけるかもしれないけど」

「…………知ってるし、わかってるよ」


 なんかいい雰囲気になりそうな予感がして、僕はアルフを突く。

 すると気づいて困った様子になった。


 感情はこれすべき? ってかんじかな?

 もちろん今だよって、そう思ったらアルフが頷いた。


「今まであたしと一緒にいてくれてありがと。これからも、ずっと、一緒に…………」

「あぁ、約束する。お前を一人にはしない。っていうか、俺がお前いないと…………」

「妖精王として、ここに契りを交わす男女を祝福し、その業が終わるその時まで見守ることをここに宣言する。産めよ、増えよ、地に満ちよ。これが神の人間に望む業である」


 なんか聞いたことある気がする文言を言うと、アルフは光の輪を作ってエックハルトとウラを囲むように上から下へと通す。


「これでいいぞ。励めよ」

「アルフ、言い方…………」

「他に何かあるか?」

「お幸せにでいいと思うんだけど?」


 僕がアルフに突っ込むと、赤面したエックハルトとウラが大きく頷いてくれた。


「えー? そんな抽象的なんでいいのか?」


 アルフが納得できないようなことを言った途端、感極まったジモンが大声を上げて泣きだし、全員が驚くことになる。


金羊毛たちが喜びに泣き騒ぐ中、二階からグライフが僕とアルフの下へと飛んで来た。


「本当に碌でもない失敗で惨事を引き起こしそうになるとは。妖精の守護者は、羽虫のお守りに名を変えるべきではないか? 仔馬、見限って新天地を求めるのならば俺に言え。大グリフォンの街から東ならば縁もあろう」

「おい! 勝手に俺の友達連れて行こうとするな! だいたいユニコーンも逃げ出すような状況の所だろ!」


 気にならないと言えばうそになるけど、今はまだ人魚や獣人に頼まれてることもあるし、ウーリとモッペルの復活にも時間が必要だという。


「僕の意思で離れる気はないかな。けどグライフにも助けられてるのは確かだから、困ってることがあるなら手を貸すよ。あ、もちろん僕と命がけで戦うってのはなしで」


 グライフは不服を隠さず嘴を鳴らす。

 それでもなんだか僕の姿を上から下まで見て、そっぽを向いた。


「仔馬が言うではないか。羽虫ではないが、面倒ごとがあった時には遠慮なく貴様に投げてやろう」

「それ今までと変わらなくない?」

「そうでもないだろ。フォーレンは今まで巻き込まれるままにやって来たけど、今、自分から手を貸すってそいつに言ったんだ。それだけの力があると自覚したならそれは成長なんじゃないか?」


 そんなものかな? いや、そんなものかもしれない。

 お互いに助けて助けられて、そうして生きて行けるなら、僕は面倒な前世も魔王の残滓というなんとなく捨てられない荷物も、背負い込んで生きている。

 そんな気がした。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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