番外編10:懐かしの森
ケイスマルクから森に戻ったら、ニーナとネーナ、ボリスの妖精三人が先を争って飛んで来た。
「「「グリフォンたちが大変!」」」
僕とアルフは慌てて傷物の館へ急行する。
駆け込んだ中庭にはぐったりしたグライフ、ロベロ、フォンダルフが床に伸びてた。
春先だけどまだ寒いと、森に先に戻って暖を取っていたはずなのに。
「どうしたの!? ちょっと、グライフ!」
速度重視でユニコーン姿になっていた僕は、鼻面でグリフォンの体を揺らす。
すると苦しそうな息を吐きながら唸りが返った。
「頭が、揺れるように、痛、む…………目が、押し込まれるようで、開けも、しない…………ぐぬぅ、いったいなんの罠だ、羽虫ぃ…………」
「俺かよ!? 冤罪だ! お前ら水飲んだりしてなかっただけだろ!」
あれ、それって脱水?
なんにしてもまずいよね!?
「アルフどうすればいいの?」
「塩入れた水でも飲ませておけばいいって」
「分量とか、あぁ、コーニッシュと一緒に戻ってくればよかった」
ここの台所はコーニッシュが使ってたんだけど、ケイスマルクで片づけするからといって残ったんだ。
アシュトルたちもフォーンの熱心な審美会参加の説得で話を聞くため残ってるし。
今さらだけど、確か魔王軍の残党として森に逃げ込んで、森からの自由な出入りって禁止してなかった?
アルフ何も言わないし、いいのかな?
「ではご主人さまのご要望にお応えしてわたくし、この忠実な僕であるわたくし、が! 飢え乾いた獣を満たす命の水をご用意いたしましょう」
「え、ウェベンできるの?」
「…………もちろんにございます。少々お待ちを」
ウェベンは意味ありげに笑うと台所のほうへ消えて行った。
「何今の間?」
「コーニッシュへの対抗意識でできないとは言えないし、できると言ったからには妙な罠を仕かけるのも悪魔としてできないっていうちょっとした意地の葛藤だろ」
あれ、危ないところだった?
アルフが笑いながら、小妖精姿で動けないグライフの上に座る。
今は苦しんでて気づいてないけど、元気になったら潰されそうだ。
そう思ってたらボリスやニーナとネーナまで倣ってロベロの上に座り始めた。
「妖精王さまが許したから、オイセンに妖精戻って火の精は少なかったんだけどな」
ボリスが飛竜であるロベロの鱗を滑り代替わりにしながら笑う。
森の北にあるオイセンは、森が手薄の時に守る側に回ったため、以前の争いの罰は許すと伝えた。
だからここにいたオイセンから引き揚げた妖精たちは元の住処へ戻ったそうだ。
「火の精少なくて温まるの遅いとか文句言うのよ!」
「だから私たちも協力して火を大きくしたの」
今度はニーナとネーナが悪びれもせず、ロベロの鱗で遊び始めた。
ここにいたのはオイセンから引き揚げた妖精で、元から森には火の精は多くない。
そこに重い羽根の音が降りて来た。
「それといない間に火が燃え移らないからって、地下に彷徨える騎士が入り込んでいるの」
「メディサ! ただいま」
「お帰りなさい、フォーレン。待っていたわ」
表情の読みにくいゴーゴン姿だけど友好的に笑ってるのがわかる。
というかこうして出て来るの珍しいな。
北へ向かう間はちょこちょこ必要になれば人前に出てたけど。
「メディサ、無理に出て来なくても呼んでくれれば行くよ?」
「うふふ、それも嬉しいけれど私が会いたかったの。それにこの姿も力になるとわかった今、そんなに疎ましくはないのよ。フォーレンの、力になれるなら…………」
「そっか、ありがとう」
メディサの気持ち嬉しいし、そうなると気になるのは他の二人だ。
「スティナとエウリアは?」
「ここよ、フォーレン。お帰りなさい。妖精王さまもご無事で」
「おう、スティナ。メディサがあんまり俺のこと眼中外だからいじけるところだった」
「ご、ごめんなさい!」
アルフの冗談にメディサが慌てる。
どうやら二階にいるらしくエウリアの笑い声が降った。
「夜にケルベロスの散歩も兼ねてフォーレンとは話しましょうと姉妹で話し合ったのよ。なのに待てもしないんだから」
「そっか。じゃあ夜にはメディサの活躍を話すね」
「え!? 活躍だなんて、そんな…………」
恥ずかしがる様子を見せるメディサだけど、スティナとエウリアがさらに笑った。
「それはもう先に戻った妖精や悪魔たちから聞いたわ」
「ケルベロスを駆っての勇ましい戦いだったそうね」
「や、やめて! そんな、戦ってたのは私だけではないのだから!」
どうやらメディサは僕たちが戻る前に散々からかわれたようだ。
「だからフォーレン、今夜は私たちの話を聞いてちょうだい」
エウリアが幾分優しい声で言う。
「あなたが戻らないかもしれないと心配していたの」
スティナも、魔王に乗っ取られてるとは言え僕が攻撃してしまったのに怒ってる様子はない。
「うん…………。ごめん、目のことも。顔に傷つけちゃって」
「それはもう治っているわ。私たちは怪物ですもの」
「それより、残った森の住人たちで人狼の暴走を抑えるほうが大変だったわ」
「えー? ライレフとかにやられた傷はもう治っちゃったの?」
誰彼構わず襲う人狼は、他の強者が一気に留守にしたことで縄張りを広げようとして迷惑をかけたそうだ。
そんな話をしていると館の入り口のほうから賑やかな声が聞こえた。
「戻ったか、妖精王、守護者!」
獣王が熊のベルントとリスのルイユを従えて現れる。
いつも一緒のヴォルフィの姿ないと思ったら、叫び声が聞こえた。
「貴様! これ以上の狼藉看過できん! 私たちの留守を狙っての蛮行恥を知れ!」
「うははは! 俺と番おう!」
「黙れ! 負け犬!」
どうやら人狼にまたプロポーズされてるらしい。
うん、戦闘音がするってことは人狼がまた怪我したかな?
頑丈だし諦め悪いから生きてはいるだろうけど。
「あぁ!? せっかく作った化粧材が! 酷いや酷いやー!」
「舗装した通路までひびが入っています! 許せません!」
コボルトのガウナとラスバブの声もする。
どうやら館の建材をヴォルフィと人狼が争って壊したらしい。
館の外から聞こえる争いの音が激しくなったのは、気のせいじゃないよね?
「獣王、あれ放っておいていいの?」
「それよりも交流どうなった? 人魚とも合わせるということで北のは帰ってしまった」
「すまない、ちょっと止めて来るよ。ルイユ、くれぐれも獣王さまの言動には気をつけて」
獣王は北の獣人とのことを気にするだけなので、ベルントはヴォルフィを止めるために一度離れる。
残された文官のルイユが現状報告をしてくれた。
「一度いらっしゃった北の獣人方はすでに帰路へ。今だからこそ人間の近くを通れるものの、以後続けるなら経路の選定を重視すべきとの警告をいただいております」
そう話してたら館の入り口方面から新手の声がした。
「邪魔だ! 妖精王が戻ったというから来てみれば!」
「水路通ってくれば良かったわね」
「おいぃぃいい!? どいつだ俺の尻に爪引っ掛けた奴!?」
声からしてアーディ、ロミー、ケルピーといった湖の住人たちだ。
わざわざ来るってこっちも人魚同士の交流についてかな?
「ひ、ひぇ…………。いきなり戦い始めるんですもん。びっくりしました」
「先生、さっき飛んで来た人狼、さらに投げ飛ばしたことでコボルトが怒っていたようですが…………」
「それは言わんで良かろう。その対応がなければわしらが人狼の体に潰されておった」
正面のとは別に、建物横の入り口から現れたのは、エルフのユウェルとブラウウェル、そしてドワーフのウィスクだった。
「あれ? 君たち南に帰ったんじゃ? なんでいるの? あ…………」
「うぇー」
聞いた途端にアルフの感情が伝わってわかった。
うん、魔王石のデザインだよね。
アルフの仕事だ。
「はひぃ! や、やっと館に入れましたぁ」
「もう、悪い子が多いんだから」
魔女のマーリエが正面から現れると、その背後を守るようにシュティフィーが叱る。
体から太い枝を伸ばして暴れていただろう人狼とヴォルフィ、コボルトたちを捕まえたようだ。
たぶんこっちも帰ってきたから様子見って話じゃないんだろうな。
「む、美味い」
「なんだこの水?」
「おぉ、頭痛が溶けるようだ」
しかもウェベンが用意した塩水でグライフたちも回復してる。
やっぱりここでの生活は騒がしいことの連続だよね。
「なんか帰って来たって感じ」
「もっと静かに暮らしてたはずなんだけどなぁ」
そんなアルフのぼやきに信じられないような目が向けられてたけど、うん、気づかなかったことにしよう。
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