番外編8:再来のケイスマルク
「何故私の店に来るのだね?」
僕の目の前で下半身山羊の幻象種が燃え尽きたみたいな姿勢で座り込んでる。
ここは周辺で一番歴史が古いらしい人間の国ケイスマルク。
そして目の前にいるのは知り合いのフォーン、ネクタリウスだ。
「前に来た時にお願いしてた食器のことも気になったけど、お世話になったし一言戻ったよって言ったほうがいいかと思ったんだ」
僕たちは春先にようやくヘイリンペリアムを離れられた。
北上して進軍した経路を逆に南下して進み、森を目前に僕はケイスマルクへと進路を変えてる。
立ち寄った国と言えば、他は魔法学園のあるジッテルライヒだ。
そこで僕は改めてローズを確認した。
感想としては、冥府ってあんまりいいところじゃないなってこと。
なんか霊安室って感じでひんやりしてて無機質な雰囲気だった。
「お前はこの国の裏方なんだろ? だったら直接話聞けて情報得られること喜ばないのか?」
アルフが明らかに嫌そうなネクタリウスに聞く。
今は小妖精姿で、人化してる僕の肩に座ってた。
ジッテルライヒまでは妖精王してたんだけど、大半は森に帰ったから威厳演出する必要もないだろってこうなってる。
「では聞くがね、ヘイリンペリアムを出てここまでなんの問題もなく帰ったと?」
どうやらアルフの正体に気づいてないネクタリウスが、そんなことを聞いてきた。
「ないんじゃないか? だいたい妖精は森から連れて行った以外は現地解散で数は相当減ってたし、怪物や悪魔は先に帰ってたからだいぶ小集団になってたしな」
「うん、問題はグライフを筆頭にした面白半分の幻象種だったけど。ジッテルライヒの冥府の穴を観光した後は暇してたのを、アルフがボリスに命じて森のお風呂温めさせるって餌で先に帰らせたよね」
アルフと僕の説明にネクタリウスは首を横に振る。
「途中、一体幾つの盗賊団を壊滅させたかね?」
「「数えてない」」
僕とアルフの答えにネクタリウスは半笑いだ。
というか知ってるってことは、僕たちが南下してる情報は掴んでたんだね。
さすがケイスマルクの諜報機関。
「けど、身なりのいいアルフ見て襲ってくるんだよ? あと僕や妖精の顔見て売り払おうとかさ。そんな盗賊団を壊滅させるって悪いこと?」
「悪くはない。だが、まずい。治安維持が難しい中でやられても、正直国々が困る。いっそ殺してくれたほうがその土地の人間には楽だったろう」
「うわ、乱暴だな。人間ってたまに幻象種よりも短絡なところがあるのはなんで?」
「…………うむ、君はどうやら君のままのようで、良かった、気は、する」
なんかネクタリウスが遠い目をして言葉を濁す。
それをアルフが笑った。
「ユニコーンに乱暴扱いされる人間とか、あはははは」
「なんで笑うの、アルフ。ちゃんと全員生きて捕まえたのに、迷惑って言われてもなぁ。というかそれだと僕またこの国に来ることも迷惑なの? ここに来た一番の理由はコーニッシュに指定されたからなんだけど」
「あぁ、また悪魔の料理店が開いているのはここを指定したからか。はぁ…………」
ネクタリウスは重い溜め息を吐き出して座り直した。
「うん、第一次の生の情報はありがたい。そのとおりだ。ありがたいんだ。よし、聞くとしよう」
なんか一生懸命自分に言い聞かせてない?
別に聞きたくないような話ない気がするけど?
「じゃあまず、どうやって魔王が復活したかだよね。実はケイスマルクで復活しちゃって」
「ちょっと待て」
「話し始めてすぐって早くない?」
「待ってくれ、え? 我が国で?」
「あれ、知らなかった?」
「君が突然、流浪の民側についたらしいとは聞いている。そして姫騎士を襲って、どうやら人が変わったようだったと。だから一緒にいた悪魔の術に落ちたのではないかと思っていたが、ま、魔王?」
なるほど、傍目に見たらそういう解釈になるのか。
「あの時、魔王石のアメジスト触って魔王に乗っ取られたんだ。抵抗はしたけど、邪魔する程度しかできなくて」
「お、おう…………。待ってくれ、うん? あの魔王石に今までそんなことはなかったはずだ。触っただけで魔王に乗っ取られた!?」
「フォーレン、もうさっさと説明したほうがいいぞ。一つ一つ理解を待ってたら日が暮れてコーニッシュが切れる」
「そうだね」
僕はアルフのアドバイスに従って、ネクタリウスの混乱を無視したまま話し続けた。
魔王に乗っ取られて魔王石を回収するため森に行ったこと、そこから協力者を訪ねてジッテルライヒに向かったこと。
さらに北上してヘイリンペリアムを押さえ、周辺を蹂躙するという魔王と流浪の民の暴走を。
そして魔王とは別に妖精王も森の勢力を連れて北上し、そこにエルフとドワーフの軍が合流して、人間のほうも奪還を目指す人員が集まったのが大まかな流れだ。
「で、首都まで辿り着いたら少数で魔王を奇襲して、妖精王が僕と協力して魔王から肉体の主導権を取り戻したんだ」
「その後も残党が面倒だったな。特に悪魔のライレフは下手したら西の人間まで飛び込み参加の大乱闘企ててやがって」
「ライレフ倒した後、まだ戦力纏められないっていうヘイリンペリアムに代わって西の人間の軍から魔王石取り上げたんだよね」
「あれ、フォーレンが魔王から魔王石の封印方法について知識抜いててくれて助かったぜ。あ、そうそう。だからほら、これも返すな」
そう言ってアルフが僕の腰の妖精の背嚢からアメジストを取り出す。
鉛色の台座を少しでもましに見えるように、羽根のような曲線を幾つも重ねた枠で固定するデザインだ。
立体的な台座のデザインは文句を言われるのを嫌がってずいぶん頭を捻ってた。
「うーむむ…………」
難しい顔でネクタリウスが凝視する。
それは今までの疲れなどない意欲に満ちた視線で、アルフも固唾を飲んで見守った。
「残念ながら、もしこれが審美会であったなら予選落ちにすらならない書類選考落ちだ」
「うわ、厳しい」
「もー! 幻象種うるさすぎるって! エルフやドワーフも形指定するからそれで作れって受け取り拒否するし!」
予想どおりの駄目だしにアルフが嘆く。
それを聞いてネクタリウスは頷いた。
「では我々もすぐに企画を上申し、彫金師たちに最も美しい封印具の形を考えさせなければ」
「増えたー!」
アルフが両手で頭を抱えて、空中で転がって見せる。
まぁ、大グリフォンに返すのもグライフたちがデザインどうにかしろってうるさいからね。
「それで、魔王とは別に相談があるんだけど」
「また食器についてかね?」
「うーん、嫁取り問題?」
「はい?」
ネクタリウスが予想外の単語に目を白黒させた。
「あ、僕じゃないよ。森に人魚がいるの知ってる?」
僕は海の人魚との嫁取り問題について話し、決着つかず僕が仲人することも伝えた。
「まずは交流を、と。うーむ、あの川にはすでに別の幻象種がいるのだよ」
「いるんだ? 実はそこに人魚の手助けを兼ねて北のヴルムってドラゴンが住みたいって言ってるんだけど」
「ドラゴンはともかく、人魚が問題だろう。源流にはクエレブレという足はないが羽の生えたドラゴンがいる」
「他にいるのかぁ。あれ? でもヴルムと縄張り争いとかは心配ないの?」
「いや、そやつは基本源流の洞窟に潜んでいるだけで、こちらがパンをやっていれば大人しい。源流まで来なければ、争いはないだろう」
ドラゴンがフォーンに餌付けされてる…………。
「ただ、クエレブレは…………美しい者が好きでな…………」
「もしかしてケイスマルクの幻象種ってそんなのばっか?」
僕の率直な疑問にネクタリウスは目を逸らした。
「つまり人魚が川に入ったら狙われるって?」
「殺されはしないだろうが、洞窟に引き込まれて返すのを渋ることだろう。そうなれば、まぁ、人魚は気位が高いからな。争いは避けられまい」
どうやらそのドラゴンは相当硬いらしく、人魚の力では簡単に倒せないそうだ。
「だからって僕が何もしてない状態のそのドラゴン倒すのは違うしね」
「まぁ、こっちが住処の下流荒らすようなもんだしな。あ、フォーレンが会いに行って襲われたところを返り討ちに」
「「却下!」」
ネクタリウスと声が揃う。
「こほん、こちらとしても良好な関係を結んできた相手。できれば穏便に願いたい。人魚同士の交流を邪魔する理由もない以上、波風を立てるようなことはお勧めしない」
ネクタリウスがそれらしく言う。
「話し合いで解決してくれればいいけど、まずは会いに行くにしても僕はユニコーン姿で行くから」
「それがいいだろう」
ネクタリウスが頷いた時、楽器店の扉が勢いよく開かれた。
「友よ! もう準備はできている!」
「うわ、コーニッシュ!?」
「さぁ、早く! スープが煮詰まるのも冷めるのもいただけない! 鶏肉の繊細さを引き出した以上は時間の勝負だ!」
コーニッシュは僕以外には目もくれず、そのまま腕を掴むと有無を言わせず引き摺る。
「わかったけどまだ話が…………あ、そうだ。ネクタリウス、また長老さんをコーニッシュの料理で釣って店まで連れて来て。二人分鶏料理頼んどくから」
「フォーレン、いいのかそれ?」
「むぅ、なんと抗いがたい罠」
「お前もそれでいいのかよ?」
アルフが僕の肩口を飛びながら突っ込む。
そしてその間もコーニッシュは止まることがなかった。
23日更新予定
次回:約束の鶏料理




