番外編7:牢屋の中の信奉者
今度は昼間に、魔王に言われたことをやるため僕は動いた。
あんまり気は進まない。
というか、今度はやることにあまり意味があるとは思えないんだよね。
けど魔王が先に振ったのはお前だって言うし、放りっぱなしじゃなく伝えろってなんか叱られたし。
「いらっしゃったか」
僕はヘイリンペリアムの公的施設にいた。
待っていたのはアルフも会ったことのある神殿長。
今は生き残った宗教関係者を纏めて、ヘイリンペリアム首都の行政機構をなんとか維持してる人だ。
「あ、本当に最低限の人にしてくれたんだ。ありがとう」
要望を聞き入れてくれことにお礼を言うと、神殿長は困惑の表情を浮かべた。
「体同じでも別人だって言ってるだろ」
僕と一緒に来てたアルフが呆れたように神殿長に声をかける。
アルフはヘイリンペリアム側との話し合いで、良く神殿長とは顔を合わせているんだ。
「アルフ、魔王あんまり喋ってもいないし、なんか怖い人ってイメージで身構えちゃってるだけかもしれないよ? だいぶ怪我してたし」
「フォーレン、この神殿長のこと知ってたのか?」
「うん、魔王石回収に行く魔王の視線を通してね」
「そのような、ことが…………? し、しかしあれはバイコーンだったはず。視線を通してとはいったいどのようないみで?」
アルフを見ると肩を竦めた。
「魔王だったユニコーンが理性的で友好的なんて言っても信じないからな。最初からフォーレンと魔王だったバイコーンが同一だとは言ってない」
どうやらヘイリンペリアムの人間のほとんどは、僕をアルフに従ってるだけのユニコーンだと思っているらしい。
「じゃあ、改めて言うと、僕は魔王に乗っ取られてからも意識はあったんだ。それで魔王のしていたことと、アルフの動きを交互に見てた。その中で君がヴァーンジーンに逃がされたのも見てるよ」
「へぇ? 脱獄は秘密の協力者って言ってたのに。あれ、ってことはそれ魔王も知ってて見過ごしてたのか」
気づいたアルフに僕は歩くにくいこともあって人化して頷く。
「うん、それもあるからちょっとヴァーンジーンと話したいんだ」
僕たちがいるのは所謂監獄で、もちろん床は石で整えてあるから蹄だと歩きにくい。
忙しいはずの神殿長は、僕の要望を聞いて一人で来ていた。
「…………私の同行はご了承願いたい」
「いいよ。月に祈る者って、つまりは月の神をどうこうってことでしょ。だったら」
「フォーレン、何それ?」
「秘密結社らしいよ。ほら、ヴァシリッサが使ってた変な魔法。あれを作ったらしいんだ」
「おいおい」
アルフのほうが神殿長に不信の目を向けてしまった。
その禁術とかいうのはヴァシリッサしか扱えず、大本は危険性を考慮して廃棄されてる。
ヴァシリッサを支配下に置いた骸骨の魔術師ヴィドランドルがそう言ってた。
そんな話をしながら、僕はアルフに角を一時的に隠してもらう。
そしてヴァーンジーンがいる牢屋へ行くと、監獄の見張りにも離席してもらった。
いちおうランシェリスに声かけたけど、顔見たら何するかわからないって断られてる。
「久しぶり、でいいのかな? 今日は話したいことがあって来たんだ」
「…………私に?」
薄汚れた雰囲気のヴァーンジーンは心底不思議そうに僕を見た。
その顔には後悔も屈辱もない。
特に現状に対する不満もなさそうなら、一緒に来た神殿長やアルフにも興味はないようだ。
「前にビーンセイズで聞いたでしょ。あれの答えがわかったから教えに来たんだ」
「な!?」
それまで手枷をはめて木の板を吊るしただけのベッドに座っていたヴァーンジーンが、僕の言葉で勢い込んで立ち上がる。
突然のことに、今まで黙秘を続ける姿を見てたせいか神殿長が肩を跳ね上げた。
「それはいったい!?」
「おーい、待てまて。なんでこんなに元気になったんだ、フォーレン? 俺たちにも説明してくれ」
そう言えばビーンセイズの時はアルフと切れてた。
だからヴァーンジーンという司祭がいたというの話したけど、どんな会話をしたかまでは言ってない。
「えっとね、すごく善意で罠に嵌めて来たから、この人の宗教観どうなってるんだろうと思って、神さまっている? って聞いたんだ」
「あぁ、またそれ聞いたのか。しかも司祭やってる奴に」
「知ってそうな人だったし、幻象種の話す侵略者の親玉みたいなのとはまた違う感じのこと言うかなって」
僕の言葉に神殿長の顔が引きつる。
「ふーん。それでこいつなんて?」
「はぐらかされたよ。会ったことないって。あと神さまに何祈ってるのって聞いても答えてくれなかった」
ヴァーンジーンを見るとじっと答えを求めて僕を見てた。
「だから、僕は神に会ったよって言いに来たんだ」
「「本当ですか!?」」
ヴァーンジーンと神殿長の声が重なる。
何も言わないアルフを見ると渋い顔だ。
「…………魔王が言ってたの、本当なんだな」
僕の心が大まかに読めるアルフからすれば嘘はないと感じ取ったらしい。
「ただ、何処でとか、どんな人っていうのは曖昧なんだよね」
「え、なんで?」
「さぁ? って、考えてみたら僕が会ったのか、魔王が会ってるのを見てたのかどっちかもなんかあやふやになって来た」
「えー?」
どんどん言うことが怪しくなる僕に、アルフはがっくりと肩を落とす。
神殿長も肩透かしを食らったような顔するけど、ヴァーンジーンだけはまだ真っ直ぐに僕を見てた。
目を合わせると堪らず聞いてくる。
「魔王は月には行っていない。それは確かです。だというのに何処で神と邂逅を?」
「何処でもなく、魔王はその場で神と対話した…………気がする」
「アストラル、精神世界で何処か交信したのかもな。人間よりも精神体であるユニコーンの体、俺と繋がってるフォーレン、そして魔王自体が思念が自我を持つほどになった精神体に近い存在になってることが功を奏したか」
「精神体…………」
アルフが考えながら理由を探ると、なんかヴァーンジーンが不穏な声で呟く。
「たぶん条件が色々重なって偶然できたって感じだよ。なんか、魔王がずっと座ってたのは、神に会うために執拗なまでの集中をしてたからって、気がする」
「なんというか、いまいちはっきりしないのですね」
神殿長は半信半疑になってそう言った。
「うん、だって思い出せるのってなんか白いくらいだし」
「白い…………あぁ、なんかそれは俺もわかる。神のイメージって言ったら白だ」
なんでか頭に白髪って出て来たけど、まぁ、魔王に言われたとおり僕が思い出せる限りを教えよう。
「で、周りが夜空? 暗い、いや、けど物の影はわかるっていうか、星が辺りにわーっと」
「もしかして、宇宙か?」
「あ、そんなイメージ」
アルフには伝わったけど、今度はヴァーンジーンも理解できずに首を傾げた。
「宇宙ってのは月の存在する空間のことだよ。もしかして精神だけで月まで? 俺たちや悪魔でも無理だし、それはないか?」
「うん、違うよ。魔王は地上にいた。居たけど、神のいる所に行けて話してたんだ。それで本人は聞くこと聞いて、もう後は生きてる人間が好きにしろって」
「それは、魔王の遺言ですか?」
ヴァーンジーンが思いの外真摯な声で確認する。
「いやぁ、尻拭いはお前がしろみたいなこと言われたから、違うと思うよ。けど、このことをヴァーンジーンに言うように僕に言ったのは魔王だ」
「あなたは…………己を乗っ取った魔王に対して怒りはないと?」
「あれ、そう言えばないね。ウーリにひどいことしたのは腹が立つけど、ウーリ自身が死に花とか言うからなんか怒れなくなったし。後は、魔王が苦労して来た記憶? みたいなの見ちゃって、なんだかなってやる気が削がれたみたいな?」
僕とヴァーンジーンが話してる間にアルフはへこんでる。
「あいつ本当やることやって消えやがって。六番目なんて何処にいたんだよ? なんでわかったんだよ? フォーレン越しなら俺も気づけるはずだろ? あ、まずい。これ妖精女王に知られても俺が罵られる…………」
なんか悩んでるらしいけど、ここはそっとしておこう。
「もう一つ、幻象種からすれば、神は侵略者なのですか?」
「知り合いのグリフォンはそんな風に言ってたよ。けど、神自身はそんな気なかったみたいなこと言ってた気がする」
「それは、人間を作ったのは本意でなかったと?」
「あー、なんだっけ? それに関することもなんか魔王が聞いてたな」
人間は作ったけど何かが思い通りに行かず、修正しようにもそれも上手くいかなかった。
僕が会ったのはたぶんアルフが六番目という神で、つまり複数いる内の一人でしかない。
「えっとね、僕が会ったのは神の一部? みたいな。だから神の総意とは言えないかもしれないってことは覚えておいて」
そう前置きして僕は続けた。
「で、僕が会った神は人間に関わる気はないって言ってたんだ」
「は?」
なんでかここで神殿長が疑問の声を上げた。
「それでは神は魔王に託すとでも? もしくはあなたがいたからこそ神は魔王との邂逅を許したと?」
「ううん、僕と会ったのも不本意で魔王の執着あったからこそだよ。だからこそ、関わらないって強調してた気がする」
アルフまでなんか力抜けた様子で僕の話を聞いてた。
「だから、君は神の目を気にしすぎだと僕は思うよ。祈っても聞く気はないみたいだし。だから魔王も人間のやったことには人間が抗ってみせろって言ってたよ」
言った途端絶句された。
その後、なんか顔を歪めるようにヴァーンジーンは笑う。
「神は死んだ。なるほど、至言です」
そう呟いたヴァーンジーンはもう僕を見なかった。
そしてその日から、ヴァーンジーンは抱えていた情報を色々話すようになったそうだ。




