47話:名前のある悪魔
僕の角で壁際まで押された将軍型古代兵器。
角を抜くついでに装甲を横に裂くと、不穏に揺れていた駆動音も止まる。
「何故、何故動かなくなる!?」
「何度も見てれば円盤が何処にあるか想像つくって」
慌てるブラオンに、僕はユニコーン姿のまま答えた。
「………………ユニコーン?」
「角隠してなかったのに、なんでエルフだと思い込んでたの?」
「エルフとインプの相の子だと………………」
なんか素直に答えたけど、ハーフだと思ってたらしい。
インプ? アルフの知識では、タケノコみたいな角の生えた体毛のない妖精。
………………角生えてるだけで全然違うじゃん。
「だ、だが、ユニコーン、幻象種が何故!?」
よほどユニコーンが協力してるのが意外みたいだ。
慌てて今さらどうでもいいことを確認してくる。
「何故って別に、友達が困ってたら助けるでしょ?」
飛んでるアルフがドヤ顔で胸を張る。
「ふざけるな!」
「なんで怒るの? 僕に妖精の友達がいてもいいでしょ。きっと、魔王もそこらへん気にしないと思うよ」
身分を廃したという魔王は、種族による差別もなくした。
他害しない限り、人間も幻象種も妖精も友達になれたのが魔王の国だって、アルフの知識にある。
「そのあたり本人に聞いてみてもいいが、また争いの種になられても困るんでな」
そんなことを言いながらグライフが舞い降りてきた。
その背に乗ったガウナとラスバブは、一つの箱を二人で掲げる。
「この箱から魔王石の気配を感じます」
「たぶんこの中だと思います!」
箱を見て、ブラオンは背後を振り返る。
グライフたちは、煙に紛れて天井高く姿を隠していた。
あえて知った姿で現れた僕に意識を集中させる間、グライフたちはダイヤを探していたんだ。
ブラオンは一歩しか動いてないし、背後を振り返ることもなかったから、他にグリフォンとコボルトがいたことには気づいてなかったみたい。
「じゃ、ダイヤは返してもらうぜ」
箱を受け取ったアルフがそう言って手をかける姿に、ブラオンは嘲笑う。
「その箱には私しか開けられないよう封印を施してある! 簡単に開けられると思うな!」
言いながら、何か魔法を用意するらしいブラオン。
アルフは一度、廊下に続く扉の前にある魔法陣を見て肩を竦めた。
「妖精舐めるなよ?」
ブラオンは魔法で悪魔を新たに召喚しようとしてる。
けど、鍵開けも得意な妖精のアルフは余裕だ。
………………おかしい。
血を使って魔法陣を描くくらい妖精を警戒していたブラオンが、こうも簡単に箱を開けさせるだろうか?
「アルフ待って! おかしい!」
僕の呼びかけと同時に、解錠が済んでしまう。
すると箱はひとりでに開いて、仕込まれていた魔法が発動する。
「ぐ!? ………………あ、くそ! 魔力奪われた!」
箱を落として飛ぶ力も失くすアルフに、ガウナとラスバブが駆け寄って受け止める。
グライフはアルフから奪われた魔力の行方を追って、扉前の魔法陣を振り返った。
「ふん、妖精を惑わすほどの魔法を仕掛けて罠を張るとは。そこまでして何を呼び出すつもりだ?」
「ちっ、このグリフォンも人語を解すのか。だが、この方の前では獣も同じ!」
自信満々のブラオンは、新たな悪魔を召喚した。
「魔王陛下に従った七十二の悪魔が一柱! アシュトルよ! 我を助けたまえ!」
「アシュトル!?」
アルフが叫ぶと同時に、魔法陣から人間のような姿の悪魔が召喚された。
血のように赤い髪に反して、肌は血の気がなく青白い。なのに何処か性的な艶めかしさを持つ男の悪魔で、腕に大きな蛇を巻きつかせていた。
「ほぅ、名持ちか」
「これはまた、不思議な顔ぶれの中に召喚されたようだ」
喋る声も耳に心地良い響きがある。なのに表情も声色も、その目すら何一つ興味がないような無機質さがあった。
そんなアシュトルは、僕たちを眺め回してアルフに目を止める。
瞬間、ポカンとした表情になった。
「何をなさっている?」
「聞くな。帰ったら説明してやる」
「一年ぶりの再会がこれとは」
アシュトルの呆れた呟きで、どうやら森にいる悪魔であることがわかった。
だったら敵にならないかもしれない。なんて甘いことはないようだ。
「どうやら今回あなたとは敵のようだ。では、少し遊びましょうか?」
やる気満々だった。
アルフもわかってたみたいで、魔力を一気に抜かれた虚脱状態から回復すると飛び上がる。
その間にアシュトルは、召喚者であるブラオンに無感動な目を向けた。
「さて、古き民よ。どう助けろと言うのかな?」
「私が儀式を済ますまで、そいつらに邪魔をさせないでくれ!」
「了承した」
言うと同時に、アシュトルは僕たちに魔法のようなものを放った。
ようなもの、というのは魔力を使ってないから。僕やグライフの威圧のように、生来備わった技能のように感じられる。
「むぅ………………!? あの小娘どもでは比べ物にならぬな」
「さて、これでも同性であるから効きは半減している。それでもそうして抵抗してみせる個体になら、女の姿で会いたかったものだ」
アルフの知識で、アシュトルは男女どちらにも姿を変えられる誘惑を行う悪魔であるとわかる。
グライフは前足に力を入れて頭を左右に振った。それでなんとか正気を保とうとするらしい。
確かに感覚としては強烈な魅了をかけられたみたいだ。
みたいだというのは、うん、僕効いてない。
アシュトルも気づいたみたいで、一瞬怪訝な顔をされた。
「え? まさかフォーレン?」
「うん、いい匂いもしないし、何も………………」
「く、こんなことで敗北感を覚えるとは」
グライフは男相手に魅了効いちゃってるもんねぇ。
悔しいのはわかったから、僕じゃなくてアシュトル睨もうか?
「はて? 女の姿でなら雄のユニコーンを誘惑できたはず。なんとも愉快な」
「うわー。フォーレン、お前気に入られたぞ」
「こんなことで!?」
「私の誘惑にそれだけ涼しい顔をしていられるなら、褒められたものだ」
本当に僕を気に入ったらしく、アシュトルは無機質だった顔に笑みを浮かべる。
完全に魅了が効いて動けなくなっていたガウナとラスバブは、笑顔を見て石化したかのように硬直してしまった。
「フォーレン、あいつは魔王の配下になった七十二の悪魔の序列でも上から数えたほうが早いくらい強い奴だ。今はあんまりその気ないけど、本気になったら厄介だぞ」
「アルフ、知り合いなら何とかしてよ」
「悪魔って契約至上主義だから。召喚に応じたら契約不履行以外じゃ、契約者に逆らわない」
「悪魔って真面目!?」
「おやおや。誘惑を性とする私にそのような評価を降す者も珍しい。なおさら興味が湧いた」
悪魔の琴線ってわかんないなぁ。
「是非、殺して連れ帰りたい」
本当に悪魔ってわかんないなー!
あ、殺した相手を操る魔法っていうアルフの知識が開いた。
まさかそれを僕にやるつもり?
「さて、それでは時間稼ぎにつき合ってもらおうか」
言うや、アシュトルは自分の周りにいくつもの魔法陣を描き出す。
全てが悪魔召喚の魔法陣で、現れたのは目が左右で違う動きをする犬に似た悪魔。指示を受けるようにアシュトルを見上げる。
「術者の力がお粗末なせいで、召喚されたのは本体の三分の一にも満たない。それでも役目を果たすには足りるだろう」
「貴様は羽虫どもの世話をしていろ、仔馬!」
計七体の犬悪魔が襲いかかって来ると、グライフが僕たちの前に立ちふさがった。
左右の爪で二体ずつ薙ぎ払うと、翼で起こしたかまいたちのような風魔法で二体を屠る。
そのままアシュトル本人を狙って飛び上がり、滑空の勢いで襲いかかった。
「このグリフォンもなかなか」
そう呟いたアシュトルの周囲の魔法陣は消えておらず、新たな犬悪魔が弾のように打ち出された。
グライフは空中で七体を引き裂きもう一度滑空する。
けど今度は打ち出された犬悪魔の一体が羽根に当たって僕らのほうに着地した。
「すぐさま犬を召喚されるのは邪魔よな」
そんなことを呟いて、またグライフは一人で行ってしまう。
楽しそうなのはいいけど少しは協力しようよ。
僕は隙を見てブラオンのほうを止めようとしたけど、いつの間にかアシュトルの腕にいた蛇が立ちふさがってた。
「あの蛇、アシュトルの分身みたいなもんで、犬の悪魔よりずっと強いぜ」
「アルフ、知ってる相手なら説得くらいしない? 魔王復活しちゃうんだよ?」
「おやまぁ、それはまた面白いことを」
蛇のほうがアシュトルの声で答えた。
びっくりしたけど意思疎通できるならちょうどいい。
「魔王復活したら、妖精許さないみたいこと言ってるブラオンが襲ってくるよ。森に住んでるんでしょ? それでいいの?」
「そういう説得無理だぜ、フォーレン」
「本当に復活するならそれも一興。今の世界はつまらない」
「えー?」
「な?」
アルフ、危機感持たなきゃいけないのそっちだからね?
なんで僕のほうがやきもきしてるんだよ。
僕たちがこうしている間にも、ブラオンは血で書かれた魔法陣を起動して真っ赤な光で工房を照らし出していた。
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