番外編6:真夜中の宝物庫
ヘイリンペリアムで僕はアルフと一緒にとある屋敷を使っていいと言われてる。
部屋余ってるからその屋敷で寝泊まりするひとは一室を与えられてるけど、まぁ、子息の幻象種は寒いと雑魚寝だ。
こういう時だけは普段仲が悪いグリフォンも飛竜も関係なくくっついて寝てる。
「そうっと…………そうっと…………」
僕は蹄の音のしない人の姿で部屋を抜け出した。
灯りのない廊下は暗いけど、突き当りの窓からは月あかりが差し込んでる。
寝る前に雨戸を開けておいたんだ。
「よし、こんなことはさっさと終わらせて寝直そう」
僕は二階の窓から飛び降りて人通りのない首都を走る。
冬の北国は嫌になるくらい寒い、いや、痛い。
被毛のあるユニコーン姿のほうがまだましだけど、今は厚い毛織のマントで我慢だ。
そうして灯りも持たずに走った先にあったのは、半分瓦礫と化した建物。
かつては壮麗だったと思わせるのは、その敷地の広さと月明りにもわかる精緻な彫刻の名残だけだった。
「何処だっけ? 正面から入った記憶ないんだよね。えっと、アルフの視点で見た時には…………あ、あの壁の大穴ってワイアームが顔突っ込んで来た時の?」
僕は目立つ大穴に跳びあがって、部屋に入り込んだ。
そこは記憶にもある魔王の座ってた広間。
まだ誰も手をつけてないらしく、ガルグイユという防犯用の黒い像の首まで転がったままだった。
(もうそこでいい。早くしろ)
(ちょっと、君お願いしてる側じゃないの、魔王?)
僕は心の中でも偉そうなことに変わりない魔王に答えて、手を前に上げた。
すると魔法合戦で荒れた室内に魔法が起動したことを報せる光が宿る。
伸ばした僕の手には、その魔法の光が何か情報を吸い出していく感覚があった。
たぶん僕を魔王と認識しようとしてちょっと手間取ってる。
だからってまた魔王に体使われるわけにもいかないので、寒い中そのまま待った。
そして床に散らばる建材の破片を押しのけて、床から黒い箱がせり出す。
継ぎ目のない真っ黒な正方形は、魔王の目を通してみたのと同じ魔王の宝物庫の姿だった。
(手順は教えたとおりだ。内容物をきちんと頭に思い描いて収容時の登録名称を念じろ。お前の体で開いた時に、お前の体から発した念波を受信するように再設定はしてある)
(で、君が宝杖を作るための材料を出すんでしょ? 妖精女王の森の木に、世界樹の種、千年竜の牙と、万年亀の甲羅…………)
僕は多すぎる要望を一生懸命念じる。
面倒だけどやるからにはもちろん見返りがあるんだ。
魔王は僕が動く条件を用意してこんなことをさせてるのが、なんか狡い気がする。
「はぁ、ちょっとたんま。これ、予想以上に疲れるしままならないんだけど?」
いつの間にか集中して目を硬く閉じてた。
声を出して息を吐き目を開ける。
すると黒い宝物庫の表面から、念じた物品の半分くらいが出てた。
(イメージ不足だ)
(知らないものを想像しろってほうが難しいんだよ。君だってそうとわかってたからこんな面倒な取り出し方に設定したんでしょ)
ともかく世界樹の種と千年竜の牙らしきものは出てきてる。
「ばれずにこれやるの面倒すぎる」
「いやぁ、もうその前提捨てたほうがいいぜ?」
聞き慣れた声に振り返ると、世界樹の種を掴む僕の手元をアルフが覗き込んでいた。
「アルフ!? え、いつの間に!?」
「隠密行動が下手すぎるのだ、仔馬」
壁の大穴にはグライフが。
のみならずロベロやフォンダルフ、クローテリアまでいる。
「えぇー? せっかく寒くて暗い夜に動いたのに。鳥目はどうしたの?」
「あ、そこはちゃんと考えてたんだな。けど、こいつらの腰の軽さ甘く見過ぎだって。でさ、フォーレン。これ、何?」
アルフが困ったように魔王の宝物庫を指す。
って考えたらその考えを読まれたようでアルフは改めて真っ黒な正方形を見上げた。
「これが魔王の宝物庫か。聞いてたけど本当にただの四角なんだな」
「これがそうなのよ!?」
寒さで縮こまってたのにクローテリアが反応した。
「宝物庫ったって、何処から取り出すんだよ。しかも、出てきたのは食い残しみたいなもんばっかだし」
ロベロが独特の表現をするけどグライフは価値がわかったようだ。
「下僕辺りが見たら大喜びしそうだな」
「わかる? けどグライフたちの興味を引かないなら良かった。うーん、人間相手じゃなきゃいいか。これ、僕が取り出せるってわかったら大騒ぎしそうだし。秘密でお願い」
「こんな物を人間は欲しがるのか?」
人間に馴染みのないフォンダルフは前足で千年竜の牙を転がす。
「ちょうどいいからアルフに回収してもらいたい物があるんだ」
「俺? 魔王の宝物庫は先代の妖精王も中身知らないけど。なんかいいもん入ってるのか?」
残念ながらいいものではないんだよね。
けどそれが入ってると聞いて、僕はアルフが管理すべきだと思った。
だから魔王に協力してる。
僕は宝物庫に入っているはずの物品をまた念じた。
「なんだ、今度は棒きれが出て来たぞ」
「うわ、妖精女王の力が染みてる。こんなの持ってたのか」
「おい、羽虫。この平たい骨はなんだ?」
「でか!? 亀の甲羅? 鼈甲として考えたら相当な価値だな」
「む? なんだあの輝きは!?」
フォンダルフが魔王の宝物庫から出て来る七色の光に反応した。
同時に、アルフとグライフが緊張したのが感じられる。
僕は集中を維持して魔王に言われた物と、アルフに渡すべき物を宝物庫から引きずり出した。
そうしてできる限りを取り出し、アルフに向き直る。
「魔王の持ってたアダマンタイトの武器だよ。これ、妖精に戻せる?」
魔王は宝物庫を操作するよう僕に持ちかけた。
同時に中にアダマンタイトの武器が収納されていることも教えて来たんだ。
剣や槍といったよく見る武器から、仕込み杖や鎖鎌など全部で十六点。
「…………すごいぜ、フォーレン。これだけあれば妖精が直せる」
「直せる? 妖精に戻せるってことでいい?」
「あぁ、核さえ無事なら妖精女王が新たな妖精にできる。けどアダマンタイトにされた妖精は回収不可能だった。その上アダマンタイトの武器で妖精殺されると損傷が大きすぎてすぐに妖精として復帰できないほどの損傷受けちまって」
実は魔王との争いで妖精は数が減っていたのだとか。
「助かった! 高位の妖精ばかりだ。これだけ情報容量が大きい奴らなら…………」
アルフはアダマンタイトの武器を握って独り言を呟き始めた。
喜んでくれたならいいかな?
そう思った瞬間、右手が勝手に動いた。
「ふぁ!?」
「フォーレン!?」
手からは突風が吹き、アルフのすぐ側を駆け抜けフォンダルフの背後を襲う。
しかも股下を鋭く通り抜ける風の感触に、フォンダルフが獣染みた声を上げた。
「何をする!?」
「ごめ、いや、今のはそっちこそ何してたの?」
勝手に動いた腕だけど、フォンダルフの後ろ姿を見て魔王が何をしたいかはわかった。
だって、フォンダルフ後ろ足を片方だけ上げて、うん…………魔王の宝物庫に放尿しようとしてるようにしか見えないんだよ。
「ふむ、この中にあった武具を持つ敵がいただろう。出どころを探ると魔王の宝物庫だと聞いた。だが場所がわからず宝は持ち出せないとも聞いたのだ」
どうやら僕が見てない戦いの中でそんなことがあったらしい。
「であるなら、目の前にあるうちに臭いつけをして追跡をすれば良いと思ってな」
「けど開けなきゃ意味ないだろ」
いや、おしっこかけようとすることを流さないでよ、ロベロ。
僕の中で魔王が滅茶苦茶怒ってるよ。
怒ったり感情的になったりする部分切り離したはずなのに、すっごい罵って来る。
「えーと、魔王が言ってたの聞いたけど、無理に開こうとすると中身全部道連れに自壊する造りらしいよ」
今言ってるの聞こえたから嘘じゃない。
「ふん、宝と称して碌でもない物も入っていたはずだろう。期待しすぎるだけ損だぞ」
グライフの一言で思い出した。
「アルフ、ここ魔王以外開けないし、あの顔みたいな壷入れちゃえば? 中に何が入ってるか知ってることが取り出す条件の一つだし」
「お、いいな。これ封印したはいいけど妖精たちも可愛くないって森に持って帰るの嫌がったんだよ」
それでランシェリスたちヘイリンペリアムに押しつけようとしたけど拒否されてたよね。
だったら最初から入ってた場所に戻せばいい。
そうして僕たちは大騒ぎしながらも、人間に見られることなく屋敷に戻った。
「さてまたやること増えたな。けどこのアダマンタイトは妖精直すために必要だし収穫だ」
「妖精なんかにするなんて勿体ねぇ」
「今のほうが価値あると言える」
「うるさい!」
光るアダマンタイトに引かれてアルフに付きまとうロベロとフォンダルフ。
僕としてはやっぱりアルフは治すじゃなくて直すと言ってるのが気になる。
魔王と心の内で会話したせいかこの違和感の理由はわかってるけど。
どうやらアルフは自分が作られた側の無生物だって意識はあったようだ。
不定期更新(未定)




