番外編5:仔馬の心象風景
他視点入り
「妖精王として生まれて五百年、こんなの見たことないぜ」
俺は目の前の草に覆われた妙な人工物を見て呟く。
ここは草原のただなかにある丘のような盛り上がり。
けれど近づけばその内部に空間があることが見て取れた。
「歴代の妖精王の記憶だと、突発的な事故で妖精の核を取り込んだ人間いたけど…………。精神世界覗き見たらこんな感じだったのか?」
ここはフォーレンの精神世界。
俺は一人で人工物の周りを探る。
人工物の垣間見える壁の辺りにだけ、硝子の扉と窓があった。
扉には鍵穴はなく、カーテンのない窓や内側からカーテンの引かれた窓と言った、たぶん持ち主的には意味があるだろうと思われる特徴がある。
そして内部ではフォーレンが独り言を言いながら何かしてた。
「うーん、声聞こえないしフォーレンも俺がいること気づいてないな」
扉横の窓から覗いてるんだが一向に気づいてくれない。
棚が並んだ薄暗い室内は倉庫のようで、フォーレンも人化してその中にいる。
「これ、明らかにユニコーンの精神じゃないよな。初めて精神繋いだ時からってことは…………やっぱり俺のせいか?」
過去の事例のように最初からフォーレンに妖精の核があったなんて、ありえないとは言えないけど。
そんな偶然考慮に入れるほうが恣意的だ。
「となると、俺が精神の繋がり作る時に繋ぎやすい形の精神構造をフォーレンの中に作った?」
こっちのほうがあり得る気がする。
正直、あの時は駄目元でやらなきゃどうしようもない状況だった。
幻象種と精神を繋ぐなんてなんてできないと思ってたけど、しないと俺消えるし。
そうなるとダイヤも森も放置することになるから、やれることはやろうと俺なりに頑張った結果だ。
「接続するための領域ないと確かに無理だけど、まさか無意識の内に本人の精神の内にこんな異物作る、異物…………? 異物、の割にフォーレンに取り込まれぎみだな?」
俺が入れずにフォーレンが当たり前に入っている丘を改めて見る。
人工物を覆う緑はフォーレンの精神の影響だろう。
内部はともかく外見は飲み込まれぎみで、フォーレンの精神の一部に等しい。
普通異物があると精神に異常をきたし、異常を表すようにその部分だけ精神世界にも影響が見えるはずなんだけど。
「けどフォーレンのほうが飲み込んでる。となると、フォーレンはこれを受け入れてんだ」
え、懐広すぎじゃね?
寛容過ぎなくないか?
同じ神に作られた側の人間でも、過去の妖精王の記録を見るに異常が表れてた。
妖精の核から妖精の力を引き出すごとに精神が摩耗して、感情がなくなり記憶にも影響が出ていたりして。
「今のところフォーレンにそんな様子はないけど…………いや、ユニコーンとしてはやっぱり変か?」
傷物グリフォンやアーディに散々言われたし。
けど本人が気にしてないんだよなぁ。
「逆に精神が成長しきってない内だったから、これを異常として認識せずに取り込んだとか? けど、異物は異物だしなぁ」
俺は窓の前で腕を組んで悩む。
室内ではフォーレンが棚の物を眺めて過ごしてた。
精神活動の表れなんだろうけど、あれはあれで何してんだ?
「というか異物の中に普通に入ってるってことはフォーレンもこれ認識してるはずだよな? なんで俺に相談…………こういうもんだと思ってたらどうしよ…………」
ここは素直に謝っとく?
気づくまで黙っておいたほうが怒られないかな?
フォーレンがぽろっと傷物グリフォンたちに言ったりしたら俺攻撃されるだろうし。
エルフやドワーフと一緒にワイアームが住処に帰ってる分、煩さは半減してるけど、今さら騒がれても面倒だ。
「あれ? そう言えばワイアームの奴がなんか言ってたな。魔王を宿す素養が、フォーレンにあったんじゃないかって。それを疑うより俺が失敗したほうを…………あぁ、いや、これはまずい」
もしこの人工物が、精神を繋ぐために俺が作ったアダプターだったとして、同じ使徒だった魔王ならこの人工物をどう使うかわかるはずだ。
そこからフォーレンにアクセスして乗っ取ったとしたら…………。
「やっべ…………俺のせいじゃん…………ど、どど、どうしよ!?」
ちょ、ちょっとくらいユニコーンらしくないフォーレンに影響与えてる自覚はあった。
けどまさか魔王の乗っ取りの踏み台にされるほどの影響与えてるなんて思わないって!
「今からでもこれ取り除くか? あっちの空のほうにあるのが俺との繋がりの主軸だし…………って、うん?」
こっちがアダプターだとしたら、なんであっちに別口にあるんだ?
「フォーレンが最初に繋いでいたのはたぶんここだ。白い壁同じだし、こんな野外じゃなかったし。なんかおかしいな」
フォーレンの精神世界はこの草原なのに、俺と最初に繋いだ時には室内だった。
状況的にそこまでは俺のせいだと考えられる。
けどアダプターがこの人工物ならそれに連なる形であっちにある空の城が存在するはず。
なんで別々で、しかも関連性がないなんて状況になってるんだろう。
「もしかして、フォーレンはこの人工物を自分に属するものだと思ってる? だから俺との繋がりとは切り離してしまった?」
あぁ、それもそうか。
初めて見た自分の心象風景だと思しき場所がこの人工物なら、その後に俺の精神に来た影響でこことは別物と認識していてもおかしくない。
「うわー…………すでにフォーレンが一部として扱ってるなら下手に引きはがすほうが悪影響だぁ。これどうするのが正解なんだ?」
俺が頭を抱えた時、前触れもなく硝子の扉が開く。
出て来たフォーレンは予想外の俺の姿に跳びあがるほど驚いた。
もちろん俺も対応を決めかねてることと後ろめたさで挙動不審になってしまう。
「おぉ、おう、フォーレン! いい天気だな」
「いや、天気そう変わることでも、って、え? アルフ?」
精神世界の中、俺たちは微妙な居心地の悪さを持って見つめ合うことになったのだった。
ど、どど、どうしよ!?
アルフいつからいたの!?
そこ、マジックミラーになってる窓の前だよね!
ってことは僕が魔王と喋ってるの見てた!?
「なんでアルフいるの? えっと、その、ここは…………」
っていうか窓見てたならこの不自然な感じわかるよね。
なんて言い訳すればいいんだろう!?
もう! 魔王が宝物庫から素材持ち出すために体貸せとか無茶言うから!
「その、俺は、だな、あの、ウーリを、だ」
「あ、あぁ、ウーリ! そうだね、ウーリのことか!」
なんだか挙動不審なアルフが要件を絞り出すのに乗って、僕も大袈裟に答えながらワンルームに戻る。
「フォ、フォーレン、そこ、そんな出入りして大丈夫か? なんか異変とか?」
すぐに入る僕にアルフが慌ててそんなことを聞いて来た。
しまった、こんな近代的な部屋にあからさまに手慣れて入っちゃったよ。
「異変なんて、何も? えっと、なにかまずい、かな?」
「まずい、ことないかって俺が聞きたかったんだけど。えっと、そこ変じゃないか?」
「何が? 変、変に見える? アルフには?」
「いや、その、なんて言うか、ユニコーンらしくないっていうか」
「や、やだな! 僕が変わってるなんて今さらじゃないかぁ」
ひぇー! これもう神のこと暴露しちゃいたい!
魔王と話した後だから今なら僕も認識がまだ正常だし。
と思って天井見たら、なんか星が勝手に動いて日本語描いてる!?
「ごまかせ」って、神ー!
「…………ごめん! フォーレン!」
「え?」
神への文句を思い描いてたらアルフがいきなり謝って来た。
「たぶんこれ、俺の影響だ! 本当ごめん!」
「え、いや…………そんなこと」
ないんだけど、なんて言えないよね。
って、今度は奥の窓から魔王が腕だけ突き出して、こっちの言葉で「話し合わせろ」って書いたスケッチブック出してる!?
アルフ外だから見えないにしても本当隠れる気あるの?
「ぼ、僕ほら、自分から人化しようとしてたし、別に部屋があるの、嫌じゃないし」
「けど魔王がフォーレン乗っ取ったのそこのせいだと思うぜ?」
うわ、気づいてる。
え、どういう感じで気づいたの?
いや、けどこれはアルフのせいじゃないし、神のせいだし、勘違いして気まずいのもな。
よし、ここは強引にでも話を変えよう!
「もう終わったことはいいよ。それにアルフは最初からずっと僕を助けようとしてくれてたの知ってるし。はい、これがウーリなんだけどウーリ大丈夫そう?」
僕はそれ以上アルフが言う前に、ウーリと思われるプッシュライトが入ったちぐらを渡す。
アルフは困ったように笑って受け取った。
「なんか、本当に出会ったのがフォーレンで良かった。あの傷物グリフォンなら今頃俺追いかけ回されてる」
「だろうね。けど、この状態知られると僕もグライフに突かれるから、二人で内緒にしない?」
「あはは、確かに。よし、じゃあ秘密な。けど不具合あったら言ってくれよ」
「うーん、うん。その時はよろしく。また助けてね」
僕はアルフとそう約束して、狭いワンルームから外へと出ていった。
明日更新
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