番外編3:ちゃっかりヴルム
もう日は沈んで月が登ってる。
僕はこの時間までほぼ走り通し、ようやくヘイリンペリアム首都に戻った。
何回か首都を回ったけど、やっぱり陸上の人魚じゃ僕には追いつけない。
色々手を講じてたけど基本は避けて、障害物の多い街の中に戻ってまた罠を掻い潜る。
角で壊して突破しても良かったけど、資材は大事だから破壊は困るってランシェリスに言われてるんだよね。
「フォーレン! 部屋の前にヴルムと大きな獣人がいるわ! あなたたちももう少しよ! 頑張って!」
僕の背中に乗ったロミーが楽しげ教え、追いすがる人魚たちにも激励をしてる。
「うわ、見るからにヴルムとマンモスが窓塞いでるね。つまりあの真ん中の窓から入れってこと?」
玄関から回ってもいいけど、そうしたら逃げ場のない廊下で捕まるだけだし、ここは誘いに乗るほうがいいか。
「人魚に怪我をさせず避けることに専念するならここ行くしかないね」
けど、馬鹿正直に真ん中からは入ってあげないよ。
「女のひと踏むわけにはいかないから、ヴルムごめんね」
「え、ちょ!? まじっすかー!?」
窓を塞いで伏せてたヴルムの背中を踏んで、僕は上から真ん中の窓へと走り込む。
ヴルムの陰に隠れてた海の人魚は、頭上から現れた僕が予想外で動けずにいた。
遅れて縄を投げたりするけどかすりもしない。
「お前ならそうすると思ったぞ」
「アーディ!?」
マンモスの上から銛を構えたアーディが僕にそう言った。
さすがに母馬の角を軸にはしてないけど、銛の先は鋭利だ。
高い位置の優位を取ってるくせに容赦ない!
さらに慌てて走る僕の行動を見越して、潜んでた森の人魚が水の網を張る。
僕の目の前には銛か網の二択。
片方に集中した時点で、もう片方に捕まる。
「ロミーは水の攻撃なら大丈夫だよね!?」
「えぇ、私のことは気にしないで」
「だったらこうだ!」
僕は瞬間的に速度を上げる。
同時に人化し、その勢いのまま角を一閃して窓に飛び込んだ。
アーディの銛は狙いが小さくなった僕の脇を掠めていく。
網は角でできた裂け目に小柄な僕が飛び込んで意味をなさなくなった。
「はい、お帰りなさい」
頭から飛び込んで転がる僕を、シュティフィーが優しく受け止めた。
「残念だったな、アーディ。読みは良かったのに」
あ、アルフもいる。
僕が走ってる時から覗き見してる気配はあったんだよね。
「捕まえられれば族にとっては有益だがな。相手方に捕まらなかっただけで上々だ」
「あぁ、海の人魚のお望みは族長のお前だもんな」
アルフを睨んだアーディは、窓に寄ってそのままロミーを見る。
「ロミー、わかっているだろうな?」
「なんのこと? え、ちょっと、なんで私に…………きゃー! 吸い込まれるー!」
「散々相手方を煽っておいて! 反省しろ!」
アーディが壷をロミーに向けると吸い込まれてしまった。
アルフの知識ではそういう封印のための道具で、人魚が水系の流動的な相手に使うための魔法の道具なんだとか。
出られないだけで特に害はないらしい。
アーディも一生そこにロミーを閉じ込める気はないと見てアルフも止めなかったようだ。
「それで? 何を考えている?」
「アーディ、その話しする前にヴィーディアは何処?」
「フォーレン、あそこあそこ」
僕の問いにアルフが窓の外を指した。
見るとマンモスの中に埋もれて何やら悶えてる人魚。
白熊とフクロウが追いかけっこ終わったと説得してるようだけど。
「もしかして、僕と追いかけっこ始めた時からずっと? おーい、ヴィーディア。鱗どっちも取れなかったから提案があるんだけどー」
「あとで海の人魚が伝えるだろ。それで? フォーレンどうするんだこの始末?」
アルフのほうが興味津々で聞いてくる。
よく見ると暖炉の前には寒がりの獣王とクローテリアがいた。
獣王のお守りでベルントとヴォルフィもいて、僕の提案に耳を傾けている。
部外者のほうが真剣に聞く気があるって言うのもどうなんだろう?
「始末ってほどのことは考えてないよ。ただ、獣人みたいに定期的に交流してたら、自然とどっちに行きたいっていう人魚が現われるんじゃないかと思って」
前世の感覚から、どっちの一族が嫁を取るって言う人魚たちと感覚が合わない。
けどこうして勝ったからには僕の価値観で一度試してもらおうと思う。
「森と北の獣人たちが、季節ごとにお互いの住処に代表を送って行き来して交流をすることになったんだ。同じことを森と海の人魚でもしてみたら? 住む環境違うんだし、送り出すにしても迎え入れるにしても実際の所を知るのはありでしょ」
「あぁ、通い婚?」
アルフ、気が早い。
と思ったのは僕だけのようで、人魚たちは理解した様子で頷いてた。
えー? 通い婚ありなの?
なんだっけ、光源氏? 一夫多妻の変化形みたいな?
やっぱり価値観違いすぎるよ。
「確か、ケイスマルクから流れる川がエイアーナと周辺の国の国境の役割で海まで流れてると聞いたことがあるわ」
僕の提案から、シュティフィーが人魚の移動に使えそうな地形を教えてくれる。
その川を遡上すれば人魚に大敵の乾燥はないし、ケイスマルクからは森までそう距離はないってことか。
「わ、我々としては、その、ケイスマルクという国を知らない、の、だが」
もじもじしながらヴィーディアがようやく復帰して、真ん中の窓に寄って来る。
隣に並ばれてもアーディは平然としてるから、ヴィーディアは落胆してしまった。
「アーディって本当に朴念仁なんだね」
「喧嘩なら買うぞ?」
「いや、今のはお前が悪い」
僕に短気を起こすアーディにアルフがきっぱり言っちゃった。
言い返そうとするアーディは、仲間の人魚からも頷かれ、獣人にも肯定され口を閉じる。
「で、ヴィーディア。僕ちょっと伝手あるからケイスマルクに相談してみるよ。森までは草原通ってもらえばいいかな? それともエフェンデルラントまで行ってもらって、元水路を真っ直ぐ進んでもらったほうが危険はない?」
「どうかしら? 湖から私の所に来るのも人魚は嫌がるのよ。ケイスマルクからエフェンデルラントまで歩けるかどうか」
シュティフィーの答えに僕も頭を悩ませる。
ここまでの行軍はアルフが霧を常に発生させてたから、人魚たちも陸を移動で来た。
だったらアルフにお願い、と思ったらアーディが先に通告してくる。
「妖精王を関わらせることは許さん。あくまで仲人はユニコーンだ」
「それがいいだろう」
「人魚の言うとおりだ」
「失敗してるからね」
獣王たちが同意を畳みかけ、海の人魚たちもそういうものかと頷いてしまう。
アルフは顔を引きつらせてるけど、どうやら誰も交流に異議はないらしい。
そうなるとやっぱり問題はルート選択か。
と思ったらヴルムが声を上げた。
「一個いいっすか? その通い婚計画にケイスマルクにいる人魚も噛ませてほしい的な。昔この辺りにいて俺っちの親が世話になった人魚がそっちに逃げたって聞いてる感じで」
「そうなの? それもケイスマルクで聞いてみよう。どうせ森に帰る前に寄るつもりだし」
お土産の食器を受け取らないと。
スティナとエウリアには謝罪も込めるぶん、絶対寄るつもりだし。
「あ、だったらついでに俺っちがそのケイスマルク周辺の川に引っ越すってのも相談よろしくでーす! もち、人魚のことはばっちり守るんで!」
「え、今住んでる沼いいの?」
「逆になんで沼に住み続けろ的な?」
どうやら好んで住んでいたわけではないらしい。
これを機に安全に引っ越したいってことかな。
「アーディたちと戦っておいてついて来た時にも思ったけど、君ちゃっかりしてるね」
「うぇーい。ありがと的な。ぶっちゃけ、沼に住んでるなんて言ってももてない感じなんで」
いや、褒めてはないよ。
けどこっちも結婚問題だったらしい。
「ついでに同種がいるとこ知ってたりしないです?」
「そこまで? もしかしてヘイリンペリアムに他のヴルムいないの?」
「親が狩り殺された時点でたぶん無理っすね」
五百年前の魔王の敗北でやられたらしい。
このヴルムが生き残ったのは沼という人間が近寄りたがらない場所だからだそうだ。
そして魔王側が宝物庫の道具を与えるくらい味方だと思ったのは、その辺の怨みがあると思い込んだからだった。
ただ誤算は、当のヴルムにその辺りの遺恨がなかったことだろう。
「うーん、いるとしたらイクサリア辺りじゃないか?」
「アルフ知ってるの? そこって幻象種や獣人が反乱起こしたところだよね?」
「おう。ヴルムってある程度寒い水辺に棲んでるはずだから北だ。で、人間たちに狩られてない場所って言ったら人間が定住できない場所だろうし」
どうやらヴルムのお願いもどうにかできそうかな?
「守護者、今の時期に一度森へ北の獣人を案内することになった。すでに話はつけたぞ」
「獣王は乗り気すぎるよ」
外を見るとマンモスたち北の獣人が諦め顔してるじゃないか。
「じゃ、人魚はまず帰って残ってる仲間に事情説明して。僕はここから帰る時にケイスマルクで相談するから。連絡は、アルフの妖精に頼むくらいはいい、アーディ?」
「余計な口出しをしないのならな」
言い返したそうなアルフだけどやらかしてるのは僕も知ってる。
「妖精王はひっかきまわしてくるから気をつけろ」
「あ、あぁ! わかった!」
ようやく声をかけられ喜ぶヴィーディアの声が弾む。
さてやることができたけどまだヘイリンペリアムは混乱の中。
いったいいつ帰れることになるかな?
来週更新予定
次回:魔法学園の入学生




