450話:生きた先に
「結局初めての魔王石に触ったら心象風景に飛ばされるんだね」
僕は照明を並べた店内のようなワンルームを眺めて呟く。
瞬間、何処かでカーテンが引かれる音がした。
「は…………? ぇ、え!? まさか…………?」
部屋の奥、四番目の窓に僕は駆け寄る。
そこにはカーテンが向こうから引かれてて、中は窺えない。
「無意識の窓ならカーテン引かれてて当たり前だけど、これ、ずっと開いてたよね? 僕そっちに行けないからそっちにいる誰かが引くしかないよね!?」
窓を開けようとしても無理だし、声をかけても返事はない。
けど、なんとなく誰かいる気がする!
この窓の向こうを思い出そうとしたら、浮かんだのは壁に一度だけ開いたドア。
「…………ちょっと待って。なんで今まで僕…………忘れて。え、いるよね?」
僕は天井を見上げて跳んだ。
相変わらず宇宙が広がってるから簡単に壁の縁に立てると思ったのに、何か見えない膜のようなものが邪魔をして、僕をワンルームに押し返す。
「何、今の? まるでサランラップみたい…………ラップ? あれ、ラップがどうしたんだっけ。ラップで何か包みたかった? あれ? 僕、何を…………?」
「なるほど、そういうことか。どうりで神について妖精王にも何も言わないわけだ」
声を振り返るとカーテンが開いていて、黒髪で角の増えた僕がいた。
「魔王!? なんでいるの!」
「ふん、未熟者め。他人に精神を侵食されたままにしておくからだ阿呆。こんな自らさえ手を出せないような場所を残しておいて何を言う」
「勝手に居座っておいて偉そうに言うことかな!?」
「ラップは思い出したか?」
「あ…………。そうだ、上に、行けなくて。僕、それを今、忘れてた? …………ねぇ、そっちのドアどうなったの?」
自分でも渋い顔になってる自覚はある。
聞いたら魔王がカーテンを全開にして壁が見えるようにしてくれた。
そこにはやっぱりもうドアノブがはまる穴もない。
「神がやったんだよね? 天井のラップとか、僕が今のさっきで神の存在を忘れたように」
「俺はここにおいては異物であるためか、その影響の限りではないらしいがな」
「あ、そう言えば神が、使徒のままならアルフみたいに気づかないよう操れたみたいなこと言ってたよ」
魔王は驚いた顔をして、ちょっと投げやりに笑う。
「…………そうか、やはり俺はもう…………」
あ、そうか。
つまり魔王はもう生きる意味だった使徒じゃないって、神に直接言われたようなものなんだ。
「えーと、それでなんで残ったの? また迷惑かけられるわけにはいかないんだけど?」
「別に…………」
「某女優みたいなこと言わないでよ」
「誰だ? まぁ、いい。上手くユニコーンの獣性を切り離せたんだ。今は、神の魂を持つユニコーンがどう生き、それを神がどうするかを観察する。お前の生きた先に何があるのかを見定めてから動くのでも問題はなかったんだ。それを拙速に走ってしまったからな。今度は観察を重ねて神という存在についての理解を深める」
「勝手に僕の人生を自由研究の課題にしないでよ」
「ジユウ? 貴様本当にどういう知識を与えられているんだ?」
「正直実用性はない」
「そ、そうか」
きっぱり言ったらなんか驚かれた。
けど居座られるのも、うん? けど見てるだけなら害ないんじゃない?
「僕たちに危害加えないならいいか。見られてるのもすでに今さらだし」
天を指すと魔王は呆れながらも頷く。
どうやらユニコーンの獣性とやらがないせいか、今まで会話した中で一番落ち着いたやり取りができた。
「懐が大きいのか危機感がないのか。まぁいい。ならばこの世界にある未知の素材を探せ」
「なんでそうなるの? っていうか、何する気? 害ないならって言ったよね?」
「お前が言ったのだ。俺の復活を望む人間に魔王を越えてみせろと。失敗を覆す成功を新たに求めろと」
「なんか言った気もするけど。え、それやるの? どういう風の吹き回し? 僕のことなんてなんとも思ってなかったのに採用しちゃうなんて」
魔王が僕の顔ですごくニヒルに笑う。
「考えなしのお前が今後なにがしかのへまをして肉体が空くこともあるだろう。その時にまた、ただ座っているだけというのも面白くない。周りが俺の存在をどう言おうと勝手だが、今回のように俺しか残らなければ面倒な後始末が待っているような状況は願い下げだ」
「えっと、つまりどういうこと?」
「わからないのであればすぐに身をもって知る。…………ともかく宝冠に代わる物を作ることを想定しての思考には意義を見出した。ではどんな素材が必要か。お前の足なら広範囲を回れる。妙に他種族とも交流を持っている。宝冠は完璧だったはずだが、未知の物を取り入れられればより良くなるはずだ」
わー、落ち着いてるけど相変わらず自分勝手だし、こっちの話聞く気がないー。
けどこれだけ喋るってことは熱中してるみたいだし、その間は大人しいのかな?
僕がヘマする前提はどうかと思うけど、物作りなら平和的だし何ができるかは気になる。
それにどうやらこの魔王がいないと僕は自分の魂が何者か認識できないようだ。
これは魔王が使徒ではなくなったことで、神の支配から逃れたって言えるのかな。
「うーん、けどまた宝冠? 別のにしない? 伝説の剣とか、魔法の杖とかみたいな」
「杖か、悪くない。王権を表す宝杖ならば、手からの力の流れを、いや、素材自体で杖全体を触媒にしたほうが…………」
うん、のりのりだ。
上下水道作ったり、コロッセオ作ったり、魔王って実はモノづくり好きなのかな。
なんか荒々しい感じとか怒ってる感じとかなくなってるし、大丈夫そう?
アルフと倒したバイコーンが魔王の猛々しい部分をすべて集めたような相手だったから、もしかしていらない部分固めて僕たちに処理させたとか?
「うーん、合理的なんだかなんだか。ねぇ、今度は完璧じゃなくていいもの作ろうよ。何百年後になってもいいものだって言ってもらえる、よう、な…………」
視界が狭まる中、魔王が僕の顔で悪人のような嘲笑を浮かべた。
「お前は今目の前に迫った厄介ごとのことを心配するのだな。穴が空けばそこに流れが集中することになるぞ」
暗くなる視界の中聞いた、魔王の忠告は現実になる。
まず西から襲ってくる人間が別口に現れた。
そして流浪の民にやられた北の国でヘイリンペリアムを潰すって言い出す人たちが反乱軍化する。
さらに騒いでたせいで北の巨人ジョータンが人里に降りて来るし、獣王の名前を聞いて魔王に与しなかった獣人が徒党汲んで道場破り的にやってくるし。
あと、自衛のために東の台地の凶暴な幻象種相手にしてた流浪の民がいなくなって、被害が報告されたりもした。
それ全部、最終的に力でねじ伏せるために僕が走ることになったんだよね。
エルフとドワーフは国があるし、悪魔と獣人はいると問題の種になるから早い内に帰ってもらったんだけど。
「まだ雪残ってるけど森は春なんだって、ランシェリス」
「すまない。我々の力が足りないばかりに頼りきりで」
「まー、ヴァーンジーンが溜め込んでた自分と他人の汚職の証拠一気に吐き出して大混乱になってたし。悪いことしてても現状裁いたらヘイリンペリアムが立ちいかなくなるような要職の人とかもいて面倒なことになってたのは聞いてたから」
例えばヴァシリッサが身につけたような邪法に秘密結社として関わってた神殿長。
生き残った実務者の中でも人望があって、能力もあったから立て直しには必須の人材。
それで言うとヘイリンペリアムではあまり重用されてない姫騎士は、実務に関わるにしてもノウハウがない。
ただ妖精王と轡を並べてヘイリンペリアムの危機に駆けつけたというインパクトは強いから、ヴァーンジーンの狙いどおりランシェリスたちは護国の乙女として祭り上げられている。
だからこっちもこっちで忙しいのは知ってた。
「僕たちは森に帰れる目途がついたけど、ランシェリスはまだヘイリンペリアムでしょ」
「求められ、人々を救えるのならそれはいい。ただ…………」
ランシェリスの目には決意の色があった。
「必ず私は蘇りの葉を求めて南へ行く。その時はどうか、また私に力を貸してくれないか、フォーレン」
ローズはジッテルライヒ地下の冥府の穴の中にいた。
致命傷で出血多量だったけど、冥府の中にいるからこそ虫の息のまま、生きてる。
意識も戻らず昏睡状態で横たわっているだけだけど。
シュティフィーの葉は冥府では機能しないし、冥府から連れ出せば即死のローズ。
救えるのは南の地で蛇が守るという蘇りの葉を持ち帰ることのみ。
「うん、いいよ。僕もローズに会いたい」
「…………っ、そう、だな。会いたい、あぁ、会いたいな」
すごく思いの詰まった声でランシェリスは繰り返した。
簡単なことじゃない、それでもやり遂げることをランシェリスは決めている。
だったら南は危険だよなんて、言うだけ野暮だ。
「なんだ、また大グリフォンに喧嘩を売りに行くか?」
「お、今度は最初からみせろ。大グリフォンが地面転がるなんていい話の種だ」
「黙れ蜥蜴が。北の山で凍えて死にそうになっていた無様を晒したくせに」
グライフに続いてロベロとフォンダルフが喧嘩しながら羽根を広げて寄って来る。
なんでこの三人が残るかなぁ。
まぁ、機動力あって力尽くの場面では重宝したけど。
ちなみに怪物ドラゴンのワイアーム、ヴィドランドルと干物ドラゴンも帰ってる。
どっちもエルフとドワーフと一緒だ。
ワイアームは怪我もあって、ドワーフが滅茶苦茶狙ってくるからって我先にドワーフの国に置いて来た宝を守るため帰った。
ヴィドランドルはエルフたちと一緒にヴァシリッサを連行して換魂エルフを助けるためだ。
「僕はまず森に帰るんだよ。あ、でもその前にケイスマルクに寄りたい」
「なんでなのよ?」
小竜姿のクローテリアが現われると、アルフと従僕悪魔のウェベンもやって来る。
「ご主人さまはケイスマルクにて買い物の予定でしたので、それらを受け取りにまいられるのでしょう」
「メディサとシュティフィーがそんなこと言ってたな。ついでにアメジストも返すか」
西の国から取り上げたジャスパーは、すでに鉛のような封印に包んで返した。
僕の中に魔王が残ってたから、あの封印のこと詳しくアルフに伝えて再現したんだ。
ただ、なんとなく魔王が残ってることはアルフにも言ってない。
なんでだっけ? 魔王が、何かの妨害が、あるかもだから、干渉を避けるため、とか?
「神殿長からもあの封印の精度は絶賛されていた。しかも失われたはずのアクアマリンまで封印を施してお返しいただけるとは。妖精王どの、改めて感謝の意を奉る」
「こっちで持っててもしょうがないしな。あとエルフとドワーフみたいにもっと見てくれ良くしてから返せとか文句つけないだけお前らましだ」
二種族には国に持ち帰ってデザイン案を練るから、封印の返却は待てと言われた。
ワイアームもましなデザインにするなら魔王石を受け取るとか言ってたな。
それ言われたからアルフも神殿の三つにはちょっと気を使って祭具と同じ意匠にしてた。
「あ、それと妖精の核をアダマンタイトから分離もしなきゃ。帰ってもやることだらけだな」
「貴様はそうして余計なことに現を抜かす暇がないほうが世のためだぞ、羽虫」
「もう、アルフ虐めないでよ、グライフ。アルフもこんな廊下で喧嘩しないでね。さ、森に帰る準備しよ。たぶんいない間にまた何か起きてるよ」
別にそれが嫌じゃない。
これから先、僕が生きて森を離れてまた帰った時にも、こういう他愛のない繰り返しでいい。
僕はユニコーンのフォーレンで、ちょっと特殊な前世がある。
妖精の守護者でアルフの友達だ。
魔王だとか神だとか、人間なんかの思惑なんて気にしない。
そうして僕はこの先も生きて行くんだから。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




