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446話:不正の器に落ちる者

 ライレフが完全な受肉をして姿を変えると、そこにアルフが仲間を連れて駆けつけた。


「ほう、あれが暗踞の森を荒らした悪魔か」


 獣王が獣人を率いて現れたけど、すぐ側には青年姿のボリスがいる。


「なぁ、俺こいつと一緒じゃなきゃ駄目?」

「獣王さま直々のご指名だ。くれぐれも鬣を燃やすなよ」


 ぼやくボリスに狼の毛皮で防寒バッチリなヴォルフィが睨みを利かせた。

 頭にニワトリを乗せたままのベルントは宥めにかかる。


「獣王さまについて行けるくらい能力の高い火の精は君しかいないんだ。頼むよ」

「しょ、しょがねぇな!」


 ボリス簡単に乗せられてるなぁ。

 つまりは寒がりな獣王のカイロ代わりらしい。


「アルフ、他の所大丈夫? 族長が何かしてたみたいだけど?」

「いきなり流浪の民が無差別に暴れ始めて困ったぜ。妖精分散させてたお蔭で、近くにいたスプリガンを随時送れたけど。ここにいる以外はそっちの対処とライレフ配下の悪魔の足止めだ」


 スプリガンは妖精を守る妖精で、その権能を使い流浪の民が暴れた所に妖精が近ければ即応できたそうだ。

 そして今いないアーディやスヴァルト、他の妖精たちはライレフに合流しようとする悪魔の対処をしているらしい。


 そんなアルフをライレフは笑ってる。


「それでも戦意の高まりは抑えられなくてな。争いを望む心がライレフに力を与えてるはずだ」

「ねぇ、それってつまり、グライフや獣王のやる気も?」

「あぁ、ライレフの力になる。だから戦いであいつに勝つの難しいんだよな」


 なんて言ってる間にグライフはまた上からライレフを狙う。

 巧みな戦車捌きで避ける進行方向で、ワイアームは大きく口を開けて待ちかまえてた。

 自由になったアシュトルたちもそれぞれがライレフの戦車を止めようと魔法を放つ。


「あぁ、楽しいものです。実に心躍る。ただここに闘争に溺れる人間がいないことがいただけない」


 勝手なことを言うライレフへ、ボリスを連れた獣王が飛び出した。

 自らの爪牙で戦車を引く馬に襲いかかる。


 馬も使い魔のようなものらしく、獣人の重い一撃でも死なず、飛びかかった獣王を引き摺ったまま爆走し続けた。


「はははは! これは実に愉快。獣性に塗れた人間の醜さを姿だけでなく行動で表すとは! いいですね。やはり獣人たちをもっと闘争に駆り立てておくべきでした」


 そう言えば獣人も人間の括りに入るんだっけ。

 獣王の参戦にライレフは上機嫌になってる。


「つまり、ライレフが輝き増してるのは気のせいじゃないんだね」

「あいつらの敵意さえも自分の力に変えてやがるなぁ」

「となると、忙しいだろうけどちょっとライレフの弱点に来てもらったほうがいいんじゃない?」

「弱点? …………あぁ、なるほど。じゃあ、呼ぶか」


 僕が走り出すとアルフも背中に飛び乗った。

 ライレフの戦車に体当たりをした僕に合わせて、アルフが戦車の中に虹のような魔法を放つ。

 途端に虹色が混じり合って大爆発を起こした。

 僕たちさえ包む爆発を走り抜けると、ライレフも戦車で砂埃から抜ける。


「さて、これは埒が明かないね。妖精王、対処はわかりますか?」


 ベルントが僕に走り寄ってきて、大爆発も凌ぐライレフの対処法を聞く。

 同僚のヴォルフィは獣王と一緒にライレフの馬車を引く馬に襲いかかってた。


「血を流して痛み、血にまみれて涙し、血を啜って生きて行く。なんと下賤な人間らしさ! そう、これくらい醜い人間らしく振る舞ってくれれば吾も快いのです」

「趣味が悪い!」


 ヴォルフィは噛みついて弱らせた馬を足場に、戦車の中のライレフへ牙を剥く。

 けどライレフは挑発に乗ったヴォルフィへ剣を突き刺そうと構えていた。

 それをボリスが横から炎を吹いて邪魔する。


「ベルント、ちょっと獣王たち退かせろ。こっちもあいつの権能に収まらない奴はいる。メディサ、ケルベロス!」


 そう言えばアルフが来てから空が曇り始めてた。

 光りが苦手なケルベロスのためだったのか。


「アルフ、怪物って悪魔の権能に収まらないの?」

「怪物って括りじゃなくて、定められた役割ってところかな。見てないか? ジッテルライヒで悪魔が召喚された時、何もさせずにケルベロスが倒したんだ」

「あぁ、死者をどうにかするっぽい能力持ってた? …………そうか、ケルベロスが襲うのは冥府を守るって神が決めた役割だから。たとえ敵意があっても、悪魔じゃ神の決まりを覆せない?」

「そういうこと。死者に関しちゃケルベロスは無敵に近い。で、あいつは一度死んだ族長とか言う奴を仮初に蘇らせてる」


 つまり死者の冒涜としてケルベロスの制裁対象に入っている。

 冥府の番犬は死を覆す不正なんて許さない。

 その点では不正の器と呼ばれるライレフには優位を取れるはずだということらしい。


 族長は子供に殺され、そしてその子供を殺して悪魔の力で蘇った。

 族長はライレフという不正の器の中に落ちてもがいていただけなのかもしれないけど、冥府の決まりを破ったことには変わりない。


「結局ライレフにいいようにされてるんだからなぁ」

「悪魔は人間転がすのに長けてるからな。こうなることわかって賭けとやらもやってたんだろう」

「テキ? テキ。テキ!」


 ケルベロスは僕たちの会話でライレフに狙いをつけたようだ。


「おーい! ケルベロス行くからみんな避けてー!」


 ベルントが間に合わないと見て僕が声を出した時にはもう、ケルベロスは走り出してた。

 あ、背中にはメディサが乗ってる。

 すでに眼帯を取ってるから、ケルベロスの死角を突いて攻撃しようとした時点で石化対象だね。


 上から狙ってたグライフとワイアームは慌てて急上昇。

 獣王たちもベルントの誘導でライレフから離れるために走り出す。

 アシュトルたち悪魔はすぐさま溶けるように姿を消した。


「おやおや、契約を果たして手に入れた私の獲物を横取りするのですか? なんとも躾がなっていません、ね!」


 ライレフの投げ槍をケルベロスは太い前足で叩き落とす。

 それだけで突然痛がるように吠えた姿から、ただの槍ではなかったようだ。


 動きのとまったケルベロスに代わって、僕はアルフに足で合図されライレフの戦車に走り寄って体当たりを行う。

 同時にアルフが車軸に何か魔法をかけた。

 途端に戦車は不穏な音を上げて激しく揺れる。

 どうやら車軸を緩くしたらしい。

 地味に迷惑な攻撃だ。


「今よ! ケルベロス!」


 メディサの指示にケルベロスは三つの口を同時に開く。

 僕たちが速度を上げて避けると、紅蓮の炎を吐き出し宙で三つの火炎放射が合流。

 渦巻く炎塊となってライレフを襲った。


「炎よりも恐ろしいのはケルベロスの口から出る毒だな」


 アルフが実感を籠めて激しい炎を眺める。


「え、もしかしてあの炎って毒混じりなの? って、うわぁ。ケルベロスの炎が走った痕、燃えてるっていうか溶けてる?」

「うーん、駄目だな。ライレフの奴、攻撃対象を自分から戦車の馬に変えやがった」


 どうやら敵意を操る力で、ケルベロスの攻撃をずらし直射は回避したようだ。

 消し炭になった馬も瞬く間に再生する。


「メディサ、退け! 今の避けられたならケルベロスの優位はあまり意味がない! なんでかはわからないけど!」


 優位なはずなのに敵意を逸らされたのは、確かにおかしい。

 権能における優位が効いてないんだ。


「…………あ、もしかして。ケルベロス! ライレフと同じ臭い他でしてない!?」

「ニオイ? スル! アッチ!」


 そう言って三つの首がそれぞれ違う方向を向いた。


「なるほど、小賢しい真似をしてくれる!」


 ケルベロスの行動を見て、グライフがまだなんとか残っている林に突っ込んでいく。

 ワイアームも雑にグライフとは別方向を指したケルベロスの首に合わせてブレスを吐きつけた。


 すると最後に残った方向から別のライレフの戦車が飛び出してくる。

 その後ろには巨大な蛇が飲み込もうと追い駆けていた。

 たぶんアシュトルだ。


「おぉ!? あいついつの間に分身相手にさせてやがったんだよ、フォーレン?」

「たぶん最初からじゃないかな。炎から蘇った時にはすでにダミー用意して、僕たちを笑ってたんだよ」


 アシュトルに追われたライレフは、ケルベロスの炎を大盾を構えて凌ぐ。

 回避行動を取るならたぶんあれが当たりかな?

 けど、グライフとワイアームに駆り出された偽物ライレフが走り込んで来て、総勢四人のライレフが戦車で走り回る。


「あれ、混じっちゃった。メディサ、ケルベロス、本物がどれかわかる?」

「ごめんなさい、フォーレン。どうも完全に臭いも同じみたいで」


 分身に気づいて狩りだしたものの、ケルベロスは何処にいるかはわかっても、どれが本物かはわからないようだった。


「吾を見つけたのは良いことです。ですが、ここからがあなた方の力の見せどころですよ」

「悪魔如きが俺を試しているつもりか!?」


 グライフが手近なライレフに襲いかかるけど、魔法を放てば魔法を返され、爪で襲えば盾や剣で応戦される。


 後ろから追っても手足のように戦車を使って縦横無尽に走り回った。

 姿も気配もライレフ四人に違いはなく、一度目を離すとグライフもどれが追っていたライレフかわからないようだ。


「えぇい、面倒だ! 巻き込まれたくなければ退け!」


 ワイアームが短気を起こした。

 大きく口を開くと地面を這うようにブレスが広がる。


 けどそんな大雑把な攻撃、ライレフたちもむざむざ当たらない。

 戦車を駆ってブレスの範囲外へ逃れる。

 けれど二体のライレフがブレスに当たって消えた。


「ふふ、無駄なことです」


 ライレフがそういうと、新たに二体の戦車とライレフが現われる。

 これ、族長がやったドロドロの七つ首の蛇と同じだ。


 どうやらいたちごっこが始まったようだった。


一日二回更新

次回:悪意の芽

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