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445話:仲間がいること

 最初に異変を察して動いたのは攻撃していたアシュトルだった。

 大きな手で僕の横腹を叩く。

 思わず走り出すと、突然透明な炎がアシュトルに向かって反射された。


「あぁぁあああ!? うぅ…………、ほんと、やな男ね」


 両腕を犠牲にしても防ぎきれずにアシュトルは体の半分が炭化したように黒く脆くなってしまう。


 それを見てペオルとコーニッシュがアシュトルを支えに走った。


「人間があれだけの熱量を操作した?」

「違うぞ。もはや人でなくなったのだ。どうやら大公の攻撃で肉体の殻を捨てたらしい」


 コーニッシュの疑問にペオルが答えて指差すのは、黒こげになったはずの族長。

 そこには見たことのない人物がいた。


 輝くような金髪に、輝くような白い肌。

 肉体美を誇るようなぴったりした鎧と靡くマントをつけた姿は、背中の白い羽根も相まって天使のようだ。


「賭けをしたのです」


 穏やかに語る声に害意はなさそうなのに、なんか苛っとくる。


「契約者がその言葉を履行する限りは従うこと。己が言葉を裏切るのならば、生贄に今一度機会を与えること。そして、その機会さえなげうち全てを捧げるならば、汝の敵を滅ぼそうと」


 慈悲を語るように穏やかだけど、実体は怯える双子の死と、力に溺れた族長の暴走を引き起こしただけ。


 そうとわかっていて、天使のような悪魔が笑う。


「吾はここに今一度完全なる受肉をしたのです」

「ライレフ、それが君の悪魔としての姿? なんだか天使みたいだね」


 声をかけるとウェベンが答えた。


「わたくしと同じく元は神に仕え天に住まう者でありましたから」

「あぁ、天使系なんだっけ? なんでかな。君のその姿がすごく皮肉に見える」


 いや、天使系に対してなんか違和感が、なんだろう?

 存在自体が何かおかしい気がするけどなんでかわからない。


「おや、何故でしょう? 吾の姿はユニコーンにとって何か意味が?」

「今さら輝き振りまいて出て来ても遅いからだと自分は思う」

「魔王も消え、拠点地も落ち、もはや争いは収束へ向かうのみだ」


 僕の言葉に疑問を覚えたライレフに、コーニッシュとペオルが批判的に答えた。

 肩を竦めるだけで気にしてない様子のライレフに、アシュトルは崩れかけの半身を抱えて睨んだ。


「暴力装置はもうないのよ。これ以上争いを長引かせることも、広げることもできない。あんたの力は弱まっていく」


 探るように言うアシュトルに、ライレフの余裕がそうではないと物語る。

 だから僕もわかった。


「そうか、君は西の人間が争いに来てることわかってるんだね」

「良い見解です。そのとおり。吾はここにあなた方を足止めするだけでいい」


 ライレフが指を鳴らした瞬間、アシュトルを中心に光の柱が悪魔三体を閉じ込める。


 すぐさま抵抗するアシュトルたちだけど、どうやら光の柱の中から出られないようだ。


「大公の力さえ削げば吾に劣る者ばかり。そこからでは自らの配下を呼ぶこともできませんよ」


 ライレフの言葉にアシュトルは盛大に顔を顰める。

 光の柱を壊そうと無理に動いたせいで、炭化してた腕が片方もげてしまっていた。


「そして、吾としてはあなた方とは良い関係を築きたいところですね」

「僕? と、ウェベンも? …………あぁ、ユニコーンを求めて人間が争うからか。ウェベンは…………」

「わたくし人間の欲のあるところを満たし、煽り立てることを得意としておりますので」

「なるほど、それで主人に取り入って堕落させるのか」

「もちろん、ご主人さまあっての従僕わたくしでございます。お命じくださればなんなりと」


 つまり僕の命令があればライレフに加担することもやぶさかじゃないって?


「冗談じゃない」


 言って、僕は蹄で地面を抉り駆け出す。

 すぐに縮まる距離でも、完全に悪魔の本性を取り戻したライレフは慌てない。


「最悪その角があればいいので」

「おや、わかっておりませんね。ご主人さまはこのか弱げでありながら他人に染まらない白さが欲を煽るのです」


 失礼なことを言うライレフに、ウェベンは言い返しながら赤い羽根を大きく振って火の矢のようなものを飛ばす。

 よく見ればそれはライレフの赤い羽根。

 僕の突進に対処しようとしてたライレフが回避を選んで大きく動く。


 ライレフがいた場所で空を切る赤い羽根。

 地面に落ちると羽根の触れた場所がまるで酸に触れたように溶けた。

 どうやら毒が仕込んであったらしい。


「妖精王の森ではないので気にせず動けるのは良いですね」


 そんなこと言いながらウェベンがまた羽根を飛ばす。


 僕はライレフを追って方向を変え、その瞬間魔法で風を操って加速した。

 ウェベンが上手くライレフが回避しようとした方向に羽根を飛ばしてくれたおかげで動きが止まる。


「やはりここは慣れた得物が良いでしょう」


 ライレフに角が当たる直前、僕の進行方向に二頭立ての戦車が現われた。

 金で装飾の施されてるお金かかってそうな車体に、僕の角がくっきりとしたひっかき傷をつける。


「わ、硬い。何あれ?」


 驚いている内にライレフは戦車に身軽に飛び乗ると、二頭立ての馬は軽やかに力強く走り出す。


「気を付けるのだ! それはライレフの権能を具現化した戦車!」


 ペオルが忠告してくれた。

 けどコーニッシュが無表情に腐す。


「本当ならその威容に心奪われた者は攻撃もできず傷もつけられないはずなんだけどね」


 うん、すごく大きな傷がついたね。

 だって僕、ユニコーンだし。

 黄金や宝に目が眩んで碌な目に合ってない知り合いが複数いるし。


「フォーレン、気をつけなさい! あっちは配下を呼ぶわよ!」

「僕のことはいいから、アシュトルたちはそこ抜け出すの頑張って」

「ご主人さま、あれは強き者ほど抜け出せぬ結界。術者を殺すのが早いかと」


 ウェベンが結界の破り方を教えてくれた。

 なんだ、だったらやることは変わらないや。


 僕はライレフの戦車を追って走り出す。

 あ、意外と速い。

 これは負けてられないね。


「やれやれ、やはり子供ですね。裸馬一頭で戦車に…………!?」


 僕に目を奪われたライレフの頭上から鋭い鉤爪が襲った。


 肩を引っ掛けられただけでなんとか避けたライレフは、もう一度飛翔していくグライフの姿を見る。

 もちろん僕はその隙を逃さず、戦車を引く馬二頭に威圧を放った。


「く! 本当に厄介な。やはり角だけのほうがいいと思うのですが?」

「もっと厄介なのが来るぞ」


 グライフが頭上からまた襲いつつ言うと、今度はライレフも剣を振って応戦する。

 けどさすがにアダマンタイトの爪には負けて剣が欠けた。

 ライレフはすぐさま剣を投げ捨て僕を牽制し、戦車から槍を取り出す。


 地上では僕が馬を狙い、上空からはグライフがライレフ本人を狙って攻撃を続けるけど致命傷にはならない。


「何が目的で…………」


 僕たちの嫌がらせ染みた攻撃にライレフがさすがに気づく。

 現状ライレフの目を逸らすために邪魔するなら、対処しなければいけないのは一カ所だ。


 ライレフは熟練を思わせる手綱さばきで、僕とグライフに挟まれた状態を脱出。

 そのままアシュトルたちが囚われた光の柱が見える方向へと移動した。


「…………ここなのよ!」


 突然、アシュトルたちの足元で黒いモグラ、もとい、クローテリアが地面から顔を出す。

 強い者が囚われる結界に、弱者のクローテリアはこともなげに侵入した。


 そして結界は強い縁のある者が内側から呼べば意味をなさなくなる。

 クローテリアが呼んだのはもちろん強く縁の繋がった怪物。


「えぇい! 我をなんだと思っている貴様ら!?」


 地面を割って現れたのはワイアームの巨体。

 巨大なドラゴンが地面を割って地表に現れると、光の柱は掻き消えた。


 すぐさま槍を投擲して、一番弱っているアシュトルを狙うライレフ。

 けど鋭く飛んだ槍は、ワイアームの尻尾の一撃で弾き飛ばされる。

 その間に傷を負ったアシュトルが、ペオルとコーニッシュに退避させられながら配下の悪魔を召喚する魔法陣を空中に浮かべた。


「城への梯子のようにしたかと思えば次はこれか!? 我は内外を結ぶ道ではないのだぞ! 協力を求めるならばせめて相応の宝物を捧げ感謝の辞を述べよ!」

「ここまでつき合ったんだ。最後までつきあってくれてもいいだろ」


 怒るワイアームに軽口を叩く呑気な声。

 ライレフはケルベロスとメディサという怪物を従えたその姿に眉を顰めた。


「なるほど厄介。妖精王ですか」


 ワイアームが掘った穴から現れたアルフに、ライレフはグライフの言葉の意味を知る。


「おう。さ、あの時のやり直しと行こうか。今回はこっちも手加減はしてやらねぇぞ」


 アルフは勝気に笑いながら、立ち止まった僕の背中を軽く叩いた。



一日二回更新

次回:不正の器に落ちるもの

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