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443話:見慣れた初対面

他視点入り

「トラウエン、首都を包囲する軍の動きが変わったわ。都の門は壊された」

「魔王は、やはり保身にさえ動かない、か。結局何を成そうともなさらなかったね」


 私たちは首都を遠望する高台の林の中で、密かに収集した情報を共有した。


 周りには誰もおらず、私はトラウエンと身を隠す天幕で手を握り合う。

 伝わる思いは同じ。


「マローネは一族を裏切った。今となってはそれが正しかったんだろう」

「これは魔王石のみに注力して、同朋の監視を疎かにした私たちの甘さね」


 きっと族長なら誰も信用せず監視していた。

 そうすれば妖精王の勢力に追いやられた同朋が、マローネのいるジェルガエを頼って逃げたこともわかったはずで、そうすると反抗勢力になることも予想できたはずだ。


 族長ならマローネ周辺に人が集まったまま放置することはなかっただろう。

 私たちはそこまで気が回らなかった。

 結果、マローネは妖精王側についている。

 魔王が森に差し向けた軍を、森の東の国々を纏めることで防ぎ敵に回ったのだ。


「今となってはマローネこそが一族を延命させる主導者だ」

「すでに北の国々に怨まれた同朋に逃げ場はないもの」

「思えばあの司祭がヘイリンペリアムで派手に粛清はしたものの、戦争自体に関わらなかったのはこのためかな?」

「私たちを矢面に立たせて怨みを引き受けさせるため? …………もしかしたら五百年前のように逃げ果せないようにかもしれない」


 言っていてまさかとは思うけれど、なんとなくしっくりくる。

 あのヴァーンジーンの冷徹な笑顔は、欲得などなくひたすらに淡々と逃げ道を潰しているように今なら思える。


 いえ、もうそんなことは関係ないわ。

 私たちは一族の願いを叶えたのよ。

 魔王復活は果たしたのだから、もう、いいでしょう。


「「逃げよう」」


 押しこめていた気持ちを二人だけだからこそ言葉にできた。


 けれど口にした瞬間、身動きできないほどの圧迫が天幕の中を満たす。

 そして聞こえたのは不穏な悪魔の笑い声だった。


「それは契約違反ですよ、召喚者」

「「ライレフ!?」」


 どうして!?

 西のほうに戦火の気配があると見に行ったはずなのに!


「おや、あんなでまかせに乗せられてくれましたか。実に残念ですよ。魔王を捨てて逃げるのは吾を召喚した際の制約に反するというのに」


『予言には従います。僕はあなたを補助して魔王復活の予言を果たしましょう』

『予言にあなたの意思は関係ない。その体を悪魔が使って悲願を果たしても同じこと』


 それは族長を裏切ってライレフを召喚した時に言った言葉。


「まさか、一族を捨てることを許さないと?」

「すでに魔王は復活しているわ。契約は十分果たされているはずよ」


 私たちの反論を聞いたライレフは楽しげに首を横にふる。


「この者を補助すると言った言葉を反故にしているではありませんか」

「すでに死した者に何、を…………」


 自分で言って嫌な予感がした。

 ライレフを召喚した時に覚えた不安が蘇る。


 本当に、死んだのか?


「…………ヴェラットは違う」

「トラウエン!?」

「お前が召喚者、契約者と呼ぶのは僕だ。僕が残ればそれで」

「駄目よ、トラウエン! ずっと一緒だと言ったじゃない!」


 悪魔の手の内に、族長が生きているかもしれない場所に残して逃げるわけにはいかない。


「えぇ、確かにそちらはいらない」


 ライレフの目に殺意が宿り、同時に喜悦の表情を浮かべて私を見下ろした。


 命の危機だというのに、嫌に思考が冴える。

 これはライレフの罠だ。

 私を人質に契約者として縛るはずのトラウエンを意のままにするつもり?

 いえ、そんな単純なはずがない。

 殺意は本物なのだから、私を殺してトラウエンを暴走させる?

 そうだ、そのほうがライレフにとっては望ましいだろう。

 ヘイリンペリアム首都が攻められ魔王もやる気がない中、ここからまた戦火を広げようと思うなら私たちの族を掌握できれば可能だ。


「なんの欲もないあの司祭がこれだけの戦火を撒いた。ならば、求める者を失ったあなたがどれほどの惨禍を引き起こすか、とても楽しみです」


 いつの間にかライレフが私の後ろに立って笑う。

 振り返った時には、鋭利に伸びたライレフの爪が首を狙って振るわれていた。


 爪が私の首に当てられる直前、トラウエンが私を引っ張り自分と体を入れ替えるのを、何もできずにただ、見ているしかない。

 叫んだはずの声は音にもならず消える。


「む…………そこまでとは」


 ライレフの爪は私を掠めてトラウエンの胸へと突き刺さった。

 その光景に硬直していた喉が動く。


「…………トラウエン! いや! そんな! いやぁぁああ!?」


 ライレフが爪を戻すとトラウエンが私の腕の中に倒れ込んだ。

 必死に抱き留めたけれど、すでに、トラウエンは動かない。


 触れているのに何も感じない!

 こんなに私が呼んでいるのに!?

 声に出さなくても通じ合えていた、あの感覚が零れ落ちるように消えていく!


「あ…………あぁ、…………あぁ!? トラウエン! トラウエン!?」

「はははは!?」


 私の悲鳴を掻き消すように、突然笑い出すライレフ。

 けれどその傲慢な顔には覚えがあった。


「…………族長…………?」

「そうだ、この愚か者どもめ! 私は悪魔との賭けに勝った! ははははは!」


 馬鹿みたいに口を開けて放たれる哄笑がうるさい。

 けどもうなんでもいい。

 これは紛れもなく悪夢だ。

 トラウエンが私を置いて逝き、こんな男と一緒に残されるなんて。


 だったらもういいよ。

 トラウエンの声にならない気持ちが触れた肌から伝わったのか、私の心底からの思いだったのかはわからない。

 けれどその思いは抗いがたかった。


「はは…………! うん? なんだ、死んだか」


 隠し持っていた短剣を突き立てるのと同時に、そんな言葉を聞いた。

 そこには壊れた道具を惜しむ程度の情さえない。


 知っていた。

 だからこそ私は満足してここから逃げられる。


「酷い…………」


 最後に聞こえた族長ではない声に、聞き覚えがあるような気がした。

 けれど、もういいか。

 そう、もうこの世界なんてどうでも良かった。


 あぁ、トラウエン。

 一人にはしないわ。

 いつまでも一緒だと言ったあなたとの約束を私は果たす。

 さぁ、逃げましょう。

 ここではない、何処かへ。






 ライレフを捜して首都から出た僕は、双子がいるとウェベンがいうテントから異様な笑い声が響くのを聞いた。


 そして駆けつけた時には、ヴェラットという流浪の民の双子の女の子のほうが、短剣で首を掻き切った直後で。


「なんだ、死んだか」

「酷い…………」


 あまりにも情のない言葉に思わず呟く。

 するとライレフであったはずの者が僕とウェベンに気づいた。


 浅黒い顔にはわかりやすく疑問と驚きが浮かぶ。


「何? 魔王はどうした?」

「そっちこそ、ライレフはどうしたの?」


 たぶん違う。

 うん、これは悪魔のライレフじゃない。


 となると、もしかして依代の…………?

 えー? 本当になんで笑ってたのさ。ひどすぎるよ。


「悪魔などそれこそどうでもいい。私こそ、高潔なる栄光の一族の族長である…………」

「流浪の民だよね。自分たちではそんな立派なだけの名前名乗ってるの?」

「黙れ獣風情が!」


 怒鳴るとそれが吹き荒れる風になってテントを引き千切って飛ばす。

 そんな力に族長自身が驚きの表情を浮かべた。


 手を見てたと思ったら拳にしてまた哄笑し始める。

 うるさいな、この人。


「ははははは! 素晴らしい力だ! 悪魔ライレフの力を全て奪ってやったぞ!」

「あら、聞き捨てならないわね」


 そう言って現れたのは不機嫌そうに蛇の舌を出し入れする悪魔のアシュトルだ。

 別方向からペオルとコーニッシュも現れる。

 なんかウェベンを睨んでるけど、どうしたの?


 確かヘイリンペリアムの首都に入ってからは、アルフと別れて悪魔たちは独自にライレフを捜してたはずだよね。

 あ、僕を案内したウェベンに先越されたから怒ってるのかな?


「あぁ、わかる。知っているぞ! 悪魔アシュトル! 妖精王などに迎合する堕落者め!」

「本当にライレフから主導権を奪ったというのか? ただの人間が、ありえん」


 恐ろしい姿をしたペオルにも怯まず、族長は乱暴に手を振って火炎放射をぶつける。

 けどコーニッシュが何処から出したのか、中華鍋みたいなもので炎を巻き取ってこともなげに端に寄せた。


「ふ、この程度の児戯はしのげるか」


 あしらわれたのに偉そうだなぁ。

 今ペオルに攻撃したのは、疑われたからだろうけど。

 栄光とか力とか言う割にみみっちくない?


「私は悪魔との賭けに勝ったのだ。そして自らの命を取り戻し、悪魔の力さえも奪い取った! もはやこの力さえあれば雌伏など必要ない! いや、魔王さえももういないのならば、私が新たな魔王としてこの地を支配してやろう! 全ては私のもの! 私の糧となれ!」


 あぁ、完全に力に酔ってる。

 どうやら僕たちと会話する気もあまりなさそうだ。


 で、こんな強気なだけの人間が魔王に?

 それはきっと荷が重すぎるよ。

 あの魔王でさえ失敗したんだから。


「まぁ、いいか。ウェベン、必要な記憶取ってくれる?」

「仰せのままに」


 この人がブラウウェルの友達をヴァシリッサと一緒に陥れた相手ならやることはやっておかないと。

 ウェベンは従僕を自称してるし、返事をしたならそこはやってくれるはずだ。

 じゃ、後は簡単だ。


「僕が用があるのは君じゃないんだ。抵抗するなら早く終わらせてね」


 遠慮する必要を感じない僕の言葉に、族長は浅黒い顔を盛大に顰めた。


一日二回更新(次回十八時)

次回:笑う死体

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