441話:人間らしさ
捕まえたヴァシリッサは、ローズ殺害を指示したのはヴァーンジーンだと言ってた。
けどシアナスが手を下したとは言ってない。
その裏切りを知ってて言わずにいたランシェリスは相当の我慢してたんだろう。
ヴァーンジーンを捕捉した今、抑える必要はない。
けどランシェリスはシアナスを見ずにヴァーンジーンに目を据えてる。
「ねぇ、ウェベン。ここから見るだけ? 向こうに行けない?」
「お任せください、ご主人さま。こちら扉にもなっております」
なってるんだぁ。
魔王何作ってるの?
暗い中でウェベンが伸びあがって上にある何かの仕掛けを手探りで捜し始める。
上を探り終えると次は下を手探りし始めた。
「しかしご主人さま。もうここでやることはないのでは?」
「シュティフィーがね、致命傷を一度だけ無効にしてくれる葉っぱをランシェリスに三枚あげたんだ。でケイスマルクに行く前に、一枚がジッテルライヒにあるって聞いててさ」
「なるほど、殺された副団長とやらが持っていたと?」
「使われてないって言うし、一緒にいたシアナスが裏切ってたなら、葉っぱのことも知ってる。事前に抜いてたんじゃないかな」
そう考えるとローズが持っていた葉の行方は?
シアナスが持ってたらたぶんシュティフィーが気づくはずだけど、そんなこと言ってた様子はない。
だったら持ってるのは、今改めてランシェリスに剣を向けられてるヴァーンジーンだ。
「あの余裕が葉っぱで死を回避できることを予期してのことなら、ランシェリスが攻撃した後の隙を突いてくるんじゃないかなって」
「…………あの者にそんな気力があるかどうか」
僕の予想にウェベンは意味深に呟いて立ち上がる。
ちょうどランシェリスが刺突の構えをしていた。
さっきの上段から振り下ろすような隙の多い攻撃じゃない。
覗き穴がある壁が一枚の扉になり、開いて出た時足を負傷したシアナスが動いた。
「ランシェリスさま!」
ブランカが警告と同時に矢を射る。
けど外れた。
シアナスは得物を取りに走ると見せかけてフェイントを入れたせいだ。
代わりにランシェリスの剣の前に身を躍らせた。
そこに、ランシェリスの狙い澄ました刺突が突き刺さる。
「…………シアナス」
庇われたヴァーンジーンが倒れるシアナスを抱えて床に座り込む。
ヴァーンジーンを狙った一撃を代わりに受けて、シアナスは首を切られて血を吐いた。
「あんな、高慢な女、死んで当たり前でした。騎士を、名乗る、のも、おこがましい、副団長、なんて!」
シアナスは血を吐きながらランシェリスへ攻撃的な言葉を向ける。
「世界に、なんの、寄与もしない! 美しくあろうと、無駄な、努力、ばか、り! この、姫騎、士自体、間違った、存在、だと、私は…………!」
ローズやシェーリエ姫騎士団を罵倒するけど、そのほとんどはうるさいほどに鳴る空気の音で掻き消された。
けど、聞き取れる言葉だけで突然の裏切りに茫然としてた姫騎士がいきり立つ。
「私、の、判断、で、副団、長は、殺し…………ごぼ」
「言いたいことはそれだけか。…………あなたも無駄なことはしないでいただこう」
ヴァーンジーンがシアナスの陰に隠れて右手で何か触るのを、無表情を貫くランシェリスが剣を一閃して阻んだ。
ヴァーンジーンの手からはシュティフィーの葉が落ちる。
剣の鋭さはランシェリスの押さえ込んだ感情をよく表していた。
だからこそ僕は必死に罵倒するシアナスの下へ向かう。
「シアナス、それ以上言うと、冥府でローズに会った時に謝れもしないよ」
「フォ…………」
「ローズを殺したことで錯乱しそうになってたのに、今さらそんな風に悪ぶっても、誤魔化せないんじゃない?」
「わ、たし、は…………」
それ以上言えずにシアナスは盛大に血を吐く。
もう何も吐けなくなると息も細くなった。
「死んでしまうんだし、最後に残すのは自分の遺したい思いだけでいいじゃないか」
「わ…………愛、し…………ご…………な…………」
「うん、おやすみ」
最後は謝ってたけど、それは僕に対してじゃなさそうだ。
だから許すとも何とも言わず別れの言葉を返した。
激しかった息の音もなくなりシアナスの目から光が消える。
するとシアナスを抱えたままのヴァーンジーンがゆっくりと目を閉じさせた。
「それで、君は何がしたかったの?」
「魔王はどうしました?」
あ、僕には敬語なんだ。
僕と違ってランシェリスたちに親しみ感じてるんだったら、ローズ殺す必要ない気がするんだけどな。
「倒したよ」
「妖精王が?」
「僕とアルフで。なんかやりたいことやって、気に食わない結果になったから八つ当たりして消えてった」
八つ当たりって言葉にヴァーンジーンが目を瞠る。
そう言えば使徒って神さまが遣わしたっていう特別な扱いなんだっけ?
「驚くことないでしょ。魔王も君と同じ人間なんだから。やるせなくて暴走することもあるんじゃない?」
「は…………魔王さえ、あなたの前ではただの人ですか?」
なんか今までと違う笑い方で、ちょっとニヒル? って、あれ?
「もしかしてシアナスが好きな人って君か。ロミーが知ったら喜びそう」
思わず言ったらヴァーンジーンに真顔になられた。
ランシェリスにも窘められる。
「フォーレン、無事を喜ぶこともせずに申し訳ないが、できれば我々の汚点となるべきシアナスのことは、吹聴しないで貰いたい」
「あ、ごめん。うん、言わないでおくよ。アルフにも口止めしておく」
絶賛僕の目を通して覗き見中だろうし。
今は首都の中で起きてる残党の戦いを治めに別行動してるんだけど。
「君は目的言わない? 魔王の目を通して、あの神殿長とか呼ばれる人たち逃がしたの見てたんだけど?」
「何!? それは本当ですか、フォーレン?」
驚くクレーラで思い出したけど、首都で何してたか知らないんだよね。
「あと、西の人間たちが魔王石持って侵攻しに来てるらしいよ。魔王が言うには、ヴァーンジーンは西と通じてた人たちを排除したんだって」
「排除…………あなたは…………」
ヴァーンジーンはもう何も言わないと言うように目を閉じた。
すると背後で羽根を広げる派手な音がする。
もちろん赤い羽根をこれ見よがしに打ち鳴らしたウェベンだ。
「それではわたくしがご主人さまの疑問にお答えしましょう!」
「えー?」
「まずその者は本心よりヘイリンペリアムの腐敗を憂いておりました」
なんか悪い顔してるんだけど、話し続けるのかぁ。
「しかし以前に改革の前段階の一歩を推そうとした途端に失脚。表からは権威の圧力に潰されるだけと悟り、裏でヘイリンペリアムの腐敗の証拠を集め出したのです」
「良く知ってるね」
「はい、ご主人さまがお戻りになられればその知的好奇心を満たそうと成されることは推察できましたので!」
すごい得意げだ。
実際こうして聞いてるし間違ってはいない。
そんなウェベンが語るところによると、ヴァーンジーンは西の侵攻を察知した。
けどヘイリンペリアム上層は止めるどころか西に抱き込まれた人間が多い。
しかも西は魔王以後、使徒を信仰の対象から除外してる宗教らしく、ヘイリンペリアムが襲われたらこっちの宗教では大事にされてる神殿が潰されるのは目に見えてる。
「しかし思うように動けない。ならば、動く大義名分を作ればいい。折り良く流浪の民の蠢動も察知したのです。ヘイリンペリアムから遠い地には火種が多く、ビーンセイズの老王も健康状態が芳しくなかった。これを好機と見て流浪の民に接近し、利用しようと考えたのです」
「そこら辺は、うん。なんとなくわかるよ。けど魔王が実際僕の中に復活しちゃったんだけど? もう神殿守るとかじゃなくて、西ごと魔王が平定してたかもよ」
「ご主人さまは、あれがそれを成せる魔王本人だと?」
「生前と同じではないけど、確かに魔王本人ではあったよ。色々物知りだった」
「さすがはご主人さま。己を貶めた相手からさえ知識を得ようとは。ただ生前と同じではない、生前ほど厄介な相手ではない。そうこの者は考えたのです。であれば、魔王を名乗る者を志ある者が倒せば、英雄の誕生です」
なるほど、そう言う筋書きか。
つまりヴァーンジーンは混乱を起こして邪魔者を排除し、その混乱を収束させる英雄の役割を姫騎士に求めてたんだ。
「姫騎士なら自分で乗り込んでくるし、アルフとも協力関係だったもんね。人間の中で魔王討伐に功績があったのは誰かって聞かれたら姫騎士だって僕たちは言うよ。他の人たちいないし」
「ふざけるな!」
言葉もなく僕とウェベンの言葉を聞いてた姫騎士の中で、ランシェリスの怒りが爆発した。
「そんなことのためにローズを殺したのか!? 私たちを復讐心で邁進させるために!? こんな、シアナスも、道連れにして…………!」
目を閉じたままのヴァーンジーンに、ランシェリスは一度握り直した剣を振り下ろす。
そのまま空を切った剣先を鞘に押し込んだ。
「…………殉教など、させてやるものか!」
ここで殺されたらヴァーンジーンは信仰のために身を尽したことになるってことかな。
その決定に僕が口を挟む必要はない。
ただシュティフィーの葉を拾うためにヴァーンジーンの近くに屈みこんだ。
「神は死んだとでも開き直って、人間のためにって大手振って行動しても良かったとは思うけどね」
「…………は?」
ヴァーンジーンが目を開けて僕を信じられないように見る。
あ、ランシェリスたちも絶句してる。
どうやらニーチェ先生の言葉は刺激が強すぎたようだ。
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