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440話:姫騎士のけじめ

他視点入り

 激しい戦いだった。

 私たち姫騎士は傷を負わぬ者はない、白い鎧も汚れぬ者はない。


 襲い来る狂信者を倒し、食らいつこうとする悪魔を倒し。

 時には邪悪な魔法に阻まれ、奸智の罠に陥れられ。

 それでも私たちは生きて地下に敷かれた迷宮の最奥に至った。


「何故ヴァーンジーン司祭はこんな所に逃げ込んだ? 逃げ場などないのに」


 そびえる扉の前で漏れた私の疑問に、新たな片腕となったクレーラが答える。


「あれだけの防御を敷いたことで慢心していたのでは?」

「そんな相手では…………いや、いい。やるべきことは変わらないのだから」


 私は背後に指示を出して扉を開けさせる。


 そこには何もなかった。

 いや、作りつけの装飾はある、床には珍しいタイルが敷いてある。

 けれど迷宮の最奥というには作りかけのようながらんどうな空間が広がっていた。

 飾り立てた玉座でも置けば見栄えはするだろうが、そこにはヴァーンジーン司祭が一人立っているだけだ。


「やぁ、来たかい」


 親しげに声をかけて来るその顔には、以前ジッテルライヒで別れた時と変わらない笑顔があった。

 魔王に侵略された首都では似つかわしくない、どころか裏切った私たちに向けるべきではない表情だ。


 だからこそここのことを吐いたヴァシリッサの言葉が真実だと思わざる得ない。

 ヴァーンジーン司祭は最初から人間性の欠如した狂信者だったのだと。

 同時にわからないのはヴァシリッサが私たちをヴァーンジーン司祭のお気に入りと言っていたこと。

 私たちに対しては口調が違うそうだけれどそれだけで?


「おや、挨拶もなしかな?」


 剣を構え一歩出る私に、ヴァーンジーン司祭は左手を上げる。

 そこには包袋があった。


 ヴァーンジーン司祭が解いて露わになった手首には、赤い茨のような痣が隠されていた。

 落ち着けようとしていた心が波立つ。


「やはり! ローズを殺したのはあなたか!?」


 あれは従者パルの名を継ぐ副団長にのみ継承される秘儀、死に瀕してのみ使える奥の手。

 受けた者は激しい痛みと血が流れ続けるような虚脱感に襲われるはずなのに、ヴァーンジーン司祭に変化はない。


「副団長を…………よくも!」

「待て!」


 姫騎士の何人かが逆上して先走る。

 痣はあるのにそれによって起こるはずの不調の影が見えない、そのからくりを知らなければ返り討ちもあり得るのだ。

 私は懸念の下に制止するが、隊長格もいるせいで部下である姫騎士が従い次々にヴァーンジーン司祭に剣を振り上げた。


 ヴァーンジーン司祭は慌てず右手で指を鳴らし魔法を発動する。

 やはり罠があり、タイルだと思っていた床から六角形の柱が次々にせり出して姫騎士に痛打を与えた。

 それだけに留まらず、その六角柱の一面が開くと中から糸をより集めて作ったような生き物が現われる。


「北辺に住む幻象種で、湿潤な大地という意味の名前を持つらしいけど、すでに発音が失伝しているんだ。雨を降らせることができて、糸つむぎが得意なんだそうだよ」


 六角柱全てから太い糸を巻き付けて作った人形のような幻象種が出て来る。

 丸く大きな頭に顔はなく、凹凸のない胴体には長い腕と短い足があった。

 幻象種であるなら、ヴァシリッサが修めたような禁術の支配下にあるのだろう。

 名も忘れられた幻象種は、ヴァーンジーン司祭を守るように立ち上がっていた。


 機動力はあまりないと思われるが、この場面で出してくるなら油断はできない。

 私は手で指示を与えて隊ごとに動くよう命じる。

 幻象種は全部で六体で私たちより大きいため固まってると危険だ。


「分裂した!? いや、形に応じて性能が違うのか! 攻守を別けて仲間から離れるな!」


 糸の幻象種は軸に糸を巻き付けたような人形を作り出した。

 それは騎馬、それは魔法使い、それは狩人と形で見てわかり、それぞれが姿に応じた能力を持ち襲いかかる。


 幻象種は身を削るように糸をほどいて人形を作るものの、人間に比べれば見上げる長身。

 六体だと思っていた相手が一気に三十体の武装集団に変わった。


「怯むな! 我らシェーリエ姫騎士団は死地にあっても屈さない!」

「副団長の仇を前に退くことはありません!」


 私の鼓舞にクレーラが応じる。

 ここまでの激戦で体力も尽きそうなはずなのに、誰の目にも恐怖はなかった。


「奥の本体を倒せば人形は消えます! 弓は固まって本体を叩きなさい!」

「くそ! 人形には火が通じるのに本体は水を放ってくるぞ! 気をつけろ!」

「逆手に取れ! 水を凍らせろ! 魔法を使える物は私に続けぇ!」


 戦う間、ヴァーンジーン司祭は逃げる様子がない。

 六角柱が防御壁でもあるのか、そこから出ないのを私は観察しながら剣を振る。

 攻撃を誘引してヴァーンジーン司祭を狙うこともしたが、やはり六角柱を盾にする以外の動きはない。


 そうして糸の幻象種を倒した後、やはりヴァーンジーン司祭はその場にとどまっていた。


「逃げないのですか?」

「不思議そうだね、ラファーマくん。答えは簡単だ。私はもう目的を果たした。この国の膿を絞り出すという目的をね」

「確かに腐敗していた。けれどそれだけのためにいったいどれほどの人間が惨劇に巻き込まれたと? こんな行いが正当化されるわけがないことをあなたならわかるはずだ!」

「膿は傷口からしか絞り出せない。血が流れるのは必然だよ」

「復活した魔王に手を貸して何が必然ですか!?」

「まさか本当に復活するとは思わなかったんだ。それでも魔王も妖精王たちに倒される。味方の数が違いすぎるからね。それが終われば魔王復活も過去のことだろう」


 変わらない笑顔でわかった。

 この人は変わらない、変わる気がない。


 きっと言葉の限り詰っても、ローズを殺した理由など言いはしない。

 だったらもういい。

 かつての上司の思想が同じ神を仰いでも決して私とは交わらないのなら、邪悪な試みはここで終わらせるべきだ。

 志半ばで斃れたローズのためにも。


「あなたには、神に祈る時間もいらないでしょう」

「そうだね、もう飽きるほど祈ったよ」


 聖剣を振り上げる私に、ヴァーンジーン司祭は笑顔で剣先を見上げた。


 瞬間、背後に迫る足音。

 肩越しに振り返ると、病んだような光を目に宿したシアナスが剣を私に向けて駆け寄って来ていた。






 僕はウェベンの案内でヘイリンペリアムの地下へと踏み込んだ。

 迷宮と呼ばれる地下施設があって、あっち登って、降りて、こっち右に左にってなんだか新宿駅みたいな場所。


「下水と浄水を別けたことと、雪解けに際して河が氾濫することもあったため排水施設も別に作ったそうです。魔王は長年の治世でいくらでも手を入れる時間と富があったために…………おっと、近いですね。ここからは静かに行きましょう」

「喋ってたのウェベンだよ」


 僕たちは一人しか通れないような狭い壁の中を進んでる。

 ここは保守点検用の通路で、他の広い通路は罠が張ってあったり、エイアーナ地下のようにモンスターが放し飼いにされてたりするらしい。


 ウェベンが行き止まりに辿り着き、手招きされて寄ると壁の一部を押して微かに横長の隙間を開けた。


「こちら、覗き窓になっております。おや、防衛機構の幻象種が放たれたようですね」


 糸のようなものが巻きついた幻象種が倒れてるけど問題はそこじゃない。


 僕たちが覗き見た瞬間、ランシェリスがヴァーンジーンに剣を振り下ろそうとしていた。

 そして後ろからは、シアナスがどう見てもランシェリスの背中を狙って剣を持って駆け出してる。


「う゛…………!?」


 くぐもった声を上げてシアナスが倒れると、ランシェリスは冷静にシアナスの握ってた剣を蹴って遠くへ飛ばす。


「良くやった、ブランカ」

「ひっ、ひっく、は、はい!」


 顔を真っ赤にして涙を我慢するブランカが、シアナスのふくらはぎに矢を貫通させていた。


「おや、気づいていたのかな?」


 ヴァーンジーンはちょっと驚いてるけどそれだけだ。。


 いっそ成り行きがわからない僕のほうが内心動揺してるんじゃない?

 あ、他の姫騎士も目を剥いてるなら知ってたのはランシェリスとブランカだけか。


「シアナスがローズを刺したことは、死亡を報告された時からわかっていた」

「な、何故!?」


 声を上げたシアナスだけじゃなく、僕も他の姫騎士も驚きすぎてランシェリスを見つめるしかない。


「刀身を変えたところで、柄の内側にまで流れ込んだローズの血を拭いきれていない。焼きついたローズの死に際の目印を、私が見逃すと思うな!」


 ランシェリスは耐え切れないようにシアナスを睨む。


 ランシェリスはここまでシアナスを連れてた。

 ローズを殺したと知ってたのに、何も言わなかったのはこうして抑えるため?

 ブランカをつけていたのも、状況から考えて裏切りを働いた時には即座に対処させるためなんだろうけど。


「泳がせておけばローズ殺しを指示した者が現われると思っていた」


 今にして思えば、ケイスマルクでもランシェリスは明らかに顔色の悪いシアナスに目を向けてなかった。

 ローズの死で余裕がないとか、魔王石関連でもっと大変な仕事が目の前にあるとかそういうことじゃなく、あえて気にしていない風を装って泳がせていたらしい。


 けどそのシアナスには廃人になりかねない精神操作がされていた。

 僕だったら敵に利用された被害者と思ってしまいそうだけど、ランシェリスは今この瞬間までシアナスを疑い続けていたんだ。


「けれど、黒幕の暴露はあのダムピールのほうが早かったな」

「ヴァシリッサだね。やれやれ」


 言いながら、やっぱりヴァーンジーンは怯えも抵抗も見せない。

 目の前で隠し玉のシアナスが無力化させられてても、今もまだ自分にランシェリスの剣が向けられていても。

 これはすでに死を受け入れてるように、僕には見えた。


毎日更新

次回:人間らしさ

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