435話:精神の戦い
「うん、わかる。魔王に操られる体がどう動いているのかわかる」
空の暗雲はちょっと晴らしたくらいじゃまた覆われてしまうけど。
「つまりこれが主導権を奪われてる状態を表してる。けど僕の体だ。返してもらうよ」
「今代の妖精王と話していて思いついた。まだ使う」
「いや、使わないでよ。それで僕の友達攻撃してるんだし、はいそうですかなんて言わないからね」
魔王が全然悪びれないどころか、いっそ開き直ってる。
何思いついたんだよ。
僕の体奪ってまでするようなこと思いつく会話してた?
って、体のほうで戦ってるアルフに罠仕掛けようとしてるな。
派手な装飾と黒い刀身の魔法剣をオート制御みたいにして攻撃してる。
その足元ではのこぎりのような刃を下からアルフに向けて接近させてた。
「させないよ!」
精神世界に現れた魔王へ、僕はユニコーンの足で走り寄る。
僕の姿をしてても人化したままの魔王は、対応しきれず草の上を転がって避けた。
僕がUターンして魔王を蹴り上げようとするのを避けながらでは、さすがに魔王もアルフへ攻撃する余裕を失くす。
「あの暇な神と大人しくしておけばいいものを」
「暇な神はわかるけど僕が大人しくしてる理由ないでしょ」
アルフとは魔法戦で、僕とは肉弾戦。
と言っても馬と人間だから一方的に追い回す形になってる。
なのに魔王は魔法戦を継続してるんだから本当に器用だ。
その器用さ、もっと他に使いどころあるんじゃない?
「君、別に滅びを望んでるわけでもないし、人間全般に対して怒ってるわけでもないのに、なんであんな怪獣みたいな悪魔召喚して無駄に破壊するの?」
魔王がむっとしたかと思うと、逃げ回っていたのが一転攻撃にでる。
わ、精神世界なのにアダマンタイトの鎌出した!
咄嗟にジャンプして避けて良かった!
僕の後ろ、軽く五十メートルは草刈られてる!
「無知が知ったように言うな。悪魔は一種の浄化装置だ。歪んだ精神の力を吸収して呼び出される。あの神の仲間が生み出したことを考えれば、倒して人間の歪を解消するまでが悪魔に課せられた役割だろう」
「え、そうなの? うーん、救いがないね」
怪物に過去がないように、悪魔も結局はそう設定された道具に過ぎない。
道具は消費されて当たり前で、そこに感情が宿るなんて神は考えてなかったんだ。
けど僕はもう悪魔たちに個性があり、個性を出すだけの精神が宿ってることを知ってる。
はいそうですかって、道具として消費させるわけにはいかない。
「文句なら、あれほどの悪魔を呼び出せる歪を溜めこんでいたこの国の人間に言え」
つまり悪魔召喚のためのゾンビ地帯を作っていたヴァシリッサもまた、魔王からすれば人間の自業自得?
「いや、それだけ聞くとなんか世直し風に聞こえるけどさ。君の場合、やってることって神の魂持つ僕に対する八つ当たりだよね?」
「我慢ならないから浅慮な人間の思惑も眺めるだけにしたが、特に理由もないことだ。俺の行動などそれでもいい」
「いや、良くないから。やめてよ。というかせめて理由あってよ。僕巻き込まれ損じゃん」
「ふん! 偶然蘇り、偶然神の器に宿り、偶然自我を取り戻す機会を得た。こんな馬鹿な偶然、俺の埒外だ!」
「えー!?」
魔王は繁栄させる気なんてないけど、だからって滅ぼそうとかもないようだ。
「今の混乱も魔王石を取り返しに乗り込んで、イラッとした人を攻撃しただ」
「ちょ…………」
「本格的に争いを巻き起こしてるのは人間と悪魔に他ならない。言ったはずだ。俺の目的はすでに達している」
確かに、たぶん魔王がやってなかったら悪魔たちかヴァーンジーンがいずれヘイリンペリアムをやってた。
けどそうなると無駄に犠牲を増やした上で長引いてたんだろう。
だから魔王は自ら動くことで最短を選んだ。
そこから混乱を広げたのはライレフや悪魔を利用しようとした双子、そして五百年暗躍して鬱憤の溜まってた流浪の民。
「君がここから動かず静観してたのは知ってるよ。けど降りかかる火の粉は払うだけで、このまま人間放置するの? 自業自得だからって?」
「…………いっそ否定するのなら潔く俺の全てを破棄すれば良かったのだ。五百年前、俺を悪として討っておきながら善を復古できなかった者たちの落ち度でしかない」
ヘイリンペリアムに限らずこの大陸の東側には魔王の痕跡が幾つもある。
それを人々は利用して恩恵を得ていた。
けれどそれをした魔王自体は使徒としても扱わず存在を否定し、なのに魔王が遺した物を利用し続けようとしてる。
いいとこどりな狡さが気に入らないのかな?
だからイラッとして手を出した?
いや、現状は人間たちの自業自得で自分が責められるいわれはないと言いたいのかもしれない。
「魔王を否定して敵認定。だから復活したら即戦争。その上防衛もそれに頼ってたからこの国もこのありさまってことか」
確かに使徒としてありがたがってたらこうはならなかったし、否定するならするで徹底してればここまでの被害にもならなかった。
「だからってやっぱり僕とばっちりじゃないか」
「ぬかせ。自分から面倒ごとに首を突っ込んで回っておいて。宝冠の宝石が危険だと聞いていてなお興味本位に触れたことこそ自業自得だ」
「こんな時限式の罠あるなんて気づかないって!」
魔王は僕にアダマンタイトの鎌を当てようと隙を狙う。
僕は機動力を生かして走り回りつつ、魔王を踏もうと駆け抜けた。
どっちも当たったら危ないから、近づいても回避してまた近づいての一進一退。
これは隙作ったほうが一撃痛いのを貰うことになりそうだ。
「それで? 他には何してたの? 君が意味もなく座ってただけなんて思えないんだけど」
「本当に小賢しいな。それは神ではなくお前自身の性格か?」
「色々違いはあるけど、神の世界を知って他と考え方が違うっていう点なら君と同じだよ」
魔王が詰まるのはどうやら、生前に思い当たることがあったようだ。
まぁ、この世界に生まれた子がいきなり科学文明の知識と倫理で行動したら鼻につく人もいるから、小賢しいなんて言われたことくらいあるんだろうね。
「もはや幻象種として生まれたのであれば人間に関わるな。お前のような常識外れに関わると俺でも人間の無力さに諦めを覚えそうだ」
「あ、なんだ。君は自分が人間だって意識はあるんだ」
思ったこと言ったら今度はアダマンタイト使ってすごく太い雷撃って来た!?
「ちょ!? もう! 結局君、自分が人間のために何かしようって思った初心忘れてないんでしょ!で、神が別に人間全体をどうにかできる権能とかないから、もう人間の自浄作用みたいなのに任せようって、ラスボスみたいに座ってるんじゃないの?」
だから人間以外のアルフが来て争ってる。
人間が来てたら、あれ?
「ヴァーンジーンがしたいこともそういうこと? 救世主とか言ってたけど、つまりは魔王倒して絶対正義みたいになった人が、宗教立て直さないかなって? 変なところ他力本願すぎない?」
「別段奴の考えに賛同するわけではないが、付け加えるならば西からの圧力に対抗するために結束が必要だったのだろう」
言いながら、アダマンタイトを地面に突き立てる魔王。
僕の精神世界を崩壊させるように地面が隆起して草原が瞬く間に荒れて行く。
見てられなくて咄嗟に大きく足を踏み鳴らした。
すると地面が押し返されるように元の位置に戻り、精神世界への攻撃をなんとか抑えられたようだ。
ここ壊れたら魔王も巻き込まれるのに危ないことするな。
「ここに来て情報を集めた限り、西から介入があっている。俺が死んでからずっとだ。初めこの国は東の人間たちが西の人間に搾取されることを拒むため、宗教を盾にした」
戦後、魔王を倒すことを国是にしていた大陸の西は大打撃を受け、逆に魔王に守られてた東の国々は無事で済んだ。
だから西の人間たちは東を敗戦国として植民地のようにしようとしたらしい。
アイベルクスやジェルガエの元になった国のようにいち早く魔王と袂を別って独立した国も大陸西の負債を賄わせようと狙われた。
エイアーナ辺りの西と船の往来ができた国々は早い内に割を食ったんだとか。
「ほぼ座ってたけど、細々動いてる間に調べたの?」
「この国の歴史と訴訟関係の書類を持って来させただけだ」
なるほど。
歴史は脚色だけど訴訟、それも国同士となればお互いの立場からの言い分と結果が事実として書かれてる。
照らし合わせればある程度事実に近いことがわかる。
「あー、その攻めやすいエイアーナ辺り、今国としてまずい状態だね。つまり西の国からすると、攻めやすそうな所あるけど、魔王って言うかつての強敵がヘイリンペリアムで睨み効かせてるって状態の繰り返しなわけか」
昔もそれで魔王がヘイリンペリアムから動けなくなって、長距離砲撃を開発したってアルフが言ってた。
「東で魔王が倒れても、人間を纏められなければ西からの侵略は防げないってことか」
「勝者が人間でなければ、西の人間は東を助けるなどと屁理屈をこねるだろうな」
「それ、妖精王でも駄目なの?」
「結局治めるのは人間だ。そこに付け込むだろう」
なんだ。
「君、本当に魔王なんだね」
魔を滅する王で魔王。
この東の土地を守る意味での名前は、どうやら今も有効らしい。
「でもさ、それこそ人間がやり始めたことだ。元人間だとか、神だとか関係ない。僕は僕を取り戻すために抗う。あ、でも何かできることあるなら協力するのもいいよ」
魔王が変な顔した。
やめてよ。思うところある顔だけど一応僕の顔なんだから。
「度し難い腑抜けか、危機感笊の阿呆か…………」
「それどっちにしても貶してるよね?」
酷くない?
「やはり俺がやらねばならないか」
「あ、そうなるの? やらせないからね?」
なんか魔王が決意を新たにしたんだけど、やっぱり酷くない?
と思ったら異変があった。体のほうだ。
「ん? これって…………」
それは微かな衝撃。
魔王も害にはならないと放置するほどの。
けど魔王の背中にくっついたクローテリアという存在は僕の精神に影響を及ぼした。
『我が名はクローテリア!』
そう小さな黒い竜が名乗った途端、心象風景を覆う暗雲に一条の光りが差す。
僕の名づけを縁に、縁を結んだ僕の力に。
その光の場所は魔王では侵せない特異点となる。
「え、本当に? クローテリア!」
呼び返すと雲に動きが起きた。
覆うようだった暗雲が円を描いて回り出し、もうそこに雲は入り込めない。
主導権に穴を開けられた魔王は、不服そうに天からの光りを睨んでいた。
毎日更新
次回:ウェベンの寝返り




