434話:二対一
無人の広間で妖精王と魔王の戦いが始まった。
どちらも魔力が目に見えるほど膨れ上がってる。
「おい! 六人目ってどういうことだ!?」
アルフは魔法で巨大な槍を出現させながら魔王の真意を問い質す。
擲たれると、槍は激しく光って魔王に飛んだ。
「ふん、神と手を切ったお前にはもはやわかるまい。疑うなら疑え」
応じる魔王の影からは巨大な影法師が幾つも立ち上がる。
迫る槍を影法師が防ぎ光を蝕むと同時に、影法師も槍に抉られ消えて行った。
力が拮抗し両者が耐え切れず消えた時、怪獣たちの揺れをさらに大きくするような震動が辺りに広がる。
「何処にいたかくらい答えろよ!? 世界にとって大問題すぎるだろ! っていうか本当なんでそんなことに巻き込むのがフォーレンなんだよ!?」
今度は魔王が跳びあがって、上から大量の炎の矢を降らせる。
ペルンという幻象種の骨が降らせた矢よりもずっと太く早い上に、着弾と同時に爆発して少し避けたくらいではダメージを防げない。
魔王は炎の矢の向こうから見下ろした。
「気づかぬのは致し方なし。だが、疑わぬのはお前の落ち度だ!」
アルフは魔王の言葉を考える余裕もなく、迫る炎の矢に対処する。
一瞬で周囲が白くなったかと思えば、青い氷の柱が乱立して炎を飲み込んでいた。
炎の矢の爆発さえ吸収すると、青い氷の柱は崩れ落ちて行く。
そうして冷気が白く床を覆うと、アルフはそれを煙幕代わりに使って魔王の死角から襲いかかった。
落下していた魔王は、すぐさま魔法で足場を作って身を返す。
予想していたように、アルフは冷気の中から茨のような細く鋭い氷を生成して魔王を逃がさないよう網を作った。
「ふむ、ずいぶん頑丈なはずですが、さすがは使徒の戦い」
余波で死んだらしいウェベンが灰から立ち上がりながら辺りを見回してた。
「初手でひびが入り、次には装飾が割れ、三度目にはもはや倒壊の危機ですか」
魔王のいた部屋には幾重にも守りがかけられていて、屋敷のすぐ側で怪獣が暴れてるのに無事というとんでも強度がある。
ただそんな一室のはずが、使徒二人の攻撃で次々に損壊していき、早くも床板は粉々で柱が幾つも抉れ、壁は傷だらけだった。
「悪魔同士の戦いでもこれほどの大魔法のぶつけ合いはおいそれと見られ、ぶほぉ」
アルフが緑色の電撃の球を幾つも発生させる。
放電を始めると有刺鉄線のようになって魔王に襲いかかった。
それを魔王は激しい竜巻を起こして無為に放電させることで対処する。
ただその放電がウェベンに飛んで燃え上がらせたのを二人は気にも留めない。
「あぁ、もう! 思わせぶりなこと言いやがって! ともかく一回お前フォーレン返せ!」
「腑抜けたことを抜かす暇があるなら抗え! もはや用はないが返してやる義理もない!」
ちょ!? 魔王!
異議あり!
ねぇ、聞いてよ! っていうか、これ聞こえてる!?
魔王ー! アルフー!
「用がないならお前は冥界に行けよ! 魔王石もついでにどうにかしろ! 迷惑だ!」
「ふん! この宝石はもはや元には戻らん! だからこそ回収せねば俺の恥だ! とは言え、欲に駆られて自滅するなど人間の愚かしさはわかっているだろう。迷惑だと? ほざくな!」
「そういう気概あるなら自力でやれよ! っていうか、死ぬ前にやれ! 人間が誘惑に弱いのなんてわかってんだろ! その欲が、惹かれやすさが、飽くなき探求と進化を生むんだ!」
「ならば元はと言えば貴様らの自業自得ではないか! 妖精王を名乗るのならば自分でやれ! 神にそうあれと作られたのならばな!」
不毛な言い合いと魔法合戦の中で、アルフは魔王と距離を詰めようと動いてる。
たぶん僕との精神を繋ぎ直すために体に触れようとしてるんだ。
魔王もそれわかってて近づけさせずに一進一退で大魔法をぶつけ合った。
僕はどんなに呼んでも聞こえない二人の戦いに一度目を閉じる。
「…………いつまでも見てるだけじゃいられないよね。これはチャンスだ」
僕は心象風景で覗き込んでいたパソコンから顔を上げた。
室内は色んな灯りを並べた店舗風で、こう変わってからちょっと思ったことがある。
「いや、このワンルームが神の用意した物だって知った時から、思ってはいたんだよ」
人間に生まれ変わって死んで、人間と幻象種とのハーフに生まれて死んで。ダークエルフに狙われて死んで、戦乱に巻き込まれて死んで。
そうしてできたとんでもない数の白いワンルームで構成された宇宙。
けど形は一律、白い壁のワンルームだった。
「それってさ、精神の在り方を固定されてるってことなんじゃないの?」
たぶん見てるだろう神に聞いてみるけど答えはない。
「グライフとか色んな幻象種に言われてたんだよ。僕、変だって」
それは前世のせいだっていうのは間違いないし、もうこうなったら疑いようもない。
ただ変なのは前世に影響された考え方だけじゃなかったって点だ。
「グライフは自分で人化できるのに、僕無理だった。で、幻象種って半精神体って呼ばれる造りしてるんだよね。体変化させるのに、精神が関わってるんだよ」
最初から僕の心象風景は、この世界の人間でも知らないはずの近代的なワンルーム。
そりゃ、体が物質体と精神体でできてるはずの幻象種から見ればおかしいよね。
ユニコーンの体のどこにワンルーム要素が入るんだか。
「肉体は精神と混ざってて分割できないのが普通みたいだし」
ワイアームと初めて戦った時に散々不思議がられたのは、僕が精神を分割できること。
そんな他の幻象種や怪物でもできない器用なことができるのに、なんでか魔法の使い方とか人化みたいなことは下手だった。
こうして考えればわかる。
逆だ。
本来混じってなきゃいけないはずの部分が、僕は最初から分離した状態だったんだ。
「っていうか、大きくなったり小さくなったりもすごく意識して頑張ってしかできないし。他の幻象種見てると、やるからにはできて当たり前って感じで。本当、僕って幻象種として制限多いんだよね」
子供だからとか親に教わらなかったとかあるんだろうけど、それ以前の問題だと思う。
だって、精神が人間規格だって考えれば別々なのは当たり前。
それでも僕の体は幻象種で、おかしいのはこの精神の在り方だった。
「で、気づいたんだよ。このワンルーム、本来の僕の心象風景じゃない」
神が用意した規格でしかないんだから人間規模の精神で、幻象種のものじゃない。
それにこのワンルームにいる間、僕は人化してるし人間の暮らしをベースにした部屋が心象風景になってた。
これは不自然なことだったんだ。
「ワイアームとの戦いでアルフのほうに分割しちゃったのって、この元から肉体と混じってないワンルームにいる心象風景分の精神が移動したってことじゃない?」
それだったら最初から肉体とは別なんだから分割できて当然だ。
「じゃ、僕の本来の心象風景は何処か? 僕のユニコーン本来の肉体と混じった精神世界は別にある」
魔王は言ってた。
精神は広いのに、小さな部屋に収まってるって。
つまり僕の本来の心象風景はとても広い。
「まぁ、他人から言われて気づくのもどうかと思うけどね。で、あの扉の向こうの闇は違う。赤い闇とか白い闇とか…………あれは、たぶん本能的な部分だ」
僕の意思でどうにかできる領域じゃないのはなんとなくわかる。
そこでヒントになるのはこの心象風景の変化だ。
「色々変わったけど、一番なんかしっくり来たのが芝生なんだよね」
ワンルームでは不自然でしかない芝生だけど、ユニコーンとしては適した環境の変化だ。
たぶんあれが僕の本来の心象風景としての影響なんだと思う。
「だったら答えは簡単だ。っていうか、もう答えはそこにある」
僕はパソコン横の窓に手を触れた。
窓の向こうには何処までも続く草原。
ユニコーンがいても不思議じゃない景色が広がってる。
「僕はこの向こうへ行きたい」
念じながら言葉に出す。
すると窓が伸びた。
瞬く間に蝶番まで生えて、窓だった物は硝子の扉に変わっていく。
「あ、こんな風に変わるんだ。変化するのは知ってたけど、こんな音もなく変わるならわからないなぁ」
僕はドアに手をかけてから、一度パソコン画面を見た。
アルフの視界では魔王と未だに戦っている。
周りを気にせず魔法の打ち合いで拮抗しているようだ。
「悪いけど、二対一だ。体は返してもらうよ」
そう宣言して、僕は硝子のドアを開けて外へ出た。
瞬間、人化が解けてユニコーンに戻る。
「あ、なんか…………わかる」
画面を見たり窓を覗いたり、目をつぶったりする必要もない。
僕の体が今、勝手に動いて勝手にアルフと戦ってるのを感じる。
僕が草原に歩き出すと、空は不穏に曇りだした。
遠く空に浮かんでいたアルフの心象風景だろう天空の城が雲に覆われて行く。
「竜の巣だー、なんて言ってる場合じゃないか」
これは僕がやってる変化じゃない。
「あぁ、アルフとの精神の繋がりが今あんな感じなんだ。…………うん、これ魔王に邪魔されてるな。曇ってる割に風が気持ちよくて草も元気なのはアルフの加護な気がする」
完全にアルフとは切らないけど邪魔はする。
だからアルフは僕と誠心で意思疎通できないし、加護は今までどおり。
魔王って器用だなぁ。
「けど、ここは僕の世界だ」
魔法を使う要領で、僕は空に風を巻き上げた。
『『うん!?』』
アルフと魔王の声が同時に聞こえた。
どっちも異変を感じて魔法の手を止める。
『…………ち! 面倒な』
あ、僕が動いてることに魔王のほうが先に気づいた。
けど気にせず雲を追い払うことを続行する。
あ、少し天空の城が見えた。
『…………フォーレン?』
あ、アルフも気づいた?
よしよし、これで合ってたみたいだ。
そう思ったら突然、雲から雷が落ちた。
落雷のよう見えたけど、草原を焦がして立ち上がるのは僕の姿をした魔王。
「本当に器用だね」
魔王は僕を睨みながら、またアルフとの魔法合戦を再開していた。
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