433話:魔王との対峙
アルフは魔王のいる屋敷の中を歩いていた。
すでに首都の門は開き、先に入ったアルフが妖精たちを呼びこんで住人や警備の確認をさせてる。
門が開くと同時に、内側から首都で生き残った姫騎士たちが神殿長たちと一緒に蜂起し、別の門を中から開いて避難民を誘導してるはずだ。
そうすることで敵の兵力を分散させる手はずだったんだけど。
「すでに首都はもぬけの殻。なのに結局出てこないな。魔王は何がしたいんだ?」
アルフは魔王が大規模攻撃を行うことも想定してけど、結局動きはなし。
心象風景から様子を見れる僕は、魔王がずっと戦況を聞いても動かないのを見ていた。
危機を報せに駆け込んでくる流浪の民とかを、ウェベンが煩わせるなと力尽くで排除したりもしてる。
なのに魔王はやっぱり動かないし、得意満面で近くにいるウェベンのこともほぼ無視してた。
「森で見た限り戦う気概がないわけではなかろうが、魔王石を集めて満足でもしたか?」
アルフと一緒に絨毯の敷かれた廊下を歩くグライフはずっと耳を澄まして警戒してる。
すでに母馬の角を芯に水の銛を作ってるアーディも警戒しながら意見を言った。
「もはや東側に魔王石がないため、興味を失くしたのではないか?」
「それでは西を攻めるためにこの拠点地を守るかと」
弓に矢を当て進むスヴァルトの隣で、人化してるワイアームが呆れぎみに聞いた。
「あのユニコーンの仔馬の体を得てまで弱き者どもを従える必要があるのか? 何処かの妖精王が阿呆ほどの加護をかけているのだろう?」
「一応従う者には武器与えて守ってるのよ。自分は動かないけど手間はかけてるなのよ」
相変わらず尻尾を掴まれたクローテリアが諦めぎみに答える。
ちなみに魔王のいる屋敷だから、ダークエルフや人魚たち、獣人たちや妖精の中でも動員できる戦力で来た。
けどもうここにいる以外は屋敷の至る所に出て来る悪魔や変な武器を持った流浪の民の対応で足止めを受けてる。
ロミーとシュティフィーなんて首都の外にいた幻象種の戦車をノームのフレーゲルに改修してもらい、ケルピーに牽かせて屋敷前を走り回って戦ってた。
「おい! やっべーのが来たぞ!」
警戒して進んでいると、窓の外に飛竜のロベロが現われる。
瞬間、アルフたちが進む先の廊下の窓からグリフォンのフォンダルフが飛び込んできた。
飛び散る窓の破片と一緒に、フォンダルフは廊下を転がる。
「お、のれぇ…………! 精神体のドラゴンだと?」
フォンダルフの言葉で、アルフは相手が誰か気づいたようだ。
「悪魔のドラゴンか。体が燃え滾る赤い鉄でできてるんだ。半端な攻撃は自滅だぞ」
突っ込みどころは多いけど、精神体なのに体?
まぁ、受肉してるんだろうけど。
それにしても赤い鉄って溶けて流れないの?
アルフの視界が窓の外向くと…………うん、ゴジラみたいなのがいる。
鉄っぽい表皮の内側が、確かに赤く燃え滾ってるように見えた。
今まで見てきたドラゴンみたいに飛べそうにないけど、強そうなのはひしひしと感じる。
あと単純に大きい。
「…………同じ黒いドラゴンでもあっちのが強そうだな」
アルフがぽつりと失礼な感想を漏らした途端、背後で気配が膨れ上がる。
「待て、ここで!?」
「ち! 余計なことを!」
「くそ、妖精王め!」
驚きながらも制止したスヴァルトは、止められないと悟って素早く身を返す。
グライフも羽根を広げて風を送り距離を取った。
咄嗟にそのグライフを掴んだアーディがアルフを叱りつける。
その間にワイアームが人化を解いて黒いドラゴンの姿になった。
人間の住まいにしては天上の高い廊下も、ドラゴンサイズでは話にならず、瞬く間に瓦礫に変わる。
どうやらワイアームはアルフの言葉に対抗意識を刺激されたようだ。
「使役されるしか能のない悪魔如きに劣るものか!」
そんなワイアームの啖呵に悪魔のドラゴンも怒って吠える。
応じてワイアームも本性の姿で獰猛な咆哮を上げた。
わー、怪獣大戦争だぁ。
黒い大型のドラゴンが二体、がっぷり四つでぶつかり合う。
首都をもぬけの殻にしておいて良かった。
あんまりズゴン、バゴンと揺れるから屋敷の中にいた人間たちも逃げ出してるよ。
「…………よし、今の内にとっとと行くぞ」
「貴様」
「羽虫め」
「妖精王さま…………」
「懲りないのよ」
アーディが歯噛みする横で、グライフも不機嫌に嘴を鳴らす。
スヴァルトは諦めぎみだけど、クローテリアは掴まれてた尻尾を振りながら文句を言った。
アルフはそんな文句から逃げるように、残った廊下の先へと進む。
けど、そう簡単にはいかないようだ。
辿り着いたのはあからさまに怪しい彫像が並ぶ一直線の廊下だった。
「あの石像は、ガルグイユ! 無闇に近づいてはいけない!」
元魔王軍のスヴァルトが窓がなく薄暗い廊下に進むのを止める。
「首の長い竜の石像か? この辺りにはあのようなドラゴンがいるのか?」
「いや、悪魔にも見えるな。ガルグイユという種は聞いたことがない」
グライフとアーディが言うと、スヴァルトは厳しい顔で説明をした。
「あれは魔王が作った守備機構です。近づけば手足や羽根を生やして飛びます。意思はなく、一度侵入者と認識した者を何処までも追い殺す。体は石のように硬く、火を吹き、水を吐き、鋭い爪牙を持っています」
向かう先はたぶん魔王のいる広間なんだど、そこに続く廊下に十体のガルグイユっていう像が並んでる。
うーんアルフが来てくれれば僕が体を取り戻す隙もできるだろうけど。
魔王はそう簡単に近づかせてくれないらしい。
「やっぱり起動してるか、スヴァルト?」
「はい。目が赤く光っているのが起動の証です」
アルフはスヴァルトの答えを聞いて対処に困る。
妖精王の記憶を洗っているらしい様子はわかるけど、どうやら素直に力づくで倒すのが一番シンプルな方法であるようだ。
アルフがここで派手に騒ぐデメリットを考えていると、グライフが羽ばたいて戦闘態勢に入った。
「ふん、ちょうどいいではないか。俺がこれらと遊んでいる間に仔馬をどうにかできねば、もはや死んだ者として殺す」
言い方…………。
けどアーディが賛同してしまう。
「なるほど。料理人悪魔の情報ではこの扉の向こうにいるのは魔王と悪魔だけ。それでどうにもならないのならば、叶わぬ願いなど捨てろ、妖精王。スヴァルトもいいな」
「赤い羽根の悪魔への対処のために拙が同行するのはどうでしょう?」
スヴァルトは手助けを申し出るけどアルフが首を横に振った。
「あいつにとって主人は魔王でもフォーレンでもいいはずだ。だったらこれ見よがしなことはしても、本気で邪魔はしてはこないだろ」
ほとんどウェベンに触れなかったのはそう思ってたからか。
そう言えば城でもウェベンが動いたのってスヴァルトの矢を受けた時だけだね。
他はついてってるだけなのをアルフはちゃんと把握してたようだ。
「じゃ、ここ頼むぜ」
言うとアルフは魔法を発動する。
その気配が薄くなると同時に姿が消えた。
視界も薄くなって、気づいたらガルグイユという防御の列を越えて扉の前にいる。
「ち、これだから妖精は」
「なんだよ、傷物グリフォン!」
アルフが声を上げた途端に、ガルグイユの目が強く光った。
スヴァルトが矢を連射してアルフに向こうとする敵を引きつける。
「気づかれました! 拙らは気にせずお早く!」
「うわっと!? 後よろしく!」
「妖精王! 貴様覚えていろ!」
体勢も整ってないアーディが怒鳴る声を背に、アルフはすぐに扉を開けて中に入った。
奥にもう一つ扉のある控えの間だ。
アルフは気配を探って何もいないことを確かめると奥へ足を進める。
「おいおい、本当に誰もいないのかよ。お前、寂しくない?」
広間には魔王が座っていて、近くにはウェベンだけしかいない。
そのウェベンが羽根を広げて得意げに答えた。
「王同士の対面なのですから、余人の横やりなどあるべきではないでしょう」
どうやらウェベンが手を回して辺りを無人にしたようだけど、魔王は興味なさげだ。
アルフも気にしない。
すると空気を読んだのか、ウェベンが派手な羽根を背中の後ろで小さくして気配を殺す。
うん、空気読めるならいつも派手に騒いでたのって、自分から短気な森の誰かの的になり行ってるのと同じじゃない?
え? ウェベンそういう趣味だったの?
「で、お前はフォーレンの体奪ってまで何がしたかったんだよ? 元の住処ぼろぼろだぜ? 再起するために復活したわけじゃないのか」
アルフがそう聞く今現在も、怪獣たちの戦いの余波で震動してる。
不穏な戦闘音も意に介さず、魔王は静かな表情で答えた。
「目的は達した」
「早くね?」
アルフがびっくりすると、ウェベンも予想外だったのか羽根が動く。
ウェベンからすればほぼ目を放してないのにいつの間にってところか。
うん、本当僕の体奪っただけで良かったなんてね。
さすがに魂が神だったなんて、僕さえ知らないんだから他の人にわかるはずもない。
あれ? 残留思念みたいな状態の魔王が気づけたのが逆におかしい気もしてくるな。
それともその執念があったからこそ気づいたとか?
「ふん、達成の見込みもなく面倒な知り合いしかいないこの体を奪うものか」
相変わらず僕を腐す魔王。
面倒だってわかってて僕を乗っ取ったのが神との対話のためって言うのはわかる。
じゃあ、目的を達成した今、魔王はなんでアルフを待つみたいにここにいたのか。
それは僕にもわからない。
「…………月にもいかずにどうやって」
アルフが半信半疑に呟くと、魔王はちょっと笑った。
「妖精女王と妖精王に会ったのが五人目だそうだ」
「は?」
「俺は、六人目を見つけた」
アルフはそれで意味がわかったらしい。
驚くアルフに魔王は自嘲するようにさらに笑ったのだった。
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