428話:再集結とゾンビ
「話しには聞いてたけど、これはきついなぁ」
アルフがヘイリンペリアムの首都を前にそうぼやいた。
姫騎士の事務長という人が教えてくれた、かつては農村だっただろう場所。
すでに廃村でしかない建物の周囲を徘徊するゾンビはどうやら元住人らしい。
「これを本当に人間が? 同種をなんだと思っているんだ」
「ブラウウェルくん、獣も混じっているのでもはや同種がという問題ではありません。命という世の理を捻じ曲げる邪法です」
ユウェルとブラウウェルが合流早々苦い顔をしてる。
エルフとドワーフの軍は、五人衆は倒せたものの痛手を負った。
それでも無事な者をダークエルフと先行させてアルフと合流させてくれたんだけど、あまりの光景に目に見えて戦意が低下してしまってる。
そこに上空からグライフと一緒に飛竜のロベロが戻って来た。
「最悪だぜ。幻象種までやられてやがる。村と村を結ぶようにうろついてるぜ」
どうやらゾンビになっている生き物に見境はないようだ。
ダークエルフたちを率いて来たスヴァルトが、何かを見分けるように目を細める。
「巨人が現われた後、妖精王さまの指示で辺りを索敵した際、やはり死体が見つかった。あの死体から感じられた邪気がここにはまん延している」
「たぶん、ここで行き場失くして苦しんでる思念を集めて、魔力の高い死体に詰めて術の触媒にしてんだろうな」
アルフの説明にみんなドン引きだ。
「羽虫、貴様…………」
「なんで俺がやったみたいな態度なんだよ!? これ人間が作った術だろ!?」
「自分で人間の魔法手伝ってたって言ったのよ。大昔に余計なこと教えてたかもしれないなのよ」
「そんな! ことは、ない…………はず?」
邪推するクローテリアにアルフも否定できない。
「けど人間がやるにしちゃ、精神への造形と魔力の許容量が…………」
どうも人間がやるには大掛かりすぎるし適性に問題がある術らしいけど、アルフも自信がなさそうだ。
「妖精王どの、時間は惜しかろうがどうかこの不浄の地の浄化のため時間をいただきたい」
そう願うランシェリスは、すでに姫騎士たちに命じてせっせと結界を張りゾンビが来ないようにしてる。
中には結界を盾に聖水に浸した矢じりを使って遠距離からの浄化を行っている者までいた。
そこには発狂しそうになって倒れたシアナスもいる。
目を覚まして事情を説明されても、かたくなに一緒に行くと言って聞かず、精神を歪められた不調はそのままに、弱音も吐かずにここまで来ていた。
「面倒だ。一思いに周辺を焼き払え」
毒を食らったり爆破攻撃されたりで負傷してるのに、ワイアームは弱った様子を見せず偉そうに言う。
この元気さ、ドラゴンってすごいなって思う。
「騎士さん、あなたたちでも分が悪いかもしれないわ」
シュティフィーが、ワイアームに抗弁しようとするランシェリスを止める。
指差す方向に一体のゾンビがいて、何で汚れたかわからない黒っぽい服を着てた。
けどよく見るとたまに見る修道服、つまり元は白い服だとわかる。
「聖職者も関係ない。これだけの範囲だ。人間の力でできることには限度があるのだろう」
アーディが淡々と事実を口にすれば、ロミーは自分の手を水にして伸ばしてみせる。
「火が不安なら水で全部流してもいいんじゃない?」
「その水を海に流そうなどと思うなよ」
海の人魚のヴィーディアが釘を刺したのでロミーの提案は却下。
そこに冷気が吹きつけて、みんな嫌そうに上を睨む。
干物ドラゴンに乗ったヴィドランドルが下降して来たんだ。
「待て待て、生者のみならず怪物や妖精まで揃ってせっかちめ。我にはこの気配に覚えがあるぞ。冥府の番犬にも確認をしてきた。そして一つ確認だ、各地に現れていた悪魔も、どうもライレフとかいう悪魔とは別系統なのだろう?」
「そうよぉ。ライレフは堕天系の悪魔。けどあの五人衆と呼ばれていた嵐と冷温の悪魔は大王系。ライレフとは関係なく、新たに呼び出されたんでしょうね」
ヴィドランドの確認にアシュトルが答える。
元神に仕えていたという悪魔がアシュトルやウェベン、ライレフ。
それとは別系統で悪魔の大王という人に仕えてるのがペオルやコーニッシュだ。
つまりライレフの配下の悪魔は全て堕天系。
大王系はライレフの部下じゃない。
なのに今、人間の軍が解放しようとしてる街には一体は悪魔がいるという状況で、ライレフの配下を新しく呼び出したにしても多すぎる。
「ここが、生贄の収集場所となっておるのではないか?」
ヴィドランドルの指摘にアシュトルは改めてゾンビの徘徊する範囲を眺めた。
「これだけ土地が穢れて死が蔓延しているなら、それだけで呼び出されてもいいと応じる悪魔はいるでしょうね。だいたい死体があるなら受肉し放題でしょうし。簡単に受肉できるとなれば喜ぶ者もいるんじゃないかしら」
「術の陣地としては、悪心のある生者を引き寄せる効果もある。高価な装飾を身に着けた死体もあった。ここはただの無法地帯ではない。新たな死体と邪念を供給する餌場であろう」
ヴィドランドルの説明にランシェリスが迷いなく聖剣を抜く。
「なるほど、残しておくなど百害あって一利なしということだな」
「だから待てと言うに!」
一気に浄化しようとするランシェリスをヴィドランドルが止めに入る。
「なんだよ、ヴィド? お前この悪臭好きなのか?」
「違うわ! 略すな!」
ロベロに吠えて、ヴィドランドはアルフたちにも怒鳴る勢いで説明をした。
「誰がこれほどの場を作って活用するかを考えろ! 思い当たる者がいるのではないか!? ただの人間にしては精神や魔法への造詣が深く、その姿をなかなか見せずに悪辣な手を回す者が!」
「あぁ、あのダムピールか」
アルフが手を打って言ってるのって、ヴァシリッサ?
「まさかこんな術でエルフと人間の魂を交換したんですか!?」
ユウェルが声を裏返らせる横で、ブラウウェルの顔色は悪い。
死者に施された魔法を目の前に、仲間のエルフが術を解くと同時に死亡する可能性でも浮かんだんだろう。
今後人間の体で生きるにしても、寿命が違いすぎてエルフからすればやはり絶望しかない。
こんな山脈を越えて北まで来たのに、誰も助けられませんでは可哀想だ。
「いや、あれとは術者が違うであろう。正直、換魂の術はその成果の割に残されていた魔法陣には無駄が多い。別々の人間が年数をかけて完成させた形跡がある。それで言えば、妖精王が再現した魔王復活の魔法陣のほうが近い」
ヴィドランドの言葉が確かなら、エルフを換魂したのは流浪の民の誰か?
それはそれで術者を捜しだして元に戻すのは難しい気はする。
「ヴァシリッサではない、のか?」
仲間の身を案じつつも落胆を滲ませるブラウウェルにスヴァルトが首を振った。
「関わっているのは確かだ。その上でここが餌場であり、術者のダムピールが立ち戻る場所であるなら即座に消すのは確かに早計だろう」
「そうです。みんなそのダムピールに誘い出されて入れ替わられたと言っているんですから、実行犯の一人に違いはありません」
自分で言って、ユウェルはやる気をみなぎらせて拳を握る。
「だが、下僕。あれは俺と仔馬の目の前から無様とは言え逃げ果せたのだ。そう簡単に捕まると思うな」
グライフと僕はエルフの国の宝物庫で、魔王石のサファイアを奪おうとしたヴァシリッサに逃げられてる。
ユウェルもエルフ王もその時足止めされたような形だったから、確かに逃げ出す手をまた幾つも用意してそうだ。
アルフは額に手をかざして、ゾンビ地帯の向こうに見えるヘイリンペリアム首都の外壁を眺めた。
「ダムピール捜し手伝ってやりたいけど、ここ魔王に近くて妖精ほとんどいないんだよな」
どうやら妖精はまだ僕の周りに集まれなくなっているようだ。
アルフが言えばそれで解除な気もするけど、解除してアダマンタイトの材料にされるわけにもいかないからそのままなんだろう。
「そうでなくても、相手は半分幻象種の血が入ってる。判別がつきにくいから、俺でも追いにくい相手なんだよな」
「こんな時、フォーレンがいてくれたら。ケイスマルクでのように見つけてくれるんでしょうけど」
姫騎士としてまだ技量の追いついてないブランカは、近くでシアナスの補助をしながら呟く。
確かにケイスマルクで臭いを頼りに追い回したから行ける気はするけど。
どうやらアルフは人間と幻象種の間にいるダムピールのヴァシリッサは認識しづらいらしい。
なんだか精神体を認識できなかったって言う神の名残っぽいな。
いや、今じゃ妖精が精神体って言われてるけど、逆に肉体も何もないところから発生して精神しかないってことなのかな?
うーん、わからない。
「何、鼠捕りにはやり方というものがある。少々足止めとなるが成果はあろう」
ヴィドランドルに考えがあるようだ。
そこに複数の足音が近づくけど、アルフたちに警戒はない。
だから僕は新手の仲間が合流したのかと思ったんだけど。
「へへ、いい女じゃねぇか」
「武装なんかしちまっていじらしいねぇ」
「だが、所詮は女だ楽しませ、てぇ…………!?」
なんか柄の悪い男たちが現われた。
しかも来た方向が悪かったらしく、ゾンビ相手に対処する姫騎士しか見えてなかったみたいだ。
その後ろにいるアルフたち妖精を始め、幻象種、怪物、悪魔も揃った一団に顎が外れたような顔になる。
「よし、ちょうどいい新鮮な生者だ。鼠捕りするなら餌が必要だろ。殺すなよ」
アルフのあまりな一言にランシェリスが頭を押さえるけど、その後は指示どおり、男たちを生け捕りにしたのだった。
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