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422話:幻象種連合

 ダークエルフが砦を破壊し、山間を抜けて敵が陣取る街へと進軍する。


 そこはアルフの見立てで五人衆がいると言われた街だ。

 そして街の前にはすでに小規模な軍が展開していた。


「まさか魔王の全盛期には南に引き篭もるしかなかった貴様たちが出て来るとはな」


 代表者だけが両軍の中央に立って、宣戦布告と降伏勧告を行う。


 忌々しそうに言いながら居丈高さを隠さないのは吸血鬼。

 白い肌と牙がそれっぽいけど、見た目は人間と変わらないというのが僕の感想。


「北では相当排斥が激しかったと聞いたがのう。何人か夢魔も南に逃げて来ていたぞ?」


 話し合いに向かない将軍は置いておいて、長老のウィスクがそう応じた。

 名を上げられた夢魔は、吸血鬼の横で中性的な見た目で悲しそうに顔を顰める。


「おかしな話しでしょう? エルフとドワーフは敵味方に分かれて族内でも争ったと言うだけで、私たちは魔王が倒された後、与しなかった族まで全て人間たちから排斥されてしまった」

「西の吸血鬼と夢魔の一族は、魔王への反旗に応じなかったと聞いている。共に戦った族と、旗幟さえ鮮明にしなかった族とでは対応も変わろう」


 エルフ王は淡々とした口調を心掛けているけどちょっと同情的だ。


 どうやら敵は吸血鬼と夢魔という人間に近い形をした幻象種の連合。

 そしてこちらはエルフとドワーフというやはり人間に近い形をした幻象種。

 なのに魔王死後に明暗が分かれたらしい。

 エルフとドワーフは善もいるとみなされたけれど、吸血鬼と夢魔は悪に分類されてしまった。


「味方でないなら敵として追われたと聞いていたが、そこまで杜撰な対応か」


 知らない相手がいないからか、スヴァルトは普通に顔を顰める。

 吸血鬼と何やらアイコンタクトしてるけど、魔王軍にいた時の知り合いなのかな。


「己を偽らねば生き残れないというのに、何故恥ずかしげもなくそちらにいる、スヴァルト」

「あの砦の攻略も、ずいぶん涙ぐましいことをしていたのを見ていたのよ?」


 吸血鬼と夢魔は、どうやら伝説の再現のために小細工したのをわかっているようだ。


 庇うようにエルフ王が声を上げた。


「君たちの苦境はわかる。だが」

「何がわかる者か、青二才が」


 千年は生きてるはずのエルフ王に吸血鬼が吐き捨てる。

 夢魔も不快そうだ。


「人間たちは己で広げた戦火で多くを失った。その浪費分を我らで補った」

「卑しい獣の如く。それをあなたも知っているはずよ」


 吸血鬼と夢魔はあくまでスヴァルトに語りかける。

 ダークエルフも森に逃げて来たんだから、それまでは追われていたんだ。

 酷い目に遭って、酷い応戦をして恐れられることで生き延びたとスヴァルトから聞いた。

 五百年経った今も、スヴァルトはその誇れない生き方を気にしてる。

 それほどの経験だったんだろう。


「だから魔王の復活に乗じて、今一度立ったというのか? それはあまりに浅慮だ」

「そのとおりだ。だが浅慮は人間も同じ。我々はただ魔王の理念に従った。怨むならば我らでいいはず。なのに人間は他の族に牙を剥いた」

「私たちも追われ、生きることさえ許さぬと新参者どもが喚くのはもう聞き苦しい。なればこそ、この機を使わず潜むことに是非もない」


 人間のほうが幻象種の後に現れたから、新参者って呼んでるのかな?

 僕の感覚では吸血鬼と夢魔と言えば人間を襲うイメージだけど実際はそうでもないんだろう。

 そうじゃないと生き物として人間がいなかった時に生まれてないだろうし。


 たぶん人間も、襲う種族なんだ。

 だから人間は吸血鬼と夢魔を敵として追い立てた。

 襲われれば疑いようもなく死ぬ、弱い人間だから。

 同時に、人間の欲を満たす才能を持っていたエルフとドワーフは許容した。

 それもやっぱり欲に弱い人間だから。


「スヴァルト、お前は族のために常に正しい選択を続けた。森へ共にと言われた時、我が子だけでも託していればと後悔した。あの時、そうしていれば、今も…………」

「それは…………」


 つまりこの吸血鬼の子供は死んだ、いや、殺されたようだ。

 人間への憎悪を見るに、犯人は魔王に勝った人間たちなのかな。


「魔王の下で繁栄を築いた人間たちの、卑怯な裏切りを予見できなかったのは私たちの落ち度。それでもあなたの行いを私たちは学ばねばならない」


 夢魔は憂い顔から決意の顔へと変わる。


 どうやら彼らを襲ったのは命がけで戦った西の人間じゃない。

 魔王に守られていたはずの東の人間な上に、誰が魔王側だったかを考慮しなかったようだ。


「何をする気じゃ? 魔王の復活など幻想。一時のことにすぎぬぞ。本人を知っている者たちはその復活に違和感を覚えておる」


 ウィスクの説得に、吸血鬼も夢魔も知っている様子で嘲笑う。


「だからこそだ。今この時の混乱に乗じて我らは名を上げる! 確かな恐怖を! 力を! 人間という種族に刻み込むのだ!」

「怨もうと、憎もうと、以後手を出してはならぬと人間たちに爪痕を残すの。無用な争いを、これ以上我が族を虐げさせないために!」


 説得を嫌うように夢魔が腕を掲げる。

 すると後方の軍が斉射の動きを見せた。


 何か言おうとするエルフ王をスヴァルトが止める。

 そのスヴァルトに吸血鬼が手を差し出した。


「スヴァルト! こちらへ来い! もちろんお前の族も!」

「たとえ魔王でなくてもその名の下にもう一度力を合わせましょう!」

「拙は妖精王さまに従う者。その友人が攫われた今、敵するしかない」


 スヴァルトの拒否に、吸血鬼はベルトの背中側に隠していた籠手を取り出す。

 それは魔王の宝物庫から出た物で、何故か片手分だけしか最初からなかった宝だ。


「ならば我らの礎となれ!」


 スヴァルトが危険を察して手を上げる。

 後方の軍からダークエルフたちが過たず斉射を放った。


 同時に上空から雷が吸血鬼目がけて落ちる。


「あれは! 宝物庫が開いたのか!?」

「そのとおり! たとえ魔王の残滓だとしても本物だ!」

「ならばあの方のやり残したことを少しでも私たちが遂げましょう!」


 下がるエルフ王たちの下に、すぐさまグリフォンに乗ったエルフの兵がやって来て回収する。


 吸血鬼と夢魔は雷で巻き上がった砂煙の中答える。

 つまり無事なのだ。


「あれを知っているのか、スヴァルト!?」


 グリフォンの背に乗りながらエルフ王が聞く。


 吸血鬼と夢魔のいる場所は今も雷の放電で眩しいという、それはおかしな光景が展開してた。

 一瞬で落ちた雷が何故か地上に留まってるみたいだ。


「あれは鉄の手袋と呼ばれた魔法の道具! 雷をその手に掴み、武器として扱うことのできる魔王の宝物です!」


 グリフォンに這いあがって乗りながら、ウィスクが唸った。


「むぅ、聞いたことがある! 雷霆を意のままにする巨人を模して、かつて魔王の有り余る資材資金を注いで作った逸品だと!」


 どうやら魔王についたドワーフが作った物のようで、すでに再現しようとして費用対効果が悪かったような言い方だ。


「最後の挨拶は終えたか?」


 吸血鬼が聞くと、放電してた雷が収束する。

 鉄の手袋に覆われた手には目に痛くなるような放電を続ける雷の槌が現われていた。


「雷霆の届かぬ場所など天上にはない!」


 吸血鬼がグリフォンに向かって槌を振る。

 一振りで三条の雷が上空へと走った。


 威力はすごいけれど狙いは外れ、どうやら吸血鬼も上手く扱えていないようだ。


「こういう時こそ我らドワーフの出番じゃ!」


 グリフォンに乗ってたウィスクが何かを地上に落とす。

 瞬間、地面が太鼓を打ったような音を出す。


 次にはモグラのようにドワーフの戦士たちが土から生えて来た。


「魔王の宝物庫から得た鉄の手袋じゃ! 今では決して作れぬ至高の品じゃー!」


 ウィスクの煽り文句にドワーフたちが雄叫びを上げる。

 うん、わかりやすい。


 そしてそこから戦争が始まった。


「ったく、誰がこんなことさせてるんだ」


 アルフの視界が戻る。

 ジオラマを覗いてるグライフが嘴を鳴らした。


「吸血鬼は会ったことがあるが、こいつはずいぶんと情に傾いているな。吸血鬼と言えばダークエルフに並ぶ人間嫌いだろう」

「まぁ、魔王軍なんて人間の魔王に与した奴らの集まりだからな。逆に生き残りとか栄達とか考えない夢魔の中でも、魔王に与したのはそういう考えが強い奴らしいし。吸血鬼もそんなもんだろ。ま、お前みたいな奴は魔王軍にいても生き残ってないから、有情な奴らが残ってるのも…………って、わぁ!?」


 軽口を叩くアルフに、グライフがアダマンタイトのついたほうの前足を振る。

 するとそれだけなのに空気がこすれる音がして、異様に鋭い空気の刃が生じた。


「あっぶね! 周りに人間いるんだからやめろよ!」


 アルフが言うとおり、妖精たちの合間にランシェリスやクレーラの姿が見える。

 どうやらアルフたちの会話は聞こえていて、スヴァルトたちの戦況も見ていたようだ。


「ヘイリンペリアムの者がやりそうな手だと、私は感じている」

「そう、ですね。かつての過ちを覆せるぞと嘯いて、破滅へ自らの業によって走るように」

「えー? 一番の宗教国なんだろ? 神の教えってそんなだっけ?」


 その神の使徒のはずのアルフにそんなことを聞かれて、姫騎士は困った顔で首を横に振ったのだった。


毎日更新

次回:北の大型種

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