421話:ダークエルフの体面
アルフは次にエルフとドワーフの軍を覗き見し始めた。
見えるのは山間の砦。
砦を避けると山を大回りしなくちゃいけないけど、両脇を山という天然の守りを持ってるから正面を警戒すればいいだけの場所だ。
正面突破が得意な僕はともかく、彼らでは攻めるのは難しそうに思う。
「本当になさるんですか? せめて護衛のために数隊派遣してもらっては?」
「こちらは連合軍だ、手を取り合ってことに当たることこそ意味があるだろう?」
聞こえる声を捜すように移動するアルフの視点。
ほどなく砦を睨んで藪に潜むユウェルとブラウウェルの背中が見えた。
一緒にいるのは森のダークエルフたちで、二人の援軍の勧めに答えたのはスヴァルトだ。
「ここまで行動を共にしてわかった。今もなお、長命の者たちは魔王の脅威を忘れてはいない。直接戦わなかった国であるにも拘らずだ。これが西の国々となればどうだ? 戦いを生き延びた者たちもまだいるだろう」
スヴァルトは対外的な感じではなく普通に喋っている。
けれどぴりぴりとした緊張がその横顔からは見て取れた。
「あなたたち、考えるべきは今この時目の前の戦場だけではないのよ。以後千年、この戦いにおいて私たちがどのような位置を占め、どう伝えられるかが問題なの」
ティーナも冷たいほど静かなオッドアイで告げる。
手にはいつもよりもずっと大きな弓を持っていた。
近くでは矢を一本魔法陣の中に置いて五人がかかりで魔法をかけている森のダークエルフがいる。
「魔王復活の報はいずれ広がる。ならば、私たちは今なお健在で、復活した魔王を相手に退くことはなかったと知らしめなければいけないわ」
「拙らは旗幟を鮮明にする場が必要なのだよ。そして、それは五百年前、手出し無用と恐れられたダークエルフの再現でなければならない」
ユウェルは僕が森のダークエルフの正体を伝えてたけど、ブラウウェルには言ってない。
けど見る限りスヴァルトたちがダークエルフを演じるエルフだともう知っているようだ。
ブラウウェルは納得できない様子で言い募る。
「しかし、だからこそこうして轡を並べる機会をもった今、協力すべきだ。妖精王さまもきっとそれを推す」
「心遣いはありがたい。だからこそ、このような戦地ですべきではない。拙は、五百年をかけて現状維持しかできなかった。それが、フォーレンくんのお蔭で轡を並べるに至った。ならば、長く時をかけるべき同朋との交流こそ、この手で成し遂げたい」
「正直なところ、私たちもニーオストのエルフ王を信じられなかったところがあるのよ。スヴァルト個人と仲良くなっても、結局はエルフ王としての立場を崩さない方だもの」
ティーナは念入りに姿勢の確認をしながら本心を打ち明ける。
「けどこうまで男気見せられちゃ、私たちの全盛期を再現して、華々しく進軍させてあげたくなるじゃない」
南のニーオストが軍を派遣したのはブラウウェルの働きだ。
けれど派遣を決めたのはエルフ王であり、自らが軍を率いるという本気具合を見せてくれてる。
それを男気と評価するティーナの言葉に、ユウェルは微笑みながら心配を口にした。
「目は、大丈夫なのですか? その目は、見えていないのでしょう?」
「ぼんやり物の影程度ね。確かにかつての力を私は失ってる。けど、その分仲間が頼もしくなってくれてるわ」
大役を担うらしい妹にウィンクされたスヴァルトは、張りつめていた顔に苦笑を浮かべる。
「かつては魔王の豊富な物量による援護があり、ただ正面から打ちかかれば良かった。それができなくなった今、拙らは森での暮らしによって別の力を手に入れた」
「夜陰に紛れて砦の外壁に仕掛けをしたと言うが、本当に大丈夫なのか?」
ブラウウェルが不安そうに聞くけど、もう翻意を促すつもりはないようだ。
すでに敵軍が迫ってる中、砦は防備を整えてある。
夜には目立たなくても火がたかれてる砦に近づけば普通はばれると思うんだけど。
「時に岩の如く静かに、時に雷の如き早さを森では必要とされた」
「人狼とかがうろついてるし追い駆けて来るしね」
恰好つけたようなスヴァルトにティーナが実情を暴露する。
つまりは森で人外をやり過ごしたり、逃げ切ったりする力を養ったんだ。
確かに人狼をやり過ごせる技術があるなら人間の感覚だと無理かもしれない。
見る限り魔女の薬をスヴァルトたちも持ってるし、派手な演出を必要としなければ、夜砦に少数で奇襲したほうが早いんじゃないかな。
「できたぞ、ティーナ」
「一発かましてちょうだい」
矢に魔法をかけていたダークエルフたちは、魔法が帯状に取り巻く矢を差し出す。
受け取ったティーナは歩き出し、砦からでも見える断崖の先に立った。
砦の外壁まで障害物は一切なし。
ティーナは砦の人間たちが気づくのを待つ。
「…………気づいたな。皆、準備は?」
「本当に一人で立たせて大丈夫なのか?」
「ブラウウェルくん、後ろには他のダークエルフの方々が控えてますよ」
心配するブラウウェルをユウェルが宥めていると、足音が近づいて来た。
見ると白い髭のドワーフ、マ・オシェの長老のウィスクだ。
「む、良い時に来たようじゃな。伝説の再現をこの目で見られるとは」
「ロー翁、ドワーフの軍を押さえていなくて良いのか?」
スヴァルトが聞くと、ウィスクは白い髭を撫でる。
「なぁに、あやつら流浪の民という者たちから奪った魔導兵器を暖房器具に作り替えることに夢中じゃ」
やっぱり冬場の北国は寒いらしい。
なのにウィスクはスヴァルトたちと一緒になって断崖のティーナを見る。
「若いの、どうなっておる?」
「今は砦の人間がダークエルフであると気づくのを待っています」
「あ、気づいたみたいですよ。ちょっと偉そうな鎧の人間が出てきました」
「やはりこの距離から狙撃はされまいと出て来たか」
スヴァルトが言うとおり、砦の人間たちはダークエルフを珍しがってるだけで、向こうから攻撃できないけど、こっちからもできない距離だと思ってる。
けどアルフの感覚から見る砦にはすでに仕掛けがあった。
巧妙に隠されてるけど魔法が幾つも外壁の隙間に埋め込んである。
そこから糸のように魔法の気配がティーナに伸びてた。
「むむ? 魔法軌道を描いておるのか?」
「良くお判りで。ティーナは元から目が良く、弓を構える集中力が族内も高かった。その集中状態を駆使することで、遠距離からでは索敵もできない極細い魔力軌道に矢を乗せられたのだ」
スヴァルトの説明はよくわからないけど、すごいことらしいのはユウェルとブラウウェルの反応でわかる。
ティーナが弓を構えてもまだ人間たちは見物気分らしい。
けど番えた矢に膨らむ魔法の力が可視化するほどになるとさすがに慌て出す。
と言ってもそれも半分程度だけだった。
「いざ!」
ティーナが発奮するように声を上げると同時に、スヴァルトが隠れて矢を射た。
それは近くにいるユウェルたち以外は気づけないほど素早く最小限の動き。
一拍遅れる程度でティーナが弦を離したから砦の人間たちは決して気づけない。
「矢が!?」
ブラウウェルが驚いて声を上げた。
ティーナの放った矢は空中で十二条に別れる。
どれも高魔力で流星のように砦に飛んでいき減速しない。
「ふむ、先に射た矢が砦に仕込んだ魔法を発動する鍵だったか」
ウィスクは瞬きもせず見ていた。
スヴァルトが放った矢は砦に届かなかったけど、仕掛けてあった石のようなものを砕いた。
それが砕けた途端、砦から引き寄せるような魔法の力が励起したのをアルフも見てる。
ティーナの矢は減衰することなく砦の外壁に着弾し、轟く大爆発を起こした。
「土煙に合わせて外壁に仕込んだ薬が飛散するようになっている。見物していた者たちは動けなくなっただろう」
スヴァルトがそう言う間に、他のダークエルフが立ち上がってティーナと一緒にまた矢を番える。
どうやら十二条の矢の軌跡にも魔法軌道というものが仕込まれていたらしく、次の矢も同じ経路でまた砦の外壁を破壊した。
「もう! 三つ的を外した!」
ティーナがそんなことを言ってる。
外したと言っても真ん中からずれただけで、外壁に仕込んであった爆発の魔法は起動してるんだけど。
「あちらは大砲を用意し始めましたけど、一方的ですね」
砦の大砲はティーナたちには届かないのでユウェルも落ち着いて言う。
その間もダークエルフの矢は砦を穿っていた。
「なるほど、これがあの伝説の。敵に回れば反撃さえ許されないという」
「伝説の再現などと言っても、結局は地味な下ごしらえの結果だ」
感心するウィスクに、自虐を発動したスヴァルトが謙遜した。
「いいえ、この成果は確かにエルフ王へお届けします。さ、ブラウウェルくん」
「あ、は、はい!」
ユウェルに促され、茫然と見ていたブラウウェルが慌てて立ち上がると二人で去っていく。
「…………正直、あんな外壁角の一本で打ち崩すだろう存在を知ってしまった後では、誇れる成果でもないが」
まだ自虐が続いてるのか、困ったように呟くスヴァルト。
その様子にウィスクは首を横に振った。
「それは比べる相手が悪すぎる。何せ妖精王に友人と認められた逸材じゃ」
「あぁ、そうか。最初から比べるべくもない相手だった」
ウィスクが慰めるように笑い飛ばすと、スヴァルトは真剣な顔で頷いていた。
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