416話:妖精の人助け
五人衆で嵐を司ると言われた少女悪魔を、グライフが倒した。
そのことで向かう先の砦はすぐさま降伏。
残党を追って人間たちは進軍し周囲の街を解放して回る。
「なんだか運が悪くなりそう」
「どうしたパシリカ?」
人間たちと別れて進軍するアルフの側に寄って来たプーカという妖精のパシリカが、不思議なことを言った。
「魔学生助けたほうがいいと思うから、行くね」
「あいつらか。まだ残党がいるし、人間じゃ太刀打ちできそうにない奴もいるわけか」
「妖精王さま、魔学生ってフォーレンが仲良くしてた子たちよね?」
ロミーが輿の上で聞く。
同じく輿に乗るシュティフィーも魔学生に興味があるようだ。
「危なっかしいとフォーレンが気にかけていたと聞いています」
「そうなんだよな。うーんと…………」
アルフが魔法を使い始めると、シュティフィーが補助を行う。
太い木の枝が円を描いて丸い台になり、そこに枝葉が伸びて街の様子を描き出す。
「あ、ここにいるのか。ちゃんと暴力的な奴が陣取ってるって教えたのに」
「確かそいつらプーカの力で死なないんだろ? だから危ない所に放り込まれたんじゃねぇの?」
ボリスが火の粉を散らして飛んでくる。
悪い人間ならやりそうだし、魔学生も引き受けちゃいそうだなぁ。
「バンシーのカウィーナが守る子供もいるな。こりゃ、やられたとなればフォーレン怒っちまうぜ」
「やだー!」
「嫌ですー!」
血が嫌いなニーナとネーナが悲鳴のような声を上げた。
前に怒った時には頭から血を被って戻ったせいだろうな。
「街でしたら私たちにもできることがあると思います」
「ビーンセイズ以来だね! バンシーと会ってこよう!」
コボルトのガウナとラスバブもやる気で、フレーゲルも毛玉のような体で主張した。
「人間の街の造形を見る機会なら僕もお手伝いします」
「なんかやる気だな。よし、それじゃ、この街の人間たちを助けて来い。全員パシリカに乗れるか?」
アルフの命令に妖精たちが光るのは、どうやら妖精王としてバフをかけたかららしい。
黒馬のパシリカの背にロミーとシュティフィーが乗り、飛べるボリスとニーナとネーナはそのまま同行する。
小人のガウナとラスバブ、フレーゲルがパシリカの鬣に捕まった。
「「「「「「「「「いってきまーす!」」」」」」」」」
「がんばれよー」
すごく軽くアルフは送り出す。
疾走するパシリカは風のように速い。
そう言えば人間を連れ去る系の能力がある妖精だった。
しかもアルフの命令を受けたせいか近くの妖精たちが通りかかるだけで力を貸す。
木々は避け、草は身を倒し、岩は地面に潜って道を平らにする。
最短の道を悪妖精たちも大笑いしながら教えて、パシリカはその速さもあってすぐに目的の街を視界に収めた。
「ここまで来れば加護を与えた魔学生はわかるの」
パシリカは迷わず街の中へと走り込んだ。
その街は血と腐臭に満ちているせいでニーナとネーナが盛大に騒いで風が渦巻く。
アルフがどんな魔法を使っているのかわからないけど、どうやら遠隔で見ていても五感を働かせられるらしい。
助けに来た人間が、怯えて縮こまる人たちを脱出させるために引き摺ってる姿もある。
中には恐怖に耐えきれず暴れ出す人もいた。
「悪魔の精神汚染を受けている様子はないわ。純粋に恐怖に浸されているのね」
「この街にはもう愛はないみたい。そうしたのが悪魔なら、私の敵よ」
悼むシュティフィーに、ロミーはやる気になって水で矛を作り出す。
その間もパシリカは真っ直ぐ走ってた。
「げへへえ。美味そうな子供たちだ。もうこの街には熟成した恐怖の肉袋しかいなかったが、こんな新鮮な子供に会えるとは。げへ、げへ、げへ。おらぁ、子供が大好きなんだよぉ」
「「来るなー!」」
「間に、合、っ、た!」
泣き声混じりの悲鳴を聞いて、パシリカが石畳を砕く勢いで跳ぶ。
そのまま巨漢の悪魔に横から前蹴りをいれて着地を決めると、すぐに身を返して庇うように魔学生の前に立った。
「黒い馬!? プーカ!?」
「お願い! 二人を逃がして!」
言ったのは泣きはらした顔のテオとマルセル。
二人が庇って立つ後ろには血を流したディートマールとミアがいた。
「あら、愛ね。その友愛、美しいわ」
「ロミー、まずは子供たちを守らなくては」
パシリカから降りたシュティフィーは、足をついた途端石畳を押しのけて木を生やす。
「私の梢の下にいるなら安全よ、子供たち」
「それじゃ、私と子供たちを守りましょ。プーカ」
「望むところ。でも受肉悪魔だから気を付けるの」
「妖精風情がお楽しみを邪魔してるんじゃあないよお!」
蹴りを入れられた悪魔は、顔が歪んでるけど元気に怒る。
「この魔王さまよりたまわった辛苦の壷の恐ろしさ、教えてやろう! げへへえ!」
「これは危ない物ですか?」
「じゃあ、直しちゃおう」
ガウナとラスバブの声だけが聞こえる。
途端に、巨漢悪魔が取り出した醜い顔のような壷が風のように消えた。
「な、なんだ!? 誰が盗んだ!?」
「おや、置き忘れの経験がない? 盗んだとは人聞きが悪いですね」
「盗んだりはしないさ。君の手の届くところにもちろんあるよ」
「まだ妖精がいたか!? ふざける、な!」
石畳の上に姿を現したガウナとラスバブに、巨漢悪魔が妙な色の毒霧を吹く。
二人が避けると石さえただれたように溶けだした。
そして地面の下にはさっき巨漢悪魔が持ってた壷が現われる。
けどよく見れば毒霧のせいで縁が溶けてしまっていた。
「あー!? 魔王さまよりの賜り物があ!?」
巨漢悪魔が手を伸ばすと、壷は意思を持つように地面に潜って姿を消す。
「なんで壷が地面の下に!? 何処だどこだ!? 何処に埋まってる!?」
「あら、妖精の悪戯を知らないの?」
パシリカに乗って走り込んだロミーが、屈みこむ巨漢悪魔の首を狙って矛を振る。
巨漢悪魔は姿に似合わない身のこなしで横に跳んで避けると、そのまま殴りかかりにくる器用さを見せた。
その反転にパシリカが速度を上げることで避けて、巨漢悪魔は地面に拳をめり込ませる。
その威力は見た目に相応しく石畳が放射線状に砕けた。
避けられたことで効果があると見た巨漢悪魔は、笑みを浮かべて拳を上げる。
するとそこにはまた地面に埋まった壷が現われていた。
「げへえ、え!? ふ、縁が! 欠けてるう!?」
また慌てて手を伸ばすけど、もちろん避けるように埋まって消える。
たぶんやってるの地面の中を自由に動けるノームのフレーゲルだ。
なのに巨漢悪魔はコボルトたちに目をつけた。
「返せ!」
「おや、追いかけっこですか? かくれんぼのほうが得意なんですが」
「せっかくの街なんだし、僕たちだけじゃもったいないね!」
身軽に避けて姿をくらますガウナとラスバブだけど、同じ精神体の悪魔は見失わずに追い駆ける。
ただし攻撃をすると、その先に地面から壷が現われて破損するという巨漢悪魔的にはよろしくない展開を繰り返した。
「え? 何、これ? 私どうなったの?」
「おい、あの馬見たことあるぞ!?」
シュティフィーに手当てされたミアとディートマールが気づく。
マルセルとテオは言葉にならない泣き声を上げて二人に抱きついた。
「うふふ、ところでバンシー憑きの男の子は何処かしら?」
「あの、ここにいます」
シュティフィーが魔学生に聞くと、シーリオがバンシーと一緒に建物の影から声を上げた。
けどバンシーのカウィーナの様子がおかしい。
ムンクの叫び並みに顔が歪んで攻撃的な雰囲気を辺りにばらまいている。
「バンシーがこうなって、悪魔も僕には攻撃できなくなったみたいなんですけど」
「あらあら。この子の名前は知っていて? 妖精王さまがお命じになって助けに来たのよ。何も心配いらないと伝えてあげて」
「は、はい!」
カウィーナを正気に戻せるとわかってシーリオは必死に名前を呼ぶ。
そんなことをしている間に巨漢悪魔のほうに異変があった。
それを魔学生は見てしまった。
「「「「ひぃ!?」」」」
ガウナとラスバブが巨漢悪魔との鬼ごっこに仲間を呼んだんだ。
それなりの街でコボルトもそれなりの数いて、ぞろりと周囲の建物の窓からコボルト独特のどんぐり眼が覗いていた。
そうして街一つを食い荒らしていた巨漢悪魔はコボルトに縛り上げられガリバー状態でロミーに止めを刺されることになる。
腕力の暴力も数の暴力には敵わなかったんだ。
「どうしよう? エルフ先生に秘密で来たのに。妖精に助けられなんて」
「倒せたんだしいいだろ? だったら怒られねぇって」
「ディートマール、服に付いた血、どう誤魔化すなのさ?」
「ここは素直に謝るべきよ、妖精さんに助けられなかったら危なかったって」
悪魔の断末魔が響く中、魔学生たちの心配は全く別の所にあるらしい。
責任問題とかにならないといいけど。
どうやらエルフ先生の胃痛は留まるところを知らないようだった。
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