407話:遠来の援軍
アルフはどんどん北進していく。
すでにジッテルライヒの国境を越えてヘイリンペリアムを視界に収めてた。
そんな中、僕は未だにワンルームに戻れないでいる。
「なんで? 僕の想像力貧困って理由だけじゃない気がするんだけど?」
「先に戻った魔王が手を加えたからだ」
相変わらず宇宙を漂う僕の側にいる神がとんでもないことを言った。
「魔王なんてことしてるんだよ。僕の体なのに」
「年月を生きた分あちらが上手なのは自明だろう」
「ねぇ、神に出会ってスーパ-パワーアップでピンチに駆けつけるとかないの?」
「地球育ちの異星人というわけではないからそれはさせられない」
「わー、通じたぁ」
本当に僕の知る前世の知識はこの神からみたいだ。
エンタメ限定だけど。
で、できないんじゃなくてさせられないなんだね。
神の力を使えば僕は現状を打開できるし、魔王から肉体を取り戻すこともできる。
けどこの神は自力でやれといってるんだ。
「そう言えば、君、死に過ぎじゃない?」
周りのワンルームを見て僕は改めて思ったことを聞いてみた。
漂ってわかったけど、ワンルームはどれももぬけの殻。
誰もいない。
「五千年前は混乱の時代だった。五百年前もそうだ。地球の歴史を振り返っても、争いがない時代はない。何処に生まれるかは私の裁量になく、たとえ長命である幻象種でもニーオストのように埒外の陰謀に襲われることもある」
「あぁ、五千年前は大地焼き払って幻象種減らしたんだったね。あ、そうか。生まれ変わっても荒れた土地者赤ん坊なら死にやすいんだ。つまりは自業自得じゃないか」
「…………それもある。だが、千年ほどダークエルフに捜しだされて殺され続けた」
「え?」
どういうこと?
ダークエルフってあのスヴァルトたちが肌の色塗って演じてるあれでしょ?
なんかすごく凶暴で排他的なっていう。
「ダークエルフは大地を焼かれたことで私たちを憎んだ。そして私たちが送り込んだ種である人間を根絶やしにすることを目論んだ」
「うわぁ、思ったよりも殺意高い」
「魔法なのか生来の能力なのか、ダークエルフは神に近い人間を見分けることができたのだ。言うなれば、幻象種の血が薄い人間を狙っていた」
アダムとイブは幻象種と暮らして子孫が生まれた。
つまり今地上にいる人間は全て幻象種との混血というわけだ。
「私は魂の状態からして地上においては特殊な存在だ。幻象種という精神体を内包した肉体の影響を受けた地上の人間に宿ると、その精神体部分を大きく損なうことがわかった」
「えーと、つまり君が人間に生まれ変わるとアダムとイブに近い体になるんだ?」
「そうだ。そしてダークエルフが地上にいた間は十年と生きられなかった」
すごい執念で殺したんだなぁ。
神が言うにはあんまり狙われ過ぎるから、神としての意識さえ隔離する形で転生したそうだ。
その結果がこのワンルームという形の精神。
「先に囲って君とは隔絶してたってこと?」
「その理解で構わない。そしてそうすることで人間と幻象種のミックスに転生することもできるようになった」
「人間主体でしか転生できなかったんだね。そう言えば四足の幻象種は僕が初めてって…………」
「ミックスが生まれるほどにエルフやドワーフは人間と親和性があった。しかし獣とはそうもいかない。だが、ただの獣ではない知性ある幻象種もいるのはわかっていた。幻象種という地上の新たな霊長を知るには四足として生き、その文化も学ぶべきだと考えていた。」
そしてその試行の結果がこの星の海にも見えるワンルームの数々か。
神にとって生きることが目的で、そのために冥府と良好な関係を築くには、エネルギーを供給するために転生が必要。
その転生に別の目的を持って繰り返す気力にしていたってところか。
「…………フォーレン、君の友人が困難に直面したようだ」
「なんで繋がってるのは僕のはずなのに君がわかるの?」
なんか神が黙る。
これはやましいことがあるな?
えーと、ワンルームで隔絶してるから転生した側からはわからないようになってる。
けどワンルームって丸々開いてる天井があるから、神は僕のことも観測してた。
うん、それが象徴するのは神からは全てが丸見え、デバガメするための造りってことだね。
「まぁ、いいけどね」
僕は目を閉じてアルフを意識する。
見えてきたのは今までとは違う動きをする軍だった。
ちゃんと隊列が組まれて攻めにくそうなのが見てわかる。
グライフが頭上を飛んでも、慌てて陣形を崩すことはない。
「妖精王さま、将軍わかったよ!」
「すでに攻め落とされた北の国の将軍だそうです」
ニーナとネーナが虫の羽根を揺らしてアルフに報告しに来た。
そこは天幕の張られた指揮所らしい。
アルフの他にも獣王や見慣れない人間がいる。
話す内容からどうやら人間たちの隊を率いるジッテルライヒの将軍らしい。
魔学生やビーンセイズの冒険者組合も組み込まれた混成軍のようだ。
「面倒だな。我らは個の力が強く、それ故に足並みが揃わん。矮小な人間でもあのように並べられれば突破に時間がかかる」
種族的には人間に寄ってるはずの獣王が、敵の動揺のなさに不機嫌に喉を鳴らす。
人間の将軍は獅子の唸りに怯むけど、側に控えるヴォルフィは全く意に介さず意見を出した。
「個である故に包囲殲滅の恐れもあります。傷のグリフォンが将軍まで辿り着けなかったことを考慮するに、敵は対空戦力を秘匿している様子。問題の将軍を押さえるよりも正面から兵を削って行くのが定石かと」
「秘匿っていうか、傷のグリフォンやられた感じが、魔王が使ってた反射の魔術と同じだ。上から行くと全部反射されるから、ドラゴンとか巨人相手に重宝されてたらしい」
アルフが何かを思い出すように宙を見ながら教える。
話に出たグライフが戻ると、大きな羽根を広げたままアルフに突進した。
「不愉快だ! あの妙な術の破り方を教えろ、羽虫!」
「えぇ? 地面から行って埋められた魔術触媒全部掘り出すことになるぞ。たぶん二十から三十くらい埋まってるはずだ」
「多すぎるわ!」
グライフの怒りの声に人間の将軍が耳を押さえて身を硬くする。
ただの荒ぶるグリフォンにしか見えてないんだろう。
その点、獣人は四足の幻象種の言葉ならわかるから呆れて見てる。
そんなグライフの声にクローテリアがやって来た。
声の聞こえる範囲にいたようで普通に話に入って来る。
「だったらワイアームにブレスの一つでも吐かせればいいのよ」
「そういう土地が再起不能になることやめろって言われてるだろ」
アルフの横で人間の将軍が、ベルントに訳してもらうとアルフの意見に激しく頷く。
ジッテルライヒの副都のすぐ側でやらかした時、僕が見た限りでも近くの畑は壊滅してた。
確かにあれを復旧するには骨で、人間としてはやめてほしいだろう。
「では、こちらも隊列を組んでの攻防となりますが。編成が重要となります。まずもって問題となるのが進軍速度と攻撃の射程です」
獣人の将軍の中でもたぶん常識人なベルントが方策を出す。
言葉つきも様子も真面目なんだけど、冬眠回避のため未だに頭に雄鶏の姿をした妖精が座ってるのがちょっと笑えた。
「妖精だったら俺の指揮で同時に動けるんだけどな」
「妖精限定なのか? 人魚やダークエルフはどうだ?」
獣王の質問にアルフは肩を竦める。
「もともと妖精王に備わってる能力だから、幻象種相手だと勝手が違いすぎて無理だな」
「奴ら比較的話を聞くが、動くとなれば独自の頭を中心にして動くことしかせんぞ。わかっているだろう、羽虫に好き好んで従う者がいないことなど」
グライフも獣王の甘い考えを指摘した。
で、森の勢力も魔女やケルベロスと言った物理的に足並み揃えられない勢もいるし、攻撃射程も違いすぎるから一緒にすることはできない。
「お前らのほうは軍だろ。どうなんだ?」
「我ら獣人はその能力において兵科を細分化している。今相対する軍のような大規模な隊での衝突を想定してはいない」
ヴォルフィが言うには、森での戦闘を想定していて、千人単位で動くなんてしたことしないそうだ。
つまりやり合うにも兵に偏りが出るし、アルフたちのほうが少数に回ることになる。
そこに数で押し込まれる危険が常にあり、個人戦で強い者の集まりであるこっちの弱みを突いてる形だ。
「向こうが腰据えてやるつもりだとしたら、時間かけるだけ消耗させられる。かといって、精鋭送り込む隙作れるだけの隊もなし、か」
アルフが現状を纏めると、そこにボリスが火の粉を散らしながらやって来た。
「妖精王さま! 新手が来たぜ!」
「「「何!?」」」
敵かと獣人たちが即座に反応する。
けどアルフは不敵に笑った。
「はは、本当にやったか。しかもずいぶんと早いじゃねぇか」
「羽虫、何が来た?」
「援軍だ! 迎える用意をしろ!」
号令にニーナとネーナ、ボリスが報せに飛ぶ。
アルフは天幕を出て布陣の後方へ向かった。
高台に据えた陣の後方にはジッテルライヒの国境を示す砦が見えた。
そこに向かって進軍する軍の姿が遠目にもわかり、他にも気づいた者たちが声を掛け合っている。
「あれは、ジッテルライヒの旗。伝令でしょうか」
将軍が気づいて、進んでくる軍より半日分前を走る騎兵が旗を掲げてこちらに向かっているのを指した。
「じゃ、あいつらが掲げてる国旗はわかるか? って、ちょうどいいところに。おい、そこのエルフ二人」
アルフがユウェルとエルフ先生に声をかけるけど、二人は目を疑うように迫る軍の掲げる旗を見ている。
「あれは…………ニーオスト。な、何故ここに?」
「マ・オシェの…………? え、でも早すぎませんか?」
「なんと!? エルフとドワーフの軍か!」
予想以上に早く、森より南からの援軍が来たようだった。
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