406話:宇宙遊泳
神の前で魔王に八つ当たりをされた僕は、最終的にかめはめ波みたいなのを食らって吹き飛ばされてる。
「止まらないなぁ。っていうか、この宇宙どこまで続くの?」
ここが神の魂の世界だと言うなら端はあると思うんだけど。
「離れているように感じるだけで、実際は君の精神を表すワンルームの周囲を回っているだけだ」
「うわ、いたんだ」
神の声だけがして辺りを見回す。
すると白い月のようなものが現れそこから神が出て来た。
「何処にでも出られるんだ? っていうか、この際だから聞くけど、魔王は君の存在に気づいたのにアルフが気づけなかったのはなんで?」
「そのように私が操作した」
わー、簡単に言ってくれるなぁ。
たぶんアルフが言ってた妖精の小さな核、それがナノAIだ。
神はそれに干渉することができるんだろう。
その辺りが魔法とどう折り合いつけたのかはわからないけど、実際妖精は魔法を使ってた。
「けどアルフには操作をしてまで隠れたのに、どうして魔王相手だとこんなに簡単に出て来たの? その操作って魔王にはできなかったの?」
「使徒と呼ばれる存在として、疑似人格を受け入れている状態ならば足掛かりはあった。けれど彼の現状は精神のみと言える。私が手を入れる余地はない」
「じゃあ、今の魔王は本当に神から自由なんだ」
「そう、かもしれない」
「なんか煮え切らないなぁ」
「私たち日本人が思うより、宗教観は人々の自意識に大きく影響を及ぼすものだ。状況判断のために考える要素として、科学的合理性と神の絶対が並ぶ。そこに彼らは違和感を覚えない。科学は神の神秘に近づく試みという者もいる」
なんかすごいこと言い出した。
宗教って非科学的だと思ってたんだけど。
神さま信じてる人からすると、化学も神の手なんだなぁ。
「つまり魔王がこの世界に生きた人間である限り、神さまって判断基準は捨てられないんだね」
「そうでなければ、死してなお私を探求しようとはしないだろう」
そこは八つ当たり先ってこともあるんじゃ…………。
まぁ、いいか。これは魔王と神の問題だ。
なんでか僕が挟まってるけど、僕が言うことはない。
こうして目の前にいても神に畏敬なんてないし、僕の前世らしいけどなんか違う気がするし。
これが解釈違い?
「うん、ところで魔王どうしたの? 一緒じゃないの?」
「肉体での活動へと戻った」
つまり精神世界からはいなくなった?
ひとにかめはめ波撃ち込んで放置とか、やめてよね。
「僕がワンルームに戻る方法は? アルフが無事か気になるんだけど?」
「君が自ら望んで戻ることができる。だが、気になるのであればそれも望んで知ることができるだろう」
どういうこと?
いや、望めば扉ができたりするのと一緒?
ワンルームの中じゃなくてもできるのかな。
なんとなく目を閉じて集中してみる。
すると夢を見るように情景が浮かんだ。
それは確かにアルフの視点だ。
「よう、カウィーナ」
アルフが声をかけるのは黒髪に灰色のマントを着たバンシーという妖精。
その傍らにはエイアーナの貴族だった少年、シーリオがいた。
「お、お初にお目にかかります、妖精王さま!」
「おう、フォーレンから聞いてる。俺の友達の気がかりを解決する手伝いしてくれて助かった」
「そ、そんな、僕は大したことなんて」
ビーンセイズで出会ったシーリオがなんでここに?
よく見ると周りはジッテルライヒの副都じゃない。
軍が陣地を敷いてるっぽい様子が見えるけど、アルフの周辺では人間とは別の者たちが動き回ってた。
「妖精王さま、失礼いたします。ビーンセイズの冒険者組合と共にやって来た少年が一人行方不明に…………あら」
「あ、それ僕です」
冒険者の金羊毛に属するエノメナが困り顔でやって来た。
シーリオは行方不明扱いを知り、返事をしてから恥じ入って俯く。
エノメナが報せに戻ると、見たことのあるおじさんがさらにやって来た。
ビーンセイズで二度出会った冒険者組合の人だ。
一緒に金羊毛のリーダー、エックハルトもいる。
「お会いできて光栄であります。わたくし」
「あぁ、いいよ。お前らがフォーって呼ぶのは俺の友達だ。便宜を図ってもらったと聞いてる。気にせず喋れ」
「お、そりゃ…………」
冒険者組合のおじさんがびっくりして言葉に詰まるけど、なんか納得した様子で頷いた。
「なるほど、フォーさん、な」
そしてエックハルトに向かって意味ありげに言う。
どうやらシーリオとおじさん、ビーンセイズからの補給物資の輸送できたらしい。
ジッテルライヒが倒れたら次はビーンセイズも危ないってことで、前の国王のことでまだ政治的に不安定な中、ジッテルライヒに頑張ってもらうため、ジッテルライヒから南の国と歩調を合わせて急いで救援物資を届けに来たそうだ。
「しかしあんた、こんな子供なんで連れて来たんだよ」
エックハルトが呆れたようにシーリオを見下ろすと、冒険者組合のおじさんは鼻を鳴らした。
「妖精王さまがいるからだってのは今ならわかるが、軍事計画もなく北上するこの軍の所在を的確に指示できる妖精憑きだからだよ」
「妖精、なるほどな。ここにいるのも納得だ」
どうやらシーリオがここまで来たのは、本人の役に立ちたいという志願と同時に、妖精と意思疎通できるための道案内だったようだ。
そして冒険者組合のおじさんはエックハルトからアルフに目を向けると謝罪した。
「その、申し上げにくいんですが…………妖精王さまがいらっしゃるとは知らず、救援物資は全てジッテルライヒのほうに」
「気にするな。必要なのは現地調達するからいい。けど…………なぁ、ビーンセイズが妖精嫌いは知ってたんだが、ジッテルライヒもか?」
何げなく聞くアルフに、エックハルトとおじさんが顔を見合わせる。
素直なエノメナとシーリオが疑問を口にした。
「妖精に対してジッテルライヒの者が何かございました?」
「妖精の悪戯は何処の国でもあると思います」
「なーんか、妖精相手に微妙な距離感? 魔王の統治前なんかだと、魔法使いと言えば妖精の機嫌取りしてたんだけどな」
ジッテルライヒは魔法学園があるくらい魔法に造詣が深い国。
五百年引き篭もってたアルフには肌感がわからないけど、妖精王の知識としてはありがたがられたはずだと。
「すみません、浅学なもんで。どうして魔法使いが妖精を?」
エックハルトに聞かれてアルフのほうが勝手に納得した。
「うん? あぁ、そうか。今の人間魔法自分でも使えるようになったから、今じゃ妖精の手を借りないんだったな。しかもその反応見るに、昔は妖精いなきゃ人間が魔法使えなかったのも忘れてる、か」
「まぁ、そうだったのですか?」
エノメナが感心したような声を上げると、アルフはぱたぱたと手を振る。
「昔の話だ。魔王が統治してる間に魔法理論整えて、この東じゃそっちのほうが広く浸透したみたいだし。うーん、身近な人間が魔女だから俺の考えは古いってことはわかった」
「いや、そんな」
フォローしようとする冒険者組合のおじさんにアルフがまた手を振る。
「下手な慰めはいいよ。…………けど、皮肉なもんだ。神によって人間のために生み出された妖精が、人間からその役割を忘れられてるなんてな」
「「「「え!?」」」」
驚かれてアルフが苦笑する気配がした。
僕は目を開いて宇宙を見る。
「観測用とか言ってたけど、人間のためなの?」
相変わらず近くにいる神に聞いてみた。
「妖精という種族は妖精女王が生み出した。元を正せば妖精女王を名乗る者はナノAIの観測器。用法を思えばその存在は私たち人間のためと言える」
神曰く、魔法の再現が月でできなかったこと、人間の子孫が地上に存在することなどから、妖精を使って魔法の再現実験を地上で行ったこともあったのだとか。
つまり、妖精が神という人間のために、地上の人間に魔法を教えた。
結果として妖精は地上の人間が魔法を使う手伝いをしてたから、昔は魔法を使いたい人間は妖精を敬ったようだ。
「アルフは神が人間だとわかってる?」
「そのはずだ。しかし、そうと知っても魔王が私を己と同じ人間と扱いはしなかったのを見ていたはずだ」
「まぁ、相当考えとか常識違う感じだったからね」
「あの妖精王もそうなのではないか?」
「あー、人間だとしてもなんか種族的に大きく違う、みたいな?」
僕は気になってさらに妖精について聞いてみた。
「なんで悪戯好きなんて設定にしたの?」
「…………たぶん、妖精は西洋での妖怪のようなもの。何故妖怪は夏や夜に現れる? と聞かれて答えはあるだろうか?」
「ないね。そう言うものだし」
なんか風物詩的な?
ぬらりひょんとか妖怪大将なのにやること無銭飲食っていう。
あれ? 妖怪よりも妖精のほうがまだ理屈が通じる気がする。
もしかしたら妖精たちの融通の利かないところって、そういう存在だと理由もなく神に決められたから?
理由がないから変える理屈もない?
「ねぇ、もしかして僕が妖精に干渉できるのってさ…………」
「私はナノAIに干渉する権限を持っている。それは基本設定の書き換えも含まれる」
「なんか難しいな。つまり僕が神の魂を持ってたから、シュティフィーやロミーを別の妖精にできたんだね」
「私はその点についてなんの改編も行ってはいない。偶然妖精王が不用意に与えた権能の内で、想定よりも私の存在を加味して大きく変更を与える権限を有してしまった結果だ」
だからアルフもおかしいって言ってたのか。
本人としてはそこまでした覚えはない。
そして神の魂についてはブラインドされてた。
アルフの適当さもあるけど、僕に対しての緩さはそれだけじゃなかったようだ。
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