404話:無用の実験
この世界で神と呼ばれたのは前文明の十人の生き残り。
その内の一人が僕の前世で、その神は人間を生み出した一人であり、五千年前に地上へ降りたらしい。
神の炎で焼かれた地上に降りると、怒り狂った本物のダークエルフに出会い致命傷を負わされたんだとか。
神、弱…………。
「冥府は、神と呼ばれる仲間の力によって、独自の世界を営み、冥府における生者への優位を獲得していた。半面、死者の国である冥府へ生者が転がり落ちると死の概念が歪み、致命傷を負っていてもその死は酷く緩やかに訪れるらしい」
「何? 冥府では生者は死なないと聞いたが?」
森にある冥府の穴を狙っただけあって、魔王も何か知ってるらしい。
「人間が観測した結果であるなら、観測期間が短すぎたのだろう。一日に一度落ちる水滴が頭部大の石を穿ち穴をあけるほどの時間をかけて、生者は死へと向かう」
「うん? 君、五千年前に冥府へ落とされたんだよね。もしかしてまだ石に穴が開くほどの時間、経ってないんじゃ?」
「そのとおり。この地上において魂は精神と肉体がなければほどけて形とならない。だが私の魂はまだ私という肉体と精神と繋がっている」
「ではこれはなんだ?」
魔王が僕を指してぞんざいに聞いた。
「妖精女王と妖精王は私たちのオーダーにより魔法という未知の力を分析し、理論立てた。その上で自ら再現することには成功したものの、月においては再現性のない理論だった」
どうやら神は魔法が使えないという認識だったらしい。
「魔法を使うには魔力の存在する地上であること。また魔力の満ちた土地で生まれ、魔力を生まれながらに体内に取り込んでいることが必要だった。私たちやアダムとイブは、最初から魔法を使う素養がなかったのだ」
「馬鹿な。では何故その魂には膨大な魔力がある? 神が世界を改変したのは魔法ではないのか?」
「魔力が宿るかどうかと、使えるかどうかは別の問題だった。私たちは長く生きる中で、身の内に膨大な魔力を蓄えることはできたらしい。宇宙にも魔力と呼ばれる力はあるのだろう。ただ、地上とはその形態が違い、地上における理論の下に再現することは不可能だった。同時に、地上に降りて私たちが魔法を使うには、己の存在全てを無に帰さねば魔力を扱えないようだ」
神は魔法が使えないけど魔力は大量に持っていた。
じゃあ、生きていたいこの神はその持て余す魔力をどうしたか。
「冥府の者は、どうせ死ぬならこの力を世界のために使うよう言った。だが私は何も成してはいない。ましてやバイタルだけは一定期間残る状態で、拙速に肉体の放棄などできなかった」
「もう一度地上を焼かせないために降りたんだもんね。あ、もしかしてその魔力、転生に使ってたりするの?」
僕の思いつきに神は頷いた。
「何故四足の幻象種などに…………」
魔王が嫌そうに言うけど、勝手に入って来て復活したの君だから!
「私は幻象種という新たな霊長を知りたかった」
「妖精女王や妖精王に話を聞くんじゃ駄目だったの?」
「…………地上を焼いた際、妖精女王と妖精王は信号をロストした。事前に命令を送って退避するようにしていたが、余波を受けたのだろうと思っていた」
え、いるじゃん。
二人とも健在だよ?
「ユリウスが言っていた。神とは五千年前を契機に手を切ったと。今ではもう神の声を聞くすべはないと」
魔王が前妖精王の言葉を引用する。
どうやら神の声というのは前文明の生き残りからの命令のことらしい。
そして手を切ったって、神見限られてるじゃん。
「なんか色々情報多すぎて疲れて来たな。結局君たち生き残りが使徒を増やしたのはなんで?」
神がすぐには答えないで考える様子を見せると、魔王が懐疑的に聞く。
「また言えない碌でもない理由があるのか?」
「では正直に言おう。知らないと」
「え?」
「私は冥府で先に降りた五人の行状を知れる限り探った。冥府の者は冥府に力を与えた仲間のことは詳しかったものの、地上で活動した仲間については不明であった。それでも死者から聞こえる話を統合し、おおよその推論だけなら立っている」
「確証はない、か。…………それでもいい。俺はそれを知るために神に会いに来たんだ」
こうして神の話を聞く理由は、僕からすれば魔王の足止め目的もある。
けど魔王にとってこの神との対話こそが目的だった。
その横顔は必死さがある。
死んでも残った執着の結果なら、それくらい大きな感情なんだろう。
たとえ碌でもない理由があると思ってしまっていても。
「地上に降りた五人目が、妖精女王と妖精王に接触したらしい」
「君が六人目なんでしょ? じゃあ、冥府は何人目の時に?」
「三人目か四人目が。この二人は示し合わせて同時に降りている。一人が生きたまま冥府に降り、魂の在り方とその機能を知ると、秩序をもたらさんとして冥府に死者の国を作ったそうだ。その時に、共に降りて来た者はすでに死んでいると言っていたらしい」
「話の腰折って悪いけど、冥府で神の魂とかってどうなるの?」
僕の横道の質問に、魔王は顔を顰めながらも口を挟まない。
気になるみたいだ。
「どうやら私たちの魂は前時代のままで今の地上、冥府では扱いきれないそうだ。前述のとおりあり方が違う。冥府に力を与えた者の魂は、消えたわけではなかったそうだ。けれど、その実在を確認できない形となって、今も冥府を運営する力の中に漂っていると推測されていた」
「うん、よくわからない」
「肉体はどうなった? 粘土細工のような精神は?」
「何も残らなかったと聞く。膨大とは言え魔力を放出するすべのない私たちはまず、肉体が邪魔だ。そして次に魂を覆う精神も邪魔になる。最後に魂が形として残っていては魔力を内に抱えることになるのでこれも消す必要があった。必要の元に変容したとすれば、いずれ魔力の放出を終えた時には蘇る可能性もあると冥府の者たちは考えていた」
「つまり、死んだっていうか、体も精神も魂すら形なくしたこと自体が神の魔法だったんだね」
「そう、なのかもしれない」
転生で肉体も精神も一時的に放棄して、少量ずつ魔力を放出してる神には断言できないようだ。
「神の復活か。ぞっとしないな」
魔王が露悪的に吐き捨てた。
神は何処か寂しそうに魔王を見る。
まぁ、本人は神なんて呼ばれてることに違和感があるんだろうな。
僕が知るのは一般的な日本人の記憶で、正直目の前の神とあまり繋がらない。
それでも僕の前世がこの神になるのなら、今の神になるまでによほどの経験があったんだろう。
「話を戻そう。妖精女王と妖精王に接触した五人目は、自らがただの人であることを告げたようだ」
「あぁ、だからユリウスは月にいる神が十人の合議制だと知っていたのか」
妖精王は知識を継承する。
五人目に会った五千年以上前の妖精王は月の実情を教えられ、そして魔王も五百年前の妖精王からその事実を聞いた。
なんか、思ったより魔王って前妖精王と仲良かった?
神についてなんてアルフはひた隠しに…………そうか、だからだ。
魔王に神のこと教えた前妖精王は、後悔して魔王の名前を冥府に封印するほどだった。
だから同じ轍を踏まないようにアルフは僕にひた隠しにしてる。
「…………アルフって、用心深いのか抜けてるのかわからないな」
「抜けているに決まっているだろう。あんな穴だらけの知識。隠すならもっと徹底しろ」
勝手に覗き見てた魔王が偉そうに…………けど、うん。
言いたいことはわかる。
隠し方、下手だよね。
「妖精王が使徒を選定していたのは知っている。それが疑似人格の植え付けであることも聞いた。では、その目的をなんと推測する?」
魔王は神にも偉そうに問う。
「…………実験だろう」
「なんのだ…………?」
魔王は声を押し殺して感情をぶつけないように我慢するようだ。
まぁ、使徒の魔王からすれば自分が実験動物にされた気分だよね。
「私たちが、地上で生存が可能であるかどうか」
魔王は目を見開いた。
その顔には怒りが浮かんでいる。
けれど言葉にならないようだ。
「あぁ、正しく神の移し身なんだね」
思わず言うと、魔王に睨まれた。
けどそういうことだ。
使徒は神が地上に降りて生きるとなった時、どう世界が変化するかを見るモデルケース。
神からすればそんな魔王がこうして乗り込んで来たんだ。
気まずいよなぁ。
「えっと、使徒を選ぶようその五人目が妖精王に命令したってことでいいのかな?」
「そうだろう。以降、妖精が子供に寄って行くようになったという」
「誰でもいいってわけじゃないだろうから、選んではいたんだね」
僕が知ってる使徒は神殿を建てたって言う三人と魔王。
そして直接知ってるアルフと話でしか知らない妖精女王の六人。
あ、ランシェリスたちの騎士団、確か聖女って呼ばれる使徒だって聞いたな。
つまり七人だ。
僕は思わず魔王を見る。
「言いたいことがあるなら言え」
「一番派手にやったのって魔王なの?」
うわ!?
殴りかかって来た!
「言えって言ったの魔王でしょ!?」
「言ってどう処すかは言っていない」
狡い!
「私が言っておくならば」
神が空気読まずに喋り出した。
あ、魔王のほうが空気読んで僕を襲うのやめる。
「…………フォーレンが私と違う存在であるように、君も、あまり彼には似ていない」
移し身だからってそのままじゃない。
魔王は魔王と神は言いたいようだ。
けど魔王は何処か傷ついたような顔をして神を睨んでいた。
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