403話:神々の対立
まず妖精女王は地上観測を目的としたナノAIだった、らしい。
言葉からして目に見えない小さな機械が本体で、学習して最適化する能力を備えてたようだ。
結果、妖精女王は自ら妖精という新たな存在として地上に根付いた。
「種族として立場を確立して動くことが目的達成に期すると判断したのだろう。妖精女王の目的の中でも重要事項には知的生命の発見と観察も含まれた。そのために人に似た活動体を自ら作り出したと考える」
神は淡々と語る。
それでも妖精女王のその判断は予想外だったんだとか。
そしてもっと予想外だったのが、幻象種という知的生命が科学の目に映らなかったこと。
「時折空白のデータが送られてくると解析班が首を傾げていたのは知っていた。けれど地上から月へ情報を送るのは至難。途中で欠落したと考えられた」
「もしかしてそれが、知的生命としての幻象種を観測したデータだったの?」
「そうだ。妖精女王を投下してからも、私たちは月基地の保全や新たな問題への対処に追われた。気づけばずいぶんな時間が経っており、妖精女王から送られたデータも膨大。こちらも受信体勢を最適化しなければいけないとなった」
どれくらいの時間、なんて聞くだけ野暮かな。
衛星を飛ばして、地球の存在を確認するのに二十年。
妖精女王を送り込むのにもそれなりの年月がいるだろうし、さらに不老がわかって人間作ってたりもしてる。
妖精女王単体が千年地上を徘徊していたことを思えば、数百年経ってからの整理でもおかしくない気がした。
魔王は眉間の皺を深くして手短に聞く。
「何故観測されない存在がいるとわかった?」
「大きくストレージを圧迫するジャンクの存在に気づいた。何がジャンクとして処理されたのかを調べたところ、何かの活動データだった。けれど機器には全く活動する何かは観測されない。ところが周辺の動植物の動きを照らし合わせれば確かに何者かが存在する形跡があった。私たちはそれをファントムと呼んだ」
ファントムは機器が誤作動を起こして何かがいるように誤認すること。
けれど誤認と呼ぶには周囲への物質としての影響がみられた。
「幻象種が半精神体と知った今となっては、ファントムとなったのも頷ける。機器は最初から精神という不定形のものを観測できるようには作られていなかった。あくまで前文明における生物が獲得した感覚において感知できる範囲のみ。けれど半精神体は物質も含んでいる。だから地上に在っては観測ができた。けれどデータとして送った時、幻象種を定義するアルゴリズムは存在せず、ジャンクとして処理されてしまった」
「それでも君たちは何かが生きていることは知ったんでしょう? 衛星写真とかで都市は見えなかったの?」
「衛星は飛ばしたが、当時月基地で造れる映像機器には限度があり無理だった。大規模基地を作れず、月の裏側という位置の問題もあり、座標を元にした地形情報のみで観測を行っていた。が、これも前文明を元にしたものだったため、今となっては的外れな観測だったのだろう」
「幻象種は神の目には見えない、か。ならば何故、黄金都市を滅ぼした?」
魔王がいうのは、かつてのドワーフの栄えた都市だったと言う場所だろう。
確か人間と争ってたら、白槍と呼ばれる攻撃により神が滅ぼしたんだとか。
「私たちはアダムとイブによって存在を観測した知的生命の実在を確認したかった。けれど妖精女王からのデータでは立証が難しいことを確認。衛星も駄目。ならば、別の観測装置を地表に送り込むこととなった」
「うん? ちょっと待って。まさか、黄金都市を滅ぼした神の白槍って…………」
僕の脳裏には飛行機雲が思い浮かぶ。
「妖精女王に観測地点を選定させ、知的生命の多い場所近くへと観測装置を投下した。しかし地上には私たちが観測できない魔法という未知の力が存在し、それは大気にも影響を及ぼしていたと考える」
「魔法という不確定要素のため投下地点に大きな狂いが生じ、結果、都市の真上に観測装置が着弾したと?」
「そうであると推測する。そうでなければ、大気中で燃え尽きるはずの投下装置の大部分が燃え尽きずに地上へ落下するなど計算上ありえない」
魔王の質問に答えながら、神は悼むように目を閉じる。
魔王も怒りを耐えるように一度大きく息を吐き出した。
確かに神のやったことは横暴以外の何ものでもない。
失敗しましたでは済まない話だし、実際都市ごと滅んでしまっている。
けれどそれができてしまったからこそ神とも言えた。
「結局君はどうしてそんな地上に降りて僕に生まれ変わる、いや、何度も生まれ変わるなんてしてるの?」
周囲には星々のような無数ワンルームが浮かんでる。
これはきっと今まで生まれ変わってきた者の心象風景だ。
ちょっと死に過ぎじゃない?
いったいどれだけ生きてるんだろう?
「…………始まりはまた、アダムとイブの処遇についてだった」
神は目を開けて僕を見る。
どうも地上の知的生命を確認するため、地上の状況を把握調査には生態を送る必要があると十人の生き残りは議決を下した。
「君たちが妖精王と呼ぶのは妖精女王のアップデートと対知的生命とのコンタクトを目的とした高次ナノAIのことだろう」
「それも人格とかない機械だったの?」
「いや、この時には交渉を前提としていたため、私たちの中でも相性のいい二人の男女から疑似人格を作り妖精女王と共にインストールさせた。妖精王には私たちの疑似人格がストックされている」
つまり神の移し身としての使徒は、妖精女王が先などではなく、妖精王が投下されて初めて二人同時に生じた存在だった。
っていうか、インストールとか言われると使徒自体が機械染みて感じる。
人間を素体に神の人格と知識をインストールさせて…………。
「あぁ、そうか。だから魔王は神の手から逃れるために神に会いたかったのか」
「…………今さら言っても遅いだろうけれど、その行動に対して倫理的観点以外の行動規制を行ってはいないはずだ」
「ふざけろ。生まれて脳が育つ間に自らの経験には即さない知識と観念が植え付けられるのだ。なるほど疑似人格か。自ら選んでも神の軛を逃れられぬわけだ」
選んだと思ってもそういう人格となるようにされていたなら逃れられないだろう。
神と使徒の間に契約なんてない。
もっと根本的にそうなるよう仕込まれていたんだ。
ここまで聞くと神って碌でもないね。
「妖精王を投下したことで、妖精女王が独自に種族を形成していることを知った。それでもデータはファントムとなることは変わらず、言語らしきコミュニケーションの記録は取れたが、魔法という未知のテクノロジーを私たちは再現できなかったため、原始に近い状態を観測はできても、知的生命がどのような社会を営んでいるのかは不明のままだった」
「融通が利かないなぁ」
「逆だ。月の裏という絶対的にこちらからは観測できない位置にありながらそれだけの手を打ち、未知が存在すると認識する。恐ろしく破格の能力だ」
なんかこういう意見を言われると、魔王は現地人なんだなぁって思う。
昔はなんとかアースとかなんとかビューで地球の裏側くらい見れたはずなのに、なんて考えはないんだ。
「アダムとイブの降下に対立はあった。けれど私たちもいずれは大地に帰る。そのためには生態の着陸と地表における生存可能性の模索は必須だ」
つまり生み出した人間の人権という問題は決着つかなかったけど、ミッションとして必要となれば話はまとまった、と。
一般人にはついていけない感覚だ。
でも宇宙という生存不可の世界に十人だけで取り残された神たちにとって、地球での再興は滅んだあとでは至上命題だったんだろう。
だから倫理観とか無視してアダムとイブは地球に降ろされた。
「私たち人間を生み出した三人は後悔した。同じ仲間を作ったのであって、決して実験動物を作ったつもりなどなかった。生存すら危うい土地で、子孫も残せず十年という短い生を、データ収集のためだけに終わらせるつもりはなかった」
「あれ? でも人間増えてるよね」
「最初の人間は男がエルフに、女がドワーフに身を寄せたと二つの幻象種の中で伝わっている」
魔王は、ケイスマルクのフォーンが言ったように、人間との間にはひどく短命な種が生まれ忌み嫌われたと語った。
「そう。アダムとイブの子孫は、幻象種と交わりその数を増やした。そのためにまた私たちが観測できない存在となったのだ」
「え!? 人間もわからなくなってるの!?」
「私が月にいた頃には観測機器の調整を繰り返し、人間ならば観測でき、物質体寄りの幻象種であるならばファントムの中から選び出せるようになっていた」
神たちも色々手を尽したようだ。
妖精女王から一万年、何もしてないわけがない。
けれどたった十人だから時間はかかる。
「そして、ようやく地上に投下した観測機がその役を果たし、人間が地上で生存可能であることを私たちは知った。…………そのことで、人間を作った女性が、後悔の念に駆られて地上に降りた」
「は!? え、神さま他にもいるの? あれ、でも転生してるの君だけって」
え、実は神さまって地上で生きてる?
「私だけだ。私が降りた五千年前にはもう、誰も残ってはいなかった」
「神は死んだのか?」
「その表現が正しいかはわからない。けれど私が冥府へ降りて聞いた限り、他の仲間は自らに宿った不老さえ可能にする科学では解明できなかった力を使い、この地球を人間が住みよくなるよう改変を施したそうだ」
今度はファンタジーな話になった。
その解明できなかった力って話の流れからして魔法じゃない?
月では再現できなかったって言ってたけど、そう言えばアルフが人間の魔法は妖精が補助してたって言ってたな。
もしかして神は地上に降りたら魔法使えたの?
「魔法で世界改変って何したの? 何人の神が降りたの?」
「私を除いて五人。最初に降りた女性を追って次々に降りて行った。それでも月の裏から地球へ降りるには相応の準備と整備が必要になる。千年単位で間が空いたこともあった」
「改変とは何をした? かつて人間だけは魔法を使えなかったとエルフが言っていた。人間が魔法を使えるようになったことか?」
「それはわからない。ただ私が聞いたのは、大地、空気、海、植物、冥府に手を入れたということ。地上に降りた仲間が独自に持ち込んだナノAIによって、新たに悪魔や怪物と呼ばれる存在を作ったこともわかっている」
わー、色々やってる。
そしてなんで妖精や悪魔、怪物が別々にいるのかと思ったら、作った神が別々だったのか。
「…………五千年前に降りたと言ったな。神の炎を下した後か?」
「あ、そんなのあったね。世界を焼いたって。もしかしてキラー衛星みたいなもの作ったの?」
「その時残っていたのは五人。先に降りた五人のバイタルが確認できないことから、死亡と断定。地球と思われる惑星のテラフォーミングのためと、爆発による飛散物質の採集のため、行った、実験だった」
「実験だと!? どれだけの幻象種があれで死滅したと思っている!?」
魔王の正当な怒りに、神はまた目を閉じる。
「私は、止められなかった。そのことを悔い、自ら地上に降りてバイタルを送ることで地上を二度と焼かないよう、願った。…………だが、私は地表に降りたその日に、憎悪に猛ったダークエルフによって、致命傷を負わされた」
「…………へ?」
僕の前世だというこの神は、地上に降りたその日にダークエルフに襲われ、そして半死半生で冥府へと蹴落とされたのだと語った。
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