397話:地下の主
パシリカのお蔭で、アルフが僕の生存に気づいてくれた。
そこから積極的にヘイリンペリアムへ向かうことを宰相へと提案する。
「我々は国を守り、民を安んじねばならぬのです。国土の奪還は急務なれど」
「わかってる。人間が俺たちに足並み揃えるのは難しい。お互い目的が途中まで一緒なんだそこら辺折り合わせればいいさ」
ジッテルライヒ側は王都を奪還したい。
アルフたちはジッテルライヒをさらに北上してヘイリンペリアムへ行きたい。
途中まで北上ルートは一緒だ。だったらそこまでは仲良くしようということらしい。
「こっちとしてはお前らがこの街の地下を奪われなければそれでいい」
「地下に何があるのかをごぞんじで!?」
「その言い方では魔王が狙っていると、いうのですか?」
驚く宰相と顔色が悪くなるエルフ先生。
「あ、そこからわかってないのか。出入りしてる人間いたらしいけど? 調べてないのか?」
アルフの疑問にジッテルライヒ側は、僕が見つけた以上のことは知らないと語る。
うん、だってアルフの言うそれヴァーンジーンだしね。
魔王側に行っちゃってるからジッテルライヒは知らないよね。
と思ったら辺りに冷気が広がった。
アルフはすぐに発生源に気づいて上を見る。
「「「「あー! かっこ悪い骸骨!?」」」」
「小童どもが!」
アルフの動きで気づいた魔学生に怒るのは、吹き抜けから魔法で降りて来るヴィドランドルだ。
あんなに怖がってたのにかっこ悪いって言っちゃう辺り、魔学生は相変わらず怖いもの知らずだよね。
ジッテルライヒ側の大人は素直に怖がってる。
その中でもエルフ先生だけは目に見えて震えてた。
たぶんヴィドランドルがすごい存在だってわかっちゃったんだなぁ。
「寄ってくるな! 冷えるだろうが!」
「外にいろ、骨の魔術師! 寒いわ!」
「迷惑なのよ! 近寄るななのよ!」
グライフとワイアームと一緒にクローテリアまで一階の広間でヴィドランドルに文句を向ける。
まぁ、冬場に北に向かうとね。
ヴィドランドルはだいたい冷気を纏ってる。
近くにいてひんやりする程度だけど、冬の屋内にいきなり現れるとひんやりどころじゃない。
「えぇい! 細かい生者どもめ! 我が領域の様子を教えてやらぬぞ!」
ヴィドランドルの言葉にランシェリスが反応した。
すぐさまヴィドランドルについてジッテルライヒ側に教える。
「宰相閣下、あの者はかつて魔王と戦い副都地下に封じられていた大魔術師。魔王が狙うものもかの大魔術師が封じられた場にあるそうなのです。魔法学園地下に見つかった遺跡の主であった魔物でもあります」
宰相側が把握していない事実だけど、宰相側はランシェリスに懐疑的な目を向ける。
これはヴァーンジーンが敵に回ってるって知ってるからだね。
ヴァーンジーンの下にいた姫騎士に対しても疑いがぬぐえない。
ランシェリスと宰相が半ば睨み合うように視線を交わした。
そんな真面目な雰囲気は、ヴィドランドルのせいで弾け飛ぶ。
人間たちのすぐ側を、吹き飛ばされて横切ったから。
「何をするかこの獣どもめが!? あのユニコーンがいなければ貴様らなど! 食らえ! 凍えろ!」
「「やめろ!」」
「寒いのよー!?」
怒ったヴィドランドルが嫌がらせに冷気を強める。
それでさらに怒ったグライフとワイアームが風を起こして冷気を自分たちから周囲へ逸らすという周りに被害が増えるばかりの行動に出た。
「よ、妖精王どの! 場の収束を! 地下の主を止めてくれ!」
「いや、お前が知るとおりこういうの治めるのって俺よりフォーレンのほうが向いててさ」
ランシェリスに対してアルフが頼りないことを言う。
一応一階にいる人間たちを守ることはしてるんだけどね。
ただ巻き上げられた冷気が階上にまで上がって騒ぎは広がる一方。
争っていたはずの人魚のアーディとヴィーディアも、口で非難しながら冷気を振りまくヴィドランドルに攻撃を仕掛ける。
そのせいで冷気で凍った水滴が辺りにばらまかれるさらなる被害が発生した。
「な、なんと無茶苦茶な!?」
「即死しないだけましですぅ」
戦く宰相に、魔女のマーリエが寒さに自分を抱きながら森の日常と照らし合わせる。
「加減はしているだろうね」
「建物の中にいてくれますしね」
毛皮でしのげるベルントとルイユは、いっそ好意的ですらある意見を口にした。
「妖精王さま!」
「うん?」
突然響いた声にアルフが動く。
辺りに乱舞して魔法を全て掻き消した。
静寂が一瞬のしかかるように広がる。
その時には騒ぎの中心だったヴィドランドル、グライフ、ワイアームの三人に二人ずつダークエルフが肉薄して短剣を突きつけていた。
「話し合いの場だ。少しも待てぬというのならヘイリンペリアムの上空でも飛んでくるといい」
スヴァルトは刀身が光って見える短剣をヴィドランドルの首の骨の間に差し込んでる。
魔法がかってるのか、動かないところを見るとヴィドランドルにも有効な攻撃手段なんだろう。
「お、悪いな、スヴァルト。で、骨は何があったんだ?」
「大魔術師をつけろ、妖精王!」
「本当にそれでいいのか?」
「皮肉にしか聞こえんぞ」
「今さっき魔法全部消されておいて、なのよ」
ヴィドランドルにグライフ、ワイアーム、クローテリアが、刃物を突き付けられたまま気にせず突っ込む。
場が収まったと見てスヴァルトが退くと、ダークエルフたちも退いて壁際に控えた。
そこでグライフが気づいたように耳を揺らす。
「下僕はどうした、骨?」
「骨ではないというに!」
「ここにいますぅ、ご主人さま。地下調べてきましたぁ、あぁ、あんなものがあるなんてぇ。教えてくださいよぉ」
上階に隠れていたユウェルも降りて来る。
ヴィドランドルがへそを曲げて話さないので、疲れぎみのユウェルが説明をすることになった。
「確かに近くの都市の地下には四千年ほど前と思われる遺跡が埋まっています。落ちていた骨は人骨が主であり、いくつか埋まった人骨をこちらの魔術師にお願いして掘りだしていただいたところ、災害によって街ごと滅び、その後土に埋まったものと考えられます」
そう言えばユウェルは遺跡発掘のために旅をしてるエルフだった。
「人間の他には幻象種と思われる骨も少々あるそうですが、基本的に人間の住まいだったと考えて良いでしょう。その上で冥府の穴も確認しました。作られた時代はこちらの魔術師が住まいにされていた遺跡と同年代。場合によっては古いでしょうが、補修や管理がされており、明らかに人の手が入っていましたので、ごく最近まで管理する人間がいたことが窺えます」
ユウェルの言葉に宰相が目を剥く。
魔学生たちは状況がわからないみたいだけど、宰相の様子で空気を読んだのか誰も何も言わない。
いや、ランシェリスが堪らず質問を向けた。
「ローズ、私たちと同じ服装をした者の遺体は?」
「残念ながら。ただ、確かに乙女の血が流れた痕というものがあったそうです」
ユウェルはヴィドランドルを見る。
どうやら確認したのはヴィドランドルらしい。
「うむ、ごく最近の血の跡だ。だが、わしが招き入れた最後の人間たちはそこにおり、怪我一つ負ってはおらん」
魔学生の中で女の子はミアだけ。
けど誰も怪我しなかったから、その後元気にドワーフの国まで旅もした。
ヴィドランドルが出て行ったあと、誰かが地下で血を流したのは確かなようだ。
「血を流したのは乙女が一人。出血量からして生きてはおるまい。そしてそこに存在していた生者の気配が他に三つ」
「…………連れて来い」
何かを押し込める沈黙の後、短くランシェリスが姫騎士に命じた。
動くクレーラがシアナスを連れて戻る。
「当時地下にはこの者と、司祭がいたことが報告されている。その証明ができるだろうか?」
「さて、人の枠を壊した我をどれだけ信じるかという話にしかなるまいよ。だが、ふむ…………。確かにこの者の生気だ。そしてこの者、精神操作を受けておるな」
「え? そ、そんなはずは!」
シアナス自身が驚き、姫騎士がみんなつけてる頭のヴェールに触れる。
「我々は精神操作をはね退ける魔法道具を身に着けている。それに損傷は見られない」
「それ抵抗しようって気があるかなしかで反応違う魔法道具だろ? 顔見知り、しかも信頼しきってる相手にさっさとやられたら効果ないぜ」
アルフがさらっととんでもないことを言う。
ランシェリスも知らなかったみたいで自分のヴェールを確かめるけどわからないようだ。
「まぁ、お前ら敵のいる場所に行って戦うって形だし。今まで不都合なかったんだろ。だが、今回は不都合があった」
「姫騎士団を統括していたヴァーンジーン司祭が、魔王に寝返ったことでしょうかな?」
宰相の言葉にシアナスの肩が震える。
アルフが読む心には激しい動揺があったんだけど、動揺しすぎてて逆に何考えてるかわからない感じだ。
アルフを中継して見るシアナスはずっとこんな感じ。
それだけローズの死がショックなんだろう。
「ふむ、犯行の目撃者の記憶を封じたか? どれ、操作を解いてやろう」
「やめ…………!」
「シアナス」
骨の腕を向けられ、反射的に抵抗しようとするシアナスをランシェリスが止める。
シアナスは決死の顔で抵抗のために上げた腕を降ろした。
ヴィドランドルの骨の手がシアナスの頭上にかざされる。
次の瞬間、人間とは思えない悲鳴とも叫びとも言えない声が、シアナスの口からほとばしった。
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