385話:ブラオンの魔法陣
「無理だな」
「無理ではないか」
「無理なのよねぇ」
「無理でしかない」
「だよなぁ」
ヴィドランドル、ワイアーム、アシュトル、ペオルの否定にアルフも賛同した。
目の前にはアルフが描いた魔法陣があり、ビーンセイズで流浪の民ブラオンが使っていたものの再現だ。
「本当にこれで魔王が復活したのか? 魔王石という性能の高い触媒があったとしても、起動がやっとではないか?」
人間をやめた魔術師であるヴィドランドルは、骨の指でコツコツと自分の顎を叩いて考え込む。
僕の中に魔王が復活して森に来たことと、入れ替わりに北に向かったことは話してある。
そこから本当に魔王は復活できたのかという話になって、アルフが魔法陣を作ってみせた。
そしたら魔法に詳しいひとほど引っかかるものだったみたいだ。
「無駄が多すぎる。これでは人間のみの力で動かすのも無理だぞ」
人化して魔法陣の周りを歩くワイアームに、現場で召喚された悪魔のアシュトルが教える。
「だから魔王石に頼ったのよ。まぁ、そこから魔王の残留思念なりを取り出せたかどうかは微妙よね」
「だが少なくともなにがしかは出てきたわけだ。そうでなければ現状と合わん」
言いながら納得できない顔がもはや凶相のペオルに、アルフも唸る。
「うーん。明らかにフォーレンじゃないし、何かがフォーレンの精神覆って体乗っ取ってんだけど。それが本当に魔王かというとなぁ」
「それらしいことを言っていた。そしてその点においては魔王を知る貴様らにも異論はないのであろう?」
またモッペルの横に伏せたグライフの問いに、かつて魔王に仕えていたスヴァルトが首を横に振る。
「少なくとも魔王本人がそのままではない。魔王の残留思念があったとしても、他の影響を受けた上での復活と見るべきだろう」
魔法が使えない獣人のヴォルフィは、魔法陣にも興味なさそうに指を差した。
「またそこの妖精王が余計なことをして事態を悪化させたと言うことはないのか?」
「「「「あ」」」」
魔法に詳しい者たちが声を揃える。
アルフは冤罪に慌てた。
「それがあったみたいな顔するなよ!? 俺何もしてないからな! だいたいフォーレンの中にあんなのが潜んでたなんて気づいてもいなかったんだぞ!?」
「だからこそではないのか、妖精王? 気づかずその残留思念のほうに何か加護をかけたなどあったのではないのか?」
寒さに弱い獣王が丸くなって言うと、グライフとモッペルの間に入って暖を取っていたクローテリアが声をあげる。
「そうなのよ。確か精神強くするとかあのユニコーンにしてたのよ。間違って乗っ取ったほう強化して変質させたかもしれないのよ」
え、ありなの?
けど、ありえないと言えないのがアルフだしなぁ。
本人も腕を組んで悩ましげだ。
どうやら否定できないらしい。
「貴様…………」
「そ、そんな俺が失敗したみたいな目して見るな!」
言ったのはグライフだけど、その場の誰もがアルフに物言いたげな目を向けてる。
普段の行いを考えるとなぁ。
まぁ、僕だって気づかなかったしアルフを責められはしない。
なんだったらアルフと違ってそれっぽい予兆は心象風景であったわけだし。
って、これ言ったら今度は僕が責められそうだ。
うん、黙っておこう。
もうこうなったら自力でどうにかしないと後でばれた時グライフに突かれる。
「可能性だけで言えば、もはやあの仔馬に魔王を宿す素養があったとなどと疑う羽目になる。そんな根拠のない推論を重ねてもやることは変わらん」
議論を放り投げるように言うワイアームにアルフが顔を顰めた。
「一応聞いておくけど何する気だよ」
「今度こそ殺す」
「お前もちょっとあっち行ってろ!」
やる気のワイアームに、アルフは怒ってグライフのほうを指す。
「妖精王、そなた魔王と敵対するのだろう?」
「だからってフォーレン殺すかよ!」
「残留思念などという不確かなものが程よく破壊可能な器を手に入れたのだ。この好機を逃すほうが愚かではないか」
わー、ワイアーム殺意が淡々としてる。
うん、こういう奴だった。
さりげなく頷かないでよ、グライフとクローテリアとアーディはもう…………。
「ご主人さまぁ…………少しはフォーレンさんを助ける方法を考えてください」
ユウェルが眼鏡の向こうで涙ぐむと、横でブラウウェルも頷いてる。
同じ幻象種でなんでこうも反応が二分するの?
「自力でどうにかできる状況なら、仔馬はとうに行動を起こしているだろう。抵抗も一時的、潜んだ上で満を持して乗っ取った。ならばもはや仔馬の意思はないものと思え」
「魔王が何をするつもりかはわからんが、過去の行状を考えても碌なことではない。それが変質しているとなればさらに面倒ごとでしかないだろう」
グライフとアーディも殺意が高いけど一理あるなぁ。
うーん、僕を助けられないとして身の安全が優先ってところ?
自分のことは自分でのグライフと、一族守るアーディならそうなるか。
意見が一致する幻象種たちにスヴァルトが疑問を投げかけた。
「魔王の目的はなんだと考える?」
「魔王石じゃないんですか?」
魔女のマーリエは揃った面々の中でも、同じ森の住人であるスヴァルトには気後れしないらしくすぐに疑問を口にする。
「いや、かつて魔王石と呼ばれる前の宝玉を求めたのは宝冠のためだった。となると、ヘイリンペリアムで終わりではない。西の魔王石を手に入れるためまた戦争を起こすだろう。だが、あの魔王にはそこまでの熱意を感じない。何より行動が突発的過ぎるように思う」
「あ、あぁ、そう言えば。確かに先代の記憶にある魔王って、目的決めたらそこまでの必要な道筋全部計画して、きちきちっと進んでく感じの性格だったもんな」
アルフがの言葉に、魔王を直接知ってるワイアームとヴィドランドルも考える。
「二度目に会った時には経験を積んだしたたかさと計算高さを身に着けてはいた、か?」
「我を封じた際には、我が陣地の底を見誤って封印に切り替えるようなこともしたがな」
魔王の下にいたアシュトルとペオルも記憶を探る様子をみせた。
「この大陸の東に来た時はないない尽くしだったとは聞いたわね。だから無茶なこともして周辺に住む、人間には危険な生き物を狩って回ってたって」
「わしらを召喚した時には地盤を築いた後だからな。妖精王のいう人物像のほうが近いのだろう」
僕が内側から見てる魔王は行き当たりばったりだ。
魔王石求めてるのは宝冠のためとも思えないし、何言ってたっけ?
たぶんアルフ相手に怒った時は感情のまま喋ってたから、あれが本心だ。
つまり、なんか怨み言?
人間が愚かとか、神に…………。
「まだ月を目指しているのよ?」
クローテリアが呆れたように聞いた。
そう言えば、神との契約がどうのって言ってた。
今も神と会うために月を目指してるの?
「うーん…………よし!」
アルフは切り替えるように膝を打つ。
「一回あの魔王捕まえるぞ。で、俺が精神に働きかけてフォーレンから魔王を引き離す。どうせやり合う気なら、お前らも手伝え」
「殺すならば一撃だ。だが捕まえるとなると話が違う」
冷淡なグライフに目を向けたアーディが、今度はアルフの肩を持った。
「私はそれでいい。しかし、駄目だった場合は迷うなよ、妖精王」
「言ってくれるぜ」
釘を刺されたアルフの声は苦い。
着ぶくれしてた獣王は、話しの方向が決まったと見て真面目な顔を作る。
「傷のグリフォンがそこまで言うのならば一筋縄ではいかない状態なのだろう? 現に妖精王は退くしかなかった。捕まえると言っても対策はあるのか?」
「フォーレンくんに施された加護がそのままのようだ。生半な攻撃では通用しないと思ったほうがいい」
スヴァルトも矢が当たらなかったことを話す。
するとアシュトルも魔王の厄介さの例を上げた。
「魔法は確実に魔王のほうがフォーレンより上よ。その上魔王石を持ってるから無尽蔵に魔法を撃ってくるでしょうね」
「確かにケイスマルクでも恐ろしい魔法を使い…………そう言えば何故、姿を変えなかったのだろう? 逆にフォーレンにはできて魔王にできないことがあるのだろうか」
ランシェリスが疑問を口にすると、アルフが適当そうに答える。
「本人も言ってたが、幻象種の体に復活するなんて想定外。体の使い方わからないんじゃないか?」
「我と戦った時には伸縮していたぞ」
けどワイアームがそう口を挟んだ。
確かにユニコーン姿の時にはそのままワイアームと戦っていたし、体を動きやすい大きさに変えていた。
だからできないわけじゃないと思うけど、魔王はユニコーン姿にはならない。
僕もそうだけど、たぶん体に思考が引っ張られるんだよね。
魔王はそれが嫌でユニコーンにならないんじゃないかな。
となると、僕本来の攻撃力は減ってるって思っていいのかな?
まぁ、魔法とか厄介だけど。
「城では明らかに憤怒に引っ張られてた。だとすれば、フォーレンの体でいいことばかりじゃない。そこを突けば捕獲の目もある」
アルフは自分に言い聞かせるようにそう言った。
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