381話:照らす灯り
白い壁のワンルームの中、僕は一人呟いた。
「これって、つまり…………?」
ちぐらの中ではウーリだったライトが光ってる。
覗き込んでいた僕は立ち上がって部屋の中を見回した。
そこら中に置いてある灯りが室内を照らす。
「最初数えるくらいだったのに…………」
確か最初にあったのは机の上の照明と、壁際のスタンドライトくらい。
机はいつの間にか消えてそこにあった照明は窓の桟に乗ってる。
後はアロマキャンドルが数個だったのが今は二十以上は軽くあった。
「窓のと壁際のはわからないけど…………このいい匂いのするアロマキャンドル、姫騎士だ」
最初より数が増えてるよ。
これって出会って親睦深めたから?
「なんか床に散らばったままって申し訳ないな」
たぶんこの灯りって僕が仲良くなったひとを象徴してる。
「ダイヤ触った時にはあって、ジェイド触った時は…………部屋の中よく見てないや。その後はサファイア触って、そうだ。間接照明増えてたんだ」
壁は残ってるからそこに埋め込まれるように間接照明がある。
「うーん、姫騎士がわかりやすいだけで他はわからないなぁ」
けど思えばワンルームは最初よりずっと明るくて見通しが良くなってた。
そんな風に思いつつ、もう一度アロマキャンドルを見ると変化が起きてる。
「あれ? 棚に並んでる。あ、ちぐらと同じか。ってことはこの部屋の照明が適当に床に置いてあるの僕のせいじゃん」
なんだか片づけられないひとみたいで恥ずかしいな。
そう思った床にはまだ放り出されたカバンが転がっている。
あれは窓について考えた時に出てきたカバンで、電子辞書が入ってた。
もう確定でいいだろう。考えたことがここでは現実になるんだ。
「あ、そうだ。一番奥の窓!」
ジョハリの窓として考えるなら、僕も他人も知らない領域を象徴するはずの窓。
けど、ここから僕の意識が回復する時にカーテンが開く音がしていた。
「つまりそこに…………やっぱり!」
一番奥の窓のカーテンは開いていた。
そして窓の向こうには知らない部屋が広がっている。
コンクリートが打ちっぱなしで、どうやら窓の向こうの部屋には天井があるようだ。
部屋の真ん中には古い映写機?
「ハンドルついてるってことは手動? あれ? でも奥のスクリーンには映像が」
ワンルームより狭いその部屋では、窓と対面する壁一面に白いスクリーンが張られていた。
スクリーンには今も映像が動いている。
けど何が映っているかは不明瞭だ。
映画なんかと違って画面を見せるなんて考えない感じのカメラワーク。
動きからして頭につけるカメラみたいだけど、それよりもっと細かく揺れてずっと見てると酔いそう。
「この窓…………開かない…………!」
それでも情報が欲しくて窓に手をかけるけど、近づけない。
ただそうやっている内に窓の隙間から音が聞こえて来た。
それは誰かの話し声。
そして瓦礫が崩れるような不穏な音。
『『きゃー!?』』
瓦礫の音の中に誰かの悲鳴が響いていた。
途端にスクリーンの映像は白く飛ぶ。
轟音と振動による不安定さが収まると、最近聞き慣れた声がした。
『さすがご主人さま。容赦のない一撃です。今ので森には瓦礫の雨が降ったことでしょう。実に斬新な脱出でございます』
これ、ウェベン?
『契約者、新たな使い魔を呼ぶには狭い。この地下から出るまでは吾が運びますから騒がないでくださいね』
こっちはライレフだ。
ライレフが契約者って呼ぶなら双子もいるんだろう。
けど視界は暗い中、丸く空いた何かを見てる所から動かない。
と思ったら画面が大きくぶれた。
じっと見ていたら何が起こったのかをなんとなく理解する。
「…………これ、魔王の視界だ」
いや、体は僕なんだけど。
自分のこととしてじゃなく間接的になってる?
体完全に乗っ取られたってことかな?
それはまずい。
『む?』
城のあった地下から瓦礫を吹き飛ばして飛び出した魔王。
そこへ風のように矢が迫った。
アルフの加護で当たらない、というより最初から当てる気のない軌道だと魔王も気づいてはいる。
「あ、罠だ」
矢は目暗まし。
矢を放つと同時に罠が起動されていた。
矢につけられた縄が下から網を持ち上げたんだ。
『ご主人さま! 危なーい!』
赤い羽根でウェベンが飛んでくる。
そして罠に自分から飛び込んだ。
魔王はそれを見て空中で網ごとウェベンを避ける。
『ふお!? これは、即死ではない毒!』
網に触れたウェベンが叫ぶと、網には巻かれていた粉上の毒が舞い上がる。
ウェベンは毒を吸い込んだ喉を押さえて、網に巻かれたまま落下。
受け身も取れないその落下の衝撃で、打ちどころが悪かったのか燃え上がるのが見えた。
『ふー、危ないところでした』
何ごともなかったかのようにウェベンが灰の中から立ち上がる。
それ死んで復活できなかったら意味でしょ。
燃える音がするからたぶん網も燃えたし、本当に罠の意味がない。
僕に網がどうなったかわからないのは、魔王がウェベンを見てないからだ。
見据えるのは矢の飛んできた森の中。
『悪魔か』
『早いっての!』
すぐさま魔王に見つかった悪魔が、隠れることをやめて木々の間を走り抜ける。
魔王は森なんて気にせず視界に収まる範囲を焼き払った。
発見された悪魔は文句を言いつつ、さらに矢を連射する。
金属線を繋いだ矢は当たらなくても斬撃に似た攻撃を及ぼす仕掛け。
魔法で身を返し、金属線も全て避けた魔王は、焼き出された悪魔が狩人の恰好をしているのを見た。
『おや、また会いましたね。バーバーアス』
『どうも、将軍…………』
『『バーバーアス!?』』
地下から出て来たライレフに抱えられた双子が声を揃えた。
そう言えば流浪の民が召喚してたんだったね。
『ぐ…………!?』
そんな再会もつかの間、バーバーアスの脇腹を吹き飛ばす光線が放たれた。
魔王は淡々と攻撃を放ったんだけど、直撃しなかったのはバーバーアスが避けたからだ。
けど避けきれてないのは、いったいどっちがすごいんだか。
『くそ、だから早いって。どうせまた大公から呼びつけられるだけなんですよ?』
『それはそれは』
愚痴を吐くバーバーアスにライレフがちょっと同情を滲ませる。
魔王は気にせずもう一度光線を放ってバーバーアスを消滅させた。
『あの者は配下に加えなくて良かったのですか?』
ウェベンが当たり前のように控えているのを、魔王は呆れたように眺めた。
『いらん。お前たちも特に加えた覚えもない。ついて来ているから使えるなら使っているだけだ』
魔王の無情な言葉に、双子は何か言いたそうだけど言えない様子。
二人を地上に下ろしたライレフは、前に出た。
『どうやらあなたも完全ではない今、使える手があるほうが合理的では?』
魔王は流浪の民の姿をしたライレフを見る。
『ご主人さま、生きた体は何かと不便もありましょう。わたくしが全てお世話せていただきます』
ウェベンもくじけず自推する。
魔王はウェベンを見て、自分の手を見た。
人間の手だ。
けれどそれが仮初だと魔王も知ってる。
『好きにしろと言ったのだ。適しなければ構わん。幻象種の体について知っているなら教えろ』
たぶんその言葉は、実質的な配下への許しだった。
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