372話:料理人悪魔の主張
どす黒い紫の雷電が姫騎士を襲う。
確実に殺そうと連撃するのは止めたけど、魔王の攻撃は一撃でも致死の威力があった。
「破邪環!」
ランシェリスをはじめとした数人が咄嗟に結界を張る。
けれど雷電に打ち砕かれて、進行を一瞬弱めただけに終わった。
ただその一瞬で姫騎士の目の前に躍り出る者が現われる。
「よい、しょっと」
「料理人悪魔!?」
ランシェリスの前に現れたコーニッシュが、巨大な鍋のような物で雷電を防ぐ。
巨大な鍋はどす黒い雷電を四散させた。
「う…………、あ、あの巨大な物体が一瞬で炭に!?」
辺りに立ち込める焦げ臭いの中、ランシェリスは驚愕しつつ崩れ落ちる燃えかすを見つめた。
雷電を防いだものの、巨大な鍋のような物は真っ黒になって形を崩してしまっている。
「懐かしいな。懐かしい? あぁ、そうだ。昔見たのだ。巨人の皿など、まだ現存している物があったのか」
魔王が自問自答するように言った。
「きょ、巨人?」
「あれが皿?」
双子が信じられないように呟くと、ウェベンが出どころを教える。
「墳墓に収められていた物で、あれが持ち出していました。経年でも容易には朽ちず、巨人の剛力に耐える作りだったはずですが」
「確かに懐かしい。巨人退治など千年も前のことですね」
ライレフも魔王に同意するので、たぶん本当にお皿なんだろう。
今から千年前ならまだ魔王が国を持ってる時期。
つまりその頃は悪魔と魔王が巨人退治をしていたってこと?
「今度は知らない悪魔だな」
魔王の呟きにウェベンが、コーニッシュを指差して笑う。
「これは滑稽。あなたが人間を守るなどなんの風の吹き回しですか?」
「自分なら何処かの使えない従僕が触れられもしない清き乙女を食によって篭絡させられると示すつもりだったのに、いきなり死にそうになっていたから前に出ただけ」
ウェベンは姫騎士に触れないらしい。
それをコーニッシュはあてつけることを考えていたようだ。
睨むコーニッシュに威嚇するように羽根を広げるウェベン。
なんだかな。こんな時まで仲悪いんだから。
「大王の料理番の悪魔ですね。魔王が直接呼んだ悪魔ではないので覚えがないのも無理はないでしょう」
ライレフの答えに魔王は考える。
あ、違うな。これ体にある僕の記憶を読んでる。
僕を潰そうと圧かけながら器用なことしないでほしい。
僕は精神が幼稚とか言われたけど、この状態だと反論できないな。
それでもなんとなく抵抗してみたら、魔王も最近のことしか読み取れないようだ。
「魔王に逆らう悪魔がいるなんて」
ヴァシリッサが驚くのにも、ウェベンは親切そうな顔をして答えた。
「勘違いされては困ります。わたくしども悪魔は契約に従うのみ。使徒であろうと魔王であろうと契約があれば従う、なければ好きにする。それだけでございます」
「魔王の死後も魔王によって受肉した悪魔は契約が継続しているということか?」
注意深く魔王の動きを見ながら、ランシェリスがコーニッシュに聞く。
「それはない。魔王が死ぬ前に契約は破棄され悪魔は全て解き放たれた。今この場で契約で縛られているのはそこの妖精王を襲った悪魔だけだ」
コーニッシュが指差すのはライレフ。
それも魔王との契約じゃなく双子との契約で縛られた状態。
ランシェリスは、魔王になってる僕を観察するように見てコーニッシュへまた疑問を投げかけた。
「料理人悪魔、貴様は魔王に従う気がないと見ていいのか?」
「従う理由がない。どころか我が友を変質させるとは言語道断!」
あ、どうやらコーニッシュは僕を心配してくれるみたいだ。
「ただでさえ舌が鈍っていたところに精神汚染なんていったいどんな影響が出るか! 蛙なんて足元にも及ばない鶏肉の旨味を教えるつもりだったのに! というか我が友の舌が鈍ったのはこんなのがいたせいかもしれない!」
あ、結局料理関係なんだね。
本当にぶれないなぁ。
魔王もケイスマルク限定とはいえ、今までのコーニッシュの言動を見て対応を決めたようだ。
「くだらない」
一言で切り捨てた。
その上で今度は雷電をコーニッシュに向ける。
また確実に殺そうとする連撃の気配に、僕も圧を押しのけて一瞬だけど邪魔をした。
「また…………しぶとさは獣と同じか」
魔王が連撃をし損ねた手を見てそんなことを言う。
その間にコーニッシュは雷電を避けていた。
ランシェリスもただ立っているわけではない。
「散開! 破邪環は通用しない! 回避に専念しつつ妖精王と敵対する悪魔の討伐を優先する!」
「吾を狙いますか。魔王の力を計った上で次点となれば、順当ではありますね」
迫る姫騎士に笑みさえ浮かべてライレフは迎え撃つ構え。
コーニッシュは魔王に向かってフライパンを振り上げた。
けれど魔王は魔法を連打してコーニッシュの接近さえ許さない。
今度は僕に邪魔されないよう一撃ずつ違う魔法を放ってる。
なんか僕が右に左に翻弄されてるような状況だ。
コーニッシュは避けたり、調理器具を犠牲に防ぐけどぎりぎりだった。
「お子さまたち、あれが魔王で本当にいいのね?」
ヴァシリッサがライレフの背に庇われた双子の側でそんな確認をしている。
「ライレフが認めたんだ。魔王さまと悪魔しか知りえないだろうことを知っていた」
「少なくとも、魔王さまの記憶を持つ魔王石から生じた何者かよ」
「だったら、わたくしはこちら側にいてさしあげる」
双子の答えにヴァシリッサが動いた。
地面に両手をついて魔法を使う。
影が地面を縫うように広がり、円とそれに重なる正方形を描き出した。
その範囲内に入ったライレフと姫騎士に極端な変化が生じる。
「ほう? 心地よい死霊の怨念渦巻く結界。良い目を持ち良い技を持つ協力者ではありませんか」
「こんな一瞬で場が穢れた!? 悪魔の攻撃が通る! 全員、破邪環用意!」
悪魔に優位だったはずの姫騎士が焦る。
クレーラが破邪環を盾にした瞬間、そこへライレフの腕が突き込まれた。
結界は一撃で破壊され、追撃をランシェリスが聖剣を割り込ませて阻む。
さすがに聖剣は穢れた場であっても悪魔に効くようだ。
「聖水による場の清浄は!?」
「穢れの根が深く、不可能です!」
「ほほほ、ただ突っ立っていたあなたたちとは備えに対する心構えが違うのよ」
ヴァシリッサがもはや敵対を隠さず言い放つ。
どうやら膝をついている間に準備していたらしい。
姫騎士との敵対不可避と見て、姫騎士に不利に働く結界を作るって性格悪いな。
「争い合う、人間の性状に進歩はないようだ」
呟く魔王の横面にコーニッシュが蹴りを入れる。
けど僕の速度のほうが早く蹴りのカウンターをコーニッシュは受けてしまった。
「なるほど、料理人か。突出した戦闘技能もなく、魔法もない。悪魔にしては下も下」
斜面を転がり岩にぶつかってようやく止まるコーニッシュを見下して、魔王はそう評する。
幻象種の僕の攻撃だから悪魔にも通るせいで、今の魔王からすれば相手にもならないんだろう。
コーニッシュは立ち上がれないほどのダメージを受けている。
止めを刺しに行こうとする魔王を、僕は必死で止めた。
「煩わしいな。一方的に己の本分を押しつけるだけの悪魔に何を肩入れする。度し難い」
僕に向けた言葉だった。
なんの情も理解もない言葉にかちんときた。
友と呼ぶ相手を見捨てるほど僕だって人間性捨ててないのに、なんだこいつ!
「本当に度し難いな」
「ではわたくしが」
突然ウェベンが動く。
羽根を広げて飛ぶと、動けないコーニッシュの腹に膝をめり込ませた。
「がは!?」
「…………何をしている?」
「ご主人さまのお手を煩わせる必要もないかと」
声もまともに出せず悶絶するコーニッシュを踏みつけて、ウェベンは笑顔で振り返った。
さすがの魔王も突然すぎて追撃をしようとはしない。
でもコーニッシュを助けようとする僕に主導権を渡すこともない。
「あなたにお仕えするのはわたくし一人で十分でございますので」
ウェベンは悪意を隠さず笑顔で言った。
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